第一話
人の法より魔物の道理
魔族の掟で悪を斬る
さて魔王様
今夜はどちらのお屋敷に?
辺境のとある海辺の都市 街道の宿場町として、また隣国との交易の中継点として、はたまた海洋交通の要所として発展してきたこの街は、周辺の街と比較してもそれなりの豊かさを誇る様に、夜半近い時間になっても喧騒のやむ気配はなかった
そんな都市の中でも比較的裕福な人々が住まう地区の一つの館、その2階の奥まった一室 そこには重厚な机と応接用の長椅子が置かれ、人目をはばかる様に小さく灯された灯りが室内を照らしている
その奥にある大窓の向こうには、庭に面して控えめながらもバルコニーが備えられているのが見える
「男爵様、こちらが今回の利益になります」
そう切り出したのは、腹の周りが窮屈そうな、少しばかり派手な衣装をまとった男 「くくく…フレミングよ 相変わらず悪どく儲けておるではないか」
そう答えた男爵と呼ばれた男は、仕立ての良さそうな服を着て、がっしりした体格をしている
「それもこれも男爵様のお口添えあってのこと、これはほんのお礼ばかりにはなりますが…」
差し出された化粧箱の中身もそこそこに、二重底の下に敷き詰められた金子を一瞥して、男爵と呼ばれた男は上を向いた口髭の先をつまみ上げながらニヤリと笑った
箱を持ち上げてそのズシリとした重みを感じつつ
「そちも弁えておるな。 いやフレミングよ お主もなかなかに、ワルよのう?」
そう言いながら脇に控えた者に化粧箱を渡す男爵に頭を下げながら
「いえいえ、男爵様こそ…」
と応えるフレミング
「男爵様ご発案の抜け荷の手口が無ければ、私の様な木っ端の商人なぞ、吹けば飛ぶ様な小物ですゆえ」
「嬉しい事を言いよる」
互いに目を見合わせる両者 どちらからともなく
『わぁっはっはっはっはっ…』
と高笑いがこぼれる
が、その時
「くっくっくっ…」
第三者の忍び笑いが紛れ込んだ
二人が驚いて静まった後にも、その忍び笑いは残った
「!?、何奴?」
男爵とフレミング、そして控えの男も含めたその場の全員が声のする方を伺うも、そちらにはバルコニーがあるばかり
しかし、無人であったはずの2階のバルコニーの手すりには、そこに寄りかかる人影があった
「誰だ!?」
警備の厳重な男爵の屋敷
しかもその2階のバルコニーという、おいそれと外部からの侵入など思いもよらない場所に現れた人物に警戒する男爵とただならぬ気配に慄くフレミング
その人影は十分に注目が集まった事を認めるとおもむろに話し出す
「魔王領の端の森を抜け、公儀の街道を外れた人の避けるルート、なかなかに狡猾な抜け荷の手腕よな」
「なぜそれを!?」
秘匿しているはずの手口を明かされ、動揺する悪党共
「なに、単にお主ら人どもで勝手にやる分には余も目をつぶる器量も見せようが、事もあろうに魔族の襲撃の損害と計上して帳簿を誤魔化そうとは
お主らがいかほど稼ごうと、余にしてみれば小銭の程度
なれど、その咎を我が軍に押し付けるばかりか、資金に窮している等と根も葉もない噂にまで及ぶは心外の至り」
その人影は腕を組んで少し困った風な仕草でそう続けた
「ぶ、無礼な!ここを何処だと心得る?」
震える声で批難するフレミング
だが、人影は動じた様子もない
「無礼?あぁ、たしかに挨拶が遅れた あらためて名乗るとしよう」
そう言いながら、外へ漏れ出る部屋の光の中に歩み出た
すらりとした長身を包むのは闇夜を切り抜いた様な漆黒の上下に漆黒のシャツ、そしてそれらを覆う漆黒のマント
裏地の赤は鮮血の様に鮮やかだ
端々を飾る金の刺繍が慎ましく輝く
青白くさえ見える肌に赤く輝く瞳は、溢れる魔力を物語るかのようにほのかにゆらめき、長い白銀の頭髪を後ろで縛って垂らしている
なにより、その頭部の両のこめかみあたりから生えた立派な角が、その者が人ならざる者である事を如実に物語っていた
「くっ、魔族か」
その異様を目の当たりにした男爵が問う
「いかにも」
さも当然の事の様にその魔族は答えた
そして不敵な笑みを浮かべてこう続ける
「こんばんは、魔王です」
「魔王?まさかあの魔王デルフィラ?」
その名に慄くフレミングだが
「魔王だと?たかだか魔族風情が大きく出たものよ
この様な場所にまで魔王ごときが来るものか!
