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月でウサギを飼う方法  作者: 吉田エン
第三帝国の逆襲 一章:五所川原内親王の受難
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3

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○福島県木幡山・夜


 弘二、腕を震わせながら逆立ちを続ける。

 依田老師(900)、杖を突きながら歩く。


依田「良いか弘二、光子は至る所にある。御前の中にも、私の中にも。生きている物、全ての中に存在する。それを感じるんじゃ」


 弘二、逆立ちのまま目の前のD2R2に意識を集中させる。

 D2R2は僅かに浮かぶ。


依田「そうじゃ、続けて」


 不意にバランスを崩し、倒れ込む弘二。

 依田、渋い顔で吐き捨てる。


依田「まだまだじゃの」


 去ろうとする依田に、弘二は荒い息を吐きながら。


弘二「待ってください老師。集中すれば、何かを感じます。でもそれが何なのか、わからないんです」

依田「知ろうとするな、感じるんじゃ。さすれば光子は、御前と共にある」←ここから全部削除願います



 依田、岩の上に腰掛け、小さく頷いた。


依田「光子というのは、光だ」


弘二「それはわかります。確かに粒のような何かを感じます。でもそれは不思議な挙動をして、粒というだけでは理解できないのです」


依田「光というのは、正確には粒子であると同時に波動でもあるのだ。それを御前は理解していない」


弘二「粒子と同時に、波、ですって!?」


依田「そうだ。恐らく御前が感じている粒子性というのは、光が物質に照射された場合に生じる電流のことだろう。これを光電効果という。しかし、光は同時に波動性をも持ち、屈折、回折といった現象も起きる。この二面性を理解しなければ、光を扱うことは出来ない」


弘二「し、しかし、粒子であると同時に波動である、だなんてことが。あり得るのでしょうか」


依田「それは長年の議論となった。そもそも光=粒子説はニュートンが唱え、それ以降も数々の再現が容易な実験によって示されてきた。しかしながらトーマス・ヤングによるヤングの実験(複数スリットによる干渉縞実験)によって波動説が証明される」


 依田はスリット実験装置を持ち出し、衝立に干渉縞を作成して見せる。


弘二「本当だ! もし光が粒子なのだとしたら、こんな縞が出来るはずがない! しかし光が波動なのだとしたら、光電効果なんて起きるはずがない! 一体これはどうしたことだ!」


依田「つまり、光は粒子と波動、双方の性質を持つ。これを光の量子性と云う」


弘二「量子、性、ですって?」


依田「左様。量子は量子力学によって説明される。このニールス・ボーアが提唱した量子力学は、『シュレディンガーの猫』に代表される思考実験によって喧喧諤諤の議論が繰り返された。科学界、ひいては哲学界をも巻き込む二十世紀最大の

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「ごめん、ちょっと、いいかな」


 怯えた風に呟いた吉良。殿下はおもむろにパッドから顔を上げ、眉を顰めた。


「何ですか。ここからが重要な所です。光の粒子性と波動性は、最終的に量子力学を生み出した、人類にとって非常に重要なファクターなのです。それを理解出来なければ」


「いや、あのね」


 ちらり、と吉良が私を見る。


「見ないでください」


 突き放した私に、仕方がない、というように吉良はため息を吐いて、殿下と向き合った。


「あのね、これは映画なの。科学番組でもドキュメンタリーでもない、エンターテイメントなの!」


「量子力学は、エンターテイメントとして最高だと思うが」


「だよねー。最近のSFの半分は量子力学ネタだし」


 混乱に拍車をかけようとして乗っていった私に、吉良は目を丸くした。


「止めてよそんな! SFって云えば、ロボットと宇宙でしょう!」


「んなことないですよ。グレッグ・イーガン、ブライアン・グリーン。みんな量子力学ネタ扱ってますよ。あ、量子怪盗とかも面白かった! やっぱ量子力学の不確定性原理って、エンターテイメント性が高いよねー」


