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花の月 壱雨の日 ファデルタの日記 / ルツナの日記

 ◇ ファデルタの日記 ◇


 カイ君とイェリ君に、これほど驚かされることになろうとはの。思いもよらなんだ。

 薬学部平均入学年齢をはるかに下回る弱冠十三歳での入学ということ、それからあやつ(・・・)の弟子であるということ。この二つの理由から入学前から注目はしていたのだが。まさかあれほどとは。



 儂は毎年こっそり初日の薬草園の手入れの様子を見に行っている。それを見れば大体薬師としての資質が分かるからの。

 今年も儂はその様子を見に行った。皆誰に何を言われずとも、戸惑うことなく作業の手を進めていた。

 良きかな良きかな。毎年のことながら、非常に優秀な生徒たちで儂としても鼻高々じゃ。


 今年もまた生徒たちに見つからないうちに戻ろうと思ったところで、ぽつんと立っている人影を見つけてしまった。他の生徒たちはしゃがんで作業している分、その二つの影はとても目についた。

 儂はその小柄な二人の人影に近づいて行った。怠け(サボ)ることを許しては置けぬのでな。一言注意しようと思った。薬師なら薬草園の手入れをするのは当然のことだろう、と。


 近づいてみると、その人影の主たちは非常に幼かった。齢の頃は十代前半。学院生と思えぬほどの若さだ。

 いや、遠まわしに言うのは止そう。その人影はカイ君とイェリ君だった。彼らは薬草園の隅で所在なさげに、二人並んで立っていたのである。


 正直に言って、儂は落胆した。

 あやつ(・・・)の弟子じゃから、こういった雑務をすることにそれほど期待してはおらなんだが、それでもあんまりじゃ。まさか初日からサボるなど。いや、朝早く来ているだけでもマシと見るべきなのか。

 とにかく、薬草園の手入れをすることは薬学部一年生の義務だ。幼いとはいえ学院生の薬学生である以上、義務からは免れん。


 儂はいつものように、好々爺を装って二人に声を掛けてみた。

 話を聞くと、どうやら薬草の手入れをしたことがないらしい。薬草は薬師の基本であろうに。

 ふむ、なんということだ。何を考えてあやつ(・・・)はこの二人を推薦してきたというのだ。まったく、昔から何を考えているのかさっぱりわからん奴じゃ。


 まあ、やり方を知らないのなら仕方がない。薬草園自体知らなさそうじゃからの。これは師の怠慢であって、この子らには罪はないと言えることだろう。

 儂が直々にやり方を教えることとした。


 それにしても、カイ君もイェリ君もずいぶん素直な子たちだの。思っていることがすべて顔に出ている。ひねくれ者の師匠とは似てもにつかんな。


 薬草の手入れは年単位で研鑚を積む必要がある。狙った量を与えるコツをつかむのに数カ月。適切な魔力量や水の量を、すべて覚えるのに数年。

 特に魔力量が大変だ。水は多少量が違っても問題ないが、魔力量は少しでも間違えると薬草の品質に大きく影響してくる。

 その見極めは最後には感覚がものをいう。だからこそ習得に数年かかるのだ。


 だというのに彼らは!

 カイ君は一度で最適な魔力量を言い当てた。最適魔力量が魔術技法と同じであること。それが分かるのは、たいてい最適魔力量を暗記しきってからだというのに。

 イェリ君は一目で水の量の最適を見破った。まさか最適な水の量が、自然に生えている薬草の朝露の量と同じだとは。儂も知らなかったの。


 なるほど、確かにこの学院で学ぶのに必要な基礎は出来上がっているようだ。いや、基礎以上のものを持っていると言ってもいいかもしれないの。

 あやつ(・・・)がこの二人を送り込んできたのも納得というものじゃ。この分だと製薬の腕に期待してもいいのかもしれぬな。

 まあ、その一方で常識の習得状況には不安しかないが。


 師であるあやつ(・・・)以上の、史上最年少入学者として目を見張るような結果を残してくれることを期待しておるよ。

 カカカ。



 ◇ ◇ ◇




 ◇ ルツナの日記 ◇


 一年生の初回授業。これは毎年のことながらイライラさせられますね。とにかく手際が悪い。薬草の摘み方も丁寧とは程遠いし、器具を扱う手つきも見ていてハラハラさせられる。

 『壊滅的』『下手』『それなり以上』という区分の仕方にも、あからさまに文句をつけてくる生徒すら年によってはいるのですから。やってられません。一年もたてば、この分け方にも納得せざるを得ないというのに。それだけのものをこの学院では身に付けられるのだから。


