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眩い光が、浴びせかけられている。だが不思議なことに、辺りは酷く暗い。
まるで今の状況が理解できず、私は辺りを見回してみようとする。しかし意識はあるというのに身体がまるで動かなくて、辛うじて自由になるのは瞳だけだった。
なんだ、これ。
云ったつもりだった。だが声帯を失ってしまったかのように、声が出てこない。一瞬耳が変になっているのかとも思ったが、そうではなかった。何か酷い、深い、重い音が響き続けていて、頭がどうにかなってしまいそうだった。
おい、ふざけんな! どうなってんだよ!
叫ぼうとしても、喉からはヒュウヒュウという息が漏れてくるだけ。次いで重低音の奥底には、チキチキ、カリカリとした音が混ざり、やがて目が眩むほどの明かりの中に、幾つかの人影が過ぎり始めた。
影は歪み、ぶれ、まるでその正体を捉えられない。だが次第にそれらは私を取り囲み、例のチキチキとした声で何事かを相談している。
おい! やめろ!
叫ぼうとしたのは、影の一体が、何か細長い棒を私に近づけてきたからだった。
辛うじて、銀色の輝きを帯びているのはわかる。その先端にはパチンコ玉のような球体が取り付けられていて、影は次第にそれを、私の鼻に近づけてくる。
おい、おい! やめろってば!
ひやり、とした質感が、鼻孔に触れた。やがてそれは機械的な正確さで、徐々に、鼻の奥に突っ込まれていく。次第に球体は熱を帯び始め、どんどん、どんどん、奥へ奥へと差し込まれていく。
不思議と痛みは感じなかった。だがそれが更に異常さを感じさせ、恐怖でまるで頭が回らなくなってきた。
「やめろ! やめろおおお!」
不意に身体が自由を取り戻した。私は咄嗟に寝かされていた金属台から身を転がしたが、その時既に、目の前の光景が一瞬のうちに変わっているのに気づいていた。
「わあっ!」
叫びつつ、ぽすん、と床に転がり落ちる。
辺りは橙色の弱い明かりに包まれていた。
基地の、見慣れた個室。ここ半年ほど暮らしている、私の四畳半の城。
そしてようやく、全ては夢だったと理解して、冷たい床に転がったまま、大きくため息を吐き、汗を拭っていた。
その頭に、コツン、とタブレットが落ちてくる。
「いてっ」
私は小さく悲鳴を上げて、舌打ちしながらそれを取り上げた。どうもデジタルブックを読んでいる間に、寝てしまっていたらしい。
タイトルは、〈完全ファイル・UFOと宇宙人〉。
まったく、こんな物を読むから、変な夢を見るんだ。
そう私は自分を納得させようとした。けれども心の底では、先ほどの夢は、本当にただの夢だったのか。あるいはあれは、ひょっとしたら、現実に起きたことのフラッシュバックなんじゃないか。そんな疑念をぬぐい去ることが出来なかった。
「おっ、起きたか。大丈夫か?」
アームストロング基地で気を失ってしまった私は、どうやら医療室に運び込まれてしまっていたらしい。気が付くと目の前にはジョーがいて、傍らの椅子に座っていた羽場も慌てて飛び上がり、私を上から覗き込んでくる。
「ゴッシー! もう、物凄く心配したんだから! 大丈夫? ボクが誰だかわかる?」
私は状況を理解するのに、数秒かかった。
「えっと。何が?」
身体を起こそうとしたが、まるで力が入らなかった。無理するな、とジョーに云われ、再びベッドに横たわる。
「ちょっと中佐、ほんとに大丈夫なのゴッシーは?」
本当に心配そうに云う羽場に、ジョーは軽く口元に笑みを浮かべて見せた。
「大丈夫。ウチのドクターが云うには、ただの貧血だそうだ。過労で寝不足だったんだろう? 少し寝てれば良くなるってさ」
「ホント? アームストロングの空気があわないんじゃないかな。なんかここ、牛みたいな臭いがするし」
「牛って何だ。適当なこと云うな」
小さな痛みを感じて目を向けると、右腕に点滴の針が差し込まれている。
貧血か。確かにここのところ寝不足だったし、LRVで少し酔ったのもあるし、昔から血圧が低いと健康診断では云われていた。
そう思い出したところで、ようやく意識を失った間際のことも思い出していた。
「ちょっと、オッサンに云ってLRVの準備をしておくよ。動けるようになったら、すぐにかぐやに帰ろ? ね? アームストロングは空気悪いよホント」
云って飛び出していく羽場と、それを舌打ちしつつ見送るジョー。
「何だってんだ。いっつもアメリカだってだけで偏見持ちやがって。チビの劣等感か?」
すいません、と言いかけた所で、何かが酷く喉に絡んだ。思わず咳を連発させるが、なかなか収まらない。
「おいおい、大丈夫か?」
慌ててドリンクポットを差し出してくるジョー。私は息苦しい中、無理にそれを喉に流し込んで、ようやく大きく息を吐く。
「あぁ、ホント、すいません。ご面倒をおかけして」
云った私に、彼は普段通りの、ニヒルな笑みを浮かべて見せた。
「なに。気にすんな」
「いえいえ、ホントに。申し訳ないです」そういえば、と私は続けた。「なんか変なとこに迷い込んじゃったみたいで。大丈夫でした?」
「え? あぁ」何のことはない、というように云うジョー。「ただの実験室だ。何も壊れちゃいない」
ただの、実験室?
