本当の目的
「私たち、亡国の聖戦は今の秩序を望んでいるんです。この国の傭兵の約半分は暁の稲妻です。亡国の聖戦は全体の約四割ほど。我々はどちらかといえば国外への派兵で成り立っています。数年前の出来事は事故みたいなものでしょう。我々は王国内ではほとんど仕事はしない。しかし最近その秩序を壊そうとしている輩が出てきているんです」声の後半、ディエゴの声質が突如として変わったのが分かった。
「魔獣の奏者のことか」
「そうです。ここ最近、急激に力を付けてきている。現傭兵数も全体の2割に迫ろうとしている。おそらくどちらかの勢力とくっつきどちらかを潰そうと考えるに違いない。だからもしそのような話があったら、断ってほしいのです。もう少し言えば、一時的にでもあなたがた暁の稲妻との同盟を我々は考えています。今回の同盟を結ぶことによって我々は国内での仕事の撤退を考えています。いかがですか」
ミハイルはディエゴが嘘、偽りを言っているようには思えなかった。レノが言っていた夕刻の聖騎士団の下部組織が魔獣の奏者という話を聞いていたのを思い出した。しかしミハイル個人の意見ではどうとも言うことはできない。暁の稲妻にはミハイルを含めて幹部が三人いる。ミハイルとカルサス、そしてシェン・ヤンという頭の回る男。
きっとそのことを承知の上でディエゴは言っているのだろう。
「少なくとも我々は今の状態を保ちたいと考えているとだけ伝えておきます」
ディエゴはミハイルが考え込んでいるのを見てダメ押しのように言った。
「幹部の連中には伝えておく。別件というのはこれだけか」
「出来ればあなたの意見が聞きたいのですが、まあいいでしょう。念のため聞いておきたいのですが、あなたがこの村に来るまで一緒だった、軍人は何者ですか」
「昔の知り合いだ。十年ほど前のな。今はファリスの軍人をやっている。それがどうかしたか」
「いえ、多少気になったもので」
ディエゴは少し考えているかのように腕を組んだ。「さて。私は王都に帰らなければならないので先に失礼させていただきます」
温泉を出、出入り口に向かって歩いているディエゴの背中を見た。
見た瞬間恐ろしいものをみたような恐怖に包まれたさらに危険な匂いに吸い込まれてしまいそうな気さえした。
薄暗い荒野で髑髏の死神と一人の少年が描かれてあった。髑髏の死神は大きな鎌を少年に対し振りかぶっている。少年は小さい短剣でその鎌を受け止めよとしている。まるで一種の絵画のように思えた。
背中にある刺青は本人が忘れたくない過去や想い、志があるんだ。ミハイルは背中の刺青を入れたとき団長であるジャン・カドナスは言ったのを思い出した。
見とれてしまいそうなのを払いのけミハイルはディエゴを呼び止めた。
「オレも王都に連れてけ」
ディエゴは少しの間立ち止まり振り返った。
「いいでしょう。しかしあと二日ほどゆっくりしたらどうです。私の腕傷以上にあなたの全身の傷と火傷は重症だ。二日休んだらきっと身体のほうは良くなりますよ」
「ダメだ! 今すぐだ!」
ミハイルもディエゴを追いかけるように温泉を出ようとした。するとディエゴは一回大きくため息をついた。
「仕方ないですね。じゃあ三時間ほどたったら村はずれまできて下さい」
言い残し脱衣所のほうへ消えていった。