花の月 壱陽の日 イズの日記 / キユゥの日記
◇ イズの日記 ◇
昨日宣伝されたから、せっかくなのでカイ君とイェリちゃんの診療所へ顔を出してみた。
お肉を買い取ってあげれなかったしね。
店には廃建材を再利用したような木板が看板として掲げられている。『アウィ村出張診療所』の文字は自分たちで書いたのだろう、まだ幼さの残る字体だ。
扉には薬屋を示す、エリクサエリクシの花を象ったミスリル飾りが掛けられている。長く風雨にさらされていたような黒ずみに味がある。年に似合わず渋い趣味だと思う。
診療所内には誰もおらず、カイ君とイェリちゃんが可愛らしく挨拶してくれた。故郷で師の診療所を手伝っていたというだけあって手馴れている。
幼い二人だけで開くって聞いて心配していたが、問題なさそうだ。
と、思えたのは最初だけだった。
出てくる出てくる認識の甘さ。イェリちゃんがしっかりしているから大丈夫だと思っていたけど、やっぱり子供で田舎者であることに変わりはなかったってことだろうな。
途中で顔を出しに来たラェアさんと一緒になって説教じみたことをしてしまったが、こればかりは商売の先輩として見過ごせない。
税金だとか、法律に関することはきちんと手続きされているようだが、それ以外がまるで駄目だ。
確かに店を出すための最低限のことはしているが、最低限過ぎる。街では知らない人に頼ってはいけないって教わったって……。純朴な二人が詐欺被害にあわないためにそう言ったんだろうけど、教えた人、もう少し考えて教えようよ。まともに情報も仕入れられないほどに警戒心を植え付けちゃってたら駄目でしょうが。
商業組合を知らないといわれた時にはどうしようかと思ったよ。仕入先、販売先、宣伝、法的手続、人足雇用、店舗維持などなど、商売に関することは何でも手助けしてくれる組織であり、入らないのは後ろ暗いところがある場合だけだと教えたがどこまでわかってくれたか。
田舎しか知らないからか、そもそも組織という概念すら理解してくれたかどうか怪しい。
イェリちゃんは一生懸命覚書していたけど、カイ君はのほほんとしてるし、不安しかない。
とりあえず、今度一緒に組合に行こうな?
◇ ◇ ◇
◇ キユゥの日記 ◇
弟子であり甥でもあるアルに、学院の後輩たちが運営しているという診療所を紹介されました。
なんでも一級三種を持つ学院の教師陣の誰もが名を知っているほどの高名な薬師の弟子だそうで。
アル曰く、その本人たちもそれなり以上に優秀だという話でした。
けれど入学してまだ数日。評価を下すには早すぎる日数でしょう。
アルには、他人の評価は慎重に行うべきで、軽々しく下すべきではないと少しばかり説教じみたことを言ってしまいましたわ。見た目だけが優秀そうな方に、可愛い可愛い甥っ子が騙されてしまったら悲しいですもの。
それでも、年齢を言い訳にすることなく他の追随を許さなかったアルが、初めて興味を示した薬師見習いです。しかも年下で、二人も。我が弟子の良き好敵手となりうる存在なのか、調査が必要ですわね。
ふふ。こういうところが弟子に過保護だと言われる所以であることは分かってはおりますけれど。こればかりはわたくしの気性。変えるつもりはございません。
けれど、弟子の目は一応信じておいてあげましょう。わたくしの知人友人たちに新しい診療所ができることだけは紹介しておきます。
カイ・テータさんとイェリ・シェシーさんでしたかしら。彼らを顧客として引き込めるかどうか、見極めさせていただきますわ。
アルを連れてその診療所を訪ねました。『アウィ村出張診療所』と看板が出ておりますわね。
アウィ村、ですか? 聞いたことのない村ですわ。田舎の小さな村なのでしょう。
アルは冷静そうに見えながらもどこか落ち着かない様子で、早く中に入ろうと私を急かします。
確かに外観は立派です。古くはあるが小奇麗で、診療所としての落ち着いた趣もあって。これなら初見の客も安心して中に入りやすいですわ。
扉を押し開けると、カランカランとベルが鳴ります。
入って最初に見えるのは調薬台代わりのつもりなのか、なんの変哲もない机。そこに幼いともいえる少年少女が並んで立っており、「いらっしゃいませ」と明るく落ち着きのある声で挨拶をしてくださいました。
まあ、なんと愛らしい。第二次成長を迎えたアルからは日々消えていく可愛らしさですわ。
客への対応は、師の下で診療所を手伝っていたというだけあって文句なく合格です。内装も可もなく不可もなく。薬師は薬剤汚れに慣れてしまっているから、それがどれほど一般の方に受け入れづらいものか分からず、そのままにしている馬鹿も少なくないですのに。
第一印象で難があるのは、店員だけですわね。
いえ、彼らに非はないのですけど……。外見の幼さがすべての長所を打ち消してなお余りある欠点ですわ。
そして最初に勧められた品には、少しばかり耳を疑いましたわね。
学院に入学したばかりの、まだ薬師と称するのも憚られる見習いに、イトエリス病予防薬を挑まれるとは。
彼らとしてはアルに批評されることを望んでいるのでしょうが、まだアルには教えていませんもの。当然、わたくしがお相手いたしますわ。
手際は悪くない。技量も高い。薬師として診療所を構えているだけのことはある、と判断できますわ。
途中まではてっきり飲み薬だと思っていましたのに、まさかステーキを供されるとは。若さが故の独創性かしら。
味、効能、よどみない説明。
認めましょう。あなたたちは一人前の薬師ですわ。
アルも学院在学中とは思えぬ腕をしておりますが、それを上回っております。どちらかといえば知識が先行しているアルとは反対に、実践的に腕を磨いてきたのでしょうね。年齢を加味すればあり得ないほどの腕と評価すべきでしょう。
アルがあれほど気にかけていた理由がよくわかりました。
カイさんもイェリさんも、アルの良き友であり、良き後輩であり、好敵手となってくれることでしょう。
ですが。
一流だとはまだ言ってあげませんことよ?
◇ ◇ ◇