ブランク
「ねぇ、クレス?」
「ん?」
「あれさ、放っておいていいの?」
困ったような顔で尋ねてくるリリィ。
リリィの指差す先には魔物だか盗賊だか知らないが、とりあえずヤバめの奴に襲われている女が居る。
「放っておけ。こっちに気がついてないみたいだし。面倒事に巻き込まれんのは御免だ」
「で、でもぉ……」
より深刻そうな顔をするリリィ。後ろめたさとか色々と感じてんだろうな。
んなもん、どうせ赤の他人なんだし感じなくてもいいのに。まぁ、知り合いだったらご愁傷さまとしか言えねぇが。
「んなことより、フードもうちょっとしっかり被れ。エルフの耳見えたら困るんだからよ」
「あ、ごめんね?」
「気にすんな。お前の頭が抜けてんのはいつもの事だろ?」
「むっ、それはさすがに失礼だよーっ!!」
フシャーッと、猫のように威嚇し両手を上げながらこちらに向かってくるリリィ。
「馬鹿が……お前大声出すなよ……」
「ふぇ?」
まったくもって理解できない、と言いたげな顔をこちらに向けながら首をかしげるリリィ。
そんなちょっと抜けているリリィにも分かるようにさっき、こいつが指さした方向と同じ方向を指差す。
俺の指差した方向を見て、やっと理解したらしいリリィは即座に俺の後ろに隠れる。
「たくっ、お前が騒ぐから気付かれただろうが」
「ごめんなさい……」
先程まで女を襲っていた奴らが、こちらに向かってくる。
女が居ない所を見ると、俺たちに気が向いた隙に逃げたか、もう捕まったもしくは殺されたってとこか。興味はねぇが。
「まぁ、いい。後ろにある林に隠れてろ」
「え!? クレスだけで、戦うなんて……」
「出来るわ。むしろお前がいると動きにくいんだよ」
「じゃあ、いろんな意味で、絶対置いてかないでね」
「分かってるよ」
俺の言葉を聞いてもなお不安そうな顔をして林へ引っ込むリリィ。
さて、見える限りでは敵の数は三人。隠密での集団行動としてはベストだが、真昼間っから略奪を行うにしては少ない。別の所に潜んでいる、と考えるべきか。
「ま、全員始末すりゃいい」
「ウエェヒヒヒヒヒッ!!!」
奇声を上げながら、先頭を走っていた奴が、手に持ったナイフを突き出す。
そう言うのは、もっと近づいてから不意打ち気味に出せよ。んな、遠くから構えたって手の内明かしてるだけだろ。
「ド素人が」
低く姿勢を屈め、突き出されたナイフを避ける。
空振った男の体は俺に当たり、一瞬停止する。
「……まずは一」
するりと男の横を抜け背後を取る。同時に腰のナイフを抜きだし、男の首に当てる。
すこし手前に引き、肉に刃が埋まるのを感じたら、一気に切り裂く。
口から悲鳴は上げず、喉元から噴水のように血飛沫を上げたあと、静かに地面に倒れ伏す。
「距離……ここなら……入るな……」
腰からさらに二本ナイフを抜き、前方に居る二人のうち右側の奴に狙いを付ける。
喉と眉間を狙い、二本を投げる。
飛んできたナイフを避ける事もせず、喉と眉間に受け入れ前のめりに倒れる。
おかしいな…………。こんなに遠くから投げられた物に反応もせず、避けもしないなんて……。
これは……あれか?
「シ……ネッ!」
「っ!?」
考えているうちに予想以上に接近されて居たみたいだ。
チッ、迂闊だったな。戦闘中に関係のない考え事は禁物、基本中の基本じゃねぇか。
「シぃ……ネよォッ!!」
「るせぇ……」
湾曲した剣、タルワールで切りかかってくる。安直な上から縦に振るだけの剣閃。
剣自体はそこそこ良いもん使ってる割に、馬鹿正直。
「…………」
横に体をずらし、前のめりになった所を狙い腹を捌く。特注のナイフなので本来よりも深く刺さり、肉を抉る。
一度倒れ伏すが、最後の力を振り絞ったらしく立ち上がり切りつけてくる。
「!?」
予想だにしなかった一撃。体を引くが避けきれずに左腕を浅く切られた。
クソが、止めを刺しきれなかったなんてよ……。ブランクって怖いな。
だけど、これくらいの傷なら放っておいても大丈夫だろ。一応、応急処置はするが。
「クレス……? もう……大丈夫……?」
林の陰から、頭を出しこちらの様子を窺うリリィ。
俺の周りに男の死体が転がっているのを見て、一瞬怯えるが、すぐにこちらに駆け寄ってくる。
やけに心配そうっていうか、困ったような顔で俺の服を掴む。
「クレス、腕、大丈夫なの?」
「あぁ、心配ねぇよ。止血だけしときゃ問題ねぇ」
倒れている男の服を切り、腕に巻き付けようとするがリリィにその手を阻まれる。
ナイフを俺からぶんどり、男の服を切り、俺の左手をぐっと握る。
「わ、私がやる!」
もたもた、あたふたしながら危なっかしく手当てをしていくリリィ。
いや、なんつーかこう、人に手当をしてもらうのって良いな。
「ありがとな」
「っ! クレスがデレたぁ!」
「ばっ、お前! あんまひっつくな! フード取れたらどうすんだ!」
このままじゃ、今日は野宿だな。
まぁ、確かこの辺りには湖があったはずだしいいか。