Rhyme:3
もちろん俺が『殺し屋』なんて家業をしてることを世間に知られるわけにはいかない。
俺は世間一般的な十八歳で、これといって取り得の無い、パッとしない高校生で通っている。
というか、それで通っていると思う。
現に、運動神経は平均的なもんだと思う。どれくらいが平均かと言うと、体力測定や体育祭でヒーローとは行かないものの、全く目立たないというわけではない。そんな感じである。
なにせ、俺が本気を出せばオリンピックの殆どの種目で、余裕で金メダル&世界記録を叩きだせるレベルなのだ。実際やったことは無いが、まぁ間違い無いだろう。
成績の方も学年全体で中間レベルである。ただ、これは抑えているというわけではなく、普通にやってこれ。つまりそういうこと。
クラスの中でも、目立っているというわけではないが、普通に話をするといった存在。
クラスに一人はいる、中間的な存在。これが俺の位置づけ。
「ふぅ〜、あ〜、眠たい・・・。」
自分の机で、若者が毎日必ず一回は口に出す台詞をはきつつ、ボケ〜っと窓の外を眺めていた。
「やぁ!今日も脱力感の大売出しだね。それとも哀愁漂う美少年を意識でもしてるのかい?」
意味の分からない上、やけに馴れ馴れしい台詞をはいて俺の前に座っているやつが振り向いた。
こいつの名前は、伊集院誠也。その容姿、風貌、仕草や名前、すべてがこれでもかってくらいお坊ちゃま的な要素を含んでいる。実際、某大病院の御曹司で、将来は院長の座が約束されている。容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群と、完璧超人を地で行く男である。ただ、こいつはどうも男というより、中性的な印象を受ける。言葉使いもおねぇ言葉で、男女問わず仲良く付き合っている様である。
そんなこいつは、どういう訳か俺に興味を持っており、いつも一緒にいる。
まぁ、俺もこいつのは一目置いているし、いやじゃないんだが。
「別に売ってないし。つーか哀愁漂う美少年って誰だよ。」
冗談半分にそう返した俺の反応に、人懐っこそうな笑みを浮かべた誠也は、周りを一度だけチラッと見、口に手を当てて小さく笑っている。
「ふふふ、やっぱり君は自分のことが分かってないみたいだね。僕がいつも言ってるじゃないか。君はもっと自分の魅力を理解すべきだよ。まったく、君みたいなのは恋する乙女のとっては犯罪に近いよ。知らないことって罪だね。」
言ってることは嫌味なんだろうが、こいつが言うと何ともいえないニュアンスに聞こえてしまう。まぁ、それがこいつのいいとこでもあるんだろう。
「はいはい、ご忠告どうも。お前も物好きだよな、俺にかまって楽しいか?」
流石に付き合いに長いだけあって、俺がどんな返しをするか分かっているらしい。その顔には笑みが浮かんでいる。これがいわゆる余裕に笑みってやつか。憎たらしいけど、こいつはこういうキャラなだけに、本気になれない。
「ええ、とっても楽しいわ。私はあなたに興味があるもの。周りの皆もそうなんじゃないの?」
そう言いつつ周りを見ている。
(興味ね〜。どんな興味だよまったく。俺ってそんな人と違う行動してるかな?)
自分の普段の行動について振り返りつつ、誠也につられて周りに目を向けてみた。
「「「あっ!」」」
何故だか分からないが、クラスメイトの女子の何人かが慌てた様子を見せていた。
「・・・・・?」
「んふふ。」
(何だ?何に驚いてんだ?何かあったのか?最近の女子高生はそうなのか?それとも世間一般的にそういうお年頃なのか?つーか、こいつ何一人で分かってますよ的な微笑み浮かべてやがるんだ?もしかして、俺ってバカなの?そうなのか?)
