表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月でウサギを飼う方法  作者: 吉田エン
未知との遭遇 一章:あっ、宇宙人だ。
85/117

5

◇  ◇  ◇


前回の更新後、謎の黒服の男から「提訴する」と脅迫を受けてしまったため、一部固有名詞を変更してお届けします。予めご了承ください。


◇  ◇  ◇

 ふとした瞬間に立ち眩みはするし、常に熱っぽいし、鼻水は出るし、どうにも調子が悪い。それでも私はゲホゲホと咳込みながら、今では地球へと去ってしまった阿部の話を裏付けようとしていた。


 プロジェクト9。彼はアームストロング基地を中心として、それが行われていると云っていた。ネットで調べてみると、幾つかのUFOオカルト系のサイトで、その名前が散見される。大元は、アメリカ国防省の元職員を名乗る人物が行った、ネットの一連の書き込みらしい。今では彼のペンネームを取って、〈アンソニー・レポート〉などと呼ばれている。


 プロジェクト9の9とは、九番目の惑星、今では準惑星へと格下げされてしまった、冥王星を意味しているという。その元職員が盗み見たファイルの表紙には大きく9の数字だけが記され、厳重な最高機密とされていたらしい。


 しかし微妙に、その内容は阿部の告白と異なっている。阿部は、自分たちは茶色い肌に黒い瞳、そして尾を持つ異星人だと云っていた。しかしレポートでは、灰色の小柄な体型に大きな瞳と、お馴染みの異星人の姿だとしている。


 彼らはカロン人、今では地球人と呼ばれる種族が、再び冥王星を侵略する意図はないか、常に監視し続けているという。彼らが行うアブダクション(誘拐)は、人類の進化度合い、そして〈影の組織〉、すなわち原カロン人とでも呼ばれる種族からの洗脳を、どれだけ強く受けているかを調べるための調査なのだという。


 尤も、彼は原カロン人の組織を、ネズミーだとは云っていない。非常に大きく、誰でも知っている組織だとしか説明していなかった。


 誘拐された人物は、継続的な監視を受ける。その課程で彼らは放射線障害に似た症状を起こす。激しい咳、目眩、微熱、幻覚。そして最後には全身がガンに侵され、死んでしまう。


 激しい、咳?


 ケホン、と咳込んだ息を、私は無理に飲み込んだ。それに微熱。目眩。

 途端に心細くなってくる。


「ば、馬鹿じゃねーの、冥王星人とか」


 思わず、言い放ってしまった。驚いたように身を上げたのは、私と二人で牧場の留守番をしていた殿下だ。彼は卒論を書いていたパソコンから目を上げ、首を傾げつつ話しかけてくる。


「冥王星人?」


 そういえば彼は、行き過ぎとも云える理屈屋だ。冥王星に異星人が住んでいるだなんて法螺話は、簡単に論破してくれるだろう。


 そう期待して、〈プロジェクト9〉にまつわる伝説を、あくまで馬鹿話として説明すると、彼は酷く真剣な表情で、眉間に皺を寄せつつ云った。


「ま、現時点での冥王星についての科学的発見を鑑みると、何もかも嘘とは言い切れないな」


 えー、そう来る?

 私は心の中で焦りつつ、それでも無理に笑いながら云った。


「そんなまさか。冥王星なんて、絶対零度の世界でしょ? だいたい地球に来れるような文明があるなら、探査機とかで発見されてるでしょ」


「冥王星が探査されたのは、2015年のニュー・ホライズンズが最後だ。その時は一万三千キロという、地球で云うところの静止軌道に近い距離に最接近して観測を行ったが、所詮はNASAの探査機だ。そのアンソニー・レポートとやらが云うように、アメリカ政府が謎の組織に支配されているとしたら、その発表など宛に出来んだろう」


「いやいや、そんな。プロジェクトに関わる何万人って人、全員を支配するなんて。無理でしょ。膨大な発表データの捏造も出来るはずないし」


「だからアンソニーのような人物もいる。違うか? 発表データについても、当たり障りのない内容だけ公表すればいいだけだ。だいたい天王星や海王星を飛ばして、冥王星の探査を行ったのは。再侵略のための偵察だという説明は、なかなか面白い」


「でも、地球人の起源が、カロンだなんて。だいたい冥王星もカロンも、月より小さいんだよ? そんな星で星間戦争が出来るほど進化出来るはずが」


「カロンに水があるというのはほぼ定説だし、水があれば生命が生まれる可能性はぐんと高くなる。何も全てを頭ごなしに否定する事もない」反論しかけた私に、彼は僅かに口元を歪めつつ、ため息を吐いた。「とはいえ、常識で考えれば。荒唐無稽としか云いようがない。私は単に、世の中にはあらゆる可能性があると云っているだけだ。世界は謎の組織に支配されているのかもしれないし、そうでないかもしれない。だがそれが、私たちに何の関係がある? 今の私たちに重要なのは、卒論だ。違うか?」


