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回想 魔女

次回更新2014/04/16

感想いただければ有難いです。

●回想 魔女


 白い部屋だ。

 カーテンや天井、ベッドやパイプ椅子にいたるまで白一色。

 日付を確認し、驚く。

「七月十六日……って東北大会の二日目じゃん」

 本来ならその東北大会の会場にいるはずだった。

 と言うか、昨日まではいた。

 白いピンポン球をひたすらに打ち込んでいるのは鮮明に思い出される。昨日まで必死になって卓球をしていた。しかし、俺は今こうして白い部屋、病室にいる。

 本当のことを言えば、なぜ俺がここにいるのか自分でよくわかってた。受け入れたくない反面、はっきりと自覚はしている。

昨日、個人戦準々決勝の試合中、左胸の上の辺り、鎖骨のすぐ下らへんに痛みが感じられた。この試合に勝てばベスト4に入れる。全国への切符はもう持っているがもっと良い組み合わせのところに入れるのは明らかだ。俺はまだまだ勝ち上がりたい。できれば優勝だってしたい。そう思ってた。なのに……俺は痛みに襲われてる。

 おかしいな、笑いがこみ上げてきた。

 呼吸をすると痛む。

 中学最後の大会でこれは無いぜ、と昨日の俺は思ってた。

 痛みに耐えながらも危なげなく勝った。痛みがなければ順調だったと思う。

 スコアで言えばストレート。ベスト4入り。ここ数年、俺の所属している卓球部にこういった大きな結果は残されていない。快挙だ。

 だが、顧問に痛みを訴えるとこれ以上は無理だろうと棄権と言う選択を迫られた。俺は悔しくて、やるせなくて、目にいっぱいの涙を溜めながらの棄権の選択をした。

 その後はこの病院に来て、診察を受けた。応援に来ていた母親が付き添いで来てくれ、大丈夫だからと元気付けてくれた。夕凪のなか、沈みかけの太陽の光が目にしみた。

 結局、入院手術。良くこれで卓球ができていたもんだと医者には感心された。全く持って嬉しくなどない。

 その後はすぐに入院の手続きをさせられて手術の説明を受け、左肺自然気胸とのことだとわかった。肺に小さな穴が空いてしまっているとのことだ。レントゲンでわかるくらい俺の左肺は下がって、縮んでいた。ついでに痩せ型で背が高い十代くらいの男性がなりやすく、気胸体系と呼ばれているらしいということをはははと笑いながら医者に教えられた。俺は気胸体系どストライクだったわけか。これまた嬉しくない。

 説明後は自分に割り当てられた病室に行き、薄い緑色の入院服に着替え、味の薄い病院食を食べた。

 痛みはだんだんと和らいではいる。

 なのに手術かと、不安になる。

 気が付けばもう二十時を回っていた。

 トレーごと食器を下げ、俺はベッドに入り布団をかぶった。

 疲れきっていたせいか、その日、七月十五日の記憶はそこで途切れている。


「七月十六日……って東北大会二日目じゃん」

 入院二日目を迎えた。

 時刻も確認すると午前十時を十分ほど回ったころ。

 外では雨が降っていて、もっと早い時間帯だと思っていたがそうでもないようだ。きっと今頃、個人戦は決勝が行われていて、終わり次第団体戦へと移るのだろう。その場所にいられなくて非常に残念だ。一生悔やまれるレベルの出来事だった。

 受け入れられない事実に頭を悩ませながら、起き上がり周りを見る。

 ここは一人部屋であるから、人の気配は無いはずなのに気配がした……ような気がする。が、所詮は気のせいだと自分を納得させる。ここは病院だ。そんなこと考え始めたらきりが無いしな。

 それにしても、寝汗をかいてしまったらしく背中の辺りが気持ち悪い。爽やかな汗とは程遠いものだ。すぐにでも着替えたくて、俺はベッドから這い出て替えのをとってこようとスリッパを履き立ち上がる。