俺が最近の社会事情について思考の無限ループに入っていると、誠也は多少呆れた様子で首を振っていた。
「はぁ〜、これだけ鈍感だと逆におめでたいわね。まぁいいわ、それもあなたの魅力だしね。」
話は終わりとばかりにため息をつきつつ、誠也は前を向いて過ぎの授業に備えだした。
「・・・・。ふぁ〜、眠たい。」
まったくもって、俺の学校での日常は平和だ。
*
俺の前を一人の人間が走っている。
息も絶え絶え、自分がどこに向かっているかさえ分かっていないだろう。
俺は音も無くその人間を追っている。一片の隙も無く、片時の余裕も与えず。
最近になって獲物を追う者の感じというやつを、何となく感じることができる。
その相手にとって、自分という存在がどういう物なのか。自分にとって、相手はどの位置にいるのか。
「・・・・。」
俺の下に今回の仕事の依頼があったのは俺が家に帰ってすぐのことだった。
俺達に依頼をするのはある組織を通さなければならない。
その組織は『全国殺し屋協会』なんていかにもなやつではない。俺達の間では『森羅』と呼ばれている。
ここで言っておくと、殺し屋は俺達だけではなく、他にもいくつかの家系がある。俺も詳しくは知らないが、組織ができているだけあって、それなりにあるのだろう。
その組織から、俺の家に依頼があり、父さんが俺、仁兄、零兄の中から適任者を選ぶ。
凛は家業のことや、殺人術を会得しているものの、実際には手を下さなず、サポートを主としている。
そして、今回は俺がその役目となった。ちなみに凛も来ており、近くのファミレスで待っている。
今回の標的は、逃走中の犯罪者らしい。俺も以前、テレビで顔を見たことがあった。
「はぁはぁはぁ、くそ!」
前を走る男の狂気の叫びが聞こえてきた。いくら殺人犯といっても、自分が殺される立場になると普通の人間と同じような反応を見せす。
どれだけ逃げようが俺から逃げれるわけが無い。俺と相手の力の差は圧倒的と言っていい。
逃げる男は逃走中の殺人犯。この辺の地理に詳しいわけでなく、その上この状況下で冷静な判断ができる訳も無く、その結果として袋小路に追い詰められていった。
今夜は月も無く、あたりは闇に包まれている。それが一層の恐怖感と混乱を生む。
壁際で男は振り返り、凶器の拳銃を手にして振り返った。
その表情は狂気と恐怖で歪んでいた。
「はぁはぁ、はは!こんなとこでやられるかよ!俺が殺してやる!殺してやる!」
その血走った眼は、明らかに常軌を逸している。恐らく、極度の興奮状態のためアドレナリンが大量分泌され、自分をコントロールできないのだろう。
「・・・・。」
俺は一言も発せず男を見据えた。
(迷うな、躊躇うな、流されるな、怯えるな、後れるな、・・・・・。)
俺は徐々に自分の中の力を感じていく。
思考を極限まで研ぎ澄まし、四肢に力を込める。
人を殺す上で、一番の障害となるのは『感情』である。
相手に対しての同情。自分に対しての迷い。その行為に対する恐怖。上げればきりが無い人間の感情が体の動き、反応、思考を衰退させる。
殺し屋を育てる上で、まず何よりその精神を鍛える。強い精神こそ、強い殺し屋を育てると言っても過言ではない。
「おら!来いよ!勝てると思ってんのか!」
相手が何を言おうと、俺の思考には何の影響も無い。
俺は懐から俺の凶器を取り出す。
殺し屋と呼ばれる人間が使うにしては余りにも頼りないそれ。
『風斬』と呼ばれる俺の力は、大きさ的にはサバイバルナイフと変わらない。
だが、『荒れ狂う嵐を切り裂いた』という名の由来どうり、その切れ味は折り紙付きである。
それを逆手に構え、俺は正対で男に向かい合った。
すでに眼鏡は外してある。
力を感じる。俺の中にある猛る力。
ゆっくりと眼を閉じる。相手が拳銃だろうと動じない。
その力は拳銃をも圧倒する。
相手の息吹が手に取るように分かる。感情の動きまで。
ゆっくりと開かれる瞳。
風間流瞳術『羅刹眼』
発動。
その瞬間、俺の周りの世界は時間を止める。
正確には、周りの物の動きがゆっくりに見えるのだが、感覚的に止まったように感じる。
赤みを帯びた金色に輝く俺の眼・羅刹眼は、動体視力を極限まで高め、同時にその名の由来である空想上の生き物『羅刹』のような大力と速さを使用者にもたらし、人を食うといわれる悪鬼のごとく、人を殺す力を与える。
男の指が動き、引き金が引かれるのが見える。
銃声の後、銃口から打ち出される殺意の塊。
ただ、俺にはそれさえもゆっくり見えてしまう。
俺は何の躊躇いも無く、その塊を弾き落とした。
その瞬間、男の表情が驚きに歪む。男にとってはいつ俺が動いたか分からなかったのだろう。
俺は迷わず終わらしにいく。
男が拳銃を乱射しようが、関係ない。
俺の脚はただ男に向かって動く。十歩分以上あった距離は文字どうり一瞬にして縮まった。
懐に飛び込んだ俺は、左手で拳銃を跳ね上げた。
「なっ。」
自分の意思とは関係なく跳ね上がった拳銃に唖然とした男は、その軌道を見ている。
その瞬間、全てが終わった。
振り上げた左手の勢いのまま、体を回転させ、そのまま右手に持った風斬を一線。
男は俺の姿を見ることなく、自分がいつ死んだのか分からないまま、崩れ落ちた。
その様子を見ている俺は、男から離れたところに立っている。
返り血さえ浴びておらず、息も上がっていない。
ただ、無表情にその肉隗を見ていた。
殺し屋が相手に同情してはいけない。
哀れんでも、悲しんでもいけない。
それが当たり前。
ただ、俺の心情は表情と違い無表情ではなかった。
そこにあるのは『悲しみ』、そして『嫌悪』。
俺は思う。
(俺は殺し屋には向いていない。)
それは決して口にしてはいけない思い。
それは俺の中にある、ぽっかり開いた穴のようなものだった。
どうもです。
今回は、主人公の力が出てきました。
ありきたりですが、ご勘弁を!
次は、話のキーマンが出るかも?
それでは!