私の日々
2話目です。
ではどうぞ。
聡太は偉いな・・・本当に航とは大違い。
うちの出来の悪い弟は聡太に迷惑かけっぱなしなのに、毎朝巻き添えをくらい遅刻ギリギリになりながらも見捨てないでいてくれる。
私ならもうとっくに見捨てて、確実に置いて行くもの。
本当に良い子なのよね。
「葵、どしたのさっきからニヤニヤして、気持ち悪いよ?」
急にかけられた声に意識が引き戻されると、朝のHRはいつの間にか終わっており、教室はガヤガヤとした空気に包まれていた。
毎朝の事を思い出しながら物思いに耽っていたらしく、HRで先生が何を言っていたかなんて、さっぱり聞いていなかったし・・・もう既にいない。
人の事をニヤニヤと言ってくれた美晴も、ニヤニヤとした笑みを浮かべ私を覗き込んでいる・・・って、ニヤニヤ? え、私そんなににやけてた?
・・・うそ、あーっ恥ずかしいっ!!
「なんかいい事でもあった? 聡太くんにでも告白されたか?」
慌てた私の様子に、さらにニヤニヤの度合いの増した美晴は、思いもかけない事を言い出してくれた。
「はぁっ???」、
・・・何で聡太の名前が出てくるの? 確かに聡太の事考えてたけど、告白って何の???
どうして私こんなに動揺してるの?
「まぁいいや、ところで進路・・・」
「良くないっ!!」
揺れた心の中をそのままにしておきたくなくて、何気なく話を変えようとした美晴を思わず止めてしまった・・・しかも、大声で。
美晴も一瞬目を丸くしたし、注目を集めた事に今更ながらに恥ずかしくなったけれど、やっぱりこのままなのは、精神衛生上良くない。うん、そうよ。
「何で聡太の名前が出てくるの?」
「あれ? 気付いてない?」
何故か美晴は満足そうに笑うと、からかうような調子で・・・
その様子に私の頭の中はますます疑問符で埋まっていく。
こういう美晴の何でもお見通しって態度は、バカにされてるようで嫌なのだけれど、今の私は本当に何の事か分からないから、反論のしようが無い。
「・・・えーと、聡太に告られる事は、良い事なの?」
動揺により、脳の活動3割減くらいの状態で、必死に言葉を探したものの、適切なものが見つけられず、結局片言っぽくなってしまった。
「あーらあら、天然さん? 葵、聡太くんの話してる時楽しそうじゃん」
私は、楽しそうにしてるのかな?
そんな事は意識していなかった。
でも考えてみれば、確かに聡太の事を考えるのは楽しいかもしれない。無意識で考えている事も多い。知らない人に告白されるのは面倒で嫌だけど・・・もしそれが聡太だったら?
「その様子じゃ当然知らないだろうけど、彼の株上がってるよ~」
「へ?」
「入試の成績かなり良かったらしいし、見た目も可愛らしいしさ、冷めてるっつーか
ちょっと大人びた雰囲気あるじゃん? それで同級から年上まで、満遍なく狙ってる子
いるらしいよ~」
「・・・誰が? 聡太が???」
何それ?・・・っていうか何でまたこんなに動揺してるの、私?
「幼馴染って安心してると、誰かに持ってかれちゃうよ~」
安心?・・・私は何に安心してるの? 聡太が告白?・・・そんな事は考えてなかった。でも、逆に聡太が誰かに告白されて・・・もしもそれを受けちゃったら?
・・・どうして私は困るって思ってるの? 何で私はそれが嫌なの?
黙り込んだ私の様子に、美晴は再び満足そうな顔をした。
「で、本題なんだけどさ、進路どうすんの?」
何かそういっていた気がするけど、自分の思考の中に入ってしまった私にはさっぱり届かず、授業に来た先生の声がかかるまで、ぐるぐると考え続けた。
この所美晴は、以前にも増して早く帰るようになった。
毎日毎日何の用事があるのか知らないけど、放課後が近くなるとソワソワしている。そして、終わると同時に荷物をまとめて「じゃぁね。」って一方的に言って、あっという間に教室から出て行く。
変なの・・・こないだ様子が変だったのは何だったのかしら?
その少し前から早く帰ってたけど、あれからもっと・・・そうね、何かすごく嬉しそう? 何かやたらとテンションが高いのよね・・・
人に難題を吹っかけておいて、相談に乗ってくれる気も、ヒントをくれる気も無いって事よね?