 また気配を感じる。

 気配と言うよりは、視線に近いかもしれない。ずっと見られている気がして気になる。

 昨日の疲れが残っているのだ。そうに違いない。

 俺は本日二度目の無理やりの納得をさせ、病室から出る。

 日曜だというのに閑散としていた。おじいさんが二、三人小さな食堂で談笑しているくらいのもので、あとは外の雨の音が廊下に響いている程度。

 ナースステーションで着替えを貰い、病室に戻る。

 スライド式のドアを開け、中に入る。

 ふむ、おかしい。

 見知らぬねーちゃん、いや――お姉さまがいて俺がさっきまでいたベットに腰掛けている。

肩の辺りまで伸びた紅い髪、二重で大きいターコイズブルーのつり目。病室の白さに溶け込むような限りなく白に近い肌の色。雰囲気は大人びていて、まさにお姉さん、といったところ。爆裂といっても良いレベルのバストは、透けるように薄く白いワンピース越しに良くわかる。目のやり場に困ってしまう、というのが俺の感想。白いワンピースを着ているから、もしかすると入院患者なのかもしれないが、ここは男性のみが入院している階。女性は一つ下の三階のはずだ。

 目をひとしきり瞬きさせたあと、俺はとりあえず

「すいません、部屋を間違えたようで」

 一言残してドアを閉めなおし、入室者が書かれたネームプレートを見る。

『葉山悠様』

 しっかり俺の名前が書かれている。

 頭を抱えて、三秒数えたら入ろう。そう決めた。見間違えかも知れない。昨日の疲労がいまだに残っているせいだ。

 深呼吸をしてスリーカウントを始める。

三、二、一、ぜ――。

 ドアに手をかけて今まさに開けようとしたところ、先ほど見た女が先に開けたらしく俺は対峙するはめになった。

「おう、なんで出てっちゃったんだよ。つれないねぇ」

 いきなり、ねっとりとした視線を絡ませながら気さくに話しかけてくる。背が俺よりも高く見下ろされるような形になる。頭一つ分上、といったところか。女にしては背丈がありすぎるだろ。

そして俺は硬直。蛇睨みみたいなもので動けない。こんな経験は初めてで体はおろか思考が痺れて動いてくれてないのかもしれない。

「にひひ、それとも我みたいな可愛いおなごが自分の病室にいてびびっちゃった?」

 止まった思考に追い討ちをかけるように言葉を浴びせられる。

「いや、まぁ」と、曖昧な返事。

「そうかそうか、我は可愛いか」

 そこじゃねぇよ……。アンタが俺の病室にいてびびったって方に肯定の返事したんだよ。曖昧だったけどな。

「まぁ、なんだ? さっさと入れ」と、促され病室に入る。俺が割り当てられた病室のはずだが主導権はこの女にあるかのように振舞ってくる。

「世辞でも可愛いと言われると気分が良いのう。主、名前は?」にやけた面を顔に貼り付けながら問うてくる。

「俺?」

「そうそう」

「葉山――」

 いいかけのところで俺の口をすっ、と人差し指だけで塞ぐ女。その指は細く、そのくせうまいこと口の動きを止めてくる。器用なものだ。

「葉山悠であろう? 知ってるよ」

 にひひと笑う女。

「なんで、知ってて尋ねてんだよッ!」

 手をがむしゃらによけ、俺は怒鳴ってしまう。先ほどから人を食ったような態度に頭にきたのか、恥ずかしさからの照れ隠しなのかは自分でも良くわからない。初対面の人間相手にはこんなこと無いんだが……。

「こんな可愛い我にそんな酷い当たり方をせんでもいいだろう」

 また口を塞がれ、今度は女の顔が吐息がかかるくらい近くまで来ている。

「どうであれ、そんなに騒ぐと周りの患者や看護師におかしな目で見られるぞ。我の声は主以外には聞こえんが、主の声は誰でも聞けるからな」

 言うことは言ったということか、手をどかし頬に満足げに当てる。「あぁ……」なんて感嘆と言うか悦に浸るような声を上げている。

 そんなこと関係なく

「……は?」

 俺は威圧的な返しをする。もうだいぶ意味がわからない。

「我、魔女だから。声どころか姿すら主以外には見えん」

「はぁ――ッ?」

 色々と突っ込みたいところはあるが反射的に叫んでいた。キャパシティを超えるくらいの衝撃。魔女ってなんだよ。

「忠告されたばかりだというのに、まだ主は大声を出すか。毎度毎度口を塞がなければならんのか。主には猿轡(さるぐつわ)でもしないといけないかねぇ。それよか本当に肺の疾患で入院している患者なのか? それとも馬鹿者なのか……」