私はようやく巡りの良くなってきた頭を、回転させる。
「なんの部屋だったんです? あそこ。なんか凄い音とか光とかしましたけど」
「え? そうか? 別に普通の部屋だったが」
「あれ、そうです? なんかあの凄い音に具合が悪くなっちゃって、もう立ってられなくなっちゃって。パッタリいっちゃったみたいなんですけど」
ジョーは次第に表情を渋くし、言葉の切れも悪くなってきた。
「オレも実験区画の事は、よく知らん。なにしろ科学のかの字も知らないからな」
ふぅん、と次の言葉を考えていた私に、彼は僅かに辺りを見渡し、私に顔を近づけ、云った。
「忘れろ。疲れてたんだ。それでちょっとした光とか音を過剰に感じたのさ。かぐやの連中にも、そう云っとけ。下手な騒ぎは起こしたくない」
まさか、口止めのつもりか?
私は僅かに戦慄を感じてジョーをまじまじと見つめたが、彼はすぐにニヒルな笑みを戻し、私にかかっていた布団の位置を直した。
「ま、これに懲りず、また来てくれよ。まだまだ案内したい所が沢山ある」
そして小一時間の点滴の後、私はかぐや基地へと帰還した。
だが、色々と納得がいかない。光と音は、まぁ、ジョーの云うような疲れの所為ということもあるだろう。
しかし、あの奇妙な姿の人影は。何だったのだろう。
あれも記憶違いだろうか。妙に手足が長くて、頭が大きい人影は。
あれは、宇宙人?
そう、あの時はとにかく疲労困憊していて、まるで頭が回らず、ぱっとそのイメージが頭に浮かんできて、そうとしか思えなかった。
確かに、一般的な宇宙人像に、よく似ていた。頭が大きくて、手足が長くて。あの部屋もなんだかSFに出てくる秘密研究室のようだったし、尋常でない音と光も、ジョーの云うような〈ただの実験室〉とは思わせない何かがあった。
けれども冷静に考えてみれば、そんなこと、あるはずがない。もしアメリカが宇宙人と交流があるのならば、こんな月面基地や軌道エレベータごときでヒイヒイ云っているはずがない。ジョーも今頃火星どころか、彼らの惑星へとワープで向かっていても、可笑しくないのだ。
けれども、何か、納得いかない。
「おう、ゴッシーちゃん。もう大丈夫か?」
食堂で、難しい顔でタブレットを眺めていた私。そこに現れたのは、隊長を始めとする運営幹部の面々だった。私は慌てて彼らに挨拶しようとしたが、そこでまたしても喉が絡み、咳込んでしまう。
「どうした。大丈夫か?」
尋ねつつ覗き込んでくる四方隊長に、私はようやく息を飲み込みながら頭を下げた。
「いえいえ。すいません。もう、大丈夫です」
「ホントに?」医療主任の津田女史は、私の隣に座って額に手を当ててきた。「ちょっと熱があるんじゃないかしら。頭痛や目眩は?」
「いえ、ホント、大丈夫です」
「そう? 少しでも調子悪かったら、医療室に来るのよ?」そこで、そういえば、と彼女は手を打ち合わせた。「佐治クン、まだ健康診断、受けてないでしょ。ダメよ? 軍人さんは身体が資本でしょう」
云われた佐治はドクターの向かいに腰掛けつつ、渋い顔でミネラルウォーターのパックに口を付けた。この三人は、だいたいいつも一緒に行動してる。
「大丈夫ですって。月に一回なんて、やりすぎだ」
「何云ってるの。ただでさえ佐治クンは基地外活動が多いんだから。放射線で種なしになってもいいの?」
種なし、と苦笑する隊長と佐治。
「不妊になるくらいの放射線を浴びたら、種を心配してるどころじゃないでしょう」
云った佐治に、ドクターはパスタのフォークを振りながら力説した。
「男性には、そう云うのが一番効くの。違う?」
「その前に佐治は、嫁を捜さないとな」
口を挟む隊長に、佐治は憮然とした表情で応じる。
「いいんです。私はゼントラーディが来るのを待ってるんです」
ゼントラーディは、佐治の好きなアニメ、マクロスに出てくる異星人だ。ドクターは何の話だかわからない様子だったが、隊長は苦笑いでコーヒーのパックに口を付ける。
そこで私はパタンとパットを伏せて、佐治に尋ねた。
「佐治さん、宇宙人って、いると思います?」
「当たり前だ」
