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大好きな人。  作者: 薄桜
8/9

千載一遇

8話目です。


ではどうぞ。

食欲の乏しい今、昼は適当に菓子パンで済ませて図書室に向かった。

相変わらず答えの出ない問題について考えるため、静かであろう場所に向かっただけだ。屋上だと、また朋ちゃんや、もしくは航の乱入が考えられるため、あえて今日は避けた。そう、ただそれだけのつもりだった・・・のだが、この選択が別の意味で正しかった事に、図書室に入ってすぐ気が付いた。

ここしばらく、まったく会えなかった葵姉が、本棚に近い席で頬杖をつき、何かの本を難しい顔して(めく)っていたのだ。

その姿を見つけ、僕の気分は一気に高揚する。

葵姉は機嫌が悪そうにも見えるがそんな事は構っていられない。ここで捕まえなければ次はいつ会えるか分からない。それほどまでに葵姉と出会える事が無くなった。

気付かれないように、できるだけそっと近付いたつもりだったのだが、本に影が入ったせいか葵姉はすぐに顔を上げてしまった。

・・・蛍光灯の光は計算しきれなかった。

複数の方向からの光で複数の影ができる。その予測しにくい薄く短い影は、より近い場所に影響を及ぼす。

僕と目が合った葵姉は、一瞬後に逃げ出そうとし、思わず僕は葵姉の手首を掴んで捕らえた。絶対にこのチャンスを逃す訳にはいかない。

「何で逃げるの?」

「・・・えーっと、何でだろう?」

そうやって目を逸らし、わざとらしい言い訳をされるのはとても悲しい。

「何で避けるの? 僕何かした? 訳が分からなくて・・・もうずっと苛々してんだ。教えてよ、葵姉。」

場所をわきまえて大きな声こそ出さないものの、本当はそう叫びたくてたまらなかった。心の中ではもう泣いている。嫌われたんじゃないかって、本当にそうだったらと思うと怖くてたまらず、必死に押さえつけてきた。

なのにやっと会えたと思ったら逃げようとして、わざとらしい言い訳まで聞かされて・・・本当に嫌われたんだって、僕は完全に打ちのめされた。

でも、訳も分からず引き下がりたくはない。

納得がいかないまま退くつもりはない。

何年も葵姉の事だけを思ってきたんだ。そのくらいで諦められるはずがない。

遠慮がちに僕を見た葵姉は、今にも泣き出しそうな顔をしていて、ますます胸が締め付けられる思いがする。

葵姉は瞳を揺らし、何も言わずにしばらく対峙していたけれど、一度目を閉じ、次に目を開いた時には、何かを吹っ切った様に顔が変わった。

「言いたい事・・・全部整理してくるから時間頂戴。」

「・・・葵姉?」

いつもの強い光の宿る、でもとても真剣な目に気圧されて僕は動けなかった。

「私もモヤモヤして嫌だったの・・・あぁもう、私らしくない! 明日は土曜だから港の公園で・・・そうね、10時? 一晩でまとめて来るから覚悟してなさい!」

葵姉は、そう勢いよく言い放つと掴んでいた僕の手を振り払い、きちんと本を棚に戻してから図書室を出て行った。

呆気に取られた僕はそのまま動けず、「図書館で騒がない」と司書の先生が飛ばした叱責を一人で請け負う事になった。

明日の10時に港の公園・・・きっとそこで僕の抱えている疑問は晴らせるのだろう。

結局逃げられてしまったのだけれど、明日も会えると思えば気分は悪くない。

・・・ただ、僕は一体何の覚悟をすればいいんだろう?

その内容によっては、当然もうこんな気分ではいられなくなる。

明日がとても楽しみな反面、やはりとても不安で・・・本当に僕は悩んでばかりだな。



一晩明けて約束の土曜の朝。仕度をして出かけようとすると、リビングの定位置に転がっている妹に声をかけられた。こいつは携帯から手を放すという事はないんだろうか?

今も何かキーを押し始め、何か悪巧みの相談をしているようで油断ならない。

「ねぇ、どこ行くの?」

「ちょっと出かける。」

「それ、質問に答えてないし・・・」

当たり前だ。わざと答えてないんだ。

「私も・・・友達と買い物行く約束があるから、そろそろ出なきゃいけないんだけど、途中まで一緒に行かない?」

珍しい事を言い出した。無理やり引っ張っていかれた事や、途中で呼びつけられた事はあるけど、こんな事は初めてだ。その動揺が油断を招いた。

「行かない。方向違うし、公園に行くだけだから。」

そうつい口走ってしまった。

「へー方向違うって事は港のとこ?」

「あ・・・うん。」

「そっか、じゃぁ気をつけてね~。」

誘ってきたくせに、今度は手のひらを反したようにあっさりと引き下がり、まるで心のこもってない声で送り出された。

・・・これはやっぱり絶対何か企んでいるらしい。

ただ僕の行き先を、聞き出しただけだな。

気になって落ち着かない部分はあるが、時間を考えればもう出なければならない。

僕にとっては、二人の予測不能な罠より、葵姉との約束の方が遥に重要な案件だ。

そう自分に言い聞かせて港の公園に向かった。


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