そういう友達はきっと貴重なのだと思う・・・けど、厳しいよ? 相変わらず。
美晴はとっても自分に厳しく、周囲には結構優しい。やり方に問題がある事が多く理解されにくい部分もあるけど、最後には『なるほど』と思わせる結果になる。
でも、それに気付くまではかなり厳しい・・・よく考えろとばかりに難題を出され、分からないまま考えさせられる。
今の私の状態だ。
・・・うん、今はお手上げ。考えるの疲れちゃった。
気分転換に吹奏楽部に遊びに行こうと、カバンを持って音楽室へ向かって歩き出した。
今年はクラスが分かれちゃったけど、とても仲の良い友達の志帆ちゃんが所属している。休憩時間も会ったり会えなかったりだから、こいう時に遊びに行く。
そして、その縁で友達も増えた。
志帆ちゃんの担当楽器はフルートで、顧問の松浪先生が来るまでの間に、それを吹かせてもらったり、話をしたりしている。
美晴に置いて帰られた日はだいたい音楽室に顔を出してるから・・・って、この所本当に行きっぱなしよね。
「志帆ちゃーん、また来たよ。」
「いらっしゃい、待ってたよー。今日もお菓子あるよ。」
そう笑う志帆ちゃんは、ちっちゃくてかわいい。150cmくらいで、つい頭を撫でたくなる・・・けど、やると怒られるからやらない。
フルートだけでなく、他の楽器も結構肺活量を使うらしくて、部活の前にこうしてエネルギー補給と称してお菓子パーティーの状態になっている。そこに何となく参加する。
「私も持って来たよ。」
いつももらってばかりじゃ悪いから、カバンを探ってエアインのチョコの箱を出した。
「あ、これ好き。」
「口の中であっという間に無くなっちゃうんだよねー。」
わいわい騒ぐ声に混じり、問題を棚上げにして楽しむ。
友達とふざけあって、これが結構至福の時間。
けど、不意に誰かの声がして、そんな気分は一掃されてしまった。
「あ、為井くんだ。」
今年入部の1年生を中心に空気がざわついて、多くの女の子達が窓辺に寄った。
集まる人に混じって私も校庭を見ると、確かに聡太の背中が見えた。
正確に言うと航と、彼女の朋ちゃんもいるけど。
帰宅部の二人はともかく、陸上部のはずの朋ちゃんまでもう帰るらしく、いつもの三人が揃って校門の方へ向かって歩いている。
それにしても、この急に沸き立った空気には正直驚いた。
・・・美晴が言ってた事は本当だったんだ。
棚上げ。そうだ、今はただの気分転換。
今はちゃんと考えないといけないらしい。
安心?
・・・そうだ。聡太はずっと側にいるものだと思っていた。けど、それは私が勝手に思い込んでいるだけで、それは何の保障も無い。
って、え? それって・・・
「安田、練習はじめるから、部外者は出てけ~。」
丸めた楽譜で、ポンと頭を小突かれた。
考え事を邪魔された事を恨みに思って、ゆっくり首を巡らせ憮然とした表情で顧問の先生を睨んでやった。
「お前、毎日のようにここ遊びに来るんなら、もう入部して関係者になればいいんじゃないか?」
しかし、先生は動じる事無くもう何度も聞いた事のある台詞を口にする。
「それとこれとは別なんです。」
先生に背を向け、そういい捨てながら自分の荷物を手に取り、友人達に笑顔を向けた。
「じゃ、また明日ね。」
そしてそのまま音楽室を後にした。
吹奏楽部は毎年、野球部の県大会予選の応援に借り出される。今年度も、既に曲を決め練習を始めていた。
一人階段を下りながら、
「暑いのはご免なんですよ。」
と、ぼそっと呟いた。
放課後の校舎は、遠くから聞こえる部活に励む人達の声と、自分の足音くらいしか聞こえない。
特に目標も無く、ただ日々を過ごしている私には、一生懸命な人達が眩しく感じる。なぜそんなに打ち込めるのか分からず、それでいて少し羨ましい。
そのうち、音楽室からそれぞれにチューニングをする雑多な音が響き始め、すぐ側の私の足音すらかき消されてしまった。
図書室に行く事も考えたけれど、別に用事も無いなと思い直し、正面玄関に向かう事にした。重たい事ばかり考えているせいか、なんだか気分は晴れない。
まだ外を歩いていた方が、少しは気分が晴れるかなって。
そんな事を考えながら下駄箱の自分の靴の前に立つと、その靴の下に何かがあるのを見つけた。ちょうど靴で隠れてしまいそうな大きさの白い封筒が下敷きになっている。
「何だろ?」
少し砂でざらつく封筒を、興味半分・面倒だなと思う気持ち半分で開けてみると、微妙にいびつに折りたたまれた便箋が1枚入っていた。
でも・・・えーと、これは読めないな。
ミミズがのたくったようなとは、こういう字を指すのだろう。
小学生でも、もっときれいな字が書けるんじゃないかってほど酷い文字のようなものが、羅列されていた。
しかし、何が書いてあるのか分からない物はどうにもできない。
テストや提出物の時、先生はどうしてるんだろう?
他人事ながら先生達に同情しつつ、とりあえず持って帰って解読してみる事にした。