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月でウサギを飼う方法  作者: 吉田エン
第三帝国の逆襲 三章:五所川原内親王の復活
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4

 第五ラウンド開始。正直言って私は、一刻も早く基地に帰って脚本を読みたかった。だが必死な佐治たちの手前、手を抜く事も出来ない。そもそも互いに足盾戦術を取り始めた結果、戦闘は手を抜くとか云ってられない混乱した状況になっていた。双方の足盾兵士がお互いの陣地に突っ込むものだから、とても防衛線を保持していられない。たまらず残りの兵士たちは私やドクターという〈姫〉の護衛をしながら逃げるしかないのだが、そこにもまた足盾兵士が突っ込んでくる。こうして互いの守備が無意味となった以上、全員が敵の姫に向かって突撃するという作戦が出てくるのは、時間の問題だった。


「クソッ、これは攻撃こそ最大の守備という状況に他ならない!」不意に叫んだ佐治は、手早く部下たちに指示を下した。「次のオフェンス突撃に合わせて、全員突っ込むぞ!」


 それは敵のオフェンスが突っ込んでくるのと、ほぼ同時だった。私が適当な方向に逃げるのと共に、佐治ともう一人の護衛は、オフェンス陣と一緒に敵陣へと突撃していった。そして何が何だかわからない激しい撃ち合いの末、気が付くと演習場で動いているのは、私と佐治、敵方はドクターだけという状況になっていた。


「よし、五所川原、ここで一気に決めるぞ!」対角線上を逃げるドクターを追いつつ、佐治は叫んだ。「オレを盾にして突っ込むんだ!」


 いや、それは散々彼らの動きを見てはいたが、足盾戦術は味方の一人を敵陣近くまで放り投げられる力があって、初めて機能する。


「無理無理! いくら低重力だって、私が佐治さんを投げられるワケ、ないじゃないですか!」


「いや、もう敵は一人だ。ジェットストリーム・アタックの要領で行く。わかるな?」


 ジェットストリーム・アタック。それは敵に向かって縦隊となって突っ込み、先頭の者が盾になる戦法だ。足盾戦術と違って先頭が戦闘不能になる確率が高いという弱点はあったが、事前に足を固められるワケではないから、ギリギリまで自らの判断で離脱可能だというメリットはある。


 そして私が厭とも応とも云わぬ間に、佐治は床を蹴って真っ直ぐドクターに突っ込んでいく。私も慌てて、ドクターの射線を佐治の身体で塞ぐよう、床を蹴った。目の前の佐治は、ドクターとの距離を半分に詰める間に、矢継ぎ早にトリモチ弾を受ける。


「ハッ! 私はこれでも、和製パヴリチェンコと呼ばれた女なのよ! 真面目に普通科への転身を勧められたんだから!」


 ドクターが何を云っているのかわからなかったが、とにかく彼女の射撃は酷く正確だった。瞬く間に佐治のヘッドギアは半分塞がれ、片足も絡め取られた。


「クソッ! 五所川原、さっさと当てろ!」

「んなこと云われても!」


 こっちは和製〈ほほえみデブ〉でも何でもない。幾らドクターに近づいたからといって、私がパスンパスンと引き金を引く銃では、華麗に床を蹴り、壁に手を滑らせて急制動するドクターを捉えられない。


 そして佐治が辛うじてドクターの逃げた方向に床を蹴った時、その残った片足すらも、絡め取られた。だが佐治は、彼にしては珍しく機転を効かせて見せた。着地して全身が床に貼り付く前に、トリモチまみれの片手でドクターの腕を掴み、そのまま自らに引き寄せたのだ。