物凄い勢いで即答する。大笑いする隊長と、苦笑いするドクター。そして目を白黒させている私に、彼は続けた。
「この宇宙に、どれだけの恒星、どれだけの惑星があると思ってるんだ? いくら生命が生まれる確率が低くたって、それをクリアするくらいの数は十分にある」
「そういえばUFO絡みって、海外ばかりで。日本の話はあんまり聞きませんね。佐治さんの所じゃ、エイリアンの解剖とか。やってないんですか?」
途端に大笑いする一同。答えたのは佐治だった。
「さぁな。やってるかもしれんが、オレは聞いたことがない。所詮中佐なんて、ただの中間管理職だからな」
「でも、そうした生命体がいたとしても。他の。例えば地球にたどり着けるくらいの進化を遂げる前に、滅亡するだろうって。ホーキングは云ってたわ」
と、ドクター。何か言い掛けた佐治の前に、隊長が楽しげに云った。
「しかし彼は、こうも云っていた。地球外生命体と接触しても、関わっちゃ駄目だとね」
「それ、マーチン博士じゃなかった?」
「いや、ホーキングだ」
「そうそう!」と、佐治が勢いよく口を挟む。「彼は確かに宇宙物理学者としては天才かもしれないが、事、社会学者としては悲観的すぎる! 他にも人工知能は危険だとか、人類の叡智をまるで信用していない!」
「それは天才だからな。我々が阿呆に見えたんだろう。子供は大人しく家で遊んでいろ、とね」
「しかし彼は、こうも云っている。千年以内に人類は宇宙に乗り出さなければ滅亡するとね。矛盾だらけだ」
「ちゃんと彼の著書は読んだか? ニュース記事の言葉だけ取り上げても駄目だぞ?」
苦い顔で黙り込む佐治。それを楽しげに眺め、ドクターは云った。
「まぁでも、いて欲しいとは思うわよね。星野之宣の〈2001夜物語〉、知ってる? 人類は外宇宙に飛び出すんだけれど、結局意志疎通可能な地球外生命体とは出会えなくて、みんな地球に戻って来ちゃうの。あれは寂しいわ」
「おお、なかなか文学少女だねドクターも。しかし宇宙人といえば、オーバーロードだろう」と、隊長。頭を振る佐治とドクターに、彼は両手を投げ出した。「なんだ、読んでないのか! クラークの〈幼年期の終わり〉だぞ?」あぁ、と頷く二人。「あれこそ、ザ・SFだ。オーバーロードの正体は、まぁいいとして。人類の進化の可能性を鮮やかに描いている。あれくらいの〈ミッシング・リンク〉がないと、我々が大宇宙を余す所なく探検するのは無理かもしれない」
「私は好きじゃありませんね。クラークのいい所は、安易にワープや宇宙人やらを出さない所だったのに。それをアレは。何かオカルトめいてる」
そう頭を振る佐治に、ニヤリとする隊長。
「歌で敵と戦うのはオカルトじゃないのか」
「アレはいいんです。そう楽しむ物なんです。だいたい、ちゃんとフォールド波っていう理由付けが」
「アニメは良く知らないけど、大宇宙を探検するなら、やっぱり〈スター・トレック〉くらいのファースト・コンタクトは欲しいわよね」
なんだか遠くを見つめながら遮るドクターに、隊長は楽しげに乗ってくる。
「クリンゴン、ロミュラン、バルカン、カーデシア。いいね、あれくらい異星人がいてくれたら、我々も寂しくなくなる」
ホントにこの人は何でも知ってる。そして不満そうなのは佐治だ。
「私はちょっとしか見てませんが、何なんですアレは。戦闘といえば船が正面からレーザー撃ち合ってるだけだし、だいたい何で宇宙人が全部ヒト型なんです。可笑しいでしょう」
「仕方がないじゃない、実写は大変なのよ」
苦笑いで大人の回答をするドクターに、パチンパチンと指を鳴らす隊長。
「馬鹿、あれこそちゃんと理由付けがあるんだぞ? 彼らは元々、全部アイコニア人という古代種族によって作られた生命体で」
どうにも口を挟む余地がなくなってしまった。私は彼らの宇宙人に関する熱意を楽しく拝聴していたが、それでもどうも、何か違うな、と考えてしまっていた。
そう、今知りたいのは、陰謀とか、秘密計画だとか、そうした方面の宇宙人論。
それに詳しそうな人物を一人だけ知っていたが、果たして彼の場合、どうやって話を持ち出せばいいものやら。なにしろ彼自身、半分異星人のような物だ。




