三話
忌楼は目を覚ました。昨日と同じ部屋。
だが、状況が違った。
今の状況は右に寝返っても、左に寝返っても人が居た。
最初は誰だと思い考えた。あぁ、実験の監視役の初瀬川夫妻だとすぐに思い出した。
だが、何か別の大切なことを忘れている気がした。
忌楼が布団から出ようとすると、横の二人が突然起き上がった。
「あうっ」
忌楼はその二人を避けるため、ベッドを急いで出て行くと壁にぶつかりそうになったので避けようと一回転して方向転換をしたら、急いで出た時の勢いのままだった為、バランスを崩し倒れはしなかったものの右足の踵を机の角にぶつけて、そう声を上げた。
忌楼がその後、無言で踵を抑えながら痛がっていると完全に目が覚めた初瀬川夫妻はその光景を微笑ましく見ていた。
その夫婦の様子を見た忌楼はこの歳になってと妙に恥ずかしく思った。
それから数分後。湖は
「ご飯よ」
と言った。忌楼が無言で、紅は子供の様に喜んで行った。
そして、机の上に置かれたのは忌楼が見た事のない形で、見た事のない物が上に塗っている、嗅いだ事のない匂いを放っている、パンだった。
紅はそのパンを美味しそうに頬張っていた。
「あぁ、これは食パンって言う西洋の麦餅よ。そして、上に塗っているのはバターという乳製品よ」
忌楼は湖に麦餅と言われ食べれるものだと確信した。
紅は「ちなみにこのバターは湖の自家製だよ」とどうでもいい事を教えてきた。
「はむ……。うっ」
食べれるものだと確信して気になったのでそれを食べて、しっかりと噛み締めていると突然声を漏らした。
「どうしたの? もしかして口に合わなかった?」
湖はそう心配した。
すると、忌楼は首を横に振り「美味しい」と言った。そして、慌てて食べ始めた。すると、喉を詰めたらしく苦しそうな声を漏らした。
その様子を見た湖は慌てて水を飲ました。「ありがとうございます」と忌楼は微笑んだ。
初瀬川夫妻はパンでこんなに興奮する人初めて見たと思った。
だが 、何か昨日と様子が違うと初瀬川夫妻は感じた。
朝の家事を終えると初瀬川夫妻は昨日と同じ事を聞いた。
「何しようか?」
初瀬川夫妻は答えが分かっていることを忌楼に聞いた。
だが、「そちらが決めてください」と微笑んで言った。
その言葉は初瀬川夫妻にとって驚くべき事だった。
なぜなら、前日と同じく「実験の事について教えてください」と言うと思っていたからだ。
すると、夫婦揃って
「ちょっと、出かけてくる」
と言って部屋を出て忌楼が出ない様に部屋を施錠した。すると忌楼は
「いってらっしゃい」
と呑気に言っていた。
廊下を二人は不安に駆られながら走り抜けて自分達の部屋から一番近くて一番よく使われる部屋に来た。
そして、そこに求めていた人物が居る。
その人物は呑気に
「おはよう。二人共。どうしたんだい? そんなに慌てて。それより、実験動物の状態はどうだい?」
と求めていた人物──研究長がそう言っている。
紅は研究長の質問を無視し単刀直入に本題に入ろうとしている。
「忌楼に何をしたのですが?」
紅は極めて落ち着いている様に聞く。だが、内心は全然落ち着いていない。
「何をしたってどういう事だい?」
研究長が質問に質問で返してきたので、さらに苛立たせる。だが、表面上は落ち着いている様にしている。
「昨日、何かしたのでしょう? 例えば」
「例えば、あの実験動物から親と普通に生きていた時の記憶を消したりとかかね?」
紅は予想通りと思いながらも、冷静を保っていられなくなり、今すぐ研究長を自分のポケットの中にある銃で殺そうとしたが何とかその衝動を抑え込んだ。
「どうしてそんな事を?」
紅はいつも通り言おうとしたが、少しだけ声が低くなりながら聞いた。
「それには二つ理由がある。一つ目は実験が成功した時にクローンを作るって昨日話したね。そのクローンを完全にするためだよ。二つ目は過去の記憶があったら後々面倒なことになりそうだからだよ。三つ目は私の趣味だね。いや、失敬。これじゃあ、三つだね」
紅は銃をポケットから抜き放った。なぜなら、許せなかったからだ。主に最後の一つが。
そして、銃で撃った。研究長の頭と心臓を。
紅は銃を撃つのに躊躇いはなかった。
すると、研究員の一人が来た。その研究員も、もちろん銃を支給されている。
やばい、研究長を殺した場面を見られた。殺されるな。
紅は覚悟した。
だが、数秒待ったが殺されなかった。
紅と湖は不思議に思いその研究員を見た。
すると、研究員は内ポケットの中から何かの薬を二本取り出した。それは、研究長が作ったゾンビの胃液とは色自体違う。
その薬を研究員は研究長と自分に打った。
すると、研究長の身体が動き始めた。
「まさか、ゾンビの胃液!?」
紅は驚きのあまりそう声を出した。
「しまった!?」と紅は思い身構えた。
だが、そんな構えも無意味。
研究長は人間とは思えない動きをした。
そして、研究長の腕は紅の心臓に近づいて行った。
紅と湖は目を瞑った。
だが、いつまで経っても来ると思っていた痛みが来ない。
紅は恐る恐る目を開ける。
すると研究長が今、まさに研究員の首を斬っている。研究長は手に持っているのは、紅が胸ポケットに入れていた護身用のナイフだ。
研究長は斬った首を自分の首が有った場所にはめると、首が身体に付いた。
「っ!?」
紅と湖が息を飲んでいる間に研究員の心臓をくり抜いて自分の動いていた心臓が有った場所に当てた。
すると、中に入っていき、もう動いていない心臓が飛び出てそして、くり抜いた心臓が研究長の心臓になった。
「これは、私が作ったゾンビの胃液を改良して私が作ったゾンビの胃液の応用版みたいな物よ」
研究長は顔が殺した若い女性の研究員の物になり、研究員が打った薬が入っていない注射器を手に取ってその研究員の女性がしたことも無いような表情をしている。声は研究員の女性のままだ。
「あぁ、そういえば一応言っておくけどここの研究員達は貴方達以外皆、私のクローンってオチじゃ無いから」
研究長は今思い出し言った
「教えてあげると、催眠薬だけどね。研究員達は色々飢えているから便利なのよ催眠薬。どんな風に飢えているかと言えば、ある人と一夜共に過ごしたいとか、若返りたいとかそんな感じよ。だから、私が催眠薬やその要望に合う様な薬を作ってあげたの。そして、常連になって来た頃、また、やって来て要望を私に言ってそして、要望に合う薬と効果が上がる薬と言って催眠薬を上げただけだよ」
研究長は長々とそう語った。
だが、紅と湖は戦意喪失して、もうそんな事耳に入って来なかった。
「これで分かったでしょ。私に反抗しても無意味だって。でも、たまにはこういうの面白いから良いよ。さ、帰って実験動物の監視をしなさい」
初瀬川夫妻はそう言ってこの部屋を追い出された。もう、研究長の言う通りにするしか無かった。
夫婦は部屋に帰った。すると忌楼は
「おかえりなさい。遅かったね。と言っても十分位しか経って無いけどね」
と笑顔で言った。初瀬川夫妻はその忌楼の笑顔で無力さと温かさで泣きそうになった。




