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全ての細工をし終えた私は、じっと息を詰め、敵が現れるのを待つ。
五対一。状況は圧倒的不利だが、よくよく考えてみると、次第に私の方が有利なんじゃないかと思えてきた。
第一に、私は勝ちを考えてない。撃たれたくないだけだ。第一ラウンド十五分、既に十分が経過し、残り五分。その間を何とかやり過ごせば、ある意味私の勝ちだ。
一方でジョー中佐側。あちらは何か知らないが、どうしても私を仕留めたいらしい。ここでも残り時間が効いてくる。多少無謀とわかっていても、向こうは突撃して来ざるをえないのだ。
だから極端な話をすれば、私が唯一の進入口に向かって銃を連射し続けられれば、向こうはなかなか手が出せない。しかし現実としては、残弾は豊富とはいえない。拳銃に八発、散弾銃に七発、ロケットランチャー一発。
入り口から洞窟の奥まで十五メートルほど、幅は十メートル、高さは五メートルくらいだ。あるのは、辛うじて身が隠せる程度の岩が二つほど。
さて、どうする。
手は幾つか考えた。
プランA。とにかくここに身を隠して、現れるだろう敵を牽制し、なんとか五分堪える。けれどもこの作戦は、姫以外の残り四人が多少のポイントロスを覚悟で突撃してくればお終いだ。ジョー中佐なら間違いなくそうするだろうし、あまり良い手とは思えなかった。
プランB。ここにいても追いつめられるだけだから、囲まれる前に何処かの枝道に突っ込み、何とかして囲みを破る。そういう作戦も考えてみたが、しかし私には、とてもあの反動の凄い銃を撃って、上手いこと逃げるなんて出来そうもない。結局枝道の敵を突破できないまま、そうこうしているうちに、別の敵が背後に回り込んできて終わりだろう。
そう、とても私じゃあ、動く的相手に動きながら銃を撃って弾を当てるなんて、無理としか思えない。この状況を乗り越えるには、敵が動かない状況で、私も動かないで、好きに撃てる場面を作らなければ。
それには、どうしたらいい?
敵の背中を取ればいい。
けれども追い込まれているのは私の方だ。この行き止まりの、隠れられる物といえば小さな岩くらいしかない洞窟で、どうすれば敵の背中を取れる?
その答えは割と簡単に思いついたが、ジョーたちがどれほどこの月面戦闘に習熟しているかが、良くわからなかった。
上手く引っかかってくれればいいけれど、と思いながら、脳内で何度も計画をシミュレーションする。やがて、次第に宇宙服もどきが擦れる僅かな音が近づいてきた。それはこの行き止まりの枝道の近くで消え、更に他の気配も集まってくる。どうやら彼らは、この迷路のような洞窟を完璧に確保し、遂にここが最後の砦であることを把握したらしい。
洞窟の奥からは、入り口に向かって、吉良の照明が投げかけられている。ジョーも何度か軽く覗き込んだかもしれないが、これでは逆光で何も見えないだろう。
と、不意にパスンパスンとガス銃の音が響いて、四つほどある照明が次々とトリモチに覆われ始めた。
クソッ、さすがプロ、凄い的確だ!
私は心の中で叫びつつ、手元に延ばしているケーブルを引いた。その先は、洞窟の入り口に銃口を向けて固定してある、拳銃の引き金に結びつけている。途端に二発の銃弾が放たれ、入り口では慌ただしく敵が隠れるような音がする。
「姫、無駄な抵抗は止すんだな!」
ジョーの叫び声が響く。そしてこちらの銃撃の間隙に、的確に銃声を挟ませ、また一つの照明をトリモチで覆い隠した。これで残るのは一つ。
そういえば、と思って、私は声を上げた。
「あっ、じゃあ、抵抗止めます! 投降しますって!」
それで事が済むなら世話がない。
だが、現実は無情だった。
「あぁ悪い、今のは決まり文句だった。投降は受け付けない。抵抗していいぞ?」
「クソッ! 変態! 変人! か弱い女子学生を苛めて、何が楽しいんですか!」
「んなこと云われてもな! か弱い女子学生は、ハンマーでパワード・スーツをブン殴ろうとしたりしないだろ!」
クソッ、と心の中で叫びながら、機を見てケーブルを引く。パスンパスンと銃弾が飛んでいくが、こんな物に当たるほど敵も間抜けではなかった。拳銃に残された七発の弾を使い切ってしまうと同時に、最後の照明まで消えてしまう。
完全な暗闇。まさに一寸先も見えない。しかしそれは敵も同じで、次は、こちら側を照らす照明を投げ込んでくるはず。
その予想は当たっていた。不意に一つのライトが転がり込んできて、行き当たりの一番奥にある宇宙服もどきを照らし出した。
「わーっ! わかったわかった! ごめんなさい! もう降参!」
途端に叫んだ私。だがジョーはそれに被せるように、酷くサディスティックな喜びを感じさせる叫び声を発していた。
「そうは行くかよ! 全員突撃!」
宇宙服もどきは、僅かな岩の陰に隠れようとする。だが、中央、右、左と綺麗に分かれて突撃してきたジョーたちが、床を蹴り、壁を蹴り、素晴らしく的確な軌道でそれを追った。矢継ぎ早に放たれるトリモチ弾。それは瞬く間に岩に跳ね、破裂し、もう完全にモスラの繭か何かのようになっていく。
敵を岩ごと密封してしまったことで、ジョーたちは完璧に勝利を確信したらしい。遂に銃口を下げ、繭の前に集まり、ヘッドギアを外しながら笑い声を上げ始めた。
「はぁ、やっと気が済んだ。第一ラウンドはこっちの完勝。お話になりませんな!」
そうおどけた声を上げて仲間を笑わすジョー。さすがにイラッとして、私は遂に声を発してしまった。
「さぁ、それはどうかしらね!」
叫びつつ、ロケットランチャーの引き金を引く。
ポン、と弾かれた巨大なトリモチ玉は真っ直ぐにジョーたちに向かっていき、パン、と弾ける。それはすぐに中心にいた二人を絡め取ったが、残る二人は、変な所から響いた声に異常を察し、素早く左右に散ってしまっていた。
クソッ、黙ってればいいって、わかってたけど!
