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重い音が、鼓膜と内蔵をかき回すようにして続いている。しかし前回と違って、私の体調はそう悪くない。なんとか我慢出来る範囲だ。私は中から吊されている幾重もの半透明なシートをかき分け、奥へ、奥へと進んでいく。
すると次第に、目映い光、そして重い音の正体が見えてきた。何かのプラント(大型機械)だ。目を眩ます光の所為で全体像は掴みづらかったが、まるで化学工場のように無数のパイプがうねり、蒸留塔のようなもの、攪拌装置のようなものを接続し、全体が共振してぐわんぐわんと音を立てている。
そして遂に、シートの向こうに人影を捕らえた。しかし人にしては大きく、細い影だった。それは私の見る前で、長い両腕を揺らしつつ、脇に積まれた何かの円筒形のコンテナを抱え、プラントに向かって運ぶ。
私が息を殺し、そっと最後のシートから奥を覗き見る。
影の正体は、やはり、あの銀色の宇宙人型ロボットだった。それはロボットにしてはスムーズすぎる動きでコンテナを運ぶと、プラントのスロットへと向かい、中の物を一度に流し込む。暗褐色の石くれのようだ。重い音の中から、僅かにガラガラと固い物質が滑り落ちる音がする。
私は彼の作業場を回り込むようにして、奥へと向かう。次第に窺えるロボットの数が増えてきた。彼らは最初に見たロボットと同じようにして、資材を運んだり、プラントの稼働状況を確認したりしている。合計五体ほどだろうか。遠隔操作なのか、自律稼働なのか。まるで宇宙人の秘密工場のようだ。
一体彼らはここで、何を作っているのか。
最初は私が迷い込んだのは、UFO型宇宙船の製造工場じゃないかと考えていたが、どうも様子が違う。加えて別のLv10で行われている残虐行為。果たしてそれがどう繋がるのか。パズルのピースは繋がるどころか、更に歪な形のピースが現れるばかりだ。
私はプラントの末端部分を見極めようとしたが、所詮機械工学学徒としてもヒヨコレベルな私だ、化学プラントについても多少の概要は知っているとはいえ、まるでその精製過程を見極めることは不可能だった。
そこでとにかく奥へ奥へと進んだ私は、半透明な外壁に覆われた、別の扉を発見した。
恐らくそちらが、正式な入り口なのだろう。ヒトが入る場合の埃などの除去装置が備えられた空間で、壁には防護服が吊され、幾つかの書類が机上に投げ出されている。
私は茶色い書類ホルダーの一つを手に取り、裏返した。
9。真っ赤な数字。
やはりこの施設、そして私の不調、私に注射された薬は、何かの巨大な計画の一部なのだ。
それは、一体。
私ははやる心を無理に押さえ込んで、慎重にファイルを開く。逆さまの英語だ。ひっくり返して内容を何とか読み下そうとしてみたが、何かの化学的な書類らしく、専門用語のオンパレードでまるで内容が理解できない。
仕方がなく別のファイルを手に取る。こちらは医学的な物。さらに別のファイル。何かの組成分析のようなもの。様々な元素名が頻発して出てくるが、よくわからない。
クソッ、何か全体の概要を記したファイルはないのか?
そう私は心の中で舌打ちしつつ幾つものファイルを開いていた時、いつの間にか癖のように、ファイルを開き、上下をひっくり返すという所作を続けていた自分に気が付いていた。
何なんだ? どうして全部、ホルダーに書類が逆さまで挟み込まれているんだ?
そしてまじまじと、ホルダーを眺める。全てに記された、9の数字。
9、6、9、6。
6?
再び私は、先ほどの組成分析ファイルを手に取る。そこに記された物を一通り眺めている間に、全身が凍り付き、手がガクガクと震え始めた。
「お、おあああああ!」
私は思わず叫び声を上げていた。
全てを理解出来たワケではない。それでも重大なピースを手に入れた私は、それが正しかった場合、今の私が、何と馬鹿馬鹿しくて間抜けな立場にいるかを考えると。強烈な冷や汗が背中から吹き出してきて、慌てて机上のファイルを元通りの位置に直し、踵を返し、元来た扉へとダッシュした。
不味い、これはもの凄い、不味い!
謎の組織による巨大な陰謀。操られる米軍。異星人の暗躍。
そうした真実のためならば、米軍に囚われようが、地球に強制送還されようが、別に構わないという所まで行っていた。けれども私の推理が正しければ、これらは全て、全く別の、人間臭い陰謀に端を発した出来事に違いないのだ。
いや、そうか? でも何か変じゃね?
