畏怖と怯えとパン
ゆったりとまったりと、進みます。
生温かく見て下さいね。
「こいつ身長のわりにやけに軽いな。しっかり飯食ってんのかよ」
家にあるベッドに寝かせた少女を見ながら呟く。
正直、背負っても女特有の『やわらかさ』ってもんを感じなかったから、男だとばっかり思ってたが……まさか女だとは、思いもしなかったぜ。
「しかも、人間じゃなくエルフと来た。たくっ、面倒が嫌だからこんな辺鄙なとこに住んでんのにどうしてこう面倒事に巻き込まれるのかねぇ」
ベッドとは反対の壁際に置いてあるソファーに腰掛けながら考える。
森で見たときには気が付かなかったが、こいつの顔とローブから少しだけ出てる足に、痣が見て取れる。とすると、性質の悪い奴らにさらわれて、趣味の悪い貴族もしくは、労働条件が狂ってるとしか思えない職場に売り飛ばされた所、命からがら逃げ出し、疲労困憊のすえあそこで倒れた…………と。
「だぁー、こいつもつくづく運が悪いなぁ。ま、元から雇い先か貴族かしらんが違法だし、無理に探しに来るこたぁねぇだろ。気乗りはしないけど、目覚めたとき用に……いや無理に起こしてでも晩飯は食わせる」
そう思い立ち、奥の部屋へ向かい棚を物色する。
● ○ ●
「あれ? 塩切らしてんだっけ?」
ここしばらく用事で出かけてたから、家の調味料の不足とかすっかり忘れてた。
塩が使えないとなると、どうやって味を付けるか……。
「お、リンゴあんじゃん。これすりおろせば、料理する手間も省けるじゃん。ラッキー」
見た所、鮮度も問題ないリンゴを発見したので、それをすりおろす事にした。
一応、腹が膨れなかった時のために、パンも持っていこう。
● ○ ●
「ん……んぅ……」
寝ているエルフ娘が微かに声を上げ、目を開いた。
「お? 起きたか」
キョロキョロし、周りを物色するエルフ娘。
そして、俺を視界に収めると、瞬間的に壁際により、震えだした。
「ひっ……い、いやぁ……」
「んなに怯えんなよ。たくっ、森で倒れてるお前運んだの誰だと思ってんだ。ほれ、とりあえず飯だ、食え」
すでに料理はテーブルに並べてあるので、手を引き連れて行こうとすると、
「やっ! やぁ、触らないで!! もう、いやぁ……ひどい事やだよぉ……」
「えぇ~……なんでこんなに拒否されなきゃいけないの?」
まぁ、原因は分かり切ってるが。
どうせ、逃げ出す前の場所で、酷いいじめ、もしくは折檻を受けていたんだろう。
慰み者だったつー線もあるが、それは無いだろう。もしそうなら、もっと精神が衰弱してるか、俺を即座に突き飛ばすか、またはとりあえず恥部を隠すだろう。だがこいつは真っ先に頭をかばった。酷い折檻を受けていたらまず、防衛本能で死なないように急所を守る……らしい。詳しい事は知らん。
「ちっ、じゃーこれ食え」
パンを目の前に投げ渡す。
するとそれを見るだけで手ではじいた。
「人の好意を無駄にするなよ……。何で食わない? 答えろ」
詰め寄り、脅す様に問う。
あんまりトラウマを抉るような真似したくないんだけどな。
「ひっ! だ、だって、絶対毒とか…入ってる…………こ、こーゆー時に……お、男の人が無条件に食べ物を………出すと、時は疑いなさいって、ルナさんが……」
びくびくしながら、しどろもどろになりながら、こちらの様子をうかがいながら、そう答えるエルフ娘。
一応、高圧的に聞かれたら応えるのな。どんだけ躾けられてきたんだよ。
「だぁーもう」
面倒なので、はじかれたパンを拾い、一かじりしてから差し出す。
「ほら、食っても何ともねぇ。だから、安心して食え」
「い、いやだ……そうやって………ゆだん…させる気だ」
「食えっつってんだ聞こえねェのか!? あぁ!?」
面倒なので脅す。正直、体に栄養がいきわたって無いのが医者じゃない俺が見てもありありと見てとれる。もはや痛々しいぐらいだ。だから、多少、怖い思いをさせてでも、飯は食わせねぇと。
「ひぅっ! ご、ごめんなさい! 食べます、食べますからぁ!!」
パンとすりおろしたリンゴ、野菜スープを受け取ると、ごめんなさいごめんなさいと何度も呟きながら、飯を平らげて行った。