六話
孤卯未は毎晩病室を抜け出して忌楼に会いに行っていた。
最初は、忌楼は老夫婦が言っていた幽霊じゃないかと、心の隅では疑っていたが、今になってはそんなことがあったことさえ忘れている。
孤卯未は忌楼に毎晩色々な話をしている。
そのおかげか忌楼は最初に孤卯未に会った時より表情も豊かになり色々な知識が頭の中にある。
孤卯未は忌楼に色々なことを話しているおかげで、ある記憶も少しずつ思い出している。
それは、今まで全く思い出せなかった両親のこと。
完全に思い出せていないので孤卯未は忌楼にその話はしなかった。
入院して五ヶ月が経った。
梅雨が終わり蝉が鳴き始めた初夏に孤卯未は医者にしては若い、二十代位の孤卯未の担当医の女性に診察室に来てくださいと言われた。
「失礼します」
孤卯未は小声でそう言い診察室の扉を静かに開けた。
薬がたくさん置かれて薬品の匂いが充満した通い慣れた部屋に足を踏み入れた。
孤卯未の声を聞いた医者は無言で椅子に手を向けた。その行動に疑問に思っていた孤卯未だが、すぐに座ってという合図だと理解し座った。
「貴女には明日、退院してもらいます」
診察室の椅子に座ると突然そう言われ、孤卯未は反応できなかった。
「どうしたのですか? 嬉しく無いのですが?」
孤卯未からの反応が無かったので医者は疑問に思いそう聞いた。
「いえ……嬉しいのですが突然でしたので」
孤卯未はそう言った。
だが、本心は全く嬉しく無かった。
なぜなら、忌楼にもう、二度と会えなくなる気がしたからだ。しかも、雨がここ数十日降り続いたので、忌楼に会えてい無かったからだ。
「そうですか。なら良かったのですが。本日の用事以上です。明日、私は出張なので会えませんから今言っときますね。退院おめでとうございます」
普通の医者が言う時より、明るい笑顔でそう言った。
孤卯未は妙に明るいなと思いながら、「失礼します」と言って診察室から退室した。
夜になった。
孤卯未は忌楼に会いに行こうと思って、病室を抜け出そうとした、孤卯未は念のために行く前に窓を開けて雨が降っているか確認しようと思い行動に移した。
窓を開けた。
すると、外はまるで、孤卯未と忌楼が会うのを阻止する様に土砂降りだった。
それでも孤卯未は、行こうと決意した。
会わなくてはならないと。そう思い、孤卯未は窓を閉め病室を出ようとした。
すると、窓が密かに揺れた。
孤卯未は雨のせいだと思い、無視して病室を出ようとした。
だが、無性に開けなくてはならないという衝動に駆られ思い切って開けた。
すると、忌楼がいた。
孤卯未はあり得ないと否定しようとしたが、ここが一階であることに気付き、あり得ると思った。
孤卯未は個室だった事を良いことにすんなりと忌楼を招き入れた。
忌楼はびしょ濡れだったので、孤卯未はタオルを自分の病室の中から探し始めた。
タオルはすぐに見つかった。
孤卯未はそのタオルを忌楼に無言で渡した。
「…っ!?」
孤卯未は息を飲んだ。
なぜなら、あんまり表情が変わらない忌楼が優しく微笑んだからだ。
忌楼は孤卯未の知っている範囲では今まで少ししか笑ったことがない。
どれだけ、面白い話をしても少ししか笑わなかった忌楼が今まで見たことの無い程の笑顔を見せたからだ。
孤卯未は何かおかしいと感じた。
だが、何があったか聞く気にもなら無かった。
きっと、何があったか話してくれると信じ待った。
すると、忌楼は「ありがとうございます」と言って孤卯未に返した。
「何かおかしいと感じたのでしょう? 貴女と会わなかった間に何があったか気になるのでしょう? 全て、洗いざらい話してあげます」
忌楼は孤卯未の心を読んだかの様にそう言った。
孤卯未は静かに忌楼が話し始めるのを待った。
数秒後忌楼は口を開いた。
「端的に言いますと記憶が戻ったのです」
「えっ!?」
孤卯未は忌楼のその告白に驚いた。
忌楼はまた、微笑んだ。
忌楼は孤卯未が落ち着くのを待っている。
孤卯未は焦っている。
心の中で色々な思いが浮かんできたからだ。
その中で一番大きいのは忌楼が自分の元から自分の知らない場所へと行ってしまうという束縛だ。孤卯未はその自分の気持ちを頭の中で根拠がない否定をしている。
そんな気持ちあるわけない。そんな気持ちあるわけないと何度も何度も否定をしている。だが、心の中ではずっと、同じ束縛の感情が生まれてくる。それを否定し続ける。
孤卯未は同じ行為を繰り返している。忌楼はそれを何とも言えない気持ちで見ていた。
孤卯未の心の安定を取り戻すのに、数分を要した。
「続けて」
孤卯未はまだ、何か続きがあると踏んでそう忌楼に聞いた。
忌楼はその孤卯未の言葉に頷いて言葉を発した。
「ひとまず、思い出した記憶について話します」
忌楼はそう言って思い出した記憶について話し始めた。