一点だけ、どうにも理解できないところがある。それでも大筋では、間違っているはずがない。そう確信した私は、とにかく来た道を戻り、何者にも感づかれていないのを祈りながら、食堂へと戻った。
中に入るなり、困ったような表情で辺りを見渡しているジョーの姿が目に入った。私が上がった息を飲み込んでいる間に、彼は私を発見し、大きく息を吐きながら寄ってくる。
「おいおい、何処行ってたんだ。探したぜ。また何処かでぶっ倒れてるんじゃないかと、ヒヤヒヤした」
「ト、トイレに行ってただけですよ! ウチとアームストロングで、作りが違うので。どう使うかわからなくて」
彼は僅かに、口元を歪めた。
「そう、か。大事な事なのに、説明するのすっかり忘れてた」
どうやら私の勝手な行動は、まるで感づかれてはいないらしい。ホッとする反面、何だか酷く申し訳ない気分になってくる。そう次第に縮こまっていた私の顔を、ジョーは怪訝そうに覗き込んだ。
「どうした小さくなって。ちゃんと使えたのか?」
「あ、えぇ、大丈夫です」
「ふぅん。まぁいい。さて、午後の見学ツアーと行きたい所なんだが、実はちょっと、先に知恵を貸してもらいたい事が起きちまってな」そう、彼は渋い顔で頭を掻く。「客にこんなことを頼むのは、正直心苦しいんだが--」
今となっては、彼がこうして悪がる理由もよくわかる。彼は彼なりに別の策略があって、私をアームストロングに呼んだのだ。
だが、それを口にしては、私の無鉄砲な行動を白状することになってしまう。それで素知らぬふりをしつつ彼についていくと、たどり着いたのはやはり、彼が血塗れの防護服を着た男と話していたLv10。うっすらと血の臭いが残る通路で彼が扉を開くと、その内部は、私の予想通りのモノが待ち受けていた。
堆く積まれた稼働ゲージ。導水管。藁の臭い。獣の臭い。
構造はウサギ牧場とよく似てはいたが、そのスケールはアメリカらしく何倍もある。そしてゲージの中でもぞもぞとしているのは、真っ白な巨大ウサギならぬ、茶色い角を持った、牛に他ならなかった。
「わお、月面牛牧場!」
中途半端な驚きでもって叫んだ私に、ジョーは苦笑いで頭を掻いた。
「正直にパクリって云えよ」
確かにその構造は、私たちの牧場を真似たとしか思えない類似点が、多々あった。
「パクったんです?」
「いやな、オマエらの牧場、前に将軍が見学に行ったろう。それで勢いづいちまってな。〈何でかぐやに出来て、オレたちに出来ないんだ!〉って。将軍の、かぐやへのライバル心には参ったぜ。とはいえ月面牧場なんて計画のずっと先だったもんで、はてさてどうしたもんかと。それで申し訳なかったが、オタクらの牧場の構造を真似させてもらって、急造したのはいいものの」
「お牛さん、死んじゃったんですか」
そう私は、透明な隔壁の向こうで、例の防護服の男が牛を解体している様子を眺める。
「あぁ。先月の便で四匹運んできたんだがな、もう二匹目だ。さすがに何の成果もなく将軍に報告するのも厳しくてな。何かネタを恵んでくれないかと。そういうワケだ」
大きな黒い瞳。茶色の肌、すらりとした尾。
どうにも腑に落ちないが、これが冥王星人の正体。
でもどうして、阿部はこんなことを知っていたのだろう。そしてどうして、牛を冥王星人だなんて?
「やっぱ、シカタ隊長に相談しないと、無理か?」
疑問に首を捻っていた私に、ジョーが恐る恐る尋ねてくる。私はすぐに頭を振って、彼を見上げた。
「いえいえ。そんなことしたら、これをネタに隊長が将軍さんを虐めるんじゃないかって。心配なんですよね?」
「その通り!」パチン、と指を鳴らすジョー。「あの人らの喧嘩には参るよ。ふざけ合ってるだけだってのはわかるんだが、毎回毎回、巻き込まれるこっちはキツいぜ。こないだなんて、かぐやチームに負け続けてたもんだから、一日ぶっ通しでPS7ゲームの特訓までさせられた」そう溜息を吐いて、彼は拝むように両手を合わせた。「頼む! 何でもいいんだ。四匹連れてきて、何かの成果があった風に見せなきゃならない。ちょっと知恵を貸してくれないか?」
私は施設を見渡し、壁に貼られている飼育表のようなものを眺め、ウサギ牧場の経験から、幾つか問題点を思い当たる。
これなら何か、云えるかな。
そう見当を付けた私は、まるで従僕のように付いてくるジョーを振り返った。
「いいですよ。多少、怪しい所がありますし」
「本当か! いやぁ、良かった。ゴッシーには頭が上がらない。早速、アームストロングのステーキ食い放題券を作らないと」
「いえ。それよりちょっと、ジョーさんに頼みがあるんです」
云った私に、彼は急に、首を傾げた。
「あ? 何だ」
「それがちょっと、危ういといえば、危ういことで」
「一体なんだ。何だっていいぜ?」
そこで私は辺りを見渡し、誰もこちらに注意を向けていないのを確認してから、彼の耳に囁いた。
それを聞いたジョーは、途端に軍人としての臨戦態勢に入る。
「それは、本当か?」
「えぇ。だからウチの佐治さんと、相談してもらいたいんです」
「それは当然、そうするが。どうしてまた、そんなことを? 本当なのか?」
「本当かどうかは、そちらから情報を明かしてもらわないと」そして私は、云った。「宇宙人型ロボット。UFO型宇宙船。私に勝手に投与した薬。そしてアームストロングが極秘に進めている、〈プロジェクト6〉」
ジョーは途端に表情を凍らせ、口を噤んだ。
それで私の推理は、ほぼ完璧に、裏付けられたような物だった。




