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花の月 壱雨の日 今日から学院の授業が始まった

 今日から本格的に授業が始まる。学院ではどんなことを学べるのか非常に楽しみだ。わくわくしながら、学院への道をイェリと並んで歩く。

 学院の朝は早い。まだ朝靄も引かぬ時間に家を出る。この時間に人の気配があるのはパン屋くらいのものだろうか。

 村の朝の早さから考えるとそんなに早いとは思わないし、小寒さも村の朝の方が寒かったから苦にならない。


 学院がこんなにも朝早いのは、薬草園なるものの手入れのためらしい。最低学年である一年生が交代で早朝当番を行うのだとか。

 薬草、特に魔法を使って加工することができる、いわゆる魔薬草は繊細で扱いが難しく、常に手入れが欠かせないもの、らしい。

 らしい、というのは今まで薬草を栽培したことがないから、僕にはよく分からないんだ。村にいたころは、森に入って様々な材料を採ったり獲ったりしてたから、栽培なんてする必要がなかったのだ。

 薬草をわざわざ栽培しなければならないなんて都会は大変だなぁ。


「それにしても、都会はこういうところで面倒よね」


 どうやらイェリも同じことを思っていたようだ。でもここは兄貴分として妹分を諌めなきゃ。そんなに愚痴ばかり言ってはいけないんだぞ。


「イェリ、それは言っても仕方がないよ」


「だって、薬草なんてそこらへんで採ってこればいいのに」


「学院には人がたくさんいるから。全員分賄おうと思ったら森から薬草が消えちゃうよ」


 入学式の時、ほとんど新入生だけなのにあんな大勢だったんだよ。

 それに人の手で管理してるってことは、探さなくても有る量とか成熟具合とかが一目で分かるってことでしょ。楽じゃん。


「それは分かってるんだけど……」


 分かってはいるが面倒くさい、とイェリの顔には書かれている。

 そりゃ、僕だって慣れない作業は面倒くさいって思わないでもないけどさ。


「それに、村にいた時はこれくらいの時間に薬草摘みに行ってたじゃない。それが薬草園の手入れに変わったと思えば」


「それもそうね」


 イェリとしても分かり切っていたことだったのだろう、あっさり納得して引いた。

 でも、薬草園の手入れってどんなことをするんだろう。そもそも薬草園ってどんなところなんだろうなぁ。

 足取りの重いイェリとは対照的に、僕は軽妙な足取りで石畳に足音を響かせたのだった。




 学院に着くと、すでに多くの新入生が集まっていた。先生はいない。けど皆ごく当たり前のように作業を進めている。

 そっか、きっと都会の薬師にとって、薬草園の手入れはごく当たり前の作業なんだね。だから皆、先生がいなくても戸惑うことなく黙々と作業できるんだ。


 でも僕とイェリはやったことがないので何をしていいのかわからない。

 このままぼーっと突っ立っている訳にもいかないので、すぐ近くで作業していた十代後半くらいの人話しかけた。イェリが。


「あのぉ」


「何?」


 話しかけた人は、作業を中断させられたからか、少し不機嫌な声だ。それでも手を止めてくれるんだから親切だ。


「私たち、薬草園の手入れってやっとことなくって。何をすればいいのか教えてもらえませんか」


「はあ? 薬草園の手入れの仕方を知らないって、君たち、それでも学院の生徒なの?」


「す、すいません。私たちはいつも森で薬草は取っていたので、師からそういうことは教わらなかったんです」


 イェリは恥ずかしそうに縮こまっている。

 別に恥じなくても、堂々としていればいいと思うんだけどな。学院では薬草園の手入れがあると知りながら、それを知らない僕たちを学院に入れたのは師匠なんだし。そう、すべては師匠が悪い。

 その人は渋々といった様子で教えてくれた。


「霧吹きで薬草の一枚一枚に水をかけるんだ。魔力を混ぜながらね。注意するべきなのは水と魔力の量。どちらも多すぎても駄目だし、少なくても駄目。そして薬草ごとに最適な量は異なる。

 だから薬草園の手入れは一朝一夕にできるものではない。やったことのない君たちがいたところで邪魔なだけだ。その辺で見学でもしているといい」


 あらら。初心者(しろうと)には手の出せない作業らしい。どうしよっか。

 思わずイェリと顔を見合わせる。


「ふむ、しっかりやっているようだのぅ」


 すると、ぬ、と急に横合いから人が現れた。

 えっ、この人確か学院長先生だよね、昨日の入学式で挨拶してた。何でこんなところに学院長先生がいるの?