 魔女に呆れられたような目で見られる。

 はぁ、と一息ため息をつくとコンコン、と俺の後ろからノック音が聞こえた。

「葉山さん、なにかありましたか」

 心配そうな声音。どうやら、看護師のようだ。

 それも当然か。あんな大声出したら色々心配になって来るだろう。

「い、いえ大丈夫ですよ」と、震え声。俺としたことが情けない。魔女はにひひと声を大にして笑っている。

「大丈夫なら……良いですが、何かあったらいつでも呼んでくださいね」

 きっとこの看護師の耳には魔女の笑い声は聞こえていないのだろう。

「え、えぇわかりました」

 俺の返事はやっぱり情けない。魔女は腹を抱え始めた。


 看護師が去ってから俺は入院服を替えた。個室ということもあるのかカーテンが無く、半ば魔女に視姦されるような形で最悪だったが。

 着替えを終え、一息。

「で、まず魔女って何だ? アンタ、名前は?」

 魔女は俺がベッドに腰掛けていると隣に来て座った。音も無く、重さが無いみたいだ。石鹸の香りがして、変に意識してしまう。

「我は縷々。魔女ってのは話せば長くなるが……必要なときになったら話すさ」

「……縷々って、魔女? 本当に」はぐらかされたが、とりあえず魔女と言うものを深く掘り下げていく方針で質問してみるか。

「魔女さね。なんだったら証明してやっても良い。我の手首、切り落とせばすぐに生えてくるぞ。出血も無い」

「……いや、見たくないしいいよ」

「ほう、主が言ったのだから是非見てもらいたいと思ったのだが、グロいのは嫌いか」

「まぁ……、最初に戻るが魔女って何だよ」

「魔女……と、いっても色々いてなんとも言えん。ただ、契約者となる人間がいなければ魔女はこの人間界に存在はできない」

 要は、魔女は霊みたく憑くってことのようだ。

「じゃあ、縷々はなんでこの人間界にいられるんだよ。契約者がいるのか?」

「いるよ、いるさ、いるとも」

 にひひ、とまたわけありの笑い声を吐く。一息おいて

「悠、お前さ」

気さくな一縷らしく、躊躇無く言い放たれた。一縷の細い指が俺の胸の辺りをとんとんと叩く。

「は?」

 一縷に対して何度か放っている威圧の音。

「だから、悠。お前さんが我の主で――魔女憑きになるのさ」

「魔女憑き?」

「そう、魔女と契りを結んだ人間のことさ。別に体に害があるわけじゃない。死ぬわけでもない。むしろ、色々な害から主を守ってやろう」

 凛とした、だがどこか艶っぽい声だった。

「契りは別にどうってことないが、なにをしたかは言わないでおいてやろう。まぁ、昨日の夜にもう終えているから主は我の契約者だ」

 昨日はすぐ寝たから気付かなかったのかわからんが、さっきの気配はこいつのせいか。

「なにしたんだよ……」

「どうってことはないといっているだろう。魔女憑きになったからといって目に見えての変化は何もない。ただ、魔女が見えるようになるだけ。契約した我以外のも見られるぞ、よかったな」

 なにがよかったな、だ。これまた刺激的な日常が送れそうなのは素晴らしいかもしれないが……ツいていないのは確かだろうよ。

 それからしばらく後、手術も無事終わり退院が決定以来、俺は縷々にびったり憑かれての生活が始まった。

 こうなるまでは縷々はどこを歩いていたか知らないが、いつもこの病室から出て行っていた。飯の時間になれば戻ってきて俺が食べきれなかった病院食を食べる。魔女といえども腹は減るらしい。幸い、両親は仕事人間なので病室に来て見舞いなどはほぼ無かったから勝手に食べさせていた。たぶん、縷々が見えない普通の人間がこの光景を見たら飯が一口サイズで宙に浮き、消えるという怪奇現象を目の当たりにしただろう。

