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花の月 壱地の日 今日は薬材を集めに森に行った (2)

 僕たちはキト熊を門番の二人に預けると、薬草の入った籠を置きにいったん家に帰った。薬草籠二つをイェリが、キト熊の僕達が食べる分の肉と薬になる心臓と肝を僕が持つ。

 空っぽの籠を持って歩いていた時とは違う、喧騒にぎやかな通りを歩く。


「まさかキト熊が獲れるなんてねぇ」


 本当、あんな森の浅いところまで熊が来ているなんて珍しいよね。


「まあ、よかったじゃない。薬の材料と美味しいお肉を手に入れて、その上、お金までもらえるんだから」


 両手に抱えた肉や肝を落とさないように気を付けながら、人の間を縫うように歩く。

 うーん。もう少し早めに切り上げて、人の少ない時間帯に帰ってきた方が良かったかな。

 お、家が見えてきた。


「ただいまぁ」


「ただいま。さ、カイ、残りの熊を取りに戻るわよ」


 いやいや。


「ちょっとイェリ、薬草を籠から出しておかないと。底の方の薬草がしなびちゃうよ」


「あっ」


「もー、イェリってば、変なところで大ポカするんだから」


「うっ、うるさいわねっ」


 イェリはブツブツ言い訳をしながら薬草を籠から取り出して、湿気のない日陰に並べている。僕も同じように、自分の籠から取り出すと家の隅に並べていった。




 薬草を籠から出し終えると、僕らはすぐに外門に向かった。

 幸いにも列にはほとんど並んでなかったので、順番はすぐに回ってきた。

 門番はまだ交代していなかったらしく、クラートのおっさんとその相方の門番さんが外門に立っていたよ。

 クラートのおっさんからキト熊を受け取ると、街へと取って返す。

 家の近くにあるいつも買い物しているお肉屋さんに売りに行く。


「こんにちは」


「こんにちはー」


 お肉屋さんの扉を開けると、いつもなら思わず眉をひそめてしまうほどの生臭いにおいがするのに、今日は気にならない。

 どうやらキト熊で鼻が慣れてしまったらしい。


「おや、イェリちゃんにカイ君。その肉塊はどうしたんだい?」


 肉屋のおじさんが、豚と思われる肉の解体を中断して、手をふきながらこちらにやってきた。


「これ、キト熊なんだけど、ここで買ってくれませんか?」


 イェリは僕が抱える肉塊を指差してそう言う。

 肉屋のおじさんは眼を見開いて驚きを現した。


「キト熊なんてどうしたんだい?」


「今朝、カトラの森に行ったらたまたま浅いところまでキト熊が来ていて。それで狩ったんです」


「狩ったって、まさか君たちがかい? キト熊を!?」


 肉屋のおじさんは大袈裟なくらいに仰け反って驚いている。

 そんな、そこまで驚いてくれなくても。子供じゃないんだから。


「そうですけど……」


 イェリもどうしてそこまで驚いているのか不思議そうだ。

 肉屋のおじさんは頭を大きく左右に振って、落ち着きを取り戻すと、諭すような口調を僕たちに向けた。


「いやいや、いくら何でもそんな嘘は信じられないよ。嘘をついてはいけない」


「嘘じゃありません!」


「嘘じゃないよ!」


 失礼な。僕とイェリは即座に肉屋のおじさんの言葉を否定する。


「本当に私たち二人で狩りました。嘘だと思うなら門番のクラートさんに確認してください。きっと証言してくださいますから」


「そ、そうか、すまないね。本当に君たちだけで狩ったなんて信じられなくて。でもそこまで言うなら本当なんだろうね」


「どうして誰も彼も信じてくれないんだろう」


 みんな僕たちがキト熊を狩れるほど強いことを信じてくれない。


「それは仕方がないよ。キト熊は本職の猟師でないと狩れないような獰猛な獣だからね」


 え?

 こんなの、魔法の付与さえできれば簡単に狩れる獣なのに?


「熊なんてどれもそうだよ。森で出会ったらまず逃げろ、狩ろうだなんて思うな。そう言われるカトラの森の主だからね」


 街と村じゃずいぶん認識が違うんだなぁ。

 確かに村でも僕たち以外は誰も熊を狩ってきたりはしなかったけど、それは肉の量が多すぎるからだろうし。


「それにしても、どうしてわざわざ森に行ったんだい? キト熊の肉がそんなに食べたかったのか?」


「いえ、薬草を採りに行ったんです。明日、診療所を開くので」


「おお、そうか。前に言っていた診療所、明日からなのか。こりゃ絶対に顔を出さねばな」


 おお。アル先輩、クラートのおっさんに続いて金蔓第三号、確保だ!


