花の月 壱地の日 クラートの日記 / ラェアの日記
◇ クラートの日記 ◇
今日はとんでもないガキどもと知り合った。
カイとイェリ。この二人はとんでもない実力者だったんだ。近年見ないほど肝の据わった、常識はずれのやつらだったぜ。それとも、田舎ではこれが普通なのかね。
今日は地の日だから、いつも通り早朝から相方と外門に立っていた。そしたら、朝早くから十代前半の年若い少年と少女の二人組が外門にやってきたんだ。
不審に思ってどうしたのか聞いてみると、カトラの森へ薬草を採りに行くと言う。
薬草は確かに朝早く取った方がいいらしいと聞いたことがあるから、こんな早朝に道を歩いていたことについては納得した。
だが、森は危険が多い。一般人どころか、軍人でも気軽に行っていいところじゃない。カイとイェリは弓も持って武装してはいたがそれでも不安だ。もっと安全な場所だと思っているんじゃないだろうか。熊も出るし、盗賊だって出没すると報告されているんだぞ。
確かに規則上は外出を許可できるのだが、大人としての責務からすると許すことはできない。
だって危険だろ! 15にもなっていないような、まだ両親の下で保護されているべき子供だけで森に行くなんて。
こいつらの保護者は何を考えているんだ!
門番の仕事と大人の義務の妥協点として、俺が付いていくことにした。
そうしたら二人とも、特にカイがあからさまに嫌そうに顔をしかめやがったぜ。可愛げのないガキだ。
だがこれは譲れない。子供を見殺しにするなんてそんな寝覚めの悪いまねできるか!
道すがら話を聞いてみると、なんと二人は薬学院の生徒だという。
こんなガキが入学できるようなところじゃないはずだろう。一体どうなってんだ。そんなにこの二人が優秀だっているのかよ。信じられねぇ。
でも薬学院の生徒なら、わざわざ外に薬草を採りに行かなくても学院で支給してもらえるんじゃ?
そう思って聞いてみると、診療所を開くために薬草を採りに来たらしい。
マジで信じらんねぇ。診療所を開くって、ガキがしていいことじゃないだろ。それともあれか? 誰か大人がいてその手伝いをするって意味か?
不安なんで明日その診療所とやらに行ってみっか。大人もいないのに開くってんなら、止めさせないとな。
森に着くや否や、二人は目を輝かせてしゃがみこんだ。
俺にはよく分からねえが、いい薬草がたくさん自生していたようだ。持っていた籠にポイポイと薬草と思わしき、俺から見たらただの雑草が放り込まれていく。
護衛として周囲を警戒しながら立っていたら、あいつら、思いっきり俺を木偶の坊扱いしやがった。カイなんざ、「おっさん、邪魔」と言い放ちやがったんだぜ。
意識は薬草の方に向いていたから、俺をおっさんと呼んだのは無意識のことなんだろうが、そのほうがよほど堪えるぜ。
イェリすら俺に敬語を使っていなかったしな。「そこ! 足動かすなっ」って、命令口調なんだぜ。お兄さん、泣いちまうぞ?
ま、こんだけ地面に集中してると危ないからな。護衛に無理やりついてきてよかったぜ。
しばらく二人とも無心に薬草採取をしていたが、急に何かを警戒するように顔を跳ね上げた。
何だ? 俺には何も見えないし、気配も分からんが……。というか、さっきまでずっと草に熱中してただろうが。何に気づいたんだよ。
二人は俺に気配を消して動かないように言うと、弓に手をかけ、森の奥へと歩を進めていく。
イェリが言うには大きな獲物の気配がしたらしいが、俺にはさっぱりだ。危険ないかぎりは見守る方針で行こう。
二人の後ろから物音を立てないよう付いていくと、キト熊がいた。随分と立派なやつだ。
結構距離があったのに、この気配に気付けるとは。さすが田舎者というべきか。いや、これじゃ貶しているみたいだな。
二人は獲物を視認すると、頬を緩ませた。よほど嬉しいらしい。
でも、傍から見てると怖いぜ。ガキが熊見て嬉しそうに挑戦的な笑み浮かべてんだからな。
カイが気を引き締めなおすように頬を引き締めると、イェリもカイを見て一つ頷き、喜びの色が強かった瞳が真剣な色に支配され始めた。
二人の緊張が俺にまで伝わってくる。
まずはカイが矢をつがえて放った。矢は吸い込まれるようにキト熊の首の付け根へ。
随分と腕は良いようだ。一度で確実に、狙ったところを射抜くとは。
だが、さすがに熊ほどの獣になると、それだけでは死んでくれない。
ん? なんか妙にキト熊の動きが鈍くないか? いや、気のせいか。俺もそんなにキト熊を見たことがあるわけでもないしな。
第二射はイェリ。心持、ゆっくり振り返ったキト熊の足を容赦なく射貫く。
すると、キト熊の足元がピキピキと凍り始めたのだ!
こいつらは魔法も使えるのか!? しかも飛行物に付与するなんて高度な技を!
俺も魔法をかじっちゃいるが、もっと精神集中を必要とするし、付与は苦手だ。まして矢に付与して、遠隔で効果を発揮させるなど!
