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一点差まで詰め寄ったのはいいものの、こちらも手の内を晒してしまった以上、あとはドクターの云ったように練度に勝る米軍が有利だ。なにか更なる奇策でもなければ勝つのは難しそうだが、もはや私もネタはない。
「無重力とか低重力の戦闘シーンだ。何か面白い策を使ったSFはなかったか」
佐治はそう部下たちに尋ねていたが、これといった名案は出てこない。そもそも無重力空間がCGや特殊撮影で違和感なく表現出来るようになったのが今世紀に入ってからだから、それほどネタ元がないのだ。
「それこそ、マクロスには何かないんですか?」
云った私に、彼は頭を振る。
「それほど凝った戦闘があるアニメじゃないからな。プラスにしろFにしろ。オマエの方が詳しいだろ」
「いや、マクロスはあんまり」
「どうしてだ! オマエはオタクだろう!」
「いやいやオタクにも好みってものがありまして」
行き詰まった佐治は、仕方がなく先ほどの手を利用した堅実な戦術を立て始める。そうなると私は用済みなものだから、ブリーフィングルームに持ち込んだ撮影機材で何かしている吉良の所に向かってみた。彼は大きなジェラルミン・ケースと一体型になっている編集装置らしきものを、目を輝かせながらグリグリと動かしている。
「何してるんです?」
「あっ、観る? なかなかいいよこれ!」
ケースの蓋に埋め込まれているディスプレイ。そこには様々なウィンドウが開いていたが、佐治がキーボードをカシャカシャと云わせて操作を加えると、大きな窓が一つ開いて映像が流れ始めた。
先ほどの戦闘映像だ。足盾作戦で突っ込む佐治の部下たち。援護する私たち。だがその背景は真っ白な壁ではなく宇宙基地の整備場のようになっていて、発するのはトリモチ弾ではなくパルス銃のようなものになっている。飛び交う光線が壁に当たると火花を上げ、炸裂し、整備中の宇宙戦闘機が爆発する。
「うわっ、さっきの今で、もうこんな加工が?」
「そ。凄いよね。でも壁が白いから合成が楽だったんだ」
加えて、不思議なことに、まるで吉良が十人ほどいたかのように、様々な角度から私たちを捉えている。最後の突撃シーンは、佐治、彼らの部下、そしてジョーやドクターの顔が大写しになり、まるで本物の映画さながらだ。
「どうやってるんですこれ? こんな角度から撮れてないでしょ?」
「あぁ。演習場の四隅に置いたカメラと、ボクのハンディーカム。それを統合して、3Dモデルにしちゃえば、視点なんて自由自在なのよ」
「3Dモデル?」
「そうだな。えっとね、カメラで捉えたものって、二次元でしょ? 人の顔を正面からとっても、あとから横からとか後ろからとかには出来ない。でも四台のカメラで前後左右から撮って、それをコンピュータ上で三次元モデルにしちゃえば、好きな方向から眺められる。さっきの戦闘では、それをやったんだ。で、こんな風に、あっという間に好きな角度から戦闘を眺められるようになる。凄いもんだよね、コンピュータの力って」
それは映画を観ていると、どうやってこんなシーンを撮影したのだろうという不可思議な物に出くわす事もあったが、これほど進化しているとは思いもしなかった。半分お遊びのサバイバルゲームが、あっという間にリアルな宇宙戦争になってしまっている。
「凄いですねぇ。てか、吉良さん一人でこんな出来るんなら、そんな何人も撮影スタッフ連れてくることないんじゃ?」
「ダメダメ! これは所詮、CGだもん。こんな小さな画面で観てると気づかないかもだけど、このままだとテクスチャーは荒いしオブジェクトはめり込んでるし、とても大スクリーンじゃ観てられないよ」
「へぇ。そういうもんなんですか」
「そ。そういうもん。でも地球のコンピュータに送って精細な処理を行えば、かなり綺麗になる。映画のワンシーンに、そのまま出来ちゃうってワケ。便利だよね、CGって。でもさ、それってもの凄いお金がかかるんだよね。下手すると月に来るよりかかっちゃう。だから会話シーンとかは、なるべくそのまま撮影した方が安上がりなんだ。でもそれには、ちゃんとした機材を持ったスタッフがいないとね」
なるほど、と思いながら、彼が弄り始めた画面を眺める。
「まるでウサギ牧場と同じですねぇ」
ふと云った私に、彼は不思議そうに瞳を向けた。
「え? どういうこと?」
「え。知らないんですか」
「ゴメン、キミらがウサギ牧場をやってるのは知ってるけど、畜産とかあまり興味なくて」
半ば呆れつつ、私は自分が月面に来ることになった経緯を話してみせた。結局は地球でどこまでやって、月でどこまでやれば、一番費用対効果が高いのか。その計算が殆どだったのだ。
「へぇ、そうなんだ! ゴッシーちゃん、SF好きが買われて来てるんだとばかり思いこんでたよ! 随分凄いことしてたんだねぇ!」
別に凄くないけど、と苦笑いしていたところで、遠くから佐治が口を挟んできた。
「そっちは五所川原というより、後藤先生の側だな」
後藤先生、と首を傾げる吉良。私は慌てて遮った。
「ちょっと止めてくださいよ佐治さんも!」
「もう基地のみんなが知ってるんだ。諦めろ先生」
楽しげに云う佐治。
