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月でウサギを飼う方法  作者: 吉田エン
第三帝国の逆襲 四章:五所川原内親王の帰還
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4

 私が勢いよく扉を開いた時、吉良は相変わらず動画の編集をしている所らしかった。彼はビクリと身を震わせ、飛び込むようにして現れた私に驚きの表情を浮かべている。


「吉良さん、わかり、ましたよ」


 息を切らせつつ云った私に、彼は暫し硬直し、不意にそろそろと脇の椅子を押し出してきた。


「あぁ、そう、何のことかわからないけど、まぁ座って?」


「あっ、すいません」と椅子に座ったが、私は我に返って、先ほどの勢いのままにパッドを彼に突きつけた。「じゃないです! ダウラントですよダウラント! この人、ホント、詐欺師もいいところでしょ!」


「えっ? 詐欺師? なんでまた」


 当惑する風な吉良に、私はため息を吐いた。


「いやもう、知らない振りをしなくてもいいですよ。吉良さんも被害者なんでしょ?」


「被害者?」


 あくまでしらを切る風な吉良に、私は逐一、証拠を挙げていく。

 『彗星会議』の原本。その文章的特徴。それが『脚本版:火星年代記』と一致すること。そして、どうもその双方を書いたのは、日本人Xらしいこと。


「つまりですよ? このままだとダウラントが日本人Xの著作を散々パクったって事も考えられますけど、そんな日本人Xがたまたま火星年代記の脚本を書くなんて考えられない。つまりXはダウラントのゴーストライターだった! 違います?」


 吉良は中途半端に口を開けはなって、ははぁ、と呟いた。


「へぇ。まぁ、有名脚本家には、ゴーストライターっていうか、知恵袋的チームを組んでる人も沢山いるけれども」


「でしょう! で、私はこう思うワケですよ。ダウラントはただの翻訳者だってのに、日本人Xが英語出来ないのをいいことに、全部自分の手柄にしてた! それを知った日本人Xは、いい加減我慢ならなくなった! それで『脚本版:火星年代記』を、ビリー・ミルコに流しちゃった。困ったダウラントは姿を消しちゃった。これが顛末。違います?」


 そして私は吉良に、身を乗り出させた。


「で、私が思うに、その日本人Xって。吉良さんなんじゃ?」


「えっ? ちょっと待って。どうしてそうなるの?」


「だってそうじゃないですか! そんなハリウッドで活躍できる実力のある日本人、何人もいないでしょう! だいたい吉良さん、東海林ルーカスと出会ったのだって、ハリウッドなんでしょ? でないと火星年代記を持ってるはずがないし、つまり」


 あっはっは、と、不意に吉良は笑い声をあげた。その絶妙な間に私が口を噤むと、彼は酷く楽しげに、私に尋ねた。


「ちょっと聞くけどさ。ゴッシーちゃん、なんでそんな『Trek of Comet』にムキになるの。あんなろくに売れなかった微妙な小説に」


「微妙って何です! 売れる売れないなんて、私には関係ないですよ! 私は『Trek of Comet』が大好きで」


 そこで、はっ、と私は息を飲んだ。

 『Trek of Comet』。そう、以前にも吉良は、『彗星会議』の原題を、そう云っていた。

 でも、この楓が送ってくれたスキャンデータには。

 

「『Parliament of Comet』」呟いた私に、吉良は口ごもった。「『Parliament of Comet』。『彗星会議』の原題は、『Parliament of Comet』です」


 吉良はそのままの姿勢で硬直し、次いで、ポリポリと頬を掻く。


「あぁ、ごめん。記憶違いかな。確かそんな原題だと思ってたんだけど」


「待ってください? 待ってください? いや、確かに、『彗星会議』や『火星年代記』の翻訳をダウラントが行っていたのだとしたら、〈桔梗〉や〈青磁〉は、それなりの英語に直したはず。でも英語版でも〈桔梗〉は〈Kikyou〉だった。つまり英語版を作ったのも日本人Xで、そうなるとダウラントの存在自体が微妙になる。だって日本人Xが英語も堪能だったら、ダウラントにそんなに牛耳られることはなかった。でしょ? で、更に、吉良さんが『彗星会議』の本当の原題が『Trek of Comet』だって云うなら、それってつまり」


