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月でウサギを飼う方法  作者: 吉田エン
第三帝国の逆襲 二章:五所川原内親王の希望
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4

 演習場の対角線上にはそれぞれのロッカールームまで設けられていて、私も仕方がなく模擬戦用の『戦闘用宇宙服もどき』を身につける。そうしている間に佐治は設えられている大型のタッチパネルに向かい、演習場のCGモデルを眺め唸っていた。


「てか、勝負になるはず、ないじゃないですか。向こうはここで何百回って訓練してるでしょうに」


 ヘッドギアを被りつつ云った私に、佐治はCG上の障害物を動かしながら云った。


「さすがにそこは、ジョーも譲ってきた。最初のマップはオレたちが作れる。連中はその全景を知らないまま戦わなきゃならない。次からは負けた方が作れるが」すぅっ、と岩石を天井に移動させ、洞窟風なマップを作り出す。「ふむ、これでどうだ? ヤツらもここまで視界不良な場でやったことはないだろう」


「それで、ルールは? 殴り合いなんて無理ですよ私」


「ルールはこうだ。女が五ポイント。男は一ポイント。それぞれ移動できなくなった分だけポイントが入る。女を落とした時点でゲームセット。タイムアップは十五分。五本勝負通してポイントの多い方が勝ち。武器はこれだ」と、彼は壁面に並べられた大小さまざまな銃を指し示した。「銃弾はトリモチ。ランチャー型のを食らえば一発で動けなくなるが、小銃型であれば四肢が拘束されるだけで済む。武器の選択も重要だ」


 へぇ、と私はずらりと並んだ銃を眺めた。何も痛くなさそうだし、勝とうが負けようが私には関係ないし、ちょっと楽しそうに思えてきたのだ。


「つまり味方の男が四人倒されても、相手の女を落とせば勝ちってことですね」


「その通り。一ゲームで最小一ポイント、最大で九ポイントの差がつく。反則は頭と急所への物理攻撃。以上だ」


 そこから先は、佐治たち四人の軍人が、あぁでもないこうでもないと戦術を練り始める。そしてブリーフィング終了のブザーが鳴った頃、ようやく全員の配置と基本戦術が決まった。三人がオフェンス、そして佐治が私を護衛するという、まぁ私が考えてもそうするだろうなというスタンダードな陣形だ。


 私は物珍しくトリモチ拳銃を弄りつつ、佐治に尋ねる。


「で、私は何をすれば?」


「オレの指示通りに動け」


 へぇへぇ、そうですか、と、多少臍を曲げつつ戦場に出る。壁は佐治が考えた通り変形を終えていて、白い壁の洞窟が出来上がっていた。照明も落とされていて、ヘッドギアに備え付けられたライトを点けなければ何も見えない。


『ったく、何なんだよこのマップは!』無線でジョーの声が響いた。『それこそ、月面の何処にこんな戦場があるってんだ!』


「ナチの秘密基地への抜け穴だよ」


 云った佐治に、吉良が勢いよく言葉を被せてきた。


『いいねぇそれ! ってかこの施設凄いね! ここで殆どの撮影出来ちゃうかも! ね、ここってレンタル代幾ら?』


『一日百万』


 軽く云ったジョーに、吉良はパチンと指を鳴らした。


『そんなもんか! じゃあ一ヶ月ほど』


『ドルだぞ? わかってんのか?』えっ、と声を上げる吉良を無視して、ジョーは叫んだ。『よし、戦闘開始!』


 無線は途切れる。佐治は小さく息を吐き、予め立てた戦術に従って、三人の部下を散らせる。


 この洞窟マップは、かなり複雑だ。互いの陣地から三方に道が伸びているが、それぞれは曲がりくねり、所々で合流し、日本側に有利な待ち伏せポイントが幾つも作られている。そして佐治も意地が悪いことに、敵がゴールと目するだろうこちらの陣地から、さらに脇に逸れる一本道を作っていた。その奥に全員が隠れてしまえば、基本、負けようがない。


「そりゃ、負けようはないでしょうけど」と、私は佐治に促されて隠れ家に向かいつつ云った。「これじゃあ勝ちようもないんじゃないですか?」


『これも戦術だ』離れてしまったために、無線で応じる佐治。『初戦は敵の練度を確かめるのが目的だ。負けるにしても点差を最小にしたい』


 ヘッドギアはオーバーレイ・モニタになっていて、全メンバーの視点映像が中継されてくる。名前も良く知らない佐治の部下一号から三号は、そろそろと洞窟を進みつつ、先の様子を窺う。佐治本人は陣地付近で全員の指揮をしていたが、不意にバスンバスンと圧縮ガスが解放される音が響き、慌ててそちらに視線を向けた。


『中尉!』


 叫んだ佐治。カメラの一つが急旋回し、グラグラと揺れていた。掲げられる突撃銃。こちらは電動式のようで、彼はモーター音を響かせながらトリモチ小弾を連射しつつ、床を、壁を、天井を蹴りながら後退していた。そしてようやく物陰に隠れると、息を切らせながら報告する。