誰か!誰か居らぬか!賊が忍び込んでおるぞ!!」
侵入者のふてぶてしい物言いを出鱈目と決めつけて、男爵は家臣に集合を呼び掛ける
たちまち室内はおろか廊下にまで屈強な男達が押し寄せた
長椅子に縮こまるフレミングをよそに、男爵が言い放つ
「よしんば魔王であるとして、ここで打ち倒せば我が手柄よ!
者共、この痴れ者を切り捨てぃ!」
号令と共に各々が剣を抜き放つ
突如 窓の影から二つの影が躍り出た
一人は狼の頭に狼の胴体、2本の脚で立ち獰猛な唸りをあげる狼男
一人は顔を隠して脚隠さず
身体の線が露わになる様な黒衣を身に纏い、口元を覆面で覆い隠した、こちらも頭部に角の生えた女性
彼らは魔王と名乗った魔族を守る様に立ちはだかる
その後ろでゆっくりと自身の佩いた長剣を抜く魔族の男
そして隙のない動作で構えたところで
「えぇい、掛かれ!掛かれぃ!」
しびれを切らした男爵の号令と共に、双方が攻めかかる
真っ向から脳天へ、あるいは振り向きざまに袈裟懸けで、巧みに長剣を操り剣の腹で打ち据える魔族の男
狼男はその膂力を活かして殴り、あるいは投げ飛ばす
女は逆手に構えた短剣を使い、急所を突いて無力化させる
乱戦の最中も、魔族の男は時折その鋭い眼光で男爵とフレミングを睨みつけ、騒乱に紛れての逃走を妨げる
一人減り、二人倒されするうちに、男爵の手勢は後わずかと追い詰められてゆく
「こうなってはもはや…!」
窮地に追い込まれたフレミングが、懐から小さなクロスボウを取り出し、魔族の男に狙いを付けたその時
カッ!
「いけませんな我が君、油断めされますな」
フレミングの手に投げナイフが突き立てられ、魔族の男のそばにスウッと黒服の老紳士が姿を現した
小さく頷く魔族の男
そうこうする間にとうとう男爵一人が取り残された
「おのれ、おのれぇ!」
腐っても武闘派でその地位を守ってきた男爵は、いよいよ自らの剣を抜いて大上段で魔族の男に切りかかる
が
「成敗!」
魔族の男の一喝で狼男と黒装束の女がそれぞれ一撃を加え、敢え無くその場に崩れ落ちた
数日後
街のとある酒場"月の盃"亭
「いよぅおミッちゃん、今日も器量よしだねぇ」
入ってくるなりそう声をかけたのは、すらりとした長身の優男
高級そうな生地を惜しげもなく使って仕立てられた黒地の服に身を包み、シルクらしい白いシャツ、襟元には緩くスカーフを巻き、黒地のジャケットを肩に羽織って長い白銀の髪を頭の後ろで縛り、いかにも高貴そうな雰囲気をまとっていながらも、どこか人懐っこい笑みで店内を見渡す
「やだよデルさん、お世辞なんか…」
そう答えつつも、やはり悪い気はしないのか営業用とは違う素の笑みで応じるのは、いかにも働き者そうな、この店の看板娘であるミシェル
勝手知ったる様子で店内でも奥の方の、少し灯りの届きにくいテーブルについたデルさんと呼ばれた優男は
「とりあえずいつもの」
と、これまた慣れた様子で注文をした
酒とつまみが運ばれてくる間、脇に挟んでいた羊皮紙を広げる
そこには先日夜、某男爵と結託した悪徳商人の二人が何者かによって悪事を暴かれた顛末が記されていた
「いやぁ、この街も賑わってるかと思ったら、意外と裏には悪いやつもいるもんだねぇ」
そう言う男ではあったが、何故かその顔には、さほども驚いた様子すら無い
「そうそう。おかげでうちのお義父っつぁんてば夜中に呼び出されて大忙しだったわよ」