 ドクターは悲鳴を上げ、二人は宙で一体化した。


 チャンス、と思った私は、もうどちらに当たっても構わないという勢いで、ガス銃を連射する。


 が、私はドクターの左腕がまだ健在なのを、見逃していた。彼女は素早く足のホルスターに納めていた拳銃を引き抜くと、私に向かって正確にトリモチ弾を放ってきた。


 どれだけ当たったのか、わからない。だがその衝撃で完全に体勢を崩してしまった私は、クルクルと変な角度で回りながら床に叩きつけられてしまった。


 まるで身動きが出来ない。しかし向こうは向こうで、ドクターは佐治の下敷きになっていて、完全に押しつぶされてしまっていた。


「もう、佐治クン、卑怯よ! 掴むのはナシでしょう!」


 喘ぎながら叫ぶドクターに、佐治も苛立った調子で答える。


「別に禁止されてないでしょう! 死なば諸共だ!」


 けれどもこれでお互い全滅、十九対二十。こちらの負け。

 まぁどうでもいいや、さっさと帰ろう。


「はい終わり終わり! こっちの負け! いいでしょ? ほら、ちょっと、はやく誰か溶解してくださいよ。変な角度でくっついちゃって、痛いんですけど!」


 云った私。だが途端にヘルメットの中には、誰が誰だかわからない叫び声が、矢継ぎ早に飛んできた。


「ちょっと待て! 落ちたのはオレとドクターが先だろ! 二十三対十九で、こっちの勝ちだ!」


「何云ってるの佐治クン! ゴッシーちゃんは先に、私の銃撃で完全に身動きを封じられてたわ! 地面につくとか関係ないでしょ!」


「あ? ルールじゃ、『完全に行動不能となった場合』にアウトとなってたでしょうが! 宙を漂ってる限り、行動中と見なされる!」


「おい佐治よ、勝ちたいのはわかるが、その解釈は無理筋だろう。飛んでようが床にくっついてようが、動けなくなったらアウトだ」


「そうよ!」


「待て! だいたい床にくっつかなかった限り、五所川原の腕はまだ動いてた! おい吉良! カメラ持ってこい!」


 なんでこう、負けず嫌いばかりなのだろう。私がウンザリして床に貼り付いたまま、五分ほど押し問答が続いただろうか。不意に吉良が深いうなり声を上げ、叫んだ。


「うーん、十九対十九! ドロー!」

「なに?」


 一斉に応じる。吉良は喜々として説明した。


「ほら、佐治中佐の指、まだ引き金にかかってて、銃口がトリモチの中から覗いてる。撃ってみて?」


 当惑した風にしつつも、引き金を引く佐治。パスン、と音が鳴って、トリモチ弾が壁に向かって飛んでいった。


 おお、と叫ぶ佐治。すぐにジョーとドクターが食ってかかった。


「待ってよ! そんなのでセーフ? それじゃあ今までのでも、何人かセーフだった人がいるわ!」


「そうだそうだ!」


「でもこれまでは誰かが生き残ってて、とどめを刺せる状態だった。どう?」吉良の言葉に、口ごもる二人。「ってことでドロー! せっかくだし完全決着させようよ! 延長戦だ!」


「いいだろう、望むところだ!」


 勢い込む一同。


 参った。これじゃあいつになったら終わるか、わかったもんじゃない。

 トリモチから解放された私は一計を案じて、ドクターに直通回線を開いた。


「あの、ドクター、いいですか?」


『誰よドクターって。五所川原姫、変な計略は考えないことね』


 いちいち面倒くさい。


「あの、じゃあ、津田姫。ちょっと取引があるんですけど」


 そして私は、吉良から手に入れた『映画版火星年代記』のことを話してみせた。途端に元・文学少女の彼女は叫び声を上げ、すっかり役柄を忘れてしまった。えぇっ、と叫び声を上げ、元のドクターの調子で云う。


『ホント? ちょっとそれ、早く見せてよ!』


「いや、でもちょっとこれ、条件があってですね。ウチが勝たないと貰えないんですよ」


『どういうこと?』


「なんか私がやる気ないのバレて、気合い入れようってことみたいで」前に佐治にやられた手を思い出して、適当に筋立てる。「それに吉良さん云ってましたよ。『もう米軍も日本軍も、ドクターも使えるのは良くわかったから、あとは白熱の戦闘を一杯撮っておきたい』って」


 そもそもドクターが勝手にオーディションだと思いこんでるだけで、吉良にしてみれば全然そんな気はないのだ。


 この甘言に、彼女はすぐ乗ってきた。酷く慎重に、重々しく尋ねる。


『つまり、私は出してもらえるってこと?』


「そりゃあ、大丈夫ですよ。姫とか何とか関係なく、基地じゃ貴重な女性ですし。だいたい、ぱっと連れてきた女優に、さっきみたいな戦闘が出来ると思います? あんなこと出来るの、ドクターだけですよ」


『それはそうよね! 当然だわ!』それでも彼女は、僅かに声を落とす。『でも、ここまでやって、八百長で負けるってのはねぇ。ジョーさんたちに申し訳ないわ』


「でも、キリがないですよこれ。この調子じゃ、次にどっちが勝っても、絶対お互いに難癖付けあって、延々と続きますって」


 うぅん、と唸るドクター。

 そして彼女はパチンと鳴らす代わりに、カチンと模擬宇宙服の指を鳴らした。


『わかったわ。じゃあこうしましょう。いい?』


 説明を受けて、おぉ、と私は唸った。


「なるほど、面白い手ですね」


『でしょ? じゃあ、お互いに上手くやりましょ?』

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