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月でウサギを飼う方法  作者: 吉田エン
第三帝国の逆襲 三章:五所川原内親王の復活
112/117

5

 もう第何ラウンドだかわからなくなっているが、未だ佐治たち日本空軍部隊とジョーたち米空軍部隊の士気は下がらず、もはやブリーフィングルームに下がるのも面倒くさくなって、お互いの陣地で打ち合わせをする。


 そこで私は、細かいフォーメーションをすり合わせている佐治に提案した。


「佐治さん、さっきの作戦、行けますよ」


 怪訝そうに振り返る佐治。


「さっきの? 何だ?」


「足盾作戦じゃなく、人盾作戦ですよ!」ん、と首を傾げる彼に、私は彼の部下一号をサンプルに説明した。「ほら、足盾だと、それは盾になった人でも攻撃し続けられるってメリットはありますけど、そう防げる表面積は広くない。なら思い切って誰かの全身を盾にしちゃえば、かなりの範囲を防げる。で、最後はその人を、敵の誰かに投げつけちゃえばいいんですよ。これで、盾にした人はアウトですけど、盾にしてる間に最低一人、盾を投げつけて一人。こっちのワンアップになりますよ」


 ふむ、と佐治は考え込み、一号の背中に回った。


「確かに、このベルトを掴んでれば、楽に盾代わりになるな。よし、それでいってみよう」


 ブリーフィング終了。すぐに佐治と一号、二号は、不幸にも盾に選ばれた三号を横にし、上半身、腰、足に隠れ、一斉に突っ込んでいく。


 しかし敵側の動きを見て、佐治はすぐに叫び声をあげていた。


「なにっ! 向こうも同じ戦術を!」


『クソッ、姫、どうする! 向こうも同じ手だぞ!』


 ジョーも同時に叫び声をあげる。私はすぐ、佐治に声を上げた。


「佐治さん! 今更変えようがないです! そのまま突っ込んで!」


「わかってる!」


 左右から中央に向かって、日本軍と米軍の盾が突っ込んでいく。互いに盾に隠れて銃撃を行うものの、それは盾役の人に当たるだけで、何の効果もない。


 そして互いの距離が五メートル程に近づいた時、両チームは同時に盾を押し出し、ぱっと左右に散る。不幸なのは盾の人だ、二人は正面からぶち当たり、そのまま抱きつくようにして身動きできなくなる。


「次!」


 予め盾の人が潰れたら、次に盾になる人が決まっていた。佐治と一号は、今度は二号を盾にして体勢を整える。だがそれは米軍側も同じで、最後にはまたしても盾同士の相打ち。それは成り行き的に三回続くことは決まりきったようなもので、ついに双方は盾人員を失い、こちらは佐治と私、向こうはジョーとドクターを残すのみとなった。


 とにかく広い演習場だ、完全無事な二対二では、タイムアップまで鬼ごっこが続くのが目に見えてる。


 ここまでは計画通りだ。互いに潰して少人数にして、予想外の事態が起きるのを防ぐ。


「でね、ここでゴッシーちゃんは云うの。『私一人じゃ、姫を倒せるはずがないわ! 佐治、私を盾にして!』」


「えぇっ! それでどうやってオチを付けるんです?」


 尋ねた私に、ドクターは楽しげに説明していた。


「簡単よ。こっちが手間取ってる間に、そっちが突っ込んでくる。私はジョーを盾にして、佐治クンの銃撃で潰させる。あとはゴッシーちゃんが私を捕まえて終わり」


 ははぁ、と私は感心した。


「なるほど、その展開なら、ジョーさんも納得せざるを得ませんね」


「でしょ? 一瞬の判断の遅れで、全てを失う。ってことで、ヨロシクね?」


 私はその展開を思い出しながら、佐治の腕を掴んで台詞を口にしようとした、その時だ。


『結局、こうなるか』不意にジョーはヘッドギアの中の口元をニヤリとさせ、手にしていた銃を投げ捨てた。『もうお遊びは止めにしよう。こっからは大将同士の、真剣勝負だ。背中にトリモチ一発ずつ入れておく。動けなくなった方が負けだ』