ワインのボトルとグラス、そしてチーズを数切れ乗せた皿を運んできたミシェルが相槌を打つ
「あれ?ドラゴ隊長まだそんな現場仕事にまで駆り出されてんのかい?」
手慣れた様子で栓を抜き、香りを嗅ぎながら男が問いかける
「まだまだ若いモンにゃ任せてらんねぇ。とか言っちゃって、今日もまだ調書が残ってるとかで詰め所に行っちゃった」
そう言いながら厨房へ戻るミシェル
「はぁ、そりゃまたご苦労さんなこって…」
ワインを手酌でグラスに注ぎながら、ふとミシェルの髪留めに目が行った
「あれ?おミッちゃん、それって流行りの…」
「分かる?なんでも賊の襲撃とかで滞ってた流通が回復したらしくって」
少し嬉しげなミシェルの答えを聞きながら
「そりゃあ少しは出張った甲斐もあったってもんだ」
と呟く男
すると
「おや、やはりこちらにいらっしゃいましたか」
と、入り口からきっちり身なりの整った老紳士が入ってきた
その姿を認めてわずかに顔をしかめた男ではあったが、
「爺や、少しばかり鼻が利きすぎるのではないか?」
「何をおっしゃいますやら、このドラクル、一時とて若様のお側を離れるなど…」
物音ひとつ立てずにスルリと男の対面に腰を降ろすと
「かたじけない、私にもグラスをひとつ」 としれっと注文をする
「あら、爺やさんもいらっしゃい」
すぐさまミシェルが追加のグラスを持ってやって来て
「爺やさんからも言ってやってくださいよ、いくらお金と時間があるからって、いい歳した男が真昼間からお酒飲んで…」
「えぇえぇ、わかっておりますよ。ただ若様だってやる時にはしっかりなされるお方なのです」
店内だというのに入店前から深々と被った帽子の下から、優しい微笑みがもれる
「どうだか?」
そう言いながらも丁寧な仕草で老紳士のグラスにワインを注いで、
「ごゆっくり」
とミシェルは戻って行った
「ふふん、悪事は暴かれ世は事もなし…か」
「そうも言っては居れませぬぞ?」
呑気に独りごちたデルさんと呼ばれた男に 爺やと称する老紳士が異を唱える
「勇者共か…」
「現地を任せておりますオーガ族の将によりますれば、彼奴らの進撃に骨を折っておる様子」
途端にきな臭い内容に変わる密談
「やれやれ、いつになったら父上の様に玉座にふんぞり返って過ごせるのやら…」 「先代様もなにかとお忙しく立ち回られておられました、もはやあれは儀式のための飾りかと」
「それはそれで世知辛いな」
「あと、ヴォートが探して居りましたぞ?決算の書類のサインが滞っているとか」
「めんどくさい、代筆で」
「なりませぬ」
テーブルに突っ伏して無茶を言うデルさんをピシャリと嗜める老紳士
残ったワインを飲み干し、懐から取り出した数枚のコインを置いて
「ごちそうさん、また来る」
と立ち上がるデルさんに付き従い、老紳士も店をあとにする
二人は表の通りをしばらく歩いたかと思ったら、不意に建物の隙間の小路に入った
昼間だというのに薄暗いそこを不用心にもずんずん進む
何かの影が濃く垂れ込めた一角にさしかかったかと思った時には、二人の姿は消えていた
二人のいた街から少し離れた森の奥
人の通る街道からもずいぶんと外れたあたりに、人目をはばかる様に建つ小さな砦があった
そこに居たのは人ならざる者達
ある者の頭には角が生え
またある者には翼があり
