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月でウサギを飼う方法  作者: 吉田エン
第三帝国の逆襲 四章:五所川原内親王の帰還
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5 (第四部最終話)

 それから吉良が地球に帰るまでの一週間、私はウサギ牧場の仲間たちに事情を説明してお休みを貰い、彼にべったりと張り付くことにした。ぱっと見では、なんだかノリと勢い、商売っ気だけでお話を作っているようなところがあって、私にはどうにも好きになれなかったが、彼の正体を知った今、創作の神髄を学ぶにはこれ以上にない機会だと思い直したのだ。


 結果として、やはり、彼はストーリー・テリングの世界で二十年近く働いているだけあって、本当に様々な事を考えながらお話を作っている事がわかった。私が今まで、まるで考えたこともなかったような、新たな視点が山ほどあった。


「でも師匠」と、私はそれでも納得の行かないポイントを突っ込みまくる。「エピソード1に出てたジャージ犬。あれってもの凄い不評じゃないですか。ジャージ犬が出てくるシーンを全部カットしたユーザーカットが出るくらい。アレは何なんです? どうしてあんなキャラを出そうだなんて?」


 吉良は嫌そうに片手を振った。


「だから師匠ってのは止してよ。てかね、ジャージ犬は東海林のアイディアなんだよ。あんまり悪く云わないで?」


「じゃあ師匠もアレは駄目だって、最初からわかってたんです?」


「いや? わかんなかった。アレは子供向けの要素だからね。ボクはあぁいうの苦手だから、東海林の担当。たまたまそれが空ぶったってだけさ」


 それが彼らのチームの手法らしい。登場人物、あるいはカットに対して、それぞれ要素を設ける。それぞれの観客のターゲットを設定し、全体としてあらゆる属性の人々に喜びを与えられるよう、構成していく。


「でもそれって最大公約数ってことですよね。そうすることで色々な趣味の人を取り込めるかもしれないですけど、各要素のインパクトは弱くなる」


「確かにね。でもさ、深いのを求めてる人には、深い映画が色々あるんだから。そっちを観てもらえればいいのよ。ボクらはそういうスタンス。だいたいね、色々な趣味の人にマッチするように映画を作り上げるっていうのは、それだけで世界観を広げることにもなるんだ。だってそうでしょ? 現実世界はシリアスなヤツだけじゃない。ふざけたヤツ、バカなヤツがいて成り立ってる。その中でジャージ先生が嫌いだからってカットしちゃったら、それだけ世界が狭くなる。お話を深くするつもりが、逆に浅くなっちゃうんだよ。その匙加減が、凄く難しいのね」


 なるほどなるほど、云われてみれば尤もだ。


 考えてみると、彼は。彼らは酷く困難な事に挑戦しているように思えてくる。それは以前の私のように。あるいは『彗星会議』のように、ある意味酷く狭い世界で、狭い人々にマッチする作品を作るのは、簡単な事なのかもしれない。人類六十億、その中には、私と同じ考えを持つ人が少なからずいる。だから私という存在が感じる世界の真髄を描けば、それなりに共感してくれる人が出てくる。


 だが、人類全てに共感を与えるお話となると、酷く困難だ。私がアイアン・ウォーズを嫌いつつ、それなりにチェックしていたように、どうしても好きなところ、嫌いなところが出てくる。全員が完全に心酔するようなお話を作るのなんて不可能に近くて、結果的に薄っぺらい、何も得る物がない、ただの娯楽映画になってしまいがちだ。


 私はそうした映画類を、ただの金儲けの道具としか観ていなかった。誰にでもわかりやすく、誰にでも喜んで貰えるように考え抜いた、ただの『商品』。


 だが、少なくとも吉良たちアイアン・ウォーズのスタッフたちに関しては、それだけではない。彼らはあえて世界人類の共通意識を探るという、とても可能とは思えない困難なことに挑戦している、その道のプロたちだったのだ。


「私、あぁいうのって。ただ金儲けがしたいだけの。ゴミだと思いこんでました」


 うつろに云った私に、ドクターはニヤリとしながら応じていた。


「だから云ったでしょ? あぁいうのは、一回りして面白くなってくる物だって」


「ちょっと、別の面白さですけどね」


 だがしかし、吉良はSF映画を作っているというのに、正直なところ理系の感性を欠いていた。それはそう、彼は完全な文系人間で、理系の学問に携わった事がないのだ。


「えっ? だからこれは、質量保存則的に不可能なシチュエーションなんですよ」


 一つのシーンの矛盾を突っ込んだ私に、彼は首を傾げた。


「質量保存則、って?」


「いやいや、熱力学の第一法則ですよ。知らないんですか?」頭を振る吉良。「えっとですね。熱力の第一法則ってのは、人がエネルギー弾を手から発射できるなら、そのエネルギーは必ず人が消費したり、何処からかもって来なきゃならないって話で。絶対零度の世界で氷を破壊するようなエネルギー弾なんて、どう考えても撃てるはずがないんですよ。それを可能にするには、エキゾチック・マターとか高次元を想定しないと」


「でも、絶対零度の世界って、それだけでエネルギー場なんじゃないの? 凄い寒いってエネルギー」


「いやいや、それはあくまで人の体温的に第二法則のエネルギー勾配に従ってるってだけで。絶対零度って世界自体は、エネルギー的に0な世界で」イマイチ理解できていない風な吉良に、ため息を吐いた。「参ったな。師匠、少しは理系の基礎を勉強しないとヤバいですよ。なんでその調子で、SFを書こうだなんて思ったんです?」