『いいだろう、望むところだ!』


 佐治も叫んで、銃を投げ捨てる。慌てた私とドクターが互いに引き留めようとしたが、二人はすぐに中央に向かってジャンプし、途端に取っ組み合いの殴り合い、関節の取り合いが始まってしまった。


 ワオ、凄い、サイコー、プロっぽい! などと叫んで喜々として撮影を続ける吉良。私はドクターと顔を見合わせ、互いにため息を吐いていた。


「まったく、男共ときたら。さ、シャワー浴びて帰りましょ」


「ドクターも他人のこと云えないと思いますけど」


 という言葉が喉元まで出掛かったが、それを云っては元の木阿弥だ。私は素直に彼女に従って、未だに鈍い音を響かせ続けている佐治とジョーを残し、演習場を後にした。


 とにかく、疲れ果てた。かぐや基地に戻った私は、辛うじてウサギ牧場の日課をこなし、そろそろ戻っているだろうかと思って吉良にあてがわれている部屋に向かう。


 彼は、ワオ、カッチョイイ、サイコー、と例によって例の口癖を一人で連発しつつ、あの編集装置を弄っている所だった。脇から覗き込んでみると、確かに佐治とジョーとの格闘戦が、まるでキャプテン・アメリカとマイティ・ソーの戦いのように加工されまくっていた。


「いやはや、凄いもんですねぇ」


 呟いた私に、彼はニヤリとしつつ丸い顔を向けた。


「でしょ? やっぱプロは違うねぇ。殺陣は殺陣で見栄えを良く研究してるんだけど、やっぱ本気の戦いの緊迫感は及ばないよ! 低重力の戦闘をこれだけ撮れただけでも、来た甲斐があったよ! こんなの地球で作ろうとしたら、何億もかかっちゃう! あっ、ゴッシーちゃんも良かった。不慣れな戦闘を頑張る姿とかさ! 姫確定!」


 相変わらず持ち上げるのが上手い。


「いや、私よりもドクターの方が」


「あぁ、あの人も凄いね! まるでトリニティーとかブラック・ウィドウみたいだったよ。眼光鋭い感じとかからして、何か敵側のスパイ役とかいいかもね!」そこで気が付いたように、パチンと両手を打ち合わせる。「そうだ、『火星年代記』ね。これ」


 差し出された記憶スティック。私はそれを素早く奪い取り、喜々としながら軽く飛び上がった。


「やった! 有り難うございます!」


「いやぁ、それにしてもさ」と、怪訝そうに首を傾げる吉良。「よくリチャード・ダウラントなんて知ってるね。日本でも全然紹介とかされてなかったのに」


「まぁ、偶然中の偶然で。本屋さんで『彗星会議』ってタイトルに牽かれて、ジャケ買いしたんですよ。いいタイトルだと思いません?」


 吉良は画面に目を戻しながら、再び首を傾げた。


「それは日本の編集さんが良かったんだろうね。原題の『Trek of Comet』だと、ちょっと児童書っぽすぎたかも。今風なら、こうかな。『土星観測をしてたら宇宙人に浚われてメイドロボに改造されそうになったんだが』 どう? 今風でしょ?」


 今風かどういう物か知らないが、やっぱりプロの人は目の付け所が違う。


「それにしても吉良さん、何でこんなの持ってるんです? このプロジェクトに関係してたんですか?」


「いやいや。火星年代記の監督候補に、東海林が挙がってたんだよ。その関係でね」


「東海林ルーカスが、火星年代記? なんだか全然イメージが合いませんね」


 正直に云った私に、吉良は苦笑いした。


「そうでもないよ? 彼は確かに、軽いSFエンターテイメントの大御所って見られちゃってるけど。知ってる? 『Apocalypse Present-day』。邦題は何ていったかな。そう、『真黙示録』。アレ、最初に映画化しようとしてたの、東海林だったのよ」