 うむ、と頷く殿下。


「『箱の中の猫は、生きていると同時に死んでいる』。これほど面白い科学的哲学的課題はない。量子もつれ現象も興味深いし、量子テレポーテイション、量子暗号」


「ストーップ」吉良は両手を捌いて、割り込んだ。「止めてよそんな。キミらみたいな理系なら楽しいかもしれないけど、一般人はチンプンカンプンだよ、粒子と波動の二重性とか云われてもさ!」


「だからこうして説明を」


「だからね、一般人は映画に、教育的だったり哲学的だったりする物なんて求めてないの! ハラハラドキドキなスピードアクション! ヒーローとヒロインの切ない恋! それが重要なの!」



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○宇宙要塞シベリア・獄舎


 弘二、看守四名がいる部屋に飛び込み、銃を乱射する。

 次々と看守は撃ち殺される。

 弘二、奥の通路に駆け込み、鉄格子が並ぶ監獄を見渡す。


弘二「姫! どこだ姫!」

五所川原「ここよ!」


 弘二、声のする監獄に駆け寄り、鍵を銃で焼き切る。

 五所川原、中から飛び出してきて、弘二に抱きつく。


五所川原「弘二、きっと来てくれると思ってたわ!」

弘二「当たり前だ。オレがアンタとの約束を破った事があるか?」

五所川原「弘二……」


 重い足音に、はっと顔を向ける。

 クローン・スターリン、獄舎に現れる。


スターリン「ふっ、弘二、まんまと現れたな」

弘二「スターリン……!」

スターリン「オマエが姫を救いに来ることはわかっていた。だから予め、オマエの蒸着を防ぐ罠を張っていたんだよ」

弘二「何だと?」


 弘二、変身モーションをしつつ叫ぶ。


弘二「光・子・蒸・着!」


 弘二に集まっていく光。しかし光は弘二を包み込む前に弾け飛ぶ。


弘二「な、何だと!?」


 スターリン、哄笑しつつ歩み寄る。


スターリン「見たか! この監獄はグラビトン粒子で包まれているんだ! ここでは何者も光子を身に纏う事は出来ない!」


弘二「クソッ!」

 と、不安そうに見つめる五所川原に目を向ける。

弘二「姫、ここはオレに任せて、そこのダストシュートから逃げるんだ」


五所川原「そ、そんな! やっと会えたのに! 嫌です、私は二度と、貴方から離れません!」


 弘二、微笑みながら姫を抱きしめる。


弘二「そんなこと云うな、姫。オマエは太陽系、人類全ての希望なんだ」

五所川原「そんな! 私は人類全てより、貴方が大切なのです! 愛してます、弘二!」

弘二「やっと云ったな」


 弘二、ニヤリと笑い、口づけする。

 そのまま五所川原を抱え上げ、ダストシュートに押し入れる。


五所川原「こ、弘二! 何をするんです!」

弘二「じゃあな、姫さんよ」

五所川原「弘二!」


 ダストシュートを滑り落ちていく五所川原。

 五所川原視点。ダストシュートの入り口で爆発が起きる。


五所川原「そ、そんな! 弘二!」

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 殿下は首を傾げた。


「疑問なんだが。弘二と五所川原が話している間、スターリンは何をしてるんだ?」


「ナイス突っ込み!」


 叫びつつサムアップする私。吉良は渋い顔で両腕を開いた。


「きっとコサックダンスでもしてるんだよ! でも、そんなことどうでもいいの! 重要なのは、せっかく再会出来た二人が、一瞬の後にまた離ればなれになってしまう切なさ! 追いつめられたヒーロー! さぁどうなる! っていう展開! これが重要なの!」


 ふむ、と殿下は唸り、手にしていたパッドを静かに置いた。


「なら我々の意見など無用でしょう。確か光子やグラビトン波が何なのか説明する必要があるという話だったと思いますが? だから私はこうして」


「いや、それはそうなんだけどさ、もうちょっとこう、エンターテイメント性を考慮してだね。例えば科学に詳しい人なら、あぁ、確かにこうすれば光子の蒸着を防げるな、っていう理屈をだね、二、三秒で説明するような感じで。何かない? そういう、『グラビトン波』に変わるような単語」


「ありません」


 静かに云った殿下。場は沈黙に包まれた。

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