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月でウサギを飼う方法  作者: 吉田エン
未知との遭遇 二章:第七世界へ至る階段
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10

 エアロックに至る道は、大混雑だった。何しろ娯楽らしい娯楽もない基地だ、物珍しい事があれば、皆の興味は一斉にそちらに向く。


 背の高い隊員たちに阻まれ、小柄な私と羽場は、あっという間に身動き出来なくなってしまった。前も全然見えないし、軽くジャンプしつつ、はてさてどうしたものかと考えていた時、羽場はパチンと指を鳴らして懐からカメラを取り出した。


「ほら、どいたどいた! 月面アイドルのお通りだよ!」


 必殺技だ。カメラを向けられた隊員たちは慌てて顔を隠し、さぁっと道が開けていく。


「すいません、ホントすいません」


 ペコペコと頭を下げつつも羽場の後を追っていく。しかし基地で一番大きなエアロックであるLRVやJTVの格納庫に辿り着いても、その扉は堅く閉じたままだった。


「ねぇねぇ、UFOが回収されたって噂を聞いて飛んできたんだけど。ホント?」


 傍らで扉を眺めていた隊員に羽場が尋ねると、相手は首を傾げ、怪訝そうな表情をした。


「UFO? オレはアームストロングの輸送機が落ちたって聞いたぜ?」

「え? オレはでかい月面洞窟が見つかったって聞いたけど」

 と、別の隊員。また他の隊員は地球から本物のアイドルが来たと聞いたというし、まるで何があったのか判然としない。


 そこで格納庫の扉が、ガラガラと開いた。


「うわぁっ!」


 我先にと中を見ようとする隊員たちに押され、途端に私は潰されそうになる。


 それでも、一瞬だけ広い格納庫の様子が垣間見えた。隊長が渋い表情でジョーと向き合い、何事かを話している。そして、その脇には、確かに何かの残骸とおぼしき銀色の破片が。


 あ、あれは確かに、UFOっぽい!


 そう思った瞬間、私の視界は大きな人影に遮られてしまった。


「おい! 何やってんだ!」克也だった。彼は通路に出た途端に扉を閉めてしまって、大声で野次馬たちを怒鳴りつける。「そんなに暇だったら、コンジットの掃除でも手伝ってもらうぞ!」


 あっという間に散り散りになる隊員たち。それを不機嫌そうに眺め、フン、と鼻を鳴らし、彼はドスドスと足音を響かせながら去っていこうとする。


「あっ! ちょっと、克也さん!」

 慌てて追う私。羽場もすぐに床を蹴って、彼の脇に並んだ。

「ちょっとオッサン! 何があったのさ!」


「オレから云うことは何もねぇ!」


 一喝され、私は立ち止まってしまう。しかし羽場は果敢に克也を追った。


「なに? それって機密ってこと? いいじゃんオッサン! 何があったか、ちょっとでいいから教えてよ!」


 しつこく食い下がる羽場に、克也は苛立たしげな溜息を吐きつつ、立ち止まった。


 そしてじろりと、羽場を見下ろす。

 そのまま、数秒。


「あ、あのさ」沈黙に耐えきれなくなった羽場が、弱々しく云った。「やっぱ、いいや」


 相変わらず羽場は根性なしだ。肩を怒らせつつ去っていく克也を見送り、私は大きく溜息を吐く。


「羽場さん、ちょっとは男らしいとこ、見せてくださいよ」

「えっ、何それ! ゴッシーこそ女の魅力を発揮する所でしょ!」


 そんなもん、一ミリもあるはずがない。


 私たちは途方に暮れて、がっちりと閉ざされている格納庫の扉を見上げる。


「それにしても克也さん、何をあんな怒ってたんでしょう」

 呟いた私に、首を傾げる羽場。

「オッサン、普段から良く怒鳴るけどさ。でもあそこまでなの、初めて見た。よっぽど何か、理不尽な事があったんだよ」

「理不尽?」

「そ。オッサンって根っからの現場監督だからさ。道理が通らないこと、凄い嫌うんだ」


 確かに、スケジュール通りに物事を納めなければならない立場としては、急に道理を曲げられては前に進みようがない。


「中に隊長さんとジョーさんがいましたけど。やっぱり米軍から何か口止めされたんですかね」


 うぅん、と考え込む私たち。


 何とかして、格納庫を覗き見る方法はないだろうか。


 考えてみたが、なにしろ格納庫はエアロック直結で、基地でも一番構造的に厳しい所だ。気密も隔壁も完璧で、抜け穴なんてあるはずがない。でなければ一度に空気が漏れ出て、基地が崩壊してしまう。


 とにかく夜も、だいぶ更けてきた。お互いに知り合いの様子を探ってみよう、ということで方を付けると、私は羽場と別れて自室に戻った。


 それにしても、不思議で、異常な事ばかりだ。


 私はベッドに寝ころびながら、パッドを手にとってネットの情報を眺める。


 私の体験、阿部さんの告白、チクリンさんの体験談。そのどれもが繋がっているようで、微妙に齟齬がある。私が見たのは、一般に〈グレイ〉と呼ばれるタイプの異星人、だったと思う。けれども阿部さんは茶色くて尾のある異星人だというし、チクリンさんはその両方を見たという。


