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月でウサギを飼う方法  作者: 吉田エン
未知との遭遇 三章:グレイといえば、身長一メーターちょっとと相場が決まっている
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13

 いや、羽場が危険を察知して、何処かに隠したりしていないだろうか?


 薄い望みではあったが、私はソリッドメモリーの山を探っていく。彼の性格的に、ラベルが貼られている物は殆どない。それで私は手当たり次第にメモリーを抱え、パソコンの前に持って行き、一つ一つ、カメラに差し込んで確認していく。


 殆どが、私たちと月面牧場計画を始めてからの、記録映像だった。地上での工作風景、私の講演の様子、そしてロケットに乗り込み月面に到達し、牧場を稼働させ。


 そして先日、アームストロングに向かったときの映像。どうやらそれが最新らしく、それ以降の物は、見あたらなかった。


 私は完全に、茫然自失していた。


 参った。これから、どうしたらいいんだろう。


 そう椅子に腰掛け、アームストロングの映像を眺めつつ虚ろに思っていた時、不意に扉が開いて何者かが入ってきた。


 私は慌てて映像を隠そうとしたが、時既に遅し、現れた佐治は私とディスプレイを見つめ、怪訝そうに首を傾げていた。


「五所川原。こんな所で、何をしている?」


 果たして彼は、私と羽場の関係を知っているのだろうか? そこまで調べが付いていないのか、あるいは知っていて、私を泳がせているだけなのか。

 とにかく私は高速で頭を回転させ、適当な言葉を作り出した。


「いや、何か羽場さん、謹慎なんですよね? それで月面通信の最新号、どうしようかと思って。映像、全部ここにあるので」


 どうやら佐治は、特に私を警戒してはいないようだった。あぁ、と苦笑いし、羽場の私物が入っているロッカーを改めに行く。


「そういやアレ、ヤツの仕事だったな。何時までに公開しないといけないんだ?」

「えっと、一応来週の予定かな」

「ならネタを一式、揃えてくれないか? ヤツの部屋に持っていく。そこでやらせればいいだろ」


 はて。どうも様子が変だ。羽場が本当に〈プロジェクト9〉絡みで拘束されたなら、そこまで自由にさせないはず。


「羽場さん、何したんです?」


 尋ねた私に、ハッ、と苦笑いしつつ答えた。


「サボりだよ。昨日の夜、マスドライバーの定期点検があったらしいんだが、アイツ、すっぽかしやがった。ヤツは頭はいいかもしれんが、点検レポートもろくに出さないし、無断遅刻に無断欠勤と、余りにもフリーダム過ぎるもんだから、いい加減に隊長も頭にきたらしい。一週間自室に籠もって、今までの点検レポートを全部作れとのお達しだ」


「へ、へぇー」本当だろうか、と思いつつ、未だにロッカーを探っている佐治を眺める。「それで、佐治さんは?」


「なんだかそのマスドライバーの点検データが入ったメモリー、ここにあるって云うんでな。自室で宿題出来るように、持ってきてくれと」うぅん、と唸り声を上げ、頭を掻いた。「わからんな。どこにあるんだ」


「どんなのです?」


「丁度そんな」と、私が机に積み上げているソリッドメモリーを指した。「箱型のメモリーだと云われたんだが。一番新しい物だと」


 私ははっとして、辺りを見渡した。

 羽場も証拠の盗難を怖れ、メモリーを確保しようとしている?

 けれどもそれを、佐治は知らない?

 つまりここから問題のメモリーを盗んだのは、佐治や、運営の人間ではない?


 いや、そうとも断定できない。佐治は事の重要性を鑑みて、私からそれとなくメモリーの在処を聞き出そうとしているのかも。


「どうした。心当たりがあるのか? あるなら教えてくれ。こんなことに関わるのは、もうウンザリだ」


 云った佐治に、私はブンブンと頭を振った。

 もう、誰を信用していいのか。まるでわからない。


「いえいえ、私もわかりませんね」


「そう、か」佐治は思案げに頬を掻き、再び私に目を向けた。「で? 月面通信のデータは? 完全に面会禁止だから、オレが持って行ってやる」


「あ。いえ。ちょっとそのデータも、どこにあるか、わからなくて」


 ふぅん、と唸りつつ、佐治は腰を屈めてディスプレイに映し出されているアームストロング基地の映像を眺めた。


「おお、アームストロングの内部映像か。後でオレにも見せてくれ」

「何でです?」

「何でって。ヤツら、特にオレが行くと警戒してな。道も変に迂回させるもんだから、内部構造がどうなってるかも、さっぱりわからん」


 そう、そうか!

