四話
圭兎は殺した。生きた人間ではない。だが、人間と大差ない存在のゾンビを殺した。
「うっ...」
圭兎はパトリックを殺した瞬間を思い出して吐き気がした。
気分を悪くしている途中、後ろから人の気配がしているのを感じ取った。圭兎はその気配から逃げるように近くの庭に入っていった。
後ろの気配が慌てたように圭兎を追いかけてきた。
「お前かよ!?」
圭兎は後ろの気配から逃げたように見せかけて、庭に入ってすぐの所に隠れていた。
後ろの気配は圭兎の予想通りの行動をした。圭兎は後ろから追いかけてきていた気配を見た。
その後ろから追いかけてきていた正体は、少し前に圭兎達の前に降り立った神の一人だったので驚いて思わず声を上げた。
「何の用だよ。もしかして、俺を殺しに来たか?」
圭兎は神に質問した。
「いえ。殺しに来た訳ではありません。貴方と一緒に行動するように言われたからです」
圭兎の質問に神はすんなりと答えた。
「美佐のことだ。何かあってだろうな。それだったら仕方ないな。わかったよ。これからよろしく」
圭兎は神の言葉を聞いて納得してすぐに挨拶をした。
「は、はい。これからよろしくお願いします。それより、どうしてあの人からとわかったのですか?」
神は圭兎のすんなりと言った言葉に思わず返してしまったが、すぐに圭兎に質問をした。
「ん? それはアイツ以外は俺のことを恨んでいるか殺そうと思っているからさ。それに、美佐以外はお前に命令出来ないだろうしな。もし出来たとしても、お前が言うこと聞くわけがないし」
圭兎は神の質問に迷わずにすぐに答えた。
「そう...ですか」
神は圭兎の言葉に少しだけ言葉がつまった。
「あ! お前の名前をつけなくてはな」
圭兎はふと思い出してそう言った。
「別にいいですよ」
神は遠慮して圭兎に言ったが聞いていなかった。
すると、雨が降ってきた。
「ヤッベ!? しかもこの場所、庭のクセに家がねぇのかよ!? 仕方ない。ここから一番近い建物に行くか。ついてこい!」
圭兎は現状を見て愚痴りながら、すぐに神に指示を出した。
雨が降り始めてから数分が経った。圭兎たちは、なんとか建物を見つけてそこへ走った。
「はぁ...。濡れちまった」
圭兎はため息を吐きながら言った。そこへ少し遅れて神が来た。
「ふぅ...疲れた...」
神は圭兎より濡れていた。圭兎はその姿に見とれていた。
なぜなら、体に服は少しだけへばりついていて逆にそれが艶かしく見えた。それ以外にも髪は濡れ、その髪に付いた水滴は日が出ていないのに何故か光っていたからだ。
「な、なんですか?」
神は圭兎が自分を見ているのに気付いて恥ずかしそうに言った。
「あ、いや。お前の名前が決まったから今から言って良いのかな? と思ったからだ。悪いな。顔をじっと見て」
圭兎はさっきからずっと思っていた事を隠し今、思い付いた事を言った。
「良いですよ。今からでも」
神は圭兎の本心に気付かずそう言った。
「じゃあ、言うぞ。お前の名前は『あまみ』だ」
圭兎はそう言った。
「あまみ...ですか」
あまみはそう言った。だが、圭兎は
「今、思い浮かんだ漢字を全部地面に書いてくれ。ここにはなぜか、木の棒と土があるからな」
とすぐさま言った。
「わかりました」
あまみはそう言うと地面に書き始めた。
「えっと...なになに」
あまみが書き終わったのを確認して圭兎は地面に書かれた字を見た。
「甘味、天美、奄美...全て違うな」
圭兎はあまみが書いた字を全てチェックしたが、圭兎が思い浮かんだ字と全く違うかった。
「あまみという漢字はこういう字だ」
圭兎はそう言うと地面に書き始めた。
書かれた字は
雨美だった。
「どうしてですか?」
雨美はその字を見て疑問を感じたので圭兎に聞いた。
「どうしてって言われてもな...本当に頭に思い浮かんだからだけどな。まぁ、簡単に言うと理由はない」
圭兎は雨美に言われたことを考えても何も思い浮かばなかったのでそう言った。
「そうですか。別に良いですよ。私この名前を気に入りましたし」
雨美は笑顔でそう言った。
「じゃあさ。敬語も無しにしようぜ。俺達これからしばらくの間、一緒に行動するんだしさ」
圭兎は雨美にそう言った。
「でも...いや、わかりました。次に喋る時からそうさせてもらいます」
