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月でウサギを飼う方法  作者: 吉田エン
月でウサギを飼う方法 三章:月でウサギを飼う方法
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「ともかく、あまり時間もない。そろそろ応募書式に従った資料を揃えることも考えて作業しなければ」


 と、全員が揃った所で殿下が云った。途端に岡が首を傾げる。


「でも、本当にウサギで行けるか、まだ全然わからないだろ?」


「確かに。だが、応募に必要な資料を眺めてみると、どう考えても二週間は必要だ。一、提案内容の説明資料。これは通常の研究論文と考えていいな。提案の根拠となる理論を述べ、裏付けとなるデータを示さなければならない。二、収支予測。これは一般の企業が作成するような、収支目標の資料だな。各種原価を積み上げ、売り上げを推測しなければならない。三、施設設計図。事業にレンタルされる多目的モジュール内に、どのような施設を作らなければならないのかといった、いわゆる図面だ。どうだ? 私としては、残り一月でも非常に厳しいと思うのだがね。それに現時点で、ウサギ以上に可能性がありそうな分野は皆無だ。だろう?」


 私たちは考え込み、唸り声を上げた。これまで宿題で、実験のレポートや機械図面を描いた経験からしても、その期限の厳しさは身に染みて良くわかる。


「じゃ、とりあえず走りはじめて。上手く行かなかったら、後から帳尻を合わせていくしかないな」

 呟いた岡に、殿下も眉間に皺を寄せながら応じた。

「そうだな。結論ありきで研究を始めるのは、非常に良くない手法だが。今の状況では仕方があるまい。とはいえ今までの研究でも、月面での畜産に関しては多少の提案は行われている。飼育自体が全く不可能なことではないはずだ」

「でも、収支が取れなかったら?」

 不安げに云うテツジに、殿下は鼻を鳴らした。

「その時はその時だ。ストレスの溜まる月面基地に、新鮮な肉を提供しようとした、そういう心理的な面での貢献を強調するしかない。それはあくまで最後の手段だがな」


 岡が一つ手を叩いて、一同を見渡した。


「じゃあ、こうしよう。論文は殿下がお願い。みんなで話し合ったことを随時纏めて、書けるところから書いていってよ。必要なデータは、オレたちに云ってくれれば探すから」

「わかった」

「収支予想は。これがキモだな。最終的には上手く帳尻が合うように、全員が動いていかなきゃならない」


 岡は考え込みながら全員を眺めていると、殿下が静かに手を挙げた。


「私は、その担当は五所川原さんが適任だと思うが」

「私ですか!」

 思わず叫ぶ私に、殿下は冷静な表情を向けた。

「その通り。今までにも何度かキミの収支計算を見せてもらったが、非常に的確で抜けがない。キミならば、問題点の提起をするのにも適任だろう」

「だろ? 実はオレもそう思ってたんだよね」岡は渋る私に顔を向けた。「別にゴッシーに全部押しつけるつもりじゃないって。ゴッシーには収支面での課題をリストアップしてもらって、他との調整や調べ物なんかはオレがやるし」

「そうだな。キミがリーダーをするのが順当だろう」

 と、殿下。


 そうなれば自分だけ逃げる訳にもいかない。仕方なく頷くと、岡はスッキリした様子で締めくくった。


「で、残りの図面は当然テツジだな」

「うい」


 そう、残ったのは施設の設計の仕事で、担当はテツジしかいない。


 その部分が、私にとっては一番心配だった。殿下には何もいうことはないし、岡は何だかんだ云って頭は切れるからリーダーとして申し分ない。だがテツジは一番の問題児で、余ったからといって設計という大仕事を任せてしまっていいものか。


 ところが、その私の心配は良い意味で裏切られた。翌日彼らの部屋に出向いた私は、昨日より一回り大きい立派な籠に入ったドナドナを目にしたのだ。ちゃんと餌置きもあるし、底は網になっていてゴミが溜まらないようになっている。


「あれ、この籠。どうしたんです?」

「ん。あぁ、テツジが実習工場で作ってきた」と、岡。


 へぇ、と胸の内で感心しながら、籠の細部を眺める。確かに私たち機械科は実習が授業に組み込まれていて、溶接や溶断、旋盤といった金属加工方法を一通り習っている。だがそれも一科目十時間程度のもので、とてもこんな複雑な物を、機能的に、綺麗に仕上げるだけの、設計・製作技能は身に付いていない。


「アイツ、実家が工場やってんだよ。上手いもんだろ? 今日も実習工場行って、何か作ってる」


 全く、人は何かしら一つぐらいは取り柄があるものだな、と思いながら、私は早速自分の仕事に集中した。

 とにかく、私が全ての課題点を洗い出さなければ、何事も前に進まないのだ。

 責任は重大。

 私はテツジが戻ってきたところで、全員を呼び集めて説明した。


「ウサギの品種は岩手二号としておきましょう。知りたいのは、得られる肉の量、毛の量、そして繁殖度合いです」


「それはおばちゃんに聞いてある」と、岡がメモ帳を取り出した。「一歳のウサギで、肉は約六キログラム。毛は年に二回は刈れて、約五百グラム。繁殖は、『もの凄く増える』」

