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月でウサギを飼う方法  作者: 吉田エン
第三帝国の逆襲 二章:五所川原内親王の希望
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 久しぶりに、ムーンキーパーでガチャンガチャンと月面を走る。全長十メートル、人が搭乗して操作する月面ロボット〈ムーンキーパー〉は、元々は骨組みだけの「ロボット?」と云いたくなるような外観をしていた。動力も百パーセント人力で、正確には〈外骨格〉と呼ばれるべき代物らしい。


 しかし偶然とは云えベテルギウス作戦でその実力を発揮してしまった以降、様々な改良が加えられ、今では月面基地に欠かせない装備になってしまっている。外殻はアルミニウム合金で覆われて銀色に輝き、頭部にはマルチモードカメラや各種センサーが搭載され、背面にはバッテリーパックを背負っている。いわゆるモノアイ・ロボット風の外観だ。更には腕部に様々な工具が一通り装着されていて、コックピットに設置された何面かのタッチパネルで、それらの機器を切り替えて操作出来るようになっている。


 私はそのパネルを宇宙服と操作モジュールに覆われた指先でつつき、月面地図から現在位置、そして目的地を確かめ、カメラを遠望させた。


「あれですかね?」


 一台のLRV(月面車)が、クレーターの間際に停車している。三輪車と呼ばれる電動バイクで併走する克也が、コックピットから僅かに顔を覗かせている私を見上げた。


「洞窟を発見した地質学者さんたちだ。連中、今か今かと待ちかまえてるぜ」


「でも、誰もいませんけど」


 更に映像を拡大させつつ云った私に、克也は強く舌打ちした。


「クソッ! 待ってろって云ったのに! 待ちきれないで勝手に入っちまったのか?」


「まさか、月面怪物に襲われたんじゃあ! じゃなきゃ、月面に基地を作ってるエイリアン?」


 叫んだのは、三輪車の後部座席に跨がっている吉良だった。彼は高そうなカメラを、まだ豆粒ほどの大きさにしか見えないLRVに向ける。克也はそれにも舌打ちで応じ、呆れた風に云う。


「月面に基地を作ってるのはナチスじゃなかったのかよ」そして宇宙服の腕パネルを操作し、無線で呼びかけた。「こちら上井。こちら上井。地質学班、応答せよ」空電ばかりで、答えはない。「おい、足立博士? 芹峯博士? 誰でもいい、応答しろ!」


「何人いるんです?」


 尋ねた私に、彼はスロットルを開けながら答えた。


「三人だ。何かあったのかもしれん。急ぐぞ」


 私も併走するテツジと顔を見合わせ、足を早める。


 そもそも地球上にある洞窟というのは、岩が水で浸食されたり、火山の影響で生成される。けれども水も液体も火山もない月面では、地球的な洞窟は出来ない。


 では、月面的な洞窟とは、どんなものか。それは隕石の衝突の結果出来る、縦穴だ。


「うぉー、目眩がする!」


 私はその巨大な縦穴を覗き込んだ瞬間、思わず叫び声を上げていた。ルナ衛星で発見されているだけでも数百の縦穴が存在していたが、これは直径が十五メートル程で、小クレーターの影になっていたため見つかっていなかったらしい。


 けれども、深さは、それこそ底知れない。まるで月面の一部が黒々と塗りつぶされているようだ。


 私はムーンキーパーと接続していたインターフェイス・ケーブルを抜き、コックピット前面の装甲を開き、月面に飛び降りる。すぐに吉良がポンポンと飛び跳ねながら寄ってきて、ムーンキーパーの内部にカメラを向けた。