かと思えば獣の様な姿の者が詰めていた
その砦の奥まった一室 光の差し込まぬ闇が支配するそこに、デルさんと呼ばれた男と老紳士が現れた
いや、その頭髪のこめかみあたりから生えた立派な角は、紛れもなく例の夜に悪党共を懲らしめた魔王デルフィラその人であった
また、魔王の影かのように付き従う老紳士もまた、深く被った帽子を取ったその姿は、魔王の窮地を救ったナイフの持ち主である老紳士そのものだった
そしてその指に嵌められたリングが部屋の闇をかき集めるように吸い取った
どうやら闇を伝って転移するリングであるらしい
「おかえりなさいませ」
部屋を出ると隊長格らしいリザードマンが出迎える
「慌ただしくさせて済まぬな、ムーンシェイドは?」
「先刻戻っております」
「そうか、ではまた頼む」
「はっ」
街まで乗っていった愛馬の帰着を確認し、そのまま砦のホールに向かう
その中央には、石造りのゲートが立っていた
デルフィラが手をかざすと、ホールの向こうを透かしていたゲートの中の景色が変化する
なにやら豪華な装飾の施された内装の建物の内部らしき風景に変化したところで、ためらう事なく歩を進める
ゲートをくぐるとそこはすでに元居た砦のホールではなかった
『おかえりなさいませ』
そこには、ずらりと整列した騎士や、身なりの整った魔族、そしてその後ろには召使い達が魔王の帰りを出迎えていた
少し居心地の悪そうな表情を浮かべたデルフィラだが
「出迎えご苦労、散ってよし」
そう言って一同を解散させる
その後ろで
「我が君、そろそろ慣れていただきませんと…」
等と老紳士が苦言を漏らす
「そうは言うがなドラクル、毎度帰る度にあれをやられては、余の道楽がいささか憚られてな…」
「それも狙いの内でございます」
してやったり、とでも言いたげに口の端をほんの少し持ち上げる老紳士
やれやれ、と頭を掻く仕草でとぼけるデルフィラ
「おお我が君!お待ちしておりました!」
配下の者達が散開したホールに残っていたのは、両手に抱えきれないほどの書類の束を抱えたオーク
「ささ、こちらが滞っております補充の届け出と税の集計、そして予算の認証と…」
「わかったわかった、速やかに処理する故執務室の机の上に…」
「乗せきれない緊急の物がこちらでございます」
「ヴォート、特別に許す、そちが代筆を…」
『なりませぬ!』
脇に控えた老紳士、ドラクルと 書類を抱えたオーク、ヴォートの両者に同時に拒否される
2日後
魔王の執務室には数日ぶりに陽の光を浴びた机の天板があった
だがそこに無造作に投げ置かれた「探すな」となぐり書きされた木札を発見して、持ってきた別件の書類を抱えたまま膝から崩れ落ちるヴォートの姿もあった
ところ変わって、ここはある国の石切り場
そこには世を正さんとする5人の勇者と対峙する、魔王軍の姿があった
「残虐将軍ガングルーよ、今日こそその息の根を止めてみせる!」
そう息巻くのは、真っ赤に輝くヒヒイロカネの鎧を着た熱血漢
「貴様ら魔族の暴虐、許すまじ」
そう言い剣を構えるのは、青銀の光を放つミスリルの鎧をまとった剣士
「悪い魔族はぶっ飛ばしちゃうんだからね」
そう言って大振りな杖を振りかざすのは黄色いローブを着た女魔道士
「神は常に我らをお守りださいます」
白い法衣に身を包んだ聖職者の女性が護符を掲げる