「ありがとうございます。それで、この肉を買い取ってほしいんですけど……」


「ああ、そうっだったね。いやすまない。ウチでは買い取れないんだ」


 な、なんだってー! もしかして、キト熊って街ではそんなに価値ないのかな? でも、クラートのおっさんは売れるって言っていたし……。


「な、なんでですか?」


「高すぎるんだよ」


「高い?」


「ああ、キト熊ほぼ丸々一頭分だと金貨の価値があるが、ウチに金貨は置いてなくてね。だから買い取れないんだ。すまないね」


 肉屋のおじさんは申し訳なさそうに、軽く頭を下げた。

 そっか、キト熊ってそんなに高いんだ。でもどうしよう。売れないとなると、やっぱり燻製と塩漬けかな。いい金額になるのにもったいない。

 僕もイェリもしょぼんと肩を下げた。


「代わりと言っては何だが、買い取ってくれるであろう所を紹介しよう」


「え、そんなところがあるんですか!?」


 肉屋で買い取ってはくれない肉を買い取ってくれるところが?


「ああ。ウチが懇意にしてもらっている高級料理店があってね。そこならきっと買い取ってくれるだろう」


「高級料理店、ですか」


「そうなんだ。君たちはまだ王都に来て日が浅いから知らないかもしれないが、王都では有名な料理店なんだよ」


 そう言って、肉屋のおじさんは手近にあった紙に地図を書いて渡してくれた。


「ウチからの紹介だと言えばきっとわかってもらえるから。行ってみると良い」


「ありがとうございます!」


「ありがとう!」




 紹介してもらった料理店は、『ラエ・アネス』というらしい。なんでも、高位貴族様御用達の超高級料理店だとか。

 王都の中心部、貴族様達の屋敷の並ぶ街並みの中を、少しきょどきょどしながら肉を担いで歩く。

 僕たち以外はみんなすごく立派な服を着ているから少し気後れしちゃうや。


「ねえ、私たちこんなところに居ていいのかな?」


「イェリ、いつもの図太さはどこに行ったんだよ。ちゃんとした目的があってきているんだから、問題ないって」


「でもなんか、騎士っぽい人たちに見られてるわよ」


「そりゃ目立つだろうけどさぁ。変なことしてるわけじゃないし、大丈夫でしょ」


 イェリってば心配症だなぁ。

 確かに、建物も学院並みに立派なものが並んでいて、尻込みするのは分かるけどさぁ。

 騎士さんたちだって、そりゃこんなでかい肉塊抱えて歩いてたら注目するでしょ。外門から肉屋さんまでだって結構注目されてたじゃないか。それと一緒だよ。


「そう、かな。でも、それに、その料理屋さん。急に行って買い取ってくれるかなぁ」


「駄目だったら、今度こそ燻製になるだけでしょ」


 お、見えてきた。赤煉瓦造りの立派な建物に、『ラエ・アネス』の看板が出ている。


「ほら、お店の看板が見えてきたよ。多分あれだよね。怯えてないで早く売りに行こう」


「だ、誰が怯えてるっていうのよ。怯えてなんかいないわよ」


 はいはい、分かった分かった。

 って、あ、ちょっと待って。そんなにすたすた歩いて行かないでよ。肉持ってるの僕なんだから、イェリだけで行っても意味ないよー!