 私は不意に閃いて、マジマジと基地映像をのぞき込んだ。


 私は完全に道に迷ったものだから、Lv10がアームストロング基地の、どこにあるか。考えるだけ無駄だと思っていた。けれどもこの映像を辿っていけば、Lv10が基地のどこにあるか。それに私がLv10で見たものが何だったのか、残されているかもしれない。


 適当な言葉で佐治を追い払うと、私は映像を巻き戻し、三番エアロックから入った後の道筋を、慎重にCADソフトに落としていく。それは羽場のようには行かなかったが、それである程度の構造は把握できそうだった。


 そして昼食後、羽場と合流してからの映像。


 私は緊張しつつ映像を確かめていったが、道に迷った私が出鱈目に進んでいる途中で、記録は途切れてしまった。


「あっ、あれっ」


 恐らくジョーが、気を失っている私からカメラを取り上げ、本当に不味い記録を消去してしまったのだろう。


 けれども記録を眺めたおかげで、私の記憶も大分戻ってきた。Lv10に辿り着いたのは、ここから少し先だったような気がする。


 あとは、適当な口実を付けて再びアームストロングに乗り込み、上手く彼らの目を欺ければ。


 再びLv10に到達するのは、可能かもしれない。


 けれども、今回は彼らも警戒しているはず。そう上手く事が運ぶだろうか? だいたい映像を見て気が付いたが、道中ジョーは何度かゲートでIDカードを翳し、ロックを解除している。私はその後に続いて通り抜けたが、次に訪れた時も同じ警備区画まで案内してくれるかどうか、非常に怪しい。


 それに、まだ心配のタネはある。


 UFO型宇宙船、そして宇宙人型ロボットを発見できるよう、手はずを整えてくれたのは、一体誰なのか。


 そして、せっかく得た証拠を、盗み去ってしまったのは。一体誰なのか。


 とにかく、何とかして、アームストロングを再訪する口実を見つけなければ。


 そう考えつつ自室に戻った私は、ふと、入り口で立ち止まる。


 部屋の中の様子が、記憶と違っているような気がした。そう物の多い部屋ではない。ベッドと机で殆どが埋まり、あとは小さな引き出しとクローゼットが一つずつ。それは元々几帳面な質ではないが、それでも引き出しやクローゼットの蓋くらい、ちゃんと閉じる。


 だがそれらは、微妙に半開きになっていた。


 こんな狭いところに、誰かが隠れているとは思えない。けれども私は息を吐め、いつも携えている催涙スプレーをズボンのポケットから取り出し、そろそろと数歩進んでから、クローゼットの扉を一度に開く。


 当然、誰もいない。私は大きく息を吐き出したが、それでも内部が明らかに何者かに荒らされているのを見て取って、再び息を詰めざるをえなかった。クローゼットもだが、引き出しの中も、ベッドのマットも、何者かによって改められている。


 クソッ、一体誰が、こんなことを。


 考えつつ、椅子にドスンと座り込む。それは各居室には鍵は付いているが、所詮百人程度の基地だし、隊員たちも優秀な技術者や研究者たちばかりだ。私が住んでいた高専寮ほどの防犯装備はなく、その気になれば、誰だって入れてしまうのかもしれない。


 それにしても、犯人の目的は何だろう。


 それはUFO型宇宙船と宇宙人型ロボットの映像が納められた、ソリッドメモリーだとしか思えなかった。


 しかしその在処は、私ですらわからない。羽場が上手いこと何処かに隠したのかもしれないし、ネズミーの支配下にある運営の面子が確保したのかもしれない。あるいは、私に情報を提供してくれた人物が、運営に先んじて確保したのかも。


 考えても、誰がどう動いているのか、まるでわからない。とにかく何とかして羽場と通信する方法はないだろうか、とパソコンのコンタクトリストを無為に叩いていた所で、不意に見たこともない画面が開き、何者かからのメッセージが表示された。


『メモリーを、何処に隠した?』


 ぞっとして、辺りを見渡す。

 何処かに、極小の監視カメラでも、備え付けられたりしていないだろうか。

 しかし今は、それを探ってる暇もない。私はキーボードに手を乗せ、慎重に考えながら、相手に応答した。


『誰?』


 間もなく、相手からの答えが流れてくる。


『キミの味方だ』

『地図をくれたのも、貴方?』

『あぁ』

『貴方の目的は?』


 僅かな間の後、少し躊躇するような調子で、メッセージが流れてきた。


『キミと同じ。真実だ』


 真実?