 ただ、俺が縷々と会話しているときにノック無しで女友達の楓が入ってきたときは流石に終わったなと確信した。が、楓は疲れてるのねと一言コメントしたくらいで、あとは普通に会話をしてくれ、胸をなでおろした。

 びったりと憑かれての生活が始まってわかったことがあるのだが、縷々は名前に反して色気のある体の持ち主であり、非常に困る。出会ったときから胸についてはわかっていたのだが、足とかそういった部位までは見てなかった。こちらも破壊力は抜群だ。体の部位ごとにメリハリがある。俺はあくまで思春期の男子だし日々頭を抱えさせられるほかない。寝るときには病室のシングルベッドだというのに体をくっつけてきたり、酷いときは抱き枕のように抱かれて寝ることもあった。やわらかい乳肉が俺の背中で形を変えているのがわかるくらいだったし、非常に悩まされているのだ。手術後の痛みとかそっちのけで気になって寝れない日も無かったといえば嘘になるくらい。

 自宅に戻ったら戻ったで、自室のベッドはシングル。今後もこの問題には頭を悩まされそうだ。

 

 退院後は内視鏡を入れた関係上、肋骨の合間に穴を開けられたのだがまだ痛む。その痛みと戦いながら中学に登下校したわけだが、縷々も当然のように憑いてくる。

「ここが主の通っている学校と言うものか」

 ふむふむと感心したように頷き、俺をおいてさっさと昇降口から土足で中に入っていき、授業中は俺以外に見られないことをいいことに自由に歩き回る。そんな毎日が続き、俺の弁当を勝手に持ち出し屋上で食っている時もあった。

 医者にはもう激しい運動はするなと釘を刺されて全国は捨てて、本格的にそれとなく受験勉強を始めるかと思っていたからこのイレギュラーさには何度も驚かされた。

 自由奔放すぎて胃が痛くなったが、誰にも相談できるはずも無くしゃーないかと割り切れたのは夏休み前の八月上旬。縷々と出会って三週間が経とうとしていたころで、俺が出るはずの全国大会が行われたころだ。このころには一縷の授業中の悪戯にも慣れて気にならなくなり、弁当はわざわざ二つ作って本来は進入禁止の屋上で一緒に昼食をとっていた。

 そんなある日のこと。

 夏休みまで、残り二日となった日

「ところで、悠。お前さんは魔女に憑かれてはいるが正直な感想どうなのじゃ」

 俺の弁当箱から主菜となっている唐揚げを奪いながら縷々はこんなことを聞いてきた。

そんなの知らない。

別に何か変わったわけでもないし。

普段は魔女について話したがらないのに、珍しい。

「いつもとあまり変わらないけど」と、ひねりの無い回答。「なんかあんの?」

「そろそろ魔女について話してやろうかとな、病室を出て以来何も伝えておらん。なにより、すぐそこに魔女がおる」

「へぇ」

俺は縷々の視線を追って首を動かす。

たしかに、白いワンピースを着た黒髪の少女らしき人がいる。が、立っているのは屋上のフェンスの上。背中には黒い翼が生えていて、今にも飛び立ちそうだ。

数メートル先には人外の魔女がいる。縷々がいるおかげか、驚きはない。

「魔女はな、みな白いワンピースを着ている。そして、魔女と言うだけあって女しかいなくてな」

 縷々は弁当を丁寧に包みながら楽しそうに続ける。

「そして、我が課せられたのは降り立った地域付近で構わないから魔女を殺せというもので……気は進まないがやらなければならん。女を殺すような趣味はないんだが、魔女は人になにかしらの恩恵を与える一方、害を及ぼすのが常だしな」

 今更脅すようなことを言われても何も思わない。

 無神経になったのか、図太いヤツになったかはわからん。少なくとも、縷々がいて、ともに生活してるってのもあるかな。

「害を及ぼすのが常って、俺もそうなのか?」と言うか、恩恵なんかあったのか。

「我は主に害は及ぼそうにも及ぼせん。はじめに言っただろう」

「そうだったっけかな」

「そうじゃ。まぁ、魔女のもたらす害といっても色々あってな堕落させるのから殺すのまで……我もすべては把握できとらんからなんとも言えぬ。恩恵についても同じさね」

「ほほー。で、あの魔女はどうすんだ」

「どう……と言わてもさっき言ったとおり殺すだけじゃ。手の届く範囲でいいからとは言われている。最終的にはここいら周辺をうろついているイソトマとか言うのを見つけて殺せということだ。困ったもんだ」