「あのー、おはようございますー」


「お邪魔しますー」


 そおっと裏口から『ラエ・アネス』の店内に入ると、中では料理人さんたちが忙しそうに包丁を動かしていた。

 僕たちが恐る恐る声を掛けると、野菜がたくさん入った箱を運んでいたの料理人さんが気付いて応対してくれた。

 まだ若く、下っ端さんのようだ。

 箱を重そうに抱えたまま、じろりと僕らを睥睨する。


「なんだ、君たちは。忙しいんだ。ここは平民の子供が来ていいところじゃないぞ」


「あの、私たち、キト熊の肉を売りに来たんです」


「はぁ? そんな冗談に付き合っている暇はないんだ。ほら、帰った帰った」


 下っ端の料理人さんは顎をしゃくって、僕らを追い払おうとする。

 ひっどいなぁ。僕たちは野良犬じゃないんだぞ。いきなり来た僕らも悪いけど、この料理人さんも感じ悪いや。


「本当に売りに来たんです。肉屋のイズさんから、ここでなら買い取ってくれると紹介されて……」


 イズさん? そう言えばあのお肉屋さん、イズってような名前だったっけ。

 イズさんの名前を聞いた途端、下っ端の料理人さんも話を少し聞き入れてくれる態度になった。

 あからさまだなぁ。僕らに信用がないのは分かるけどさ。


「イズさんが?」


「はい。イズさんのところでは高価すぎて買い取れないけど、ここでなら買ってくれるだろうって」


「確かに、本当にキト熊だったらイズさんのところじゃ無理だろうけど……。ちょっと待ってろ。料理長呼んでくる」


「ありがとうございます!」


 イェリってば露骨に顔を晴らしちゃって。そんな破顔しなくても。ほら、料理人さんも苦笑してるじゃないか。

 ま、そういう僕も、第一段階を突破出来てほっとしているけど。




「君たちがイズ君の紹介でキト熊を売りに来た子たちかい?」


 髭をきれいに整えた、壮年の料理人さんが奥から出てきた。優しそうな印象の柔和な笑顔に引き込まれそうだ。

 当然のようにイェリが一歩前に出て応対する。


「は、はいっ」


「そんなに硬くならないで。取って食ったりしないから」


 壮年の料理人さんはちらりと僕の抱えている肉塊に視線を遣ると、僕やイェリとしっかり視線を合わせた。

 なんだか見定められているような感じがするや。


「僕はここ、『ラエ・アネス』の料理長をしているラェアだ。よろしく」


「私はイェリ・シェシーです。王立薬学院の生徒でもあります」


「僕はカイ・テータ。同じく王立薬学院の一年生」


 僕らが自己紹介をすると、今までの大人と同じくラェアさんは目を丸くした。


「凄いね、そんなに若いのに」


 もうそういうのはいいから。驚かれて褒められるのはもう飽きたから。それよりも、いい加減、腕が痺れてきたよ。イェリ、話を進めてー。

 僕の無言の訴えに気付いたのか、イェリが肉塊の説明をしてくれる。


「あの、それでお肉のことなんですけど」


「ああ、そうだったね。売りたいのはカイ君の持っている肉塊かい?」


「はい、今朝カトラの森で狩ったばかりのキト熊のお肉です」


「ん? イズ君のお使いできたんじゃないのかい?」


「いいえ。僕たちが狩って来たんです」


「そうか、すまない。勘違いをしていたようだ。味見をしてみてもいいかな?」


「もちろんです」


 味見って、まさか生のまま食べるのかな? 熊肉の生はあまりお勧めしないんだけど。

 僕が机の上にキト熊の肉を置くと、ラェアさんはどこからともなく包丁を取り出し、一口大に肉片を切り取った。そして近くの火で軽く炙り、ぱくりと口の中へ放り込む。

 どうなんだろう。

 ラェアさんは難しい顔をして口内の肉を噛みしめている。

 駄目かなぁ。買ってくれないかなぁ。

 ラェアさんは肉片を食べきると、大きく頷いた。


「とてもいい肉だよ。血抜きもうまくできている。ぜひ買い取らせてもらおう」


 にっこりとラェアさんは顔をしわくちゃにして微笑む。めちゃくちゃ嬉しそうというか、美味しそうだ。

 わぁっ。


「ありがとうございますっ」


「ありがとうっ」


 ラェアさんは店にいた他の料理人さんたちに指示して、キト熊の肉を厨房の奥へと運び込ませた。そして、僕らに金貨の入った袋を渡してくれる。

 やったね。これで当分の生活費にはなるぞ。


「君たちはわざわざキト熊を狩りにカトラの森まで行ったのかい? いくらキト熊が高く売れると言ってもそれは危ない。今日は運が良かったようだけど、今度からはやめなさい」


 都会の大人はみんなそう言うんだな。そんな危険じゃないと思うんだけど。


「いえ、そうじゃなくて薬草を採りに行ったんです。キト熊を見つけたのは偶然で」


「明日、診療所を開くんだ。良かったら来て」


 ついでに宣伝しておこう。イェリが睨んでるけど気にしなーい。

 診療所には生活費がかかってるんだから。イェリ、礼儀も大切だけど、それより僕らの生活の方が大事だと思うぞ。


「診療所をその齢で」


 ラェアさんは目をまん丸にした。そしてすぐに眉をひそめた。

 まあ、子供が診療所をやるって言ったら不安にもなるよね。何の実績もないし。


「ちゃんと許可証は取ってますから」


 そうそう。イェリの言う通り。それに、それなりに腕は確かなんだよ。

 許可証があると言ってもラェアさんの顔は曇ったままだ。

 何か他に安心させられる材料はないかなぁ。

 ……そうだ。


「僕たちの師匠、一級三種の薬師資格を持ってるんだ」


「そ、そうです。そんな師が診療所を開いても大丈夫だと太鼓判をもらえる程度には、私たちは腕持ってますよ」


「そうか。薬学は専門外だからそれがどんなにすごいことか分からないけど、師からも認められていて許可証もあるなら大丈夫なのだろうな」


「はい、ぜひ遊びにいらしてください」


 にっこり。笑顔は客商売の基本なのです。

 ――金蔓第四号、入手。

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