三人で国境へ
「これは一体どういうことでしょうか。私は三時間という時間を与えたはずですが」
ディエゴは用意した馬車にミハイルとエリザが乗り込むのを見て尋ねた。
「子供が一人くらい増えたって大したことねーだろ」
ミハイルは四人乗りの馬車の奥に座りディエゴと向かい合う形になった。その後、エリザが旅行かばんを持って乗り込んだ。
「そういう問題はありません。あなた自分の立場というのがわかっているのですか。あなたと一緒にいるとこの子が危険になるっていうのが分からないわけではないでしょう」
ミハイルはどこかイラついているディエゴを見てエリザをディエゴから見えないように軽く突いた。
「ごめんなさい」
エリザはディエゴに向かって深く頭を垂れた。「わたしがミハイルに無理言ったの、です」
虚を突かれたかのようにディエゴの視線はエリザに向けられる。
ディエゴが来る三十分ほど前、ミハイルはエリザが作った昼食を食しながら、エリザに言っていた。ディエゴはああ見えても子供好きそうだから、頼み込めばきっとなんとかしてくれるだろう。
ミハイルはエリザに言った。
ディエゴはエリザに頭を上げるようにいい、かけている眼鏡の中心部を中指で押し上げミハイルに冷たく言い放った。
「それでもあなたはこの子を納得させないといけなかったんです。いいですか。あなたを取り巻く状況がどれだけ危険で不安定なのかをもっとはっきりさせるべきです。何なら私が今言ってもいい。加えてあなたの怪我は治りきっていない。むざむざこの子を危険にさらせたいのですか」
ディエゴがミハイルに向かって畳み掛けるように言ってきた。
こいつはオレが責任を持つ。文句言うんじゃねえ!
ミハイルがそう言おうとしたときだった。
ディエゴは大きくため息をついた。「仕方ない。きっとあなたのことだ何か理由があるのでしょう」ディエゴは視線をミハイルからエリザに向け「その代わりエリザさん、あなたはミハイルの許可がない限りするまで外出は禁止します。約束できますか」
眼鏡の奥の冷たい視線が少し緩んだようにミハイルは思った。ディエゴがエリザを見る瞳はどことなく柔らかい。そんな風に感じだ。
「うん。ありがとう!」
エリザは大きくうなずき満面の笑みでディエゴに向かって微笑んだ。
「子供の涙に加えてに頭を下げられるのはいい気持ちがしないんで」
ディエゴは後ろを軽く叩き業者に出してくれるように合図した。業者の鞭の音がした。二頭の馬が甲高い声でいななくと同時に馬車は勢いよく走り出した。
「分かっていると思いますが、カルーダ王国に入国するには交通手形必要なのですが」
そう言うと着ている服の内ポケットから二つの交通手形を取り出しミハイルとエリザに手渡した。見覚えのある真っ赤な交通手形だった。ミハイルはページを開くと名前は、アレクサンドロ・ミッテルと書かれてある。議員秘書と書かれてある。すでにファリスに入国したことになっている判子が押してあった。
「つーか、お前、エリザの分も作ってあるじゃないか」
「もしかしたらこんなことになるんじゃないかと思っていたんです。とにかくあなたは私の秘書ということになっています。エリザさんはあなたの娘ということになっています。後はクラクフがすべてやってくれているので、見せる必要はないと思っています」
「クラクフ? 誰だそれは」
「国境であなたを取り調べた男ですよ」
「あいつか……。そういえばお前の子飼いだったな」
「そういうことです。事前に言ってあるのでもしあっても大した時間はかからないでしょう。検問所の職員もむざむざ指名手配者が帰国するとは考えていないでしょうから」
隣に座っているエリザは交通手形というのが初めてなのか。物珍しそうにすべてのページをぺらぺらと何度も見ている。
「念のために聞きますがファリスに入国した際の衣装と偽装交通手形、すべて処分しましたよね」
「当たり前だ。お前が来る前にすべて焼却処分した」
「それは安心しました」
笑み一つなくディエゴは答えると以降ディエゴがしゃべることはなく、馬車は一定のスピードで国境へと向かっていった。