 怒られた。


 確かに、卒論は重要だ。異星人だ何だと馬鹿な事ばかり調べている暇なんて、あるはずがない。


 仕方なしに私は論文へと向かい合ったが、それでもケホケホと咳が出てくれば、思い出さざるを得ない。どうにも集中力が続かなかった。


「どうした」と、殿下も呆れた風に顔を上げる。「ずっと咳が酷いようだが。大丈夫なのか?」


「ごめんなさい、ちょっと私の部屋の空気が乾燥してるみたいで」


「本当に、それだけか? この基地で風邪なんてないだろうが。もしそうだったら非常に危険だ。医療室には行ったのか?」


 彼の云っていることは、重々承知しているが。どうにも気が向かない。有り体に云えば、レントゲンで鼻の奥に金属物質など発見されやしないかと、微妙に怖くて仕方がなかったのだ。


 それでもこの咳は、尋常じゃない。私はようやく重い腰を上げて、殿下に断って医療室へと向かった。


 総勢百人程度の基地だ、医療室はドクター津田の他、数名の医療スタッフ兼医療研究員が在籍していたが、患者が訪れている事はまずない。


 だから扉を開けた途端、丸椅子に座ってこちらに背を向けている人物がいて、私は少し意外に思った。しかも振り返った人物の顔を見て、更に驚く。


「ジョー中佐」


 しまった、というように彼は表情を歪めた。だがそれも一瞬のことで、すぐに例のニヒルな笑みを浮かべつつ、片手を挙げる。


「ようゴッシー。元気か?」

「何してるんです、かぐやで」


 尋ねた私に、言葉を探すジョー。代わりに彼と向かい合っていたドクターが、苦笑いしながら答えた。


「佐治クンたちと交流会してたんですって」


「そう、そう」と、ジョー。「しかしジュージュツのプロに挑むもんじゃないな。散々投げ飛ばされて、筋をやっちまった」


 そうグルグルと腕を回すジョーに、ドクターは湿布を手渡した。


「ま、異常はないでしょ。それ貼って安静にしてなさい?」


「ありがとうドクター」そして何か言外に云うように瞳を合わせて頷いてから、彼は立ち上がって私の脇を通り抜けようとした。「そういやゴッシー、身体は大丈夫か?」


 大丈夫? 何が?


 どうにも彼の意図がわからず、黙り込んでしまう。するとジョーは心配そうに、私の顔を覗き込んできた。


「どうした。やっぱ顔色が悪いようだが。肉は食ってるか? 貧血には鉄分だぞ?」


「それは私の担当。余計なことは云わないで?」


 楽しげに云うドクター。それもそうだ、とジョーは云って、ポン、と私の肩を叩いて去っていった。その後ろ姿を眺めている私に、ドクターは声を挙げた。


「まったく、軍人さんにも困ったものよね。で? ゴッシーちゃんは?」


 振り返ると、笑顔のドクターがいた。

 今のは、何だったんだ? ジョーはホントに、それだけのために来ていたのか?

 私がそう、じっとドクターの表情を窺っていると、彼女は不意に心配そうに眉を顰めた。


「大丈夫? とにかく座って?」


 そう、丸椅子を指し示す。

 そこで、私は気づいた。


 彼女の机の上に、いつも置いてあるミッキー・ネズミーのヌイグルミ。あのネズミー帝国を象徴するキャラクター。それまではまるで気にしたことがなかったが、今となっては息が止まりそうになる。次いで視線を移した私は、目にした物が信じられず、大きく瞳を見開いていた。


 大きく赤く、〈9〉の字が記された茶封筒。それがヌイグルミの前に、ぽんと投げ出されていたのだ。


 途端に頭から血の気が引いてくる。視界が狭まって、頭がグラグラしてきた。


「い、いえ、何でもありません!」


 咄嗟に笑みを浮かべつつ、後ずさる私。ドクターは立ち上がって、私に手を伸ばした。


「ホント? どうしたの? そういえばアームストロングから戻ってからこっち、検査もしてないし。とにかく座って?」

「いやいや、ホントに。ちょっと暇だから遊びに来ただけで」

「座りなさい! これは命令です!」


 鋭く云われ、息詰まる。その時、だらり、と何かが鼻の奥から垂れてきた。慌てて鼻をすすりつつ手の甲で拭うと、そこには透明な粘液が、べっとりと付いていた。


 鼻水だ。しかも尋常じゃない量。


 うわ、と呟いて鼻を摘まむ。その瞬間に、完全に上下感覚を失った。慌てて手を伸ばしたが、掴まる物は何もない。腕を空振り、そのまま私は、床に崩れ落ちた。


 遠くから、ドクターが何か叫んでいる。うっすらと瞳を開くと、彼女は例の茶封筒をひっくり返し、中に入っていたアンプルを取り出す。そして慣れた手つきで透明な液体を注射器に満たすと、力の入らない私の腕を取り、先の尖った針を、近づけてくる。


 やめろ、やめろ!


 叫べたかどうか。そして私の腕に小さな痛みが走り、冷たい液体が流れ込んでくる感覚がすると、私はすぐに、意識を失っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