雨美はそう言った。
「あぁ、わかった。じゃあ、改めてこれからよろしく」
圭兎はそれで納得し、前にした挨拶をもう一度した。
「はい。こちらこそよろしく」
雨美は敬語とタメ語が混ざった言い方で挨拶した。
あれから、少しだけ時間が経った。
雨は上がったが圭兎たちはまだ濡れたままだ。
雨のおかげで今までずっと血まみれだった圭兎の体はきれいになった。
「...ヤバいな。このままじゃ風邪を引く。雨美。雨も止んできたし、銭湯を探すぞ」
圭兎は、出そうなところでくしゃみが止まって少しイライラしていたが、なんとかいつもの声で雨美にそう言った。
「そうだね。でも、衣服はどうするの?」
雨美は前よりはだいぶん砕けた感じで言えた。そのためか、嬉しそうだった。
「服? あぁ、お前は嫌だろうが店から貰ってそれを着る」
圭兎は自分でも嫌だったのでストレートに言わず、意味は同じだが少し言葉を変えて言った。
だが、雨美は嫌そうな顔をした。雨美のその反応にやはりなと圭兎は思った。なので、
「冗談だ。銭湯を見つけたら、俺が一人で近くの服が売ってある店に行って金を置いて買って来る。その間、お前は風呂に入っとけ。入りかた位分かるだろ」
圭兎はそう雨美に指示を出した。
「わかった。なら、お願い。入りかたは知っているし。それと別に服は適当で良いわよ」
雨美は少し疑問を感じたが変に追及はしなかった。
「なら、良かった。お? ちょうど良いタイミングで銭湯が見つかったな。じゃ、そういうことで。後でな」
歩きながら話していたので銭湯がすぐに見つかり圭兎は雨美と別れて、そう言い残し走って行った。
数十メートル位、離れてから圭兎は後ろを一応見た。すると、雨美は何か言いたげな顔をしていた。だが、圭兎はそれを無視し走っていった。
(悪いな。金は払わない。念のために置いとくからな)
圭兎は走りながらそう思って雨美に心の中で謝った。
圭兎は二人分の服を近くのお店から貰ったのでさっき雨美と一緒に見つけた銭湯の前に戻ってきた。そして、銭湯の出入口をくぐった。
外見はボロかったので中もボロいだろうなと圭兎は思っていたが中は綺麗だった。ただし、一番大事な男湯か女湯に別ける垂れ幕が無かった。
「どっちがどっちだろう?」
圭兎は分からなかったので誰も答えないのにそう呟いた。すると、左から水音が聞こえた。だから雨美は左に入っているんだろうなと思い右の方へ行った。
「えっ?」
だが、雨美は右にいた。しかも、今風呂を出たばかりだった。圭兎はその姿を見て声を上げてしまった。なので、雨美がその声に振り向いた。そして目があった。
「あっ?」
雨美はそう言った。顔が徐々に赤くなっていった。
「何かいうことは?」
雨美は声を少し低くして言った。完全に怒っていた。
「お前、その耳と尻尾アクセサリーじゃなかったんだな」
圭兎は今まで皆が気になっていたけど避けてきた事を言った。
「アクセサリーじゃありませんよ。それ以外は?」
雨美がそう言った。圭兎は分かっていたが違う事をわざと言った。なので、本当に言わなくちゃいけない事もわかっていた。
「ごめん! わざとじゃないんだ!」
圭兎は謝って言い訳をした。
「わかってるよ。じゃ、今からされることもわかっているよね?」
雨美はそう言い圭兎を睨んだ。
「あぁ、わかっている」
圭兎はそう言った。
「じゃ、遠慮なくするね」
そう言い雨美は圭兎を思いっきり殴った。アッパーだった。だが、圭兎は
(あれ? 殴る方だったのかよ! てっきり俺は叫ぶのだと)
と思っていた。天井に顔が近づいて来たのでこのまま埋まるんだなとも思っていたが、タオルで追い討ちが来て壁に激突した。
「あ、やり過ぎた」
と言う雨美の言葉を最後に圭兎は気を失った。
あの出来事から数分が経った。圭兎は目が覚めた。
「ん...ん? あれ? ここは?」
圭兎は事態が最初は掴めなかった。次第に思い出してきた。完全に思い出した時に雨美と目があった。そして、今の状況を完全に理解した。
雨美に膝枕されているこの状況を。
「目が覚めた?」
だが雨美は、いつも通りの口調で言った。
「あぁ、目は覚めた! そして、ごめんなさい!」
圭兎はそう言い雨美の膝から勢いよく転がった。周りの状況を見ずに。