たしか、普通でも魔法をまともに発動させられるようになるまで二年、そこから物に付与できるようになるまでさらに一年。こいつらの領域に至るまでには五年近い修養が必要と言われている。ただし、魔法の才能のあるヤツが魔法だけに打ち込んだ場合の話だ。
こいつらはこの年で学院に入学し、あまつさえ高度な技術を要する魔法を何でもないことのように使えるというのか。
天才とはこういうやつらのことを言うのだろうな。
俺があっけに取られている間にも、二人の攻撃は続く。
イェリはキト熊を足止めするために、氷の魔法を付与した矢をその足元へ射続ける。
イェリが気を引いている間に、カイはキト熊の背後へと回る。
カイがもう一度矢を射かけると、目に見えてキト熊の動きが鈍くなる。
流血しすぎてなのか、矢に毒が塗ってあったのか、それとも何らかの魔法をかけたのか。俺にはその判別はできないがな。ハハ。
動きが鈍くなった瞬間を見逃さず、カイがナイフを手に襲い掛かり、首を切り裂いた。
血が吹き出し、辺りが赤く染まる。
けれど二人には一滴も血はかかっていない。よほど慣れているんだな。これはどう切ったらどう血が噴き出すかまで、計算しているのだろうから。
二人はキト熊の首を切り落として止めを刺すと、キト熊の周囲に結界を張って放置している。
なんだ? 何してるんだ?
血は首から次々と流れだし、地面は赤いその液体を吸収している。だが、血の生臭いにおいがしない。
そうか、ほかの獣が寄ってこないように結界で血の臭いを遮断しているんだな。となると、今やっていることは血抜きか。
まったく手慣れたもんだぜ。これじゃあ大人の立場が、護衛の立場がないじゃないか。
狩りの手腕に「凄いな」と褒めてみると、そっけなく「誰にだってできる」と返ってきた。
いやいやいや。そんなわけないから。
動く物に正確に当てるカイの弓の腕といい、動体物に付与魔術をかけるイェリの魔法の腕といい、それなり以上に研鑽を積んでいなければできないだろうに。
それとも何か? こいつらの住んでいた田舎ではこれが普通だっていうのかよ。どんな恐ろしいとこなんだよ、それは。
血抜きを終えると、カイとイェリはいそいそと帰る用意をし始めた。
そうだよな。キト熊って高いし、新鮮なうちに売っちまいたいよな。
と思ったら、燻製だの塩漬けだのと言った言葉が聞こえてきた。おいおい、ちょっとまて。この高級肉をそんな保存食にする気か!? 正気かお前ら。そこは売るところだろう!
どうやらこいつらには売るという発想がないらしい。俺は慌てて口をはさんだ。
売ったらどうだ、とな。
そしたらまぁ、素直に売る方向へと言ってくれてよかったぜ。こんな高級肉が保存食になるのを、指をくわえて見てはいられないからな。
そんなこんなで俺の濃い朝は終わった。
いやー、こんなガキがいるなんてな。世の中広いぜ。こういうのを天才っつうんだろうな。
それでも天才だからか田舎者だからか、常識はずれなところがあるから周りが気を付けてやらねぇと。
俺も、折々で気に掛けてやっか。
何はともあれ、楽しかったぜ、カイ、イェリ。
◇ ◇ ◇
◇ ラェアの日記 ◇
今日はかわいらしい狩人さんがやって来た。カイ君とイェリちゃん。
彼らはキト熊の肉をウチに売りに来たんだ。
イズ君の紹介と聞いていたから最初は、てっきりイズ君が何かの用事で手を離せないために、お使いに来たのだと思っていたよ。
よく考えれば違うことは分かるのにね。
イズ君は腕のいい肉屋で、高級料理店にも何店か下ろしているほどだ。
だけど基本的には庶民向けの肉屋であって、キト熊なんて高級食材を扱う必要性はない。ウチだってイズ君の店から買うのは一般に流通しているものの中で品質のいい肉を仕入れるためであって、高級肉は直接に腕のいい狩人に依頼している。
だから、イズ君の紹介ではあっても、イズ君のお使いということはあり得ない。
そうと気付かず、僕は珍しい肉を売りに来たなと思って対応に出たんだ。
そしたら違うと否定されてしまったよ。少し不快にさせてしまったかな?
話を聞くと、なんと自分たちでこの熊を狩ってきたらしい。
こんな小さい子たちが?
信じられなかったが、それよりも肉だ。
カイ君の腕もプルプルしているしね。
調理場の一角に案内し、そこの台に肉塊を置いてもらう。
包丁を取り出して肉塊から肉を一口大に切り取り口に含む。生肉はあまりよくないが、獲れたてのものだ。問題ないだろう。
肉の質は問題ない。そこまでいいものではないが、悪くもない。普通だ。
問題は処理である。血抜きもきちんとされていて余計な血の臭みがない。皮も綺麗に剥いであるため肉の痛みもない。
完璧な処理だ。
この齢でここまでの処理ができるなど、本当に薬学院の生徒なのだろうか? 本当は狩人見習いとかではないのだろうか?
買い取ると言うと、二人は心配そうにしていた顔をパアァと明るくする。
可愛い。
ついでにキト熊狩りは危険だからしないように注意する。
どうやら、キト熊にあったのは偶然らしい。
それはそうだよね。わざわざ誰がそんな危険なことを望んでやると言うんだ。
そう思っていると、診療所を開くという台詞が耳に飛び込んできた。
いくらなんでもそんな嘘は感心しないよ?
そう思って顔を出すというようなことを行ってみたが、ぜひ来てくださいと言われてしまった。
本当に開くみたいだな。まったく信じられないよ。
この短時間のうちに何回信じられないと内心でつぶやいたら済むんだろうか。
会ったばかりだというのに、この子たちの非常識さには疲れるよ。
あっ、こら、カイ君。
お客様のことを金蔓なんて思っちゃだめだよ! 顔に出てるからね!
◇ ◇ ◇