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どうもこのデイヴという人は、横柄というか、自己肥大症というか、そんな感じの人だった。私と羽場が代わる代わる説明する間に、彼は次第に呆れたような表情を深め、椅子に沈み込み、最後には大きな欠伸をしつつ私に云った。
「スカリー、あなた疲れてるのよ」
「なんだと」
思わずマジギレして云うと、デイヴは急に表情を強ばらせ、椅子に座り直し、言い訳するように口調を早めた。
「いやいや、だってそうじゃないか。冥王星人とかカロン人とか云われても、はいそうですかと信じられるワケがない!」
「でも実際、デイヴさんがLv10について調べた途端、ジョーさんが乗り込んで来たんでしょう?」
「そりゃ、Lv10は最高機密区画だ。何かあるのは確かだが、それが異星人の尋問室だって云われても」ハッ、と両手を投げ出した。「そりゃ、ボクもX-Filesは好きだよ? でもそれは馬鹿馬鹿しいという面で楽しんでるのであって、とても本気には出来ないって」
「じゃあ、Lv10には何があるんです」
「知らないよ。ボクの権限では、Lv8までしか立ち入ることが出来ない。だいたいLv10は厳重に隔離されてるはずの場所だぜ? どうしてキミみたいな民間人が入れる。キミはアームストロングに来て浮かれ上がった挙げ句、幻覚でも見たんじゃないのか?」
私は眉間に皺を寄せつつマイクをオフにし、羽場に云った。
「ホント、頭に来る人ですね、このデブ」
「ちょっと待ってゴッシー。デブとかチビとか身体的な部分を弄るのはアウトだよ。ちゃんとハラスメント研修受けた?」そして彼は私からマイクを奪い取り、スイッチを入れた。「でもさ、デイヴ。何か変なのは確かなんだ。ウチの基地も、半分ネズミーに洗脳されちゃってるし。キミだけが頼りなんだ!」
「そうは云われてもな」そう、彼は短い頭を掻く。「だいたい、キミらの目的は何なんだ。Lv10に捕らわれた異星人を救い出したいのか?」
「そうだよ!」と叫ぶ羽場。
「いや、別に」と答える私。
私と羽場は顔を見合わせる。そして羽場からマイクを手渡された私が、代表して答えた。
「真実です! 私は真実が知りたいだけなんです!」
「それを知ってどうする」と、呆れ顔のデイヴ。「マクドナルドの肉が何で出来てようが、旨い物は旨い。それでいいじゃないか。何が問題なんだ」そこで彼は急に表情を引きつらせた。「いや、いいはずがない! もし使われた合成肉の中に遺伝子改造された人工肉が使われていたらどうする? 未だに遺伝子改造作物のヒトに与える影響は明らかになっていない! もしそのタンパク質がヒトにとって有害だとしたら?」
「この人は、一人で何を云ってるんです」
囁いた私に、羽場は人差し指を額の脇でクルクルと回した。
「ちょっと独特なんだよデイヴは」そして一人で慌てふためいているデイヴに、彼は云った。「そう。それと同じだ。阿部ちゃんが云ったように、ネズミーに冥王星侵略の意図があったら、放っておけないじゃないか。米軍はLv10で何をやってる? デイヴだって気になるだろ?」
「い、いや、それはそうかもしれないけど」彼は僅かに考え込み、云った。「そう云われると、思い当たるところがある。ボクがLv10の隔壁を見たのは、基地で迷って。いや、基地を探索していた時の事だ。普段は訪れない設備関係の施設がある所で、なぜだか酷い、血の臭いがしたんだ」
「血の?」
尋ねた私に、彼は慌てて頭を振る。
「いや、そう感じた、ってだけかもしれない。とにかく何か、鉄くさい臭いだ。それに悲鳴。そう!」と、彼は怯えた表情を浮かべた。「あれは悲鳴だったんじゃないか? その時は何かの摩擦音か何かだとしか思わなかったが、ひょっとしてアレは、拷問を受けるエイリアンの悲鳴だったのかも」
「そ、それで、どうしました?」
「どうって。どうもしないさ。ボクが通りかかった時には、Lv10の隔壁の前には二人の軍人が銃を構えて立っていた。何事かと思って尋ねたが、そっちこそ何をしていると聞かれて。道を尋ねて。そ、そうだ、思い出した!」パチン、と両手を打ち合わせる。「その時、道の向こうから、異様な姿をしたヤツらがやってきた。何だか物凄い手術に臨む、医者のような姿だった。頭から爪先まで真っ白で、目だけを覗かせている。その手には何だか、まるで拷問道具のような、巨大な金属の鋏だか何だか、そんなものを」
恐怖に顔をひきつらせ、口ごもるデイヴ。
やはり、Lv10では、何かが行われているのだ。
そう確信した私。羽場も怯えたような、何か決然としたような表情を浮かべつつ、唇を震わせているデイヴに云った。
「デイヴ。危険なのはわかるけど。Lv10について、もう少し。何かを探れないか?」
「わ、わかった。物凄く難しいが、何とかやってみよう。もしボクらの食べている肉が、エイリアンの物だったりしたら。洒落にならない」
「い、いや、そこまで云ってませんけど」
