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my precious

 倒れた秀一郎は警察署の仮眠所で横にさせてもらってそこに海をつけると、それから僕は1人で健史の身元引き受けの手続きをした。

「すいません、この事はくれぐれもマスコミには内密に。発見された場所が場所ですし……」

「息子さんのためにですか。解りました。覚悟の自殺という感じで事件性はないようだったし、なら、事を荒立てる必要はないですからな」

事件を公表しないように言った僕に、蓮谷刑事はそう返した。

「しかし、また……今まで息子さんには知らせずにいたのに、なぜ今回連れて来られたんですか」

そして、彼はそう質問してきた。

「私たちが出発しようとすると戻ってきて、どうしても一緒に行くと聞かなかったんです。たぶん、彼らの血が引き合ったのだと思います」

「そうですか、不思議なことがあるもんですな」

僕の答えに蓮谷刑事はずれた眼鏡を直しながらそう言った。

「では、ご苦労様でした」

彼はそう言って右手を挙げると、別の仕事をする為に僕から離れた。



 それからその日、僕らは近くに宿を取った。意識を取り戻したものの、秀一郎はそれから一言も口を利かぬままだ。

「だから言ったんだ。旅行じゃないんだから、一緒に来ないほうが良いって」

僕は俯いたままの息子にそう言った。

すると、秀一郎は俯いたままヒクヒクと乾いた笑いを発し始めた。

「秀一……郎?」

「ふはは、笑わせるねぇ、本当にそんな事思ってんのかよ。俺がいたから、疑われずに事がスムーズに運んだってそう思ってんじゃねぇのかよ」

そして顔を上げた息子を見て僕たちは息を呑んだ。顔を上げた男は、もはや僕たちの愛する息子の顔ではなくなっていたのだ。

「健史……」

僕はその顔を見て思わず“彼”の名前を口にしていた。

「龍太郎、久しぶりって言うべきか」

「健史?ホントに健史なの?」

僕は“彼”の腕を掴んでそう言った。それを聞いて“彼”は鼻で笑った。

「ねぇ、何で君は海の許を去ったりしたの? 愛して……いたんだろ。海と一緒にどうして生きなかったのさ」

僕が続けてそう聞くと、“彼”は昔“彼”がそうしたように、首筋を掻きながらこう言った。

「ああ、愛していたさ。自分の命も投げ出せるほどにな。

それにしても龍太郎、お前不惑も超えたんだろうが……いい加減そのしゃべり方はねぇんじゃねぇか? ホント、イライラすんだよ」

そして、“彼”はそう言うと、僕の胸ぐらを掴んだ。

「止めて!」

横にいた海が慌てて止めに入った。それを軽々と片手で払いのけると、“彼”はこう言った。

「そうさ、お前がそんなお坊ちゃまなカワイイ口調で話すたび、俺はイラついてたんだよ。

ふん、まだ解んねぇのかよ。そうだな、お前は最初から海、海って……夏海しか見てなかったからな。他の奴がどうであろうと知った事じゃなかったんだよな」

「健史! それ以上言っちゃ!」

「言わなきゃ、こいつには解んねぇだろーが」

“彼”は薄笑いを浮かべてそう言いながら僕の頬を撫でて、

「俺が、本当は誰に惚れてたかなんてよ」

と言い、ねっとりと僕を見つめた。


-*-*-*-*-


それじゃぁ、健史が本当に愛してる相手ってまさか……

「ようやく気付いたようだな、お坊ちゃんよぉ」

「バカ言わないでよ……僕男だよ」

薄ら笑いを浮かべる“彼”に僕は震えながらそう答えた。

「ああ、俺だって男だよ。それがどうかしたか」

“彼”はそう言うと、僕の顎を手で引き上げ、僕よりは10cmあまり高い“彼”と見つめ合うように僕の顔の角度を変えたので、反射的に僕は“彼”から眼を反らした。

「そうそうその仕草、生半可な女より色っぽいってぇの」

“彼”は僕の態度を見て面白そうに笑いながらそう言った。

「からかわないでよ」

「からかっちゃいねぇよ」

そう言うと、“彼”は軽くため息をついた。

「もう自分ではどうにもできないくらい……お前の事が好きだった。だから、お前が夏海に惚れてるって分った時、俺はお前ごと夏海も一緒に愛せた。俺言ったろ、『俺はお前たちが一緒にいるところを見てるのが一番の幸せ』だって。あれは、本心だったんだよ。

