霧に紛れた襲撃
すこし冷たい風が吹く森の中を、クレスの手を握りながら歩く。私の手よりも大きくて、温かい手。
普段ならもう、ずっと顔がにやけっぱなしになるぐらい嬉しい事なんだけど、今は普段どうりじゃないから、むしろ、少し怖い。
「いい加減放してくれニャい? ずっと引きずられてて痛いんだけどニャー?」
「放す訳ねぇだろ。身元不明の誘拐犯をよ」
「何の事だかわからニャいニャー」
クレスに引きずられてるワーキャットのお姉さん。手足を縛られて、頭を鷲掴みにされて引きずられてる。クレスの言い方からして多分、私を狙ってた人。
たまに視線をこっちに向けて、舐めまわす様に見てくるのが気持ちが悪くて、気味が悪い。
「とぼけんなよ。お前がこいつを狙ってたことぐらい分かり切ってんだ」
「言ってる事がよくわからニャいけどぉ、確かに、そっちのお穣ちゃんはかわいいニャ。ちっちゃいし、その手の娘が好きな人たちに高く売れそうだニャー。そうじゃなくても、エルフは希少価値があって高いんだし、結構いい値になるんじゃないかニャー」
「しら切るつもりかよ。まぁ良いけどよ、その値踏みをするみてぇな視線をやめろ。ウチのが怯えてんだろうが」
「……どーして、お兄さんはこっち見て無いのに分かるのかニャー」
お姉さんの目つきが鋭くなる。
それに合わせてクレスの腕にも力がこもって、纏う雰囲気が変わる。この雰囲気の変わったクレスは……少し、怖い。
「てめぇみたいな奴がしそうな事なんざお見通しってことだ。もう一回コイツにそんな視線向けてみろ、そしたら、お前の顔だけを気を失うまで殴打してやる」
「やー、そんなことされたらワタシの可愛い可愛い顔に傷が、ついちゃう、ニャアッ!」
ブチッ、と手足の拘束を解いて飛び跳ねるお姉さん。一瞬で横に飛んで距離を取って、クレスに飛びかかる。
奇襲をしようとしたみたいだけど……クレスには効かなかったみたい。
「言ったろ? てめぇみたいな奴がしそうな事なんざお見通しだって。」
「ぐぶっ!?」
飛んできたお姉さんの頭を掴んで、躊躇なく顔面にひざ蹴り。頭を下に投げつけて、地面に付く前に足で蹴り上げる。少し高度の回復した所で顎につま先を引っ掛けてさらに持ち上げる。上がりきった所で、もう一回頭を掴んでひざ蹴り。今度は体から離す様にさっきお姉さんが飛び跳ねた方向に投げる。そして、もう鼻の骨も折れて口の中も切って血を流してるお姉さんの顔面に肘、手の甲の順で殴った後にビンタ。トドメとばかりに横顔に上段蹴り。
ここまでを、私の手を離さずにやった。やっぱり、雰囲気の変わったクレスは怖い。いくらあんな人だっていってもこんなに躊躇なく人を痛めつけられるのは、怖い。
ビクビクと痙攣しながら気絶しているお姉さんを一瞥すると、スタスタと歩きだす。
「クレスっ! や、やりすぎじゃない?」
「大丈夫だよ、死んだりしねぇから。それとリリィ、お前手に力入れすぎ。確かにちょっとバイオレンスなもん見せちまったけど、お前にあんなことはしねぇから」
自分でも気が付かないうちに手に力を込めてたみたい。
「あと、なんでそんなに顔ばっかり……」
「さっき顔だけを気を失うまで殴打するって、宣言したからなぁ」
そんな所を律儀に守らなくてもいいと思う。
ちょっと怪訝な表情を見透かしたように、フードごと乱暴に頭を撫でるクレス。
「わ、わっ! ちょっと……」
「もうすぐ、森抜けっからフード被りなおしとけ」
「う、うん。耳、見えちゃったら困るもんね……」
「今日中に霧の村まで行きたいからな。ちょっと急ぐぞ? 疲れたら言え、おぶってやるから」
なんか知らないけど、最近クレスが優しくて嬉しい。
別にクレスが今まで優しくなかった訳じゃないけど、こう、甘えさせてくれるっていうか、スキンシップを積極的にしても怒らないっていうか、精神的にも肉体的にも近づきやすくなったって感じかな?
「ありがとう。じゃ、張り切っていこー!」
「ちょ、おい。あんま張り切りすぎんなって……まぁ、いいか」
そういえば、あのお姉さんはあそこに放置でいいのかな? クレスは気にしてないみたいだし、それでいいんだよね。考えてもよくわかんないし、いいや。
それにクレスから『おぶってやる宣言』も貰ったし、えへへ、いつおぶって貰おうかな。やっぱり、ちょっと強くひっついてもむしろクレスが心配してくれる町中かな? それがいいけど、そこまで私の体力がもつかなぁ?
リリィが説明していた、
『肘、手の甲の順で殴った後にビンタ』
は、つまり
『肘鉄、裏拳のちに平手打ち』
です。リリィは肘鉄とか裏拳とか、まだ言うキャラでは無いかなと思い少しわかりずらい表記になりました。