「うっ、!?」
そのため、圭兎は近くにあった椅子に頭をすごい勢いでぶつけた。
「...」
圭兎は目を開けた。すると、‘椅子の下’にいた人と目があった。圭兎は自分が青ざめていくのを感じた。そう、‘椅子の下’に人がいたからだ。そして、
「ぎゃあああああ!!」
「きゃあああああ!!」
と二人分の声が聞こえた。
一方その頃、左にある銭湯ではエリカ·タンダク達が入っていた。
「ふぅ。今日は疲れたぁ」
クラル·エルザは、浴槽の中に浸かりながらそう言った。
「確かにそうだよね!圭兎さんがパトリックさんを殺したのも今日だよね!あ...ごめんなさい。エリカさん」
ミリカ·リンジカは、クラルの言葉を肯定して今日の出来事を言ってからしまったと気づいてエリカに謝った。
「大丈夫よ、ミリカちゃん」
エリカはミリカにそう言って微笑んだ。
「いや、でも!」
「ハイハイ。暗い話はここでおしまいね」
ミリカが何か言おうとしたが、ミレイ·レイシンが止めた。
「そういえば、トシカリ君も一緒に入れば良かったのにね」
ミレイがそう言うと、そこにいる皆が
『遠慮します』
と声を揃えて言った。
トシカリは皆が銭湯に入ろうとすると
「僕は今日の寝床を探してくる」
と言っていなくなった。なので、気を使っていなくなってくれたのだとミレイ以外は理解した。だが、ミレイだけは出来ていなかった。
「そういえば、圭兎さん達こっちにきたと思ったけど来てなかったね」
クラルがそう言った。
「確かにこっちにきたと思ったんですけどね」
蘭駈鏡子はそう言った。
「そういえば、あの時はいきなり圭兎君達が走り出したから尾行がバレたかと思ったよ」
ミレイはそう言いながら微笑んだ。
皆は圭兎があの時パトリックを手に掛けた時の状況を後で詳しく美佐から聞かされた時に女子陣は圭兎は何か理由があってパトリックを手に掛けたと確信した。だが、トシカリだけは否定していた。そのトシカリは今、ここにいない。なので、この浴場には圭兎の事を悪く言う者はいない。そのためかここでは皆、圭兎の事を志水と呼ばず圭兎と読んでいる。そのおかげで楽しく話している。すると、
「ぎゃあああああ!!」
「きゃあああああ!!」
という叫び声が聞こえた。
「え? 何?」
エリカはいきなり声が聞こえたのでテンパっている。
「大丈夫です。空耳だと思いますよ。ほら」
美佐はそう言うとエリカ以外の皆を指さした。皆は、特に何の反応も無かった。
「ごめん」
エリカは小さな声でそう言った。
圭兎は叫んでいて不思議に思った。叫んでいるのが雨美じゃなかったからだ。ならこの場所で叫び声を上げれるのは一人しかいない。
「もしかしてお前、普通の人間か?」
圭兎は椅子の下にいる存在に話しかけた。
「あれ? もしかしてその声、圭兎?」
椅子の下の人間はそう言った。だが圭兎は、椅子の下の人間が自分の名前を知っていたので驚いた。
「あれ? わからない? あたしだよ。中三の時に同じクラスだった、あのいつも真っ赤な服を着て怖がられていた黒髪黒目の初瀬川弧卯未だよ」
圭兎はそう言われて思い出した。中三の三学期の半ばで失踪したクラスメイトの名前がそうだったと。
「あぁ、初瀬川か。失踪したって聞いたけどまさか、別の世界に来ていたとはな」
圭兎は興味無さそうに言った。
「え!? ここ別の世界だったの!? 初めて知ったよ。それより、失踪したクラスメイトが見つかったのにリアクション無いの?」
弧卯未はそう言うと半目で圭兎を見た。その言葉に圭兎は
「わぁ、驚いたぁ。無事で良かったぁ」
と棒読みで言った。
「はぁ。前からそんな感じだったし良いけど」
弧卯未は呆れていた。
「それより、その美少女誰?」
弧卯未は雨美を指して言った。
「こいつか? こいつは今一緒に行動してる人」
圭兎はそう言った後、今まであった事を全て包み隠さず弧卯未言った。もちろん、パトリックのこともだ。
「そう...なの? いろいろ大変だったね」
弧卯未はパトリックのことを触れずにそう言った。
「ま、そんなことよりこれからしばらくの間、一緒に行動するからよろしくね」
弧卯未は圭兎にそう言った。
「あ、あぁ。よろしく」
圭兎は突然弧卯未にそう言われて驚いたが、ちゃんと挨拶をした。