 有尾異星人が冥王星人だとしたら、グレイタイプの異星人は一体何なのか。そもそも件の〈アンソニー・レポート〉では、グレイこそが冥王星人だと云っている。ここでも齟齬だ。まるで話が通らない。


 そもそも阿部さんの話もチクリンさんの話も、全部が全部本当とは思えない。


 一体、何が、どこまで、本当なのか。

 その時、コンコン、と、扉が小さくノックされた。

 誰だろう。羽場だろうか。

 思いながらベッドから起きあがりインターホンのスイッチを押す。


「はい?」


 応答は、ない。耳を澄ませても、基地特有の、何か遠くから深い地鳴りがするような音がするだけで、人の気配は微塵もなかった。


 私は警戒しつつ、そっと、扉を開く。辺りを見回してみたが人影はなく、はて、聞き違いだったろうか、と首を傾げた時、床に落ちている封筒に気がついた。


 なんだろう、これ。


 私は緊張し、再び辺りを見渡し、誰も見ていないのを確認してから、さっと封筒を拾い上げて扉を閉じた。


 封筒の中には、一枚の図面が入っていた。かぐや基地の平面図だ。そこには赤いペンで何かの線が記されていて、行き先のポイントに矢印が向いている。


「これは」


 私は呟いて、すぐに羽場を呼び出す。彼もまたそれを真剣な表情で眺めると、矢印の起点に、ぽん、と人差し指を乗せた。


「七番エアロックだ。緊急時用で、普段は使われてない」そして、行き先。「格納庫の外側だ。小さな覗き窓が付いてる」


「そこから覗け、って話でしょうか」


 恐らくそういうことだろう、と見当を付けて云った私に、羽場は小さく唸った。


「だと思うんだけどさ。誰だろ、こんなの置いてったの」


「克也さんじゃないですかね?」先ほどの彼の様子を思い出す。「〈とにかく誰にも云うな!〉って押さえつけられて、頭に来て密告したとか」


「どうかなぁ。オッサンがやるなら、自分で先導してくれると思うけどね。らしくないよ、こういうやり方」


 確かに、そんな気もする。


「とにかく、行ってみましょうよ!」そして私は、赤いペンで記された文字列を指し示した。「〈~23:00〉って。これ、この時間になったら終わりってことですよね? もう三十分もないですよ。早くしないと!」


 渋る様子の羽場を引っ張って、私たちは七番エアロックへと向かう。私の居室は地下二階で、位置的にも正反対だ。とにかく人通りの少ないだろう経路を半ば飛ぶように向かっていったが、羽場はあまり気乗りしない様子で云った。


「でもさ。エアロックが開いたら司令室にアラートが上がるし、格納庫の覗き窓も普段は閉じられてるよ。どうなんだろう、その辺」


「それは、地図をくれた人が何とかしてくれてるんじゃないですか?」


「どうだろう。〈とりあえずは行けるけど、後はどうなっても知らないよ?〉って計画だったらどうする? ボクら確実に、地球に強制送還になっちゃうよ」


「何云ってるんです! 真実はすぐそこ、って云ったの、羽場さんじゃないですか!」


「そうは云うけどさ、それはゴッシーは、若いし、女の子だし、多少暴走しても、こっから先何とでもなるけどさ。ボクみたいなオッサンが懲戒免職にでもなったら、お先真っ暗だよ」


「大丈夫ですって! 羽場さんなら何とかなりますよ!」


 何の根拠もない適当なことを云いながら、私は扉の一つに取り付いて、急減速する。そしてハンドルを回して扉を開くと、七番エアロックへと通じている狭い部屋が現れた。四体のハード型宇宙服がケースに吊されていて、正面の扉にはグリーンのランプが灯っている。


 早速、Sサイズの宇宙服に足を通し始める私。一方の羽場は、そこで不意に両手を打ち合わせた。


「あっ! Sサイズって一個しかないじゃん!」


「え?」云われて、残りの宇宙服を眺める。「あー、そう、ですね」


「あぁ、残念だな! 仕方ないからボク、こっからバックアップするよ!」


「何でそんな嬉しそうなんです。代わりましょうか?」云ってから、すぐに頭を振った。「いやいや、こればっかりは私が行かないでどうする!」


「だよね!」叫び、羽場は懐から端末を取り出し、ケーブルを引っ張り出した。「五分待って。エアロックの監視、どうなってるか確認する」


 待つも何も、宇宙服をちゃんと着るのには、それくらいの時間はかかってしまう。ようやく私が上半身と下半身のモジュールを繋ぎ合わせ、頭から汗止めのフードを被った時、羽場が微妙な声を上げた。


「あれぇ。やっぱし監視、止められてるよ。これならエアロックを開いても、誰も気づかない」


「ほら! だから云ったじゃないですか!」


「とてもオッサンに、こんなこと出来ると思えないよ。誰なんだろ、一体」


「とにかく、時間ないですし、行きますよ?」


 何だかんだで、もう残り時間は十五分を切っている。ガボッと宇宙服のヘルメットを被った私に、羽場は念のため各所をチェックしていく。そして問題がないのを確認すると、彼は最後にエアロックのコンソールを操作した。

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