「もの凄く?」

「そう書いてあるんだよ。えぇと、生後半年から一年で子供が産めるようになって、妊娠期間は一月、一度に五から十匹生まれる」

「ってことは」と、テツジが電卓を取り出して叩いた。「最大で一年で一匹から百匹も生まれるってこと?」

「まぁ実際そこまではいかないだろうけど。全部が健康に育つとも限らないから。まぁ増やそうと思えば、幾らでも増やせるってことだ」


「わかりました。残る課題は二つです。先ずは餌です。何を食べさせればいいのか。その量は。調達はどうするか。そして二つ目は、何匹飼えばいいのか。そして飼育環境は。これが決まれば、施設の設備にどのようなものが必要で、作るのに幾らかかるか弾き出せます」

「両方ともおばちゃんだな。よし、テツジ、ゴッシー、今から聞きに行こうぜ。殿下は留守番な」

「云われなくても私は忙しい。今までの経緯を整理しなければならないのだ」


 私たちは殿下を残して、食堂に向かう。そして暇そうに外で花壇に水をやっていたおばちゃんを捕まえて、餌や飼育環境について尋ねた。


「ペレットっていう、ドッグフードみたいなのが主流だけど。別に草なら何でも食べるわよ。ちゃんとしたいなら牧草なんでしょうけど」

「牧草ねぇ」岡は花壇に腰掛けながら首を捻った。「牧草っていう草があるの?」

「そんな訳ないでしょ。牧草っていうと、普通はチモシーかオーチャードのことね。まぁでも、水気だけ気を付ければ、あとは何でもいいのよ実際。その辺の雑草でもいいしね。ほら、そこのタンポポ。クローバー。それにススキ」


 ふと雑草の生い茂っている一角に目を向けると、テツジが白い花の咲いた草を毟って袋に詰めている所だった。


「ん? 何?」

 急に注目されて、彼は首を傾げる。


 まだあの雑草煙草をやってるのか。

 そう顔をしかめる私と岡。何も知らないおばちゃんは、笑みを浮かべながら袋の中をのぞき込んだ。


「ハコベね。春の七草。どうするの? 食べるの?」

「ん? あぁ。お煮付けとかにすると食えるのよねコレ」

「そう。良く知ってるわね。これもウサギは食べるわよ。余ったらあげてみたら?」


 岡はテツジの腕を取って、おばちゃんから引き離す。


「オマエ、やめろってアレ。絶対ヤバいって」

「だって金ないんだもん。岡、煙草恵んでくれないし」

 しれっと云ったテツジに舌打ちしてから、岡は怪訝そうに見つめるおばちゃんに目を戻した。


「あ、そんでさ。もう一つ。ウサギって籠の中に入れっぱなしでもいいの? 運動とかさせたほうがいい?」

「そうね。基本的に大人しい生き物だから、籠の中でも大丈夫だけど。多少運動させられるスペースが作れるのなら、その方が健康でしょうね」

「一匹一匹、別にした方がいい? それとも詰め込んじゃってオーケー?」

「元々縄張りを持ってる生き物だから、詰め込みすぎるのは駄目よ。それに牛でも鶏でも同じなんだけど。詰め込みすぎると病気になりやすくなるから、餌と一緒に抗生物質を与えなきゃならないわね。それが嫌なら、一匹に二平米くらいはいるんじゃないかしら」

 それは難しい問題だな、と、私と岡は顔を見合わせた。


「それって、何かデータとかある? 一応、決めるにしても根拠が欲しいし」

 そう云った岡に、おばちゃんは再び花に水をやりはじめながら答えた。

「畜産関係の指南書にあると思うわよ。探して夜にでも持っていくわ。それでいい?」

「すいませんねぇ、先生」

 岡は卑屈に笑いながらペコペコと頭を下げる。その彼に少しだけ笑みを浮かべて、彼女は軽く手を上げた。


 再びブラブラと寮内を歩いて戻る私たち。岡は少し考え込んで、テツジに云った。

「どうするかね? 多目的モジュール一杯に籠を積み上げる感じ?」

 うーん、とテツジは唸って、頭をバリバリと掻いた。

「牧草の収穫量と、ウサギの食う量。それを同じにすればいい訳だからさ。まずはウサギ一匹養うのに、どんだけの広さの牧草地が必要かを調べるのが先やね」

「そう考えると、牧草の生育に必要な面積が、凄いことになりそうですね。なんとなくですけど、ウサギ一匹あたり十平米くらいはいるんじゃないですか?」


 呟いた私に、岡は首を傾げた。


「だとすると、殆どウサギ牧場じゃなくて牧草農場になるなぁ。何か上手い手はないかねぇ」


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