なのに……なのにだ、お前らは別れた。普通にケンカして別れたんなら俺もお前らがその程度の関係だったのかと幻滅して……それで終わりだったかも知れない。

けど、理由が子供が持てないからだなんて、前時代的な理由で……しかもお互いに心から愛し合っているのに引き裂かれていく――黙ってみてらんないじゃないか、何とかしてやりたいって思うじゃないか」

「健史……」

「一旦は怒鳴って電話を切ったものの、お前の『関わる役者が代わらなければ、時が昭和から平成になっても何も変わりはしない。』って言葉が耳から離れなかった。子供さえいれば問題は解決する――このときばかりは男に生まれたことを感謝したよ。女じゃ、夏海と立場は変わらない」

それじゃぁ……それじゃぁ……

「そんな! 最初から僕のために海に近づいたとでも言うの?」

僕がそう言うと、“彼”は肯いた。それから海の方を向いて言った。

「でも、一つだけ解らない事がある。夏海、最初は俺強引だったし、お前にも龍太郎に振られた痛手があったから、俺と寝たんだろう。でも、すぐには子供はできなかったよな。俺が本当は龍太郎が好きだと気付いていたんだろ、夏海。なのに、本当の事情を知らないお前がなんで俺の許を去らなかったのかって事が」

 そうだ、海が子供ができないから僕が別れを切り出したのだと知ったのは、もう結婚も間近になってからだったのに。

「私たち、同志でしょ。同じ龍太郎を愛した」

海は“彼”の手を握り、“彼”をじっと見つめてそう言った。

「健史、あなたが私の中の龍太郎を愛したように、私もあなたの中にいる龍太郎を愛していたのよ。そして、あなたが龍太郎を思う深い気持ちを感じる度に、私はあなた自身を愛していったわ」

「バ、バカな。俺がこいつを思う気持ちを愛したって?」

海のその言葉に“彼”が驚きの声を上げた。

「あなただって、龍太郎ごと私を愛してくれたんでしょ? なら、同じ事よ。ねぇ、それとも好きになるのに、理由が要るとでも言うの?」

海はそう返した。

「だからあなたが龍太郎と縁りを戻せと手紙を残して消えたとき、私は龍太郎に流されるように縋ったわ。私にはあなたのした事の意味があの時解らなかったけど、あなたが意味もなく私を遊んで捨てたなんて思いたくなかった。だから、あなたとのつながりも全部消したくなかった……というより、あなたとの命の灯なんて消せる訳じゃないじゃない。そのためには私は龍太郎と結婚するしかなかったのよ。私は……シングルマザーになれるほど強くはなかったから。あなたへの愛がなければ、秀一郎は産んでないいわ。

結婚式の衣装合わせの日に、龍太郎が本当のことを教えてくれた時、私あなたの愛の深さに胸がいっぱいになったわ。早まってこの手で赤ちゃんを殺さなくて本当に良かったと思った」

「はははは……バカな……お前が俺を愛してなきゃ、秀一郎は産んでないって? 俺のしたことが全部無駄になってたかもしれないだって? お前が俺を愛してるだって!?」

“彼”は壊れてしまった機械のように呟きながら、引きつり笑いを繰り返し涙を流していた。

「そうよ、私は今でも……」

そして、続きの言葉を言おうとした海の唇を“彼”は眼を閉じて首を振りながら人差し指で押さえた。

「なんだよ、そのツラ……夏海ってばどこまでお人よしに出来てる。こんなの全部ウソで、俺が遂げられない思いを恨みに思って復讐したに決まってんじゃん」

と言った。

「違うわ! あなたは私たちの幸せだけを本当に考えてくれてる!! だから私は今でも……」

それでも海は涙を流しながらそう返した。

「もういい……それ以上は言うな。もう解った……ありがとう、夏海」

“彼”は何度も頷きながら、海にそれ以上言わせなかった。

「龍太郎、夏海……お前らは俺の最高のpreciousだよ。俺はお前らの役に立てて本当に良かったって思ってるし、今すごく幸せだから……夏海、もうそんなに泣くな……そして、俺のことなんか忘れろ」

“彼”はそう言って穏やかに微笑むと――崩れるように倒れていったのだった。

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