 きりりとした視線をあの魔女に向ける縷々。

「これから我があの魔女を殺す。もしかすると、あの魔女がイソトマかもしれんしな。よく見ておれ、これから何度でも見ることになるだろうが」

 立ち上がり、縷々の右手には光が集まる。そこには剣らしきものが現れ、細く、先端は尖っているからレイピアと呼ばれる類のものだろう。

 それを縷々は一振り。細かな音が鳴り、レイピアには日光が乱反射してまぶしい。

 縷々のレイピアを見てか、黒い翼の魔女はフェンスから屋上に降り立つ。いつかの縷々と同じように音も立てず、風も立てず。

 すぐ目の前に来てわかったが、こいつのほうが魔女らしいな。縷々と違って。

 日光を反射して照り輝くような黒髪で顔の大半を隠しており、表情こそわからないが危ない雰囲気なのは確かだ。また、発育しすぎとも見られる胸を猫背で隠しているようであるが、格好が格好なので隠しきれてない。と、これは魔女には関係ないか。

「ふむ、おっぱいのデカさなら我にも負けんな」

 にひひ、と一際いやらしいにやけ面で対面している。相手の魔女は縷々の発言に引いているのか一歩下がり間合いを取る。

「おい、そんな引かぬでも良いではないか。どうせ我に殺される運命にあるのじゃ。愉しもうや」

 そう言って引かれた間合いを詰める。

魔女は返事の代わりにさらに大きく間合いを空け、翼を大きく広げ羽ばたく。下がっただけかと思いきや無数の黒い羽が縷々のほうに降る。

「そういうことか」ふらりと下がり一縷がよける。一縷がさっきまでいた屋上の床のあたりは黒く染まり、その一本一本は細くはあるが長く鋭利だ。

「あのデカ乳の魔女は飛んでいること以外は人と変わらん、すぐ終わるさ」

 俺の心配をしている視線に気が付いたのか相手の魔女を見ず、余裕でそんなことを言ってくれて頼もしいのはわかるが、また羽の雨が降り注ぐ。さっきの二倍以上の量はあるだろう。日光が通されず、影ができる。

「にひひ、そんなんじゃ我は殺せんよ。契約者がそばについているという差だ」

 一気に懐に入り込み、レイピアを相手の胸に突き刺す。人間離れした跳躍をして、飛べないというハンデを簡単に克服し、一発を決める。縷々はこういった戦闘に慣れているのか手際よく魔女を地に這い蹲らせた。

 速い。攻撃したのはたったの一回。こうも簡単にいくものか。

「ほら、すぐに終わったであろう」

 床にまで貫通したレイピアを魔女から抜き取り、最初と同じように一振り。レイピアは光の粒子になり、その微細な粒子が散る。

 続いて地に落ちた魔女も黒い羽が力なく四方八方に飛び、霧散した。

「これが魔女を殺すってことか?」

「そうじゃ、今回のは名前も聞かずに還してしまったがこの弱さだとイソトマとは違うだろう。実践力不足が著しい」

「イソトマってのは知ってるのか?」床に刺さった羽を引っこ抜くと霧散して同じように消えた。

「そうだな、外見は知らんが……強いとは聞いている。そのくらいだ。噂でしかあらんがな」

「じゃあ、イソトマでないと?」

「であろう。弱すぎる。骨がないにもほどがあるのぅ」

 残念そうに言い屋上の出入り口のドアに黒い羽をダーツの要領で投げる。軽快な音が鳴りこれまた同じように霧散した。

「それと、縷々はさっき契約者がいればどうとか言ってたけど」

「契約者がそばにいるかいないかで魔女の強さはかわるんじゃよ。さっきのは人に憑いているだろうが、契約者はそばにいなかったからなおのこと弱体化していたのだ。まったく……我が魔女について話してやろうと言った途端現れおったからな、それ以外に質問があれば答えてやるぞ」