「今こそ悪虐の報いを受けよ」
エルフの弓士が矢をつがえて言い放つ
彼らの視線の先には頑強な鎧を身に着けた巨漢のオーガ
「フフン、また若造共がぞろぞろと…」
そううそぶいて鼻を鳴らす
しかし、それに構わぬ様に熱血漢が叫んだ
「行くぞ!勇者レッド!」
「剣士ブルー!」
「魔道士イエロー!」
「神官ピンク!」
「エルフグリーン!」
それぞれのメンバーがなんだかまとまりのある様な無いようなポーズまで付けて名乗りながらあとに続く
「我ら、勇者パーティ…」
熱血漢が叫ぶと5人が叫んだ
『五連合!』
そう唱和したところで、イエローが杖を振る
突如彼らの背後で爆発が起き、赤、青、黃、ピンク、緑の煙が立ち上り、5人を覆い隠した
「ちょっ…近い近い!」
「ゲホゲホッ…」
「また汚れてしまいます…」
煙の向こうからそんな文句が聞こえた気もするが、意に介さぬ様に残虐将軍と名指しされたオーガは応えた
「ハッハッハッ、そうやすやすと倒される我と思わぬことだ
行け!ゴブリン兵共よ!」
『ギー!』
号令と共にオーガの背後に控えたゴブリンの軍団が5人組に襲いかかる
だが
「トゥ!」
「ハァッ!」
「やぁっ!」
「ギーッ!」
勇者のパーティはそれぞれの得意技でゴブリン兵共を打ち倒してゆく
最後には
「えいっ!」
魔道士の放った火の玉で壊滅状態にされてしまった
「ええい不甲斐ない!こうなればわし自らが貴様らを恐怖に陥れてやろう!」
ここでようやく残虐将軍ガングルーと呼ばれたオーガが、巨大な斧を振りかざして5人組に襲い掛かった
「くっ…こうなったら…みんな!」 『応!』
5人が集まりそれぞれの武器を重ね合わせる
「ゆくぞ!」
『五国連合ファイヤー!』
勇者を除く4人が重ね合わせた武器を支え、その後ろで勇者が大きく手を広げて叫ぶと、武器に備わった魔力が結合して燃え盛る炎の矢として放たれた
「ぐ…ぐわぁ~っ!」
まともにその攻撃を受けたガングルーは、雄叫びをあげながら火だるまになる
地面を転がってようやく火を消すと
「くそぅ、今日のところはここまでだ!
覚えておれよ、五連合!」
そう捨て台詞を吐いて部下のゴブリン兵を引き連れて退散して行った
その場に残った5人組は、大きく安堵のため息をつきながらも、勝利の勝ち鬨を…
「くっくっくっ…」
そんな空気に横槍を入れる様に、どこからともなく含み笑いが木霊する
「!?、誰だっ」
正体不明の闖入者の出現に辺りを見渡す5人組
すると勇者が、あっと声を上げて石切り場の上を指す
残る全員もそちらを見ると、そこには全身黒尽くめの衣装をまとった覆面の魔族が立っていた
しかし、その目元あたりは銀の仮面に阻まれて素顔は見えない
「誰だっ!?」
勇者の問いに、ちらりと一瞥をくれたその魔族は
「なに、ただの通りすがりよ…」
とうそぶく
「だが、憂さ晴らしの種にはなろうな
恨むなら余の腹の虫の居所を恨むがよい」
そう言い放つと、結構な高さのそこから華麗な跳躍で5人組の前に飛び降りてきた
「行くぞ!」
『応!』
敵の急襲にも慌てず、隊列を組んでその魔族へと攻撃を放つ5人組
息の合った連携はガングルーさえも怯ませるほどであったのだが
「ぬるい!貴様らの実力とはこの程度か!?」
と、謎の魔族にはまるで刃が立たない
「くそっ、こうなったら…」
本日2度目の五国連合ファイヤー!
