不安から不満へ
4話目です。
ではどうぞ。
いつものように航の家のチャイムを鳴らすも、いつもの足音がしない。そう不思議に思っていると、いつもより早く航が出てきた。
・・・以外だ。
「毎朝、ご苦労さん。」
「偉そうに・・・そう思ってんなら、毎朝待たせんな。」
しかし、僕の抗議に航は相変わらず悪びれた様子も無く笑う。
「つーか、笑い過ぎ。」
その笑いはどこか違うものに繋がったのか、おかしなツボにでも嵌ったのか、とにかく笑い過ぎだ。今の話だけでここまで笑うとは思えない。
「いや、途中からねーちゃんの事思い出してさ。」
「はぁ? そういえば葵姉は?」
やはり別の事で思い出し笑いをしていたらしく、しかも、僕の聞きたい事に上手く話が流れてくれた。
「あぁ? 今日はよく分かんねーけど、早く出てったぞ。」
「そっか。」
日直とか用事があるとか、そんな所かなと僕が納得しかけていると、それがさ・・・と、航は昨夜の出来事を話し始めた。
「放課後に2号棟裏?・・・ベタだな。」
内心の動揺を隠して、二番目に考えた事を口にした。
「お前もよく呼ばれてんだろ? 為井くん、好きです!!」
「気持ち悪い。」
「うらやましいよな~」
あまりに無邪気な表情と、その能天気な物言いに無性に腹が立った。
ただでさえ、当てが外れガッカリしているというのに、無神経にも程がある。真摯な思いを断る行為のどこが楽しい? あんなに大変で後味の悪いものは無い。
でも、僕には彼女達の気持ちが分かるから、その分できるだけきちんと対応したいと思っている。
しかし、だからこそ僕は、その気持ちに応える事はできない。
そう伝える度に心の中に罪悪感が溜まっていき、激しく何かが消耗していく。それでも、僕の中にあるのは葵姉だけだ。
「じゃぁ、朋ちゃんにその事を伝えておくよ。」
「はぁっ? 何で?」
「誰かに告白されたいんだろ?」
「まてまて、波風立てるような事すんな。」
慌てふためく航の様子に、少しだけ気持ちが晴れる。
でも朋ちゃんなら、そんなに動じる事はないかもしれない。「じゃぁ私がもう1回。」とか言い出して、前回とは趣向の違うサプライズな告白を企てるかもしれない。
それほど二人は仲が良く・・・そして、実直で熱い。
周りの目を気にしない二人はとてもお似合いで、とても迷惑だ。
・・・まったく航は愛されてる。
と、そんな事を考えたが、今の僕は教えてやるような優しい気分では無いので、焦った航をそのままにして、少し早足で歩き出した。
聡太が好きだという事に気付いて、出掛けにどんな顔して会えばいいのか分からず、結局いつもより早く家を出て、会わない事を選んだ。
なのに、毎朝の糧だった日課が抜けると、何かとても物足りない気分がする。
おまけに寝不足で、さらにもうひとつ面倒な事まである。
今日何度目かの溜息を吐こうとして、それより先に聞こえた隣からの溜息に、その吐いた本人を見やった。
「あれ? 美晴も溜息?」
「も?」
美晴と二人で川土手を歩き学校へ向かう。幾分緑の増えたピンクの木の横を、落ちた花弁を蹴散らしながら、ただ黙々と歩いていた。でも、自分の考えに沈みこんでて、今までその事にも気付いてなかった。
「葵は何考えてたの?」
美晴が少し笑みを作って聞いてきた。また何か少し無理してるみたいだな。
私は少し考えた後、例の封筒を取り出した。
聡太の事はまだ言いたくない。
美晴から見れば、きっとそんなのとっくにバレバレで・・・今思えば、なるほどと思う言動ばかりだったから、だから「やっと気付いたか」って笑われるのは悔しい。それに、まだ私の中で気持ちの整理がついていない。
「またラブレター?」
「またって言わないで。」
確かに時々こういうのもらうけど、嬉しいと思った事は一度も無い。
「見せて、見せて。」
美晴は私から封筒を奪い取ると、何の遠慮も無く便箋を出して広げ、すぐに驚きの声を上げた。
「うわ、酷い字。」
美晴も同感のようで、苦笑いを浮かべている。
「でしょ? 絶対これ読めないと思わない?」
それに気をよくして、私は美晴に同意を求めた。こんな字が読める航の方がおかしい。
「んー、ギリギリ読めるかな?」
「うそっ!? 美晴も読めるの? 何で? 美晴も航も変。」
昨夜、私が読めないと言ったら呆れてくれた弟の鼻を明かしてやりたかったのに・・・。
「で、行くの?」
行きたくない。
今の私はそれ所じゃないし、おまけにこんな字を書く人には会いたくない。解読に要した時間の無駄に加えて、さらに時間を無駄にするような事なんかしたくもない。
「じゃぁ、きっぱり振ってきたら? 文句の一つや二つ交えてさ。」
けれど、おかしなイタズラを思いついた時のような顔で語られた提案は、とても魅力的で・・・丁寧にお断りするのは、とてもじゃないけどやりたくない。
けど、私の中の不満をぶつけるのは真っ当な事だと思われた。
だって、私の貴重な時間を潰してくれたのだから、そのくらいは当然の報いよね。
「そっか、いいねそれ。」
晴れ晴れした気分で同意すると、美晴はとてもおかしそうに笑い出した。
「おはよう。今日は早いね。」
挨拶をしながら近付いてきた朋ちゃんは、航の横に来るなりその脇を突付いた。
突付かれた航は妙な声を上げて仰け反る。航はくすぐられるのに弱い。朝っぱらからその弱点を突いてくるとは・・・やはり朋ちゃんは容赦がない。
しかし、それでも航は怒るなんて事は無く、喜んでるよな、それ?
「そうだ、夕べ面白い事があったんだよ。」
「何々?」
「ねーちゃんがきったねー字の手紙持っててさ・・・」
僕が少し前に聞いた話を、今度は朋ちゃんに披露し始めた航に少し苛ついた。僕にとっては面白くなく、何度も聞きたい話ではない。
耳を塞ぐ代わりに自分の席に向かい、イスを引き出すと思いの外大きな音を立てた。
「聡太機嫌悪ぃなー、んな手紙くらいで目くじら立てんなよ。」
機嫌が悪い自覚はある。しかし僕にとってその手紙は、くらいで片付く物ではない。
「別に、ねーちゃんが誰から手紙貰ったっていいじゃねーか、どうせ・・・」
「いい訳ないだろ!? ・・・航はそんなに僕を怒らせたいの? それともわざわざからかうために、もう一度その話を聞かせるつもりか?」
「んな訳ねーだろ?」
そう、航がそんな事を考えるはずが無い。けど、僕は止まれなかった。
「航だって、人の事笑えるような字じゃないだろ? まだその話がしたいなら、マシな字が書けるようになってからにしたらどうだ?」
もちろん言ってすぐに後悔した。
航は怒るでもなく苦笑いで、朋ちゃんは笑ってて・・・
「・・・悪い、言い過ぎた。」
「別にいいよ、本音が聞けたし。」
そう答えたのは朋ちゃんで、先に言われて困った航は、仕方無さそうに首を縦に振った。