 俺の背後に回りこんで抱きつき、耳元でささやく。

この間わずか数秒。動きが速い。

吐息がくすぐったくてなにを聞こうか曖昧になる。いつも大胆で反応に困るが、抗うとさらに悪戯とも言えるこのような行為はエスカレートしていくのはわかっている。だから適当にあしらい、質問を投げる。

「魔女を殺すって言ってたけど、死んだ魔女はどうなるんだ」

 素朴な疑問。人が死んだらどうなるのと子供が親に聞くようなものではあるが人外ということもあり、気にはなる。

「死んだ魔女は魔女の記憶が残ったまま、殺された感覚があるまま人になる。憑かれていた契約者については魔女に関する記憶だけを失うのさ」なんともご都合主義で不幸だろう、と縷々は皮肉っぽい笑いをする。

 それにしても意外答だった。

「人になるって、どういうことなのさ」

「ただ単に寿命と言う要素が付加されるだけ。魔女は不老不死だが死んだら寿命と言う概念ができる。老けもする。人間と同じだろう」と、自慢げに話す。「あぁ、不老不死ってのは語弊があるな。魔女に殺されるまでは不老不死、だ。きっとさっきの魔女もどこかで人となって生活をはじめるはずさ」

 落ち着いた声、抱きつく強さはさっきよりも増している。

「だから、我は悠。悠は我。主である悠を守ろう。事故や通り魔といった人が行う罪で何か損をしないようにな。我はそのような甘っちょろい罪では死なないのじゃ、それくらいさせて欲しい」

 それくらいとはどういう意味なのか、わからない。なにか縷々は隠し事でもしているのだろうか。

 まぁ、俺の体は不十分な点が多い。守ってもらえる、これが俺に対して魔女がくれる恩恵なのか。まぁ、小さくはあるがその恩恵だけでもありがたい。だからそれくらいは気にしなくてもいいか。


 いつの間にやら九月がやってきて、日差しも弱くなっている。受験が近づき、周りの友人達の顔も真剣そのものになっていたが、俺は適当でいいやと流していた。縷々が俺の知らない世界を教えてくれる。それだけでもう十分になっていた。

 俺のこの期待とか、そういったのは裏切られることなく、黒い翼の魔女を殺した後も縷々の前には何度も魔女が現れ消えていった。能動的でないだけであって、それは魔女狩りとしか言いようのない行為だった。縷々のレイピアが体を突き刺し、霧散する。どれも一発で決めて爽快感があった。

部活と言う俺にとっての生活の中心が消え、退屈な毎日を過ごしていた日常とは違い、非日常を与えてくれる。そんな縷々が俺には魔女ではなく女神にすら見えた。


 俺は縷々が好き。


 そういう感情が生まれたのもこのころ。

 毎日顔を合わせるし、ところ構わずベタベタくっついてくる。さらにはベッドまで共有しているのだから意識しないわけがなかった。そして何より魔女狩りの時の体の動き、太刀筋――縷々には強さしかない。弱さが見えない。

 本当に美しくて、見とれる。

 特に魔女狩りの最中の表情は魅力的だ。喜怒哀楽はなく、笑ってしかいない。一見、不気味に見えるが俺の目を引き付け、捉え、離れさせないほどの妖艶さ。これが最後の決め手になった。

 最初は気になるくらいで自覚なんてしていなかったけれど、魔女狩りを幾度となく見て、魅力を知って、この感情を自覚し確信した。人間が魔女を好きになるなど、邪道さすら踏み外しているのだろう。笑いが漏れてくるほどおかしい。きっと魔女を好きになる人などいないだろうし、人を好きになる魔女はいない。けれど、そんなの気にならない。それだけ俺は縷々が好きだ。

 そんな想いは募るばかりで、結局好きとは一度も言えず高校の入学を決めた。

 高校に入学しても中学のときと変わらず、瞳に映し出される景色は灰色でつまらなかった。何の出会いがなかったわけではないが俺の中心は縷々だ。

 きっとこれはいつになっても変わらない。


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