つながりはじめた心
その言葉を聞いた瞬間、ミハイルは呆然と立ちすくみ自責に駆られた。そしてエリザが自分と全く同じ境遇ではないかと、確信した。
自分を捨てた母と見ず知らずの男の後姿がよぎり脳を走った。何度声を上げても振り返ることもなく、どんどん遠くに行ってしまう。
幼き自分がいかに無力だったかという思い出したくない過去。
オレはアイツ等と同じことをしようとしているのではないか。
そう考えると自分がいかに惨めで自己本位だったのか、悔やんだ。
エリザを追いかけようと後ろを振り返る。すでにエリザの姿は見えない。
「くそっ!」
ミハイルは自分に対してとあの女児にこんな運命を与えた神に呪詛の言葉を投げつけ、走り出した。
小さな村を必死で走り回った。一時間ほどしか走り回っていないが先の戦いで癒えていない身体が悲鳴をあげている。汗をかき体温の上昇のせいで余計に熱く感じた。
ようやくたどり着いたところは、温泉のある裏でエリザはベンチに座っていた。身長が低いせいでベンチに座っている足が地面についていなくぶらぶらさせ、視線の先に広がっている木々を眺めているようだった。
ミハイルは息を整えながらエリザの隣に座った。エリザは驚きもせず視線をミハイルに移すことなく口を開いた。
「わたしって邪魔?」
エリザの問いに窮したミハイルは少し黙り込んだ。エリザはミハイルのほうを向いて続ける。ここに来てから泣いたのだろう。頬に涙を流した後が見えた。
「絶対ミハイルの邪魔にはならないから」大きな瞳から大量の涙をこぼししゃっくりをしている。「たった、三日、だった。けど。すっごく楽しかったの。もう一人はいやだよ……」
エリザは涙を服のすそで強く拭きながら言う。再び過去の自分とエリザが同化したように見えた。
「……。王都は今のオレにとってかなり危険な場所なんだ。しかし行かなければならない……」
ミハイルはまだ泣いているエリザの頭を軽く二回ほど叩いた後、「出発は後一時間半後だ。ディエゴが迎えに来る」
ミハイルはベンチから立ち上がった。それでもエリザは立ち上がらない。ぐずっている。
大きくため息をついてミハイルは言った。
「王都に一緒に行くんだろう。時間がないんだ。さっさと昼飯を作ってくれないか」
ミハイルの言葉にハッと真顔になりエリザはミハイルの顔をじっと見る。
ミハイルはエリザに向かって強引に口角を上げて見せた。右手を差し伸べた。エリザの表情は雨上がりの天気のようにぱっと明るくなり大きくうなずいた。
差し出された右手の感触は誰よりも小さく誰よりも暖かいとミハイルは思った。