「もう、素人に戦術で負けたからって、そういう復讐はナシでしょ!」
「別にそんなつもりはない」
見るからに、そんなつもりだ。
畜生、こんど基地のみんなに、佐治のマクロスアイドル偏愛ぶりを言いふらしてやろう。
そう佐治を睨みつけてる間に、吉良は不思議そうな表情で私に人差し指を向けてきた。
「ひょっとして、〈後藤楓〉のこと? あのエゲツナい作風の同人漫画家の? ゴッシーってまさか、あの後藤先生なの?」
目眩がしてきた。
「なんで吉良さんも、あんなヤツの事知ってるんです」
「そりゃあだって! 日本のSF界は狭いからね! 商業やれてる人なんて、小説漫画映画あわせても百人かそこらでしょ! となれば同人やネットに目が行くもん! ネタ探しに重要なのよ!」はぁ、左様ですか、と肩を落とす私に、彼は喜々として続けた。「いやぁ、光栄だなぁ、あの後藤楓が月面にいたなんて! 前のコミケでも新作が薄すぎる本一冊だけだったから、どうしたんだろうなと思ってたんだよ! しかも作風が結構変わってたし! あ、あれも悪くないよ? むしろ好き。あ、あとでサインくれる?」
「はぁ、まぁ出演契約書以外なら喜んで名前くらい書きますけど」
「ボクね、後藤楓のファンだったのよ! 一般受けを一切無視した、救いのない展開! 中二病的な潔癖さ! 成る程ねぇ、後藤楓はこういう人だったのかぁ。なるほどなるほど、確かに後藤楓だ!」
「いや、あの、ホントに勘弁してください。あの辺は、その、若気の至りというヤツでして」彼の指摘する後藤楓の作風は、最近私の中では黒歴史になりつつある。「とにかくその、まぁウサギ牧場を計画するときも、さっき吉良さんがおっしゃったような感じで。予算が結構大変だったですから」
「あ。そうだそうだ。ちょっと後で、その話も詳しく聞かせてよ。撮影の予算を立てるのに参考になりそう」
「別にいいですけど。でも結局、月に来てみないとわからなかった事って多くて。計算の半分以上は無駄でした」
吉良は肩を落とし、何か、満足そうな笑みを浮かべた。
「だろうね。ボクも来てみて、色々わかったことがあった。ぶっつけ本番で来なくて良かったよ。この調子だと米軍さんの協力も得られそうだし、二十人くらいで一ヶ月もあれば、良い物が撮れそうだよ」
「それだけの人数、ロケット一回で送れるかなぁ。一発五十億ですよ?」
「何云ってるの! 今じゃゲームだってテン・ビリオン(百億)使って作る時代よ? エピソード4だって百五十億かかったんだから! いけるいける!」
貧乏性の私からしてみれば、簡単に胃が痛くなってくる桁だ。
やっぱりこのオジサンは凄い人なんだな、と思いつつ、ふと思い出して私は尋ねた。
「そういえば吉良さん、ハリウッドとも関わりあるんです?」
「え? まぁね。アイアン・ウォーズも、今じゃスタッフも俳優も半分が外人だし。殆どハリウッド物みたいなもんだけど」
「じゃあ、十年ほどまえに『火星年代記』の映画化の話があったのって、知ってます? リチャード・ダウラントさんって人が脚本を書いたらしいんですけど」
彼は僅かに口を開け放ち、まじまじと私を見つめた。
「良く知ってるね、そんな話。誰に聞いたの?」
「まぁ、ネットで調べたりして。私、そのダウラントさんのファンなんですけど、その人のこと、何か知らないかなと思って。知り合いだったりしません? 全然情報なくって」
吉良は不意に、表情を曇らせた。
そして腰を回して私に正面から向き合うと、申し訳なさそうに、云った。
「そっか。ボクも詳しくは知らないけど、リチャードはあの騒ぎのすぐ後、亡くなったんだ。残念だよ」
亡くなった。
私は確かに、衝撃を受けた。数秒間、何も考えられなくなる。
だが長らく音沙汰もなかった事から、さもありなん、という気もしてきて、悲しいながらも、ある程度簡単に受け入れてしまった。
「そ、そうなんですか。それは残念です。何とかダウラント版火星年代記を観てみたかったんですけど」
呟いた私に、吉良は僅かに考え込み、再び私に顔を向けた。
「脚本、あるよ。読んでみる?」
こちらの方が衝撃が大きかった。息が詰まり、鼓動が早くなり、私は思わず彼の肩を掴んで思い切り揺さぶっていた。
「マジで! 本当に! ホントにあるんですかそれ!」
「うん。ちょっと著作権的に微妙だから、絶対誰にも公にしないなら、って約束だけど」
「いやもうしません絶対にしません大丈夫です!」と、ふと思い出した。「あ、でも、ドクターも結構好きっぽいんですけど。ダメですかね?」
再び考え込み、彼は、うん、と首を縦に振った。
「ま、それくらいは。でもそれ以外は、絶対ダメ。親とか親友とか彼氏にもダメ。二次配布絶対禁止。月面で、後藤楓だから、特別なの。いい?」
「あ、あの、でも後藤楓って、後藤って私と、楓って友だちの共通ペンネームで」
「あぁ、知ってる。でも楓ちゃん側はなぁ。あんまり好きになれないんだよなぁ。それに地球に渡っちゃうと、その後はネットで幾らでも広まっちゃうし」
すまぬ、後藤楓の楓。
私はそう地球上の親友に詫びつつ、吉良に請け合った。
「わかったわ。ダウラントの幻の脚本のためなら、オーバーロードにだって魂を売ってやる!」
五所川原姫的には、そんな台詞が出てくるシーンだ。