「へぇ、こんな風になってるんだ! 最初はロボットって云っても玩具っぽいなと思ったけど」


「まぁ、元々玩具ですし」


「いやいや、いいよいいよ、リアリティーがあって! これこそ必要に迫られたリアル人型ロボットって感じがする!」


「しかし、妙だな」


 崩れかけている縁から、慎重に中を覗き込みつつ呟く克也。私と吉良が側に行くと、彼は高光度ライトを底の方に向けながら続けた。


「本来、月面洞窟ってのは。隕石が突っ込んで、それで終わりだ。縦穴しか出来ようがない」


 彼の云うように、ここには隕石が斜めに突っ込んだらしく、四十五度ほどの角度で穴が穿たれている。けれども。


「曲がって、る?」


 そう、穴は直線ではない。湾曲していた。だから穴の奥の奥は見通せず、二十メートルほど下った後、月面と水平方向に向かっているようだった。


「見ろ」と、克也はライトを向ける。「地質学班の装備が落ちてる。一体何なんだ?」


「やっぱ月面怪物に食べられちゃった?」


 叫んだ吉良を無視して、私は首を傾げる。


「学者さんたちが落ちちゃって、登ってこれなくなっちゃったんじゃ? それで、ついでだってんで奥の方を調べに行っちゃったとか」


「結構深いすね、この穴」と、ムーンキーパーでセンサーを働かせていたテツジ。「少し奥の方まで行ったら、無線は届かないっしょ、これ」


「そんなとこかな。ったく、学者ってのは面倒くせぇ」克也は腰を上げ、ライトを腰に納めた。「テツジ! オマエならこんくらいの角度、入って出てこれるだろ?」


「ま、たぶん」

「じゃあ行け」

「うぃっす」


 軽く応じて、ガチャンガチャンと穴際に寄ってくるテツジ。吉良はその様子をカメラに収めつつ、片手で克也の腕を捉えた。


「ね、ボクも行っていいでしょ?」

「駄目だ」

「どうして! こんな探検行、カメラに収めないでどうするの!」

「カメラならムーンキーパーにも付いてる」

「でもこれ、映画で使う8Kカメラよ? FPSも解像度も段違いよ?」

「だから? 隊員でもない観光客に、怪我でもされちゃ、たまらん」冷たく言い放って、克也はテツジに叫んだ。「行っていいぞ!」

「うぃっす」


 テツジは軽く中を覗き込み、頭部に装着されているライトを灯し、軽くジャンプした。


 そのまま、もうもうとした砂塵を上げつつ、綺麗に滑り降りていく。残された三人は三輪車に戻って、そのパネルで一号機の映像を眺めた。


 暗闇。ライトの先は巻き上がった砂煙で判然としない。それでもテツジは水平位置までたどり着いたらしく、左右にカメラを向けながら足を進ませた。


「何なんすか、これ」呟くテツジ。「自然に出来たにしては、壁が綺麗すぎるっすよ」


 カメラが、壁についたムーンキーパーの手を映し出す。月の表層は非常にもろく、岩盤と呼ばれるような堅い層がない。だから月面基地にしても地下は堅く補強していたが、この穴は何故か、ひどくしっかりしている。彼は試みに拳で叩いてみたが、まるで崩れず、僅かな跡が付いただけだ。


 克也も首を捻り、云った。


「確かに妙な穴だな。学者さんたちはいたか?」

「いや、見えないっすね。穴はずっと真っ直ぐ続いてるっす」

「テツジ、一回戻れ」


 克也は云ったが、不意にモニターはちらつきを発し、無線にもノイズが乗ってきた。


「え? 何すか? とりあえず、もうちょい奥に行ってみます」

「テツジ! おい! 戻れ!」


 克也が叫んだその時、モニターは何かの影を、一瞬捉えた。

 何だ、今のは。


 そう思った瞬間、無線には強烈な悲鳴が届いた。途端にモニターはぐらぐらと揺れ、ノイズが走り、ついには途切れる。


「テツジ? テツジ!」


 五所川原と克也が叫んだ時、彼らも異常を察知していた。地鳴りがする。月面が小刻みに揺れ、砂礫が奇妙に踊り、それは次第に大きくなってくる。


「な、何だ?」


 克也が怯えた様子で呟く。そして轟音が五所川原の宇宙服をも揺らし始めた時、不意に真っ黒で巨大な影が、洞窟から宙に舞った。強烈な圧力で砂礫は宙に舞い、一瞬で視界が曇る。だがそれでも黒々とした影は不思議な燐光を発し、五所川原たちを見下ろしていた。


 赤黒く輝く瞳。耳まで裂けた巨大な口。鋭く尖った鉤爪。すらりとした四肢。


 巨人。いや、悪魔だ。


 思った瞬間、影はくるくると身を捩り、長い拘束を解かれた自由を味わうように、猛禽類に似た叫び声をあげ、大きく、その翼を広げた。


「オーバーロード」呟いた五所川原。そして彼女は気づいた。この巨大な悪魔の肩に、小さな人影があるのを。「まさか、ついに、召還に成功したっていうの?」


「Die Straße!」


 肩の人影が叫んだ。黒々とした宇宙服を身に纏った彼は、ひらりと月面に舞い降りる。光が射し、そのバイザーの向こうの青白い顔が、照らしあげられた。


「ヒトラー……」


 彼は鋭く踵を揃え、身を反らし、右手を高々と掲げた。


「遅かったな姫。ついに我は、真の〈神の力〉を手に入れたのだ。彼らの力さえあれば、この太陽系。いや、銀河系すら、全て思いのまま」


「馬鹿な事を! 彼らの力を借りるのに、どれだけの代償が必要か、わかっているの? 貴方の魂は、未来永劫に灼熱の地獄に捕らわれることに」


 ヒトラーは哄笑し、軽く指先を振った。


「わかってないな、姫。我々にはクローン製造技術がある。つまり我の魂も無限に存在する。そう! 無限の我が、この生の世界、そして死の世界すら、支配することになるのだよ!」


「な、なんてこと」


 肩を震わせつつ呟いた五所川原の前に、克也が立ちはだかった。彼は軽機関銃の装填ハンドルを引きつつ、五所川原に囁く。


「姫、今、アイツを倒さなければ。この世界は終わりです」

「で、でも、どうすれば」

「私がヤツと悪魔を引きつけます。その隙にムーンキーパーを」

「そんな! そんなことをしたら、爺やは!」


 軽く振り向き、克也はニヤリと笑った。


「私は十分に生きました、姫。それでは、お先に失礼します」

「爺や!」


 克也は五所川原を突き飛ばし、旋風と放電が渦巻く暗黒に向かって飛び込んでいった。


「ヒトラー! これでも食らいやがれ!」


 激しい銃声が響く。だがそれも長くは続かないだろう。


 ここで私がしっかりしなければ、爺やの死も、無駄になる。


 そう五所川原は歯を堅く噛みしめ、膝を付いているムーンキーパーに駆けた。コックピットに飛び込み、ベルトを締める手間も惜しんで、フォトン・ドライブを起動させる。キィン、と甲高い音を立てて白銀の騎士は目覚め、それと同時にフォトン・ドライブと一体化してしまった弘二の声が頭の中に響いた。


『姫。動揺しているな。落ち着け。集中しろ。オレが必ずアンタを守る』


「私はどうでもいい」云いながら、五所川原は操縦桿を握りしめた。「私よりも、世界のために。この人類のために、ヒトラーを倒さなければ!」


 はっと気づいたように、弘二は口ごもった。


『そう、そうだな。だからオレは、アンタを好きになったんだ。よし、行くぜ!』


 彼は叫び、そして彼の魂そのものであるフォトン・ドライブを甲高く鳴り響かせた。

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