「君たちは何故参加していないのだね?」


 学院長先生は優しげな瞳をこちらへ向けて問いかけてきた。

 そりゃあ確かに学院長先生の立場からすれば当然の問いかけだろうけど。何でって、言われてもなぁ。

 学院長先生の非難に、イェリが肩身狭そうに答える。


「すっ、すいません、学院長先生。私たち薬草園の手入れってやったことなくて……。先程他の人に何をしたらいいのか聞いたら、素人は手を出すなというようなことを言われてしまいまして」


「ふむ。この学院では一年生は全員、薬草園の手入れをしなければならない規則になっているのだがのぅ」


 知らぬのならできぬなぁ。困った困ったと言いながら、学院長先生は全然困っていないようにカカと笑う。なかなか大らかな人のようだ。


「そうだ、儂が手本を見せてやるから、真似て学びなさい」


「はい」

「ありがとうございます」




 学院長先生は薬草園の一角に僕とイェリを連れて行った。

 ギザギザの葉っぱに、紫がかった茎。ここには、ツグリ草が植えてあるようだ。


「そもそも、薬草園とは何か分かっておるかね?」


「薬草の畑でしょ? そのくらいは知ってるよ」


「そもそも、何でわざわざ栽培するのですか? こんなにも手間が掛かるなら自生してるものを摘んだ方がいいと思います」


「ふむふむ。さすがに薬草園くらいは知っておったか。よかったよかった。そこから説明していたら時間が足りぬからのぅ。薬草園を作る理由は2つある。

 1つは自生してるものを摘む方が手間だからじゃ。森へ気軽に行けるような技術のある薬師なぞほとんどおらんし、そういう技術がある者に薬草摘みを依頼しようにも薬草の素人であることが多い。栽培した方が確実に良質の薬草が手に入るのじゃよ。

 もう1つは研究のためじゃな。薬草同士を掛け合わせて新種を作る研究について聞いたことはないかね? この研究はどのような条件下で成長したか分からぬ自生草ではできぬ」


 あー、なるほど?

 丁寧に教えてくれたけど、いまいちピンとこない。それはイェリも同じようで曖昧に頷いてる。

 僕たちの村では森に入れないくらい弱い人なんてちっちゃい子とか老人だけだったから、1つ目の理由からよく分かんない。都会人がとにかく軟弱なんだってことで一応理解しておくけど。

 でも、2つ目の理由はちんぷんかんぷん。薬草を掛け合わせるって何? 聞いたことない。


 学院長先生もこれ以上教えてはくれないようで、分からなければ自分で調べなさいって言われちゃった。


「さて、本題に入ろうか。ところで、この薬草が何かわかるね?」


「ツグリ草」


「そうだ。ツグリ草にはこのくらいの魔力濃度の水をこのくらい吹きかける。分かるかい?」


 学院長先生は霧吹きの中の水に魔力を込めると、軽くツグリ草に吹きかけてから僕たちをうかがってきた。

 あっ、これは……。


「この魔力量、魔術技法で製薬するときと同じだ」


「水の量は森のツグリ草の朝露の量と同じね」


 これなら僕たちにもできそうだ。魔力や水の調節が難しそうだけど、それはもう経験だろう。これから毎日やっていけば、何とかなるんじゃないだろうか。

 初めてやることだけど、とても楽しそうな作業だ。

 僕たちが出来そうだとはしゃいでいると、何故か学院長先生が目を見開いた。そして、周りからの視線が痛い。

 ……ごめんなさい。騒ぎすぎました。


「ふむ、流石あやつ(・・・)の弟子だのぅ」


 え、"あやつの弟子”って。学院長先生も師匠のこと知ってるの!?


「あの、私たちのことをご存じなのですか?」


 イェリも同じことを疑問に思ったみたいだ。昨日の入学説明(オリエンテーション)入学案内がないのは(ぼくとおなじ)師匠だと納得された(ことがあった)って言ってたもんね。

 作業をしながら学院長先生に聞いている。


 あっ、魔力濃度が少し濃くなっちゃった。難しいなぁ。


「ふむ、イェリ君とカイ君は歴代で最年少の入学者だからのぅ。少々気にかけておった。……あやつ(・・・)の弟子という意味でも注目してはおったがな」


 昨日のメディオル先生と言い……。


「もしかして、師匠って有名なの?」


「こらっ、カイ、敬語っ。すいません、学院長先生」


 うわっ、叱られちゃった。だって敬語、苦手なんだもんっ。

 びっくりしたせいで、少し多く水を掛けちゃったじゃないか。


「うむ、学院にいる間に敬語の使い方を学ぶと良いぞ。

 ……そなたらの師か。この学院で有名だったな。いい意味でも、悪い意味でも」


「あの盆暗の怠け者が、いい意味で有名になるなんて信じられないんだけど……です」


 イェリに睨まれて慌てて敬語を付け足す。

 イェリは僕を睨み付けながら、うんうんと頷いている。

 あ、今度は魔力が少なくなっちゃった。薬草の手入れって難しいなぁ。


「うむ、敬語は要練習だのぅ。

 いい意味で有名なのは、在学中に三級古典薬師と三級魔術薬師、三級精錬薬師の資格を取った優秀さだのぅ」


 うーん。そう言ってるってことは凄いことなんだろうけど……。

 僕と同じ疑問をイェリが学院長先生に聞いていた。


「三級三種を在学中に取るって、そんなに難しいことなんですか?」


「うむ。卒業までに三級を一種取れればとても優秀、四級一種で普通、と言われているのぅ」


 ふーん。そう聞くと、結構すごいことなんだな。

 おっ、今回の魔力濃度はうまくいった。うん、水の量も完璧。だんだん慣れてきたぞ。


「で、悪い意味で有名なのは何……ですか?」


「実験と称して何をしでかすか分からんは、興味のないことはとことんまで怠けるは、そう言う意味では頭の痛い問題児だったのぅ」


 へー、師匠って昔から変わってないんだなぁ。

 よし、ツグリ草の手入れ完了。次は隣のテオジ草だ。

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