ゴーリキー駅
次はニジニ・ノヴゴロド駅だと言ったな?
あれは嘘だ。
ゴーリキー州、ゴーリキー市内
ヨーロッパ国有鉄道(ENR)、シベリア鉄道支社『ゴーリキー駅』付近。
午前5時45分頃
「...て下さい、同志...」
...んん...?何だ...?
「起きて下さい、同志スクリャノフ」
...あぁ...朝、か...
私は目を擦りながら体を起こした。
「...今は何処だね?」
「もうすぐゴーリキー駅です」
「分かった、有難う。
...っと、君は確か...昨日の...」
「あ、はい。同志アルフレッド様の秘書をさせて頂いてます、ソフィアです」
ソフィア、か...西欧系の名前だな...ドイツか...多分あいつの為なのだろう。
「やっぱり...昨日は妻が本当に悪かったね、ソフィア」
「い、いえ。こちらこそ申し訳ありませんでした...
...にしても、本当に奥様に愛されていらっしゃるのですね...」
ソフィアがエカチェリーナを見ながら言った。
「あぁ...俺には勿体無い位にな...」
「...では私はアルを起こしてきますね」
「ああ、行ってらっしゃい」
カツコツカツコツ...
「...行ったよ、エカチェリーナ」
「...気付いてたの?起きてる事」
「そりゃそんな嫉妬を込めた視線で見ていたらな...」
「...仕方無いじゃない。大好きなんだから...」
「...有難う」
「...あ、貴方?」
「...何だ?」
「これからは「俺には勿体無い」って言うの禁止!
...私には貴方しか居ないの...だからそんな事言わないで...」
「...何でこんなに愛されてるんだろうな...」
俺は苦笑しながら呟いた...
「それは」
コンコン!
「失礼します。
朝食の準備が出来ましたのでもし食堂車で戴くのでしたらお越し下さい」
「はい。...あ、ちょっと待って?」
...何をしてるんだ?エカチェリーナは...メモに何かを書いて...彼の手に握らせ...?
「これ、お願い出来るかしら?」
「...分かりました、車掌に伝えておきます。
女性の方が宜しいでしょうから」
「ええ、お願いするわ」
「分かりました。...それでは良き鉄道の旅を」
カツコツカツコツカツコツ...
...停車したな。...それより。
「エカチェリーナ、彼に何を伝えたんだ?」
「大丈夫。危険な事じゃ無いから」
「そう、か...」
ま、良いさ。さ、ベッドを畳もう...
...にしてもアルフレッド遅いな...何をしてるのだろうか...
...カツコツカツコツカツコツ
「同志、申し訳ありません。遅くなりました」
「...随分と遅かったな。...まさかソフィアと何かあったか?」
俺はからかい口調で言った。
「.........」
「...そのまさかなのか...?」
「...ええ、そのまさかです」
「一応何があった。
そしてそうなった理由も聞かせてくれ」
「...目が覚めた時何か目の前に人の気配があるな、と思って目を開けたら...彼女の顔が目の前にあったんです...
流石に驚いてつい叱り飛ばしてしまいまして...」
「それはまた...」
ソフィア、幾ら忠誠心があろうとそれが行動に出たら駄目だって...
「普通に謝ってきなさいよ。
あの子素直で良い子なんだから許してくれるわよ...」
「そう、ですかね...」
「ええ。ほら、行ってらっしゃい」
「...はい」
カツコツカツコツカツコツ...
「...お腹はどうだ?エカチェリーナ」
「勿論空いているわ、貴方」
「俺もだ。...手持ちは幾らだ?」
「7000ルーブルあるわね」
「そうか...正直私はその7000ルーブルがどの位か分からないんだ...
確か史実ではソ連人民の年収が7000ルーブルだからある程度は高いとは思ってるのだが...」
「...そうね。
確かにロシア革命前は例えるならば、この7000ルーブルは7000万ルーブル位の価値だったけど...」
「...は?」
1000分の1...?
何をどうしたらこうなるんだ...?
「...まぁ、でも最近は貴方のお陰で革命前の水準に戻りつつあるわ」
「...つまり?」
「今は3500万ルーブル位の価値になってるわ」
...良かった...少しはマシになってる。
だが...
「まだまだ、だな...」
...エカチェリーナに溜め息を付かれた...
「...あのね?本当はあり得ない事なのよ...?こんな事」
「確かにそうだが...」
だが、かのアドルフ政権下でのあれは...
「当たり前でしょ?
あれはデノミを行って、公共事業漬けの結果だからね?」
心を読まれた?!何があった?!
「本来デノミ無しで復活するのは厳しいのよ?
それに4年でここまで立て直すのは普通不可能なんだから...」
戦争がなければな...
「そうね。戦争が無かったらね」
...もう何も言わないでおこう...
「...まぁつまりある程度はお金持ってるわ。安心して頂戴」
「分かった...」
...カツコツカツコツ...コンコン
「同志、私です」
「良いぞ」
「失礼します」
「私も失礼します」
「ソフィア、お前には許可出していないが?」
「あぅ...す、すいません...」
「冗談だ冗談。ほら、入ってこい」
「は、はい...」
この反応可愛いな...
「...貴方ぁ?」
「お前の方が可愛いよ、エカチェリーナ」
「つぅ...卑怯じゃない...いきなり言うなんて...」
エカチェリーナの頬が真っ赤に染まった。
「ゴホン...」
「あ、すまん。で、どうした?」
「いえ。遅くなり申し訳ありませんでした、同志スクリャノフ」
「いや、大丈夫だ。
そちらのお嬢さんも機嫌が良い方が楽だからな」
「っ...お恥ずかしい限りです...」
「いやいや、大丈夫だよ。
...そういえばこのゴーリキー駅には何分停車するんだ?」
「そうですね...ゴーリキー駅は一時間の停車です」
「...長いな。一応理由を聞こうか?」
「はい。まずゴーリキーはロシア第4の都市と呼ばれている程大きい都市である事ですね。
そして、もう1つは点検ですね。
一応モスクワで出発前に総点検していますが、走っている途中で異常が発生する可能性があります。
ですから改めて点検をしています」
「成程...あと何分停車するのかな?」
「あと50分かと思います」
「じゃあ少しは見回る事は出来るかな」
「まぁ、周辺でしたら大丈夫かと...」
「分かった。...ちょっとエカチェリーナと出掛けてくる。
行こう、エカチェリーナ」
俺はエカチェリーナの手を掴んだ。
「ふぇ...?え、あ、ちょっと~?!」