そう心の中で叫びつつ、すぐにロケットランチャーを投げ捨て、代わりにショットガンを携え、未だに声の源を探れずにいる二人に向かって連射する。ドスン、ドスンと散弾ならぬ中型トリモチ弾が飛んでいき、一人は完璧に床に固着される。
「何だ畜生! そっちは吉良か! 何処にいるんだ!」
叫びつつ、やたらめったらに逃げまくるジョー。彼は視界を広くしようと床を蹴り、低重力の中を三メートルほど浮かび上がる。
だがその頭が、ちょうど目の前に漂ってくるのを見て、私は思わず笑い声を上げてしまっていた。
「なにっ!」
叫び、頭上に顔を向けるジョー。
その先、天井に、私はいた。
「ってことですが。食らえ!」
とても容赦する気にはなれなかった。矢継ぎ早に放たれたトリモチ弾はジョーの顔面にぶち当たり、彼はくぐもった叫び声を上げながらクルクルと回転し、地面に激突。
そのまま、動かぬ。いや、動けぬ人となった。
「ワオ! 完璧! サイコー! 自分でトリモチに撃たれておいて、天井に貼り付くなんて、なかなか思いつかないよそれ!」
こちらも九割方が繭の中の人になってしまっている吉良が叫んだ。
そう、私は予め拳銃で背中を撃ち、その粘着力で天井に貼り付き、次いで吉良にショットガンで慎重に胴体を撃ってもらったのだ。すると白いトリモチのおかげで、殆ど白い壁に同化出来てしまう。おかげでこちらも身動きがとれなかったが、逆に動けない方が、ロケットランチャーを撃っても、ショットガンを撃っても、身体がぶれることがない。
その考えが、見事に当たった。
私は大きく息を吐いて、辛うじて動く四肢を弱い重力に投げ出した。
「はぁ、なんとかなった。あと一分か。終わり終わり。もう帰りたい」
弱々しく呟いた時、不意にヘッドギアに衝撃があって、ゴツンと頭を天井にぶつけてしまった。無様な悲鳴を上げている間にも、両腕、両足と、矢継ぎ早に天井に叩きつけられる。
何だ、何事だ?
まるでわからずにいる私に、酷く聞き覚えのある声が届いた。
「ハッ、五所川原姫。貴女もまだまだ、若いわね。最後の詰めが甘いのよ」
そっ、その声は。
「まさか、津田姫!」
思わず叫んでしまった私。そして見下ろす洞窟、ジョーが転がした照明の中に、一人のすらりとした容姿の女性が歩み出てきた。そのヘッドギアの中の鋭い瞳が、真っ直ぐに私を見据える。
「貴女は、本当の敵が誰か、忘れていたんじゃない? その辺の雑魚を何匹倒したって、私を倒さな限り。終わりじゃないのよ」
「でっ、でも貴女は。かぐや基地にいたんじゃあ!」
「ふっ。油断したようね。アームストロングはね、とっくに私の味方なの。貴女と吉良が何を企んでるのか、逐一教えてくれるのよ。それでジョーが私に汚名返上の機会を与えてくれたってワケ。大変だったんだから三輪車で飛ばしてくるの!」
そ、そんな、まさか。
「ってかドクター、止めてくださいよ私は関係ありませんって! 何なんです汚名って!」
「誰よドクターって。忘れたの? 貴女は主役の座の欲しさに、私にスパイの汚名を着せて、自由軍を追放したんじゃない!」
「知りませんよ、そんなこと!」
「ふっ、しらばっくれられてるのも、今のうちよ」事も無げに云って、ドクターは腰からトリモチ溶解スプレーを取り出し、ジョーたちに吹きかけ始めた。「まったく、アンタらも使えないわね。AFSOC(アメリカ空軍特殊部隊)が聞いて呆れるわ。だから最初から私の作戦に従ってれば良かったのよ」
「いや、済まん。面目ない」
尻を蹴られるようにして去っていくジョーたち。そしてドクターは私を見上げ、鋭く人差し指を突きつけた。
「さぁ、第二ラウンドよ。主役は私の物なんだから!」
そして床を蹴り、消え去るドクター。
呆然としていた私に、吉良が困惑した声を投げてきた。
「何で、こうなるの? だいたい、主役は弘二なんだけど」
「知りませんって。てか、私ら、誰が助けてくれるんです?」
「ボク、トイレ行きたい」
結局、私たちが佐治に助けられるまで、十分ほど身動きできないままだった。