 私は首を傾げつつ、キーを叩く。


『真実って、何?』


『この世界は、見かけ通りとは限らない。我々が知覚出来ないもの、我々が知らされていないものによって別の世界が形作られ、それが我々が理解している形に投影されているだけの物かもしれない』


 私は科学雑誌で見た理論の一つを思い出した。


『まるで、ホログラフィック理論のように?』


『その通り。話が早くて助かる、キミは思っていた通り、十分賢い女性だ。そう、我々が知り、理解していると思っている、この世界。万物の理論にしても、国家構造、権力構造、そして人と人との関係にしても、私が、キミが、理解しているのとは全く別の原理的構造がある。私はそれを理解するのに非常に近い立場にあるが、一方で近すぎるが故に、自由に動くことが出来ないという問題を抱えている』


『だから私に情報を流し、探らせた?』


『その通り。キミは期待通りの働きをしてくれたが、詰めで誤った』


『ソリッドメモリー』


『あぁ。アレはキミの手に負える物ではない。すぐ、私に渡してくれ』


 私は眉間に皺を寄せ、彼の言葉の意味を考えた。

 すぐ、私に、渡してくれ。

 つまり彼も、ソリッドメモリーが何処にあるか、わからないでいる。


『それには条件がある』私は思い切って、ブラフを使った。『全てを教えて。UFO型宇宙船。宇宙人型ロボット。それに冥王星人とかカロン人とか、一体何なの? ネズミーは本当に陰謀組織なの? 〈プロジェクト9〉って何? 私がかかった病気は一体--』


『それを私の口から説明する事は出来ない』


 ぐっ、と歯を噛みしめ、私は素早くキーをたたいた。


『なら、メモリーの在処は明かせない』


『それでどうしようと云うのだ。ニコニコ動画にアップするか? そんなことをしても、真実は闇から闇へと流されていくだけだ。加えてキミの身も、非常な危険に晒される事になる』


『どうかな。やってみる?』


 まさかこんな所で、漫画描きの経験が生かされるとは。思ってもいなかった。


 この手の息詰まる交渉は、シリアス物の定番だ。それはポーカーのような物で、相手とこちらの手札を読みあい、何処まで突っ張れるかを探る。


 彼は、メモリーを手に入れたがっている。けれども、その公開は望んでいない。


 私はそう睨んでいた。


 だからまだ、彼から何かを引き出せる。


 その読みは、どうやら当たっていたらしかった。かなりの長考の末、ようやく彼からのメッセージが帰ってくる。


『真実を、直接キミに明かすことは出来ない。だが、その手助けは出来る』


『どういうこと?』


『これから指示する所に向かえ。それで全てがわかるはずだ』僅かな間にキーを叩こうとした私に、彼は続けた。『云っておくが、これは非常に危険な計画だ。よくよく考えて判断するんだな』


『考えるのは苦手でね』そして私は、付け加えた。『貴方を、何て呼べば? どうやって連絡を取ればいい?』


『連絡は私からする。以上だ』


 ぽん、と容赦なく閉じるアプリケーション。

 私は舌打ちし、呟いた。


「わかった。Xとか格好良く呼んでやらない。キザ野郎でいいわキザ野郎で」


 私はすぐに立ち上がり、彼の指示した場所へと向かった。

 展望室の、奥から三つ目のソファー。


 昼前で閑散としている展望室で目的のソファーに腰掛けると、何気なくその脇やクッションの隙間を探っていく。するとソファーの下側に何かが貼り付けられている感触がして、私はそれを引き剥がし、懐に仕舞って展望室を後にする。


 人気のない通路を歩きながら、手にした物を改める。昨日と同じような封筒。けれども今度は、書類ではない。何か固い感触がして封筒をひっくり返すと、ぽとり、と一枚のプラスチック・カードが滑り落ちてきた。


 英語で何か書かれているカード。それはどう見ても、アームストロング基地のIDカードとしか思えなかった。


 一体、キザ野郎は何者なのか。完全に私の行動、思考が読まれている。


 けれども、確かにこれがあれば、Lv10へと到達するのは難しくないだろう。

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