だが! 謎の魔族は片手を振るだけで消し去ってしまった
「いくらかはできるかと思いきや、期待外れもいいところだな」
きれいにかき消されてしまった必殺技の痕跡に目を向けながらそう呟く謎の魔族
「貴様らにはこの先なぞまだ早い
出直して来るがよい」
そう言うと、片手を天に突き上げる
一天にわかに掻き曇り、突如周囲を激しい落雷が襲い掛かった
身をかわしながら逃げ惑うも雷雲はしつこく後をついてまわり、気付けば5人組はずいぶんと戦線を後退したところまで追い立てられたのだった
その夜
魔王デルフィラとガングルーの姿は、慰労のためにわざわざ前線付近まで出張ってきてくれる屋台にあった
夕刻、負傷したゴブリン兵をおぶって帰還したガングルーを、何故か宿営地に来ていた魔王自らが出迎えたのである
敵情視察と慰労のため、等と言っていたが、その清々しい笑顔には何か別の理由もありそうではあった
急な来訪に準備の間もなく、簡単な謁見の席が設けられたその場に、斥候部隊からの急報が飛び込んできた
曰く、勇者パーティらの活躍により押し込められた前線が、どういうわけか彼らが謎の撤退をしたとの事で、数カ月前の位置にまで前進したと言うのだ
早速デルフィラの指示により、前線維持の派兵を決定、先行部隊の出立を見送っての、二人だけの密会であった
「くぅ~…我が君、情けない姿をお見せして、申し開きの言葉もございませぬ」
「いや、そちもなかなかしぶとく粘っていたとの報告を受けておるぞ、もっと胸を張れ
そち無くば今の前線の維持すら危うかったやも知れぬ
なればこれはそちの手柄ぞ」
その巨体をこれでもかとちぢこめて恐縮するガングルーに労いの言葉を掛けつつ、まだ熱い徳利を差し向ける
「なんと勿体ないお言葉…」
杯に酒を受けながら、残虐将軍等と呼ばれたオーガが涙していた
「そうさな、しばらくは戦線も落ち着こう、さすれば交代でも構わぬから全員で休暇でも取るがよい」
「ありがたく」
「お主とて家にはしばらく戻っておらぬのであろう? 家族に顔を見せてやるがよい
当代の魔王は部下を物の様に扱う、などと、あらぬ噂を立てられては困るのでな」
「まさかその様な…いえ、たしかに 娘の顔を見たのも、もう数カ月前になりますな
これは我が君の名誉のためにも、必ず皆を休ませる事と致します」
「うむ、ほれ、大根もなかなか染みておるぞ、食え食え」
翌日 数日ぶりに月の盃亭に顔を出したデルさんを迎えたのは、隙のない、いかにも実力者という風格を備えた男だった
「いよぅデルさん、ずいぶんと忙しかったみてぇじゃねぇか」
「やあ隊長、ちょっと野暮用が立て込んでね…」
いささか疲れた気配を漂わせながらも、いつもの軽薄な笑みを浮かべて応えるデルさん
男の座るカウンターの隣に腰掛け
「いつもの」
と注文する
「隊長も大変だったっておミッちゃんから聞いたよ?」
「あぁ、どっかの誰かさんがどえらい事件をやらかしてくれてな?」
にやりと笑いつつ差し向けた話題が、にやりと笑いながら返却された
しかも
「こんな片田舎に魔王とか名乗る魔族がのこのこやって来たってよ 本物ならよっぽどヒマなんだろうな?」
ずいぶんと痛いところを突くおまけ付きだった
「ンンッ…」
ちょうど一口目を口に含みかけて、思わずむせるデルさん
「そういう先代勇者様も、こんな片田舎で守備隊長なんて、宝の持ち腐れじゃないのかい?」
どうにか堪えて言い返す
「ングッ!」
今度はちょうどジョッキをあおったところだった守備隊長が吹き出しかける
デルさんの言うとおり、この守備隊長、なんと先代の勇者として長年魔王デルフィラと命のやりとりをしていたかつての宿敵であった
その名もドラゴ
黒騎士の通り名の方が有名な相当な強者である
とある事情で現在は休戦中ではあるのだが、そもそも魔族と人族とははるか昔からお互いの