 彼は大きく腕を広げながら、ニヤリと笑った。


「だって、SFって不可思議じゃん。いろんな想像を映像に出来る可能性がある」


「だからアイアン・ウォーズは。SFじゃなくスペース・ファンタジーだって云われるんですよ」


 とにかくそうして実りのある一週間を終え、とうとう吉良が地球に戻る日がやってきた。彼は両脇に沢山の映像機器を抱え、ランチボックスの待ち受けるエアロックに現れ、見送りの基地幹部たちに逐一握手し、声をかけていく。


 そして彼は最後に私の前に来て、例のまん丸な顔に少し剽軽な笑みを浮かべ、怖ず怖ずと手を差し出した私の両手を掴み、ブンブンと振り回した。


「いやぁ、この基地に来れたことは最高だったけど、後藤先生。ゴッシーちゃんに出会えた事は、何より良かった! 地球に戻っても色々と知恵を借りたいからさ、メール送るよ。いい?」


「あ、はい。それはもう、全然」


 どうにも、こういう別れの場というのが苦手な質だ。そう辛うじて云った私に、彼はふと思い出したように、宇宙服のポケットから一本の記憶スティックを取り出した。


「そういえばさ、ゴッシーちゃんに刺激されて。ちょっと書いてみたんだ。『彗星会議』の続き」


 私は息が詰まり、みる間に顔が赤くなって行くのが自覚できるほどだった。思いがけない言葉に何も考えられなくなり、ぶるぶると震える手を差し出していた。


「ま、マジですか? ホントに?」


「うん。いやぁ、正直、小説の体裁で書くの、十年ぶりだからさ。全然感覚が戻ってないけど。また暇があったら書いてみようかなって。だからさ、ゴッシーちゃんも、暇なときに読んで。駄目だししてくれない?」


「そ、それはもう、喜んで!」


 記憶スティックを受け取った私の肩を、ポンと叩く吉良。そして彼は名残惜しそうにしながらランチボックスを振り返り、云った。


「じゃあ、アイアン・ウォーズ。来年には撮影に来るからさ! それまでにゴッシーちゃん、演技をドクターから習っててよ! 見せ場、一杯用意しておくから!」


 そこで急に、私は我に返った。

 来、年?


「あ、あの、私、あと五ヶ月くらいで地球に帰っちゃうんですけど」


 吉良は途端に表情を凍らせ、沈黙し、問い返した。


「五ヶ月?」


 私はただ、頷いた。



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〈アイアン・ウォーズ エピソード5 特典映像〉


吉良(総合プロデューサー)「アイアン・ウォーズ、エピソード5! 遂に完成。シリーズ初の、本当の、宇宙空間での撮影。まさか自分が生きている間に実現するとは思っていなかったけど、これが本当の夢だった。スタッフ、脚本家、それに協力して貰った宇宙公団、アメリカ空軍、全ての人に感謝を捧げたい! これ本当!」


東海林(監督)「撮影で一番苦労したこと? そうだな。何よりトイレかな(笑) 他は別に」


藤岡(藤岡弘二役)「そうですね。月面基地には、もっと女性も来るべきだと思う(笑) いや、正直。女性のエキストラが少なくて大変だったんでしょう?」


吉良「そう、何より感謝を捧げたいのは、宇宙公団。忙しい中で、色々な資源を提供してくれた。残念だったのは、当初予定していた配役が、多少狂っちゃったことかな(笑) でもドクター津田は、素人ながらハンナ・ライチュ役を見事にこなしてくれた。あ、本人はとても知的な女性で、映画のような無茶苦茶なところはないから(笑) あ、そうでもないかな(笑) 暴虐なアレ、結構アドリブ入ってる、うん(笑)」


藤岡「宇宙服がさ、それがマジで辛い(笑) 重いし暑いし。あ、でもあのロボット格好よかったね。あれ本物。そりゃあミサイルは撃てないけど。ボクも一台買おうかなって(笑) あれ幾ら?」


東海林「あ、思い出した。一番辛かったのは禁煙。フザケんなって。あの基地は税金で出来てるんだろ? オレがいくら煙草で税金払ってるか(笑) あ、これ冗談」


吉良「え? もう時間? もうちょっといいでしょ。あ、珈琲ある?」


岡田(スターリン役)「SFというのは、絵空事だとか、子供だましだとか、よく言われます。現実逃避、こじつけ、夢物語だと。しかしかつて、アーサー・C・クラークは云いました。『自分の限界がどこにあるか発見するためには、自分の限界を超えて不可能だと思われるところまで行ってみる他はない』。この現実世界において、確固だと思える限界。神や仏といった精神世界以前に、行き果てる場所。それが科学であり、この素晴らしい月面基地だと云えます。その極限世界におけるヒトの可能性を考えられる物。それこそがSF。そこでこそ、我々は、我々人類の限界を発見出来るのです。果たしてその限界が、悪夢なのか、理想郷となるのか。我々はそれを考え、自らの未来を、律していかなければならないでしょう」


〈了〉

◇ ◇ ◇


第四部終わり!


もうすっかり「月でウサギを飼う方法」は真面目なのを書いた後の息抜きになっていますが、如何なものでしたでしょうか。続きのお話も幾つか考えてはいるんですが、この後は少しお休みを戴いて、何か新作を書ければなーと思ってます。


あ、第四部のネタ元、あんまりよくわからない方もいらっしゃると思いますので、活動報告にネタばれを幾つか書こうかなーとは思ってますので、お暇な方はどうぞ。


それではまた!

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