魔獣の奏者の背後にいるもの
心地よい揺れなのか、隣のエリザは静かに寝息をたて眠っている。しばらく乗っていると少しずつ馬車のスピードが落ちていくのを感じられた。
「検問所に着いたようですね」
前方で止まる様に促される男の低い声が聞こえた。恫喝じみた声だ。業者が何かを説明しているのがかすかに聞こえる。
馬車の幕が強引に開かれた。ミハイルの女装姿を怪しく思った人物が現れた。
クラクフは三人の顔を一瞥したあと、ディエゴに向かって無言で軽く頭を下げ幕を閉めた。
外から、クラクフの「異常ありません」との声が聞こえると「行ってよし」先ほど馬車を止めた男の声が聞こえた。
止まっていた馬車がゆっくりと動き出し何事もなく検問所を抜けることに
成功した。
ミハイルは再びカルーダ王国に入国することができた。
燃えるような復讐心でミハイルは心から誓った。
団長……。かたきは取りますよ……。
「ところで魔獣の奏者のことだが……お前はどう考えている。急激に力を伸ばし始めた背景に何があると思う?」
ミハイルの問いにディエゴは目をつぶって考えをまとめているようだった。ゆっくり言葉を噛み砕くようにしゃべり始めた。
「全くもってわかりません。ただ、指導者が数年前に変わったことが何か鍵ではないかと思っています」
「そんなに変わるものなのか、指導者が変わっただけで」
「いえ、そういう意味ではありません。魔獣の奏者元々の名前は、神々の祝詞です。聞いたことありませんか。ほんとに小さな組織です。しかしかなり昔からこの地に根ざし活動してきた。少なくとも今の魔獣の奏者の何百倍も良好な組織です」
数年前ミハイルは団長と一緒にいつもの酒場で飲んでいたときに、声をかけてきた白髪の六十台とは思える人物に話しかけられたのを思い出した。後にその白髪の男が、神々の祝詞組長、モーガン・エクステストだと分かった。
妙に豪快な親父で団長とは気があったらしく、一晩色々な話をしていたのを覚えている。その会話の中で息子に社長の椅子を譲るという話しも耳に入ってきたのを思い出した。そしてその後だった。病気で突然の死が訪れたのを聞いたのは。
「魔獣の奏者、指導者はウランバル・カーンという人物です。一応この国の人間ということになっていますが、きっとこの国の人間ではないと読んでいます。その人物が神々の祝詞を買ったんです」
「買った? どういうことだ」
「乗っ取ったといえば分かりやすいでしょうか。神々の祝詞には組織を売らなければならなかった理由があるんです。数年前息子が組長になってから組織は、いえこの国の私たちみたいな組織の人間を規制するためにさまざまな法律が可決された。そのあおりをくらった形なんだと思います。借金を重ね、首が回らなくなったところに、ウランバル・カーンという人物が現れた。そういうことです。それが魔獣の奏者という組織の始まりです」
「ウランバル・カーンという人物の背後に何があるかつきとめなければならないな」
ミハイルは馬車から外をのぞいた。見慣れた風景がミハイルを歓迎しているかのようだった。王都まではもうすぐだ。気を引き締めなかればいけない。
「そうそう。あなたたちが住む場所ですが、王都の東アムサーラ地区3-7-7。アパート名はスカイハイツです」
「おい! てめぇ本気で言ってんのか!」
ミハイルは声を荒げた。隣でミハイルのひざを枕にして眠っていたエリザが目をぱちくりさせながら二人を交互に見ている。
「お前だって分かっているだろ! あそこがどんなところか」
「もちろんです。ただ、木を隠すには森にって言うことわざもあるんですよ。エリザさんのことを心配しているのかもしれませんが、彼女はあなたの許可がなければ、外出できません。あなたが、気をつければいいだけです。
それに住めば都ということわざもある。いい経験だと思いますよ。それにあそこは指名手配者が一人いたところでわざわざ通報する人間なんていません」
確かにその通りだ。ミハイルは舌打ちをし、ディエゴから視線を外した。
馬車は何事もなく王都に入りミハイルとエリザは目立たないようにとアムサーラ地区から少し離れた人通りの少ない場所で馬車から降りた。エリザは馬車が見えなくなるまで手を降り続けた。