 そしてじっと見つめる私の前で、彼はついに、白状した。


「はい、私が Richard Dowland です」


 そのまま、黙り込む吉良。私も暫く、硬直してしまった。


 そして気が付くと、私の涙腺は完全に制御不能になってしまっていた。無意識にダバダバと涙を溢れさせた私に、吉良は慌てたように両手を突き出す。


「あっ、ちょっと、ごめん、だから厭だったんだ! そんな聖人みたいに崇められてて、その正体が、こんなデブでチビでハゲなオッサンだなんて! 幻滅でしょう!」


「ち、違いますよ!」私は我に返って、袖で涙を拭った。「何でです? 何でそんな、あんな凄い小説書ける人が、アイアン・ウォーズみたいなゴミを作ってるんです? 何やってるんです!」


「仕方がないじゃない! 売れなかったんだから! しかもミルコみたいな変な奴に絡まれて、向こうじゃ食べて行けなくなっちゃったんだよ!」


「でも、やりようがあったじゃないですか! 提訴するとか!」


 吉良は大きくため息をついて、大きく腕を広げた。


「ゴッシーちゃんも、クリエイターならわかるでしょ。そういうい争い事に、どんだけ精神が削られるか」


 確かに、云われてみれば私も、プライベートでゴタゴタがあると、一気に創作欲が失われてしまう。そう口を尖らせる私に、吉良は頷いた。


「でしょ? 関わってらんないよ、あんな騒ぎ。で、そんな時に東海林がさ、日本でやらないかって声をかけてくれて。まぁボクも最初はアイアン・ウォーズみたいなエンタメは書いたことなかったからさ、あんまり乗り気じゃなかったんだけど。やってみると楽しいし、何より売れた。ガッポガッポよ? 好きなだけ資料が買えるなんて、すばらしい生活が始まったのは。アレのおかげよ?」


「でも」と、私は何か口惜しさを感じて、反論せざるを得なかった。「でも、所詮、ゴミですよ、アイアン・ウォーズなんて。あんなの、とても『彗星会議』の足下にも」


 吉良は再び大きなため息を吐いて、うなだれ、丸眼鏡の位置を直した。


「いやぁ、そんな評価してもらえて、ボクも嬉しいけどさ。でも今になってみると、『彗星会議』もさ、色々と若かったな、って」


「若かった?」


「何ていうか、下手に文学じみてるでしょ。SFでしょ? SFならさ、SFらしく。もっとやりようがあったと思うのよね。なんかさ、小説でも映画でもそうだけど、一部の人には凄い認められるけど一般には駄目、みたいな、サブカル臭漂うヤツが凄い熱狂的なファンを集めたりするけれども、あぁいうのはやっぱ、駄目だよ。一部の偏った人にしか認められないカルトだよ! で、ボクが考える本当に良いものっていうのは、普通の人にも、偏った人にも認められる物。だってそうでしょ? 偏った人が偏った聖人を崇めるだけの世界だなんて、何処に可能性があるのさ! そんなのは何れ、滅亡しちゃうネアンデルタール人の宗教だよ」


「それは、そう、でしょうけど」でも偏った人の代表とされてしまって、私も云いたい事がある。「偏った人は偏った人なりに、聖典を求めてるんです」


「わかるよ。そういうのが求められてて、必要で、それはそれで凄い素晴らしい物だっていうのはわかる。わかるけどさ。ゴッシーちゃんも月に来て、どう? ボクは自分の考えが、より、深くなった。偏ってるだけじゃ、駄目! やっぱ偏ってる人も、そうでない人も、一緒により所に出来る何か。それがなきゃ、こんな凄い基地は作れないよ!」


 確かに、それは私も、身に染みて感じた事。


 以前の私は、偏っている事で卑屈になり、閉じこもりがちだった。けれども偏った考えを受け入れてくれる同人ファンがいることを知り、天狗になった。


 でも、それは間違っていた。私は所詮、井の中の蛙だった。


「けど、アイアン・ウォーズは。ゴミだと思います」


 そう、辛うじて云った私に、吉良は大声で笑った。


「だから手伝ってよ! 一般にも、ゴッシーちゃんにも認められる物。それが目標だって云ったじゃない!」


 確かに、彼は最初から、それが目標だと云っていた。

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