「えっ、マジですか」惨憺たるベトナム戦争の現実を描いた、超有名作だ。「いや、ちょっと見る目が変わりました」


「でもアレはフランシスが監督で正解だったと思うよ。アレを東海林が撮ってたら、とてもアカデミー賞は無理だった。ヒトには得手不得手ってもんがあるからね」


「ははぁ、そういうもんですか」


 とにもかくにも、私は狭い居室に戻って、ドキドキしながらファイルをタブレットに読み込ませる。


 表題、英語だ。当然英語だ。


 しまった、そりゃそうだよなと思いながらも、なんとか気合いを入れてページをめくる。それは月面基地に来て日常会話くらいは苦労しなくはなっているが、脚本となれば話は別だ。まるで最初の数ページは頭に入ってこなかったが、不思議なことに、次第に簡単に英文が脳内に展開されはじめた。


 原作は火星植民地での出来事をオムニバス風に綴った短編集だが、さすがにあれをそのまま映画にするのは無理と考えたようで、この脚本では大きく内容が変わっている。夢と希望を抱いて植民地にやってきた主人公。そこで目の当たりにする、火星の厳しい現実。困難な植民と、襲撃してくる火星現地人たち。


 そして次第に主人公は、居住地を追われる火星人たちに、心を奪われ始める。彼らの文化は基本的に優しく、知的で、争いを好まなかった。それでも故地を守ろうと若者たちは荒ぶりはじめ、長老たちはそれを諫めようとするが、次第に効果を失っていく。橋渡し役に選ばれた主人公は、火星人の若者たちと植民総督府との争いを防ごうとするが、結局は彼の調停が総督府の罠として利用され、若者たちは虐殺されてしまう。


 主人公は茫然自失し、総督府の機密文書と貴重な最新科学機器を盗み、火星人たちの元に向かった。


 これがエンターテイメントだとしたら、主人公は火星人の逆襲に手を貸す事になったろう。だが彼は、そうすることで火星人たちの優しい文化が失われることを恐れた。そのために総督府が『植民不能』と判断している土地に彼らを導き、何とか彼らの文明を遺そうとするのだ。


 総督府の追撃。主人公は盗んだ科学機器を利用して敵の目をくらまし、何とか火星人たちを安住の地に導こうとする。


 そう、正直これは、『火星年代記』ではない。SFでもない。『火星年代記』の世界観を利用した、西部開拓時代のインディアンの物語だ。


 だが私は、溢れ出る涙を止めることが出来なかった。


 これこそ、リチャード・ダウラント、その人の最高傑作に違いない。

 脚本を読み終える頃、そうした確信が、私の中には生まれていた。


 素晴らしい物を発見したときは、その感動を誰かと共有したくなるのが当然だ。翌日私はお昼休みにドクターを食堂で見つけ、ペレット食の乗ったトレイを手に寄っていく。


「ドクター読みました? どうでした?」


 正面に座りつつ尋ねた途端、彼女は何か渋そうな表情で顔を上げ、片手にしていたパッドをヒラヒラと振って見せた。


「それなんだけどゴッシーちゃん。私、変なことに気づいちゃったの」


「は? 何ですか?」


「そりゃ、良い出来だったわよ? 素晴らしい脚本だった。でもこれって、ホントにダウラントが書いたのかしら」


 彼女が何を気にしているのか、まるでわからない。


「どういう意味です?」


「私、このお話、知ってるのよ。ずっと昔のSF映画なんだけど、『Nostalgia of Mars』、『火星の望郷』っていう。何がどうなってるのかわからないけど、これ、パクリよ」


 パクリ?

 私はまるで何がなんだかわからなくて、完全に硬直してしまっていた。

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