 今年の問題児は一人だけでしたね。少ないとみるべきか、彼の印象が強すぎて他の問題児が消えているだけなのか分かりませんが。おそらく両方、でしょうね。彼に問題あり過ぎて、他の問題が鳴りを潜めていたような気がします。

 その問題児の名はカイ・テータ。彼の弟子です。


 ……ええ、彼の、弟子です。

 『彼』とはだれか、ですって? この学院において、代名詞のみで語られる人物など一人しかいないでしょう。そう、決してその名を語られなくなった『彼』です。

 その彼の、弟子なのです。


 最初に彼に目をつけることになったのは、初めの説明の直後。説明を終えて、薬の材料を生徒たちに取りに行かせたときのことです。

 彼は席を立とうとしませんでした。もしかして体調でも悪いのかと思い声を掛けてみると、処方(レシピ)を考えていると答えるのです。

 初回の授業ですから、考えなければいけないような課題は出しません。ごく一般的な材料を提示したはずです。

 そう言うと、なんと精錬技法を使えないから苦心しているとの答えが返ってきました。聞き間違いかと自分の耳を疑いましたね。

 魔法技法と精錬技法、どちらか一方のみを習得する薬師が大半だというのに、十代にして、未熟なれどどちらも使えるというのですから。

 その時は、自己完結してしっかりした方針を立てていたので、そこまでならただの優秀な生徒として記憶に残ったことでしょう。


 次に問題が起きたのはカイ・テータが薬材を取ってきたときのこと。

 彼は暗い表情をして、とぼとぼと教室に入ってきました。そして、青いクリクの実を差し出して、精錬技法を使ってもいいかと聞いてくるのです。

 何を言っているのか理解できませんでした。材料はすべて揃っていますし、処方(レシピ)も教室を出る前に確認したはずなのです。

 それでも、あまりにも落ち込んでいるので、事情を聴くことにしました。

 彼が言うには、クリクの実が青いから精錬させてほしい、ということでした。

 まさか製薬に関して、新入生の言っていることが理解できない日が来ようとは思ってもみませんでした。

 詳しく話を聞くと、今まで熟した実しか使ったことがない、などと言うのです。

 私は自分の顔が引きつるのを止められませんでしたね。

 毒薬でも作ろうというのですか! 青ければ薬効、熟せば毒。同じ成分でもその強弱によって薬が毒になる代表薬材の、毒を使って製薬しようとは!

 周りの生徒もこの一言には顔をしかめていましたね。当然でしょう。知らぬは本人ばかりなり、です。

 その本人はというと、その微妙な匙加減を見極めるのが薬師の腕なのではないのか、とでも言いたげにきょとんとしていましたね。

 私はこの時点で己に誓いました。必ずカイ・テータに常識を仕込んでみせると。カイ・テータの師のようにはさせないと。


 そして三度目の問題。それは彼の製薬中に起きました。

 問題なく調合が進んでいるかと思ったら、いきなり彼の机から火柱が立ったのです。

 避難指示を出さねばならないかと、思わず身構えました。取り敢えず生徒たちを教室の後方へ避難させます。

 火柱はすぐに収まりました。カイ・テータの様子を窺ってみると、何事もなかったかのように調合を続けていたのです。

 そうか、今の火柱はフランベ技法によるものなのですね。また珍しい技法を知っているものです。

 でもなぜフランベ技法を? そんな特殊な技法を用いずとも調合できるはずですが。

 訊ねると、クリクの実の薬効を高めるためだという答えが返ってきました。

 まったく、私は呆れましたよ。青い実のままで多めに使うのかと思いきや、まさかフランベ技法を使ってまで薬効を薄める成分を消したいものなのでしょうか。濃い目に作ればいいものを。

 先程誓ったばかりのことがいきなり果たせるか自信がなくなってきました。非常識しか教わっていない者に常識を教える? はっきり言って無茶だと数時間と経たないうちに悟ってしまいました。

 しかし諦めるわけにはいきません。根気よく彼を良識ある一流の薬師へと育てて見せましょう。


 こうしてたった一度の授業で、私から三度も良い意味でも悪い意味でも注目を浴びるような生徒でした。本人はいたって真面目なのが余計に性質が悪いです。

 私が見てきた中で、ある意味一番の問題児だと言えましょう。

 ですがそれでも生徒は生徒。私は教師としても職務を果たすまでです。



 ◇ ◇ ◇

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