『敵、ポイントAから来ました! 私は左腕に被弾』そしてカメラは、粘着物に覆われた身体を映し出した。弾け飛んだトリモチで、左腕が身体にくっついている。『キツいっすねこれ、全然動きません。っていうかこれ、当たったら結構痛いっすよ』


 そう撃たれた所を改める部下に、佐治は云った。


『敵は何人だ?』


『わかりません。明かりも何も』


『ジョー!』佐治は回線を切り替えて叫んだ。『まさか暗視装置でも使ってるんじゃないだろうな! 反則だぞ!』


『別に反則にしたつもりはないが、使ってねーよ。そんな突っ込み入れられる真似、するか。あ、そっちは別に使ってもいいんだぜ?』


 舌打ちしつつ佐治は回線を切る。そうしている間にも、二号、三号の動きが慌ただしくなってきた。視点カメラは敵の影らしき物を捉えるが、その数はまるで掴めない。瞬く間に彼らは撤退を余儀なくされ、次第に押し込まれてくる。


『だが、敵の戦術はわかった』と、佐治。『連中は全ての経路を完璧に押さえ、それを徐々に押し込んで行こうとする作戦だ。こちらが積極的な攻勢を取らないだろうという考えだろう』


「読まれてますねぇ」


 ぼんやりと云った私に、佐治はうなり声を上げた。


『よし、それならそれで、裏をかく。五所川原、そこを動くなよ。全員、ポイントKに集合。そこから侵攻を試みるぞ』


「えっ、私だけ放置ですか?」


『そこが一番安全だ』


 そうかな。突っ込むなら全員で突っ込んだ方がいい気がするけれども。


 私はそう考えたが、プロの軍人相手に軍師様など気取れるはずもなく、仕方がなく洞窟の奥に身を縮ませる。


 集合した佐治たち四人は、一番最初に攻撃を受けたポイントへと向かった。敵からすると、一度排除したエリアだ、手薄になっているという考えなのだろう。案の定、銃撃戦のあった場所には敵の影は見えず、佐治は先頭に立ってそろそろと先へ進む。と、洞窟の先に一瞬だけ光が過ぎった。彼は部下たちに目配せをしてハンドサインを送り、更に慎重に足を進める。


 そしてユラユラと揺れる光源が間近に迫った時、佐治は指を三本立て、減らしていく。


 二、一。


 ばっ、と四人は洞窟の影から躍り出て、眩い光源に向かって一斉にトリモチ弾を放った。パスンバスン、というガス銃の音。カカカカカン、という電動銃の音。それに混じって、何だか酷く間の抜けた悲鳴が響いてきた。


『待って待って! ボクだってば!』


 聞き咎めた佐治は慌てて部下たちに発砲を止めさせ、自らのヘッドライトを灯す。


『オマエ、何やってんだ!』


 佐治が叫んだ先にいたのは、全身トリモチまみれになっている吉良だった。彼は高そうなカメラごと壁面に貼り付けられていて、辛うじて口の端で答える。


『何って、撮影するって云ってたじゃん!』


『邪魔だ! うろちょろするな!』


 と、その時。次々に悲鳴が上がり、佐治のカメラまでもが、床に叩きつけられるようにして転がった。


「ちょ、佐治さん!」


 呻く佐治。彼の視界カメラが辛うじて背後に向けられると、そこには四人の米兵が銃を構えて立っていた。


『ハッハー! まんまと引っかかったな!』ジョーは楽しげに云いつつ、佐治に歩み寄ってくる。『こりゃ勝負にならんな、こんな簡単な誘いに引っかかるとは』


『待て! コレはナシだ! コイツは部外者だろう!』


 そう辛うじて動く顎の先で吉良を指し示した佐治に、ジョーはしゃがみ込みながら云った。


『何だ? 間違って民間人を撃っちまった時も、そう言い訳するのか?』


『それとこれとは事情が』


『このプロデューサーさんがウロチョロしてるってのは、事情を考えたら明らかだろう。それを見落としたオマエのミスだ』


 ぐっ、と黙り込む佐治。そしてジョーはヘッドカメラに顔を近づけ、ニヤリと不気味な笑みを浮かべつつ云った。


『さて、残ったお姫様を捜すとするか。オレがこの機会をどれだけ待ったことか』


「き、機会? 待つ? 何ですそれ!」


 慌てて回線を繋いで云った私に、彼は恐ろしげな表情を浮かべた。


『ゴッシーちゃん。アンタに恨みはない。だがな、アンタらのムーンキーパーにやられてから、オレのあだ名は〈トリモチ中佐〉になっちまってな。フルメタル・ジャケットかっての。いい加減にウンザリだ。どいつもこいつもトリモチトリモチって』


「え? アレやったの私じゃないですし! テツジですし!」


『いや、いいね! それいい!』身動き出来ない吉良が、興奮した様子で叫んだ。『逆恨みに燃える冷酷な中佐! 追い込まれる姫! さぁどうなる? 次回、〈五所川原姫の受難〉、乞うご期待!』


『逆恨みって何だ。オマエにも光子を蒸着してやるぞこの野郎』


 呆れつつカメラに手を伸ばすジョー。

 そして回線は、パチンと切れた。

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