私の呟いた言葉に被せるように、羽場は大声を出した。
「そうだ! きっとその可能性が高いよ! とにかく、何か手伝えることがあったら云って? 何でもするから」
「わ、わかった。夜にはまた連絡する」
そしてデイヴは辺りを見渡し、そそくさと通信を切ってしまった。
小さく息を吐く羽場。私は困惑しつつ、彼に云った。
「い、幾ら何でも、冥王星人が食べられてるだなんてこと、ないと思いますけど」
「いいんだよ、デイヴは食べ物に関しては酷く神経質なんだ。使えるネタは使わないと。さて、ボクらはデイヴの調査結果が出るまで、基地の様子を探ろう。もう何人か、信頼出来る隊員を見つけないと」
「そうだ、そういえば私も、収穫があるんです」
私は思い出して、ポケットに突っ込んでいた端末を取り出す。
ドクターが手にしていた、プロジェクト9の書類。とても何が書いてあるのか読んでいる暇はなかったが、改めてパソコンに取り込んで拡大させてみると、どうもそれは何かの名簿らしかった。
「なんだろ、これ」云いながら羽場は、リストを数える。「これ、アームストロングの隊員みたいだ。知った名前が幾つかある」
「いえ、違いますよ。これ、日本人じゃないです?」
所々に存在する、日本人名。そしてリストの最後に辿り着いた時、私は多少予想していた名前に行き当たった。
私の、名前だ。
怯えた表情で、私の横顔を眺める羽場。私はそれを無視して、印を付けた日本人名をピックアップした。
「私以外にも、三人。見覚えがある名前、あります?」
殊更にリストの意味を考えないようにして尋ねた私に、羽場は一つの名前を指し示した。
「これ、チクリンだよ。ほら、通信士の」
「あ、ホントだ、竹林さん」
皆にチクリンチクリンと呼ばれているので、すぐには気づかなかった。竹林さんは基地の通信士の一人で、割とイケメンと云っていい眼光鋭い男性。少し神経質そうな所があって、孤独を好む質らしい。見かける時も大抵一人で、ノートパソコン相手に何かをしている。
「あの人確か、本職は管制官ですよね」思い出しつつ、云う。「アームストロングと、何か関係あるんでしょうか。あんまり基地外活動してる風じゃないですけど」
「ボクから見ても謎の人物だね。あんま口開かないし。よし! 早速当たってみよう!」
私たちは念のため佐治のスケジュールを確認し、彼がミーティングに入っている時間を見計らってチクリンを探す。彼は休憩に入っているはずだったが、食堂にも展望室にもその姿が見えない。
「仕方がない、最終手段だ」
羽場は云って、抱えてきたパソコンをガシャガシャと云わせる。どうやらそれで、チクリンのおおよその居場所がわかるようになったらしい。彼は画面を確かめながら足を進めていたが、その方向はどんどん基地の深部に向かっていく。
「ちょっと、こっちもう、工事中の区画じゃないですか?」
次第に静寂に包まれつつある周囲に、私は囁くように尋ねる。居住区でもまだ内装が整えられていないエリアで、様々なケーブルが露出したまま壁を這っている。
そして遂に明かりも弱くなり始めた頃、不意に近くで何者かが激しく咳込む音、そして高速でキーを叩く音が響いた。
羽場は、シッ、と人差し指を唇に当て、角の向こうを指し示す。
どうも角を曲がったすぐ先に、チクリンはいるらしい。私たちは足音を忍ばせ、衣擦れを抑え、そろそろと先に進む。
と、そこで私は気づいた。どうしてこんな真似をしなきゃ、ならないんだ?
「こんちわー」
私が声を出すと、羽場が大げさに身を震わせ、振り返って私の口を抑えようとする。
「ちょっとゴッシーちゃん、何すんの!」
「何って。別に忍び寄る必要、ないじゃないですか」
「あ、そっか」納得したように頷き、羽場も声を戻した。「チクリン? ちょっと話があるんだけど。いい?」
私たちはそこで、息を潜めて答えを待つ。
一瞬、角の奥から、ちらり、と、見覚えのある顔が覗いた。だがそれはすぐに引っ込んでしまい、次いで再び激しく咳込む音がする。
ゼェゼェと、苦しそうな息づかい。そして彼はようやく、怯えたような叫び声を返してきた。
「何の用だ!」
「何の、って。こんなとこで、何してんのかな、って」
こちらも怯えつつ、云った羽場。対するチクリンは酷く警戒している風で、叫び返してきた。
「何でもいいだろ!」
「そ、そりゃ、何でもいいけど。チクリン、何か大変なことになってるんじゃないかな、って」
僅かな沈黙の後、彼は云った。
「何の話だ!」
「えっと、結構、メンドクサい話なんだけどさ。ちょっと、近くまで、行っていい?」
再び、激しく咳込む音。それが収まるのを私が羽場と顔を見合わせて待っていると、不意に彼は通路の角から姿を現した。
相変わらず眼光鋭いイケメンだったが、今はかなり疲労困憊しているようだった。その眼孔は黒々とした隈で覆われ、息苦しそうに肩を上下させ、片手でノートパソコンを胸に抱えて。
そして残る右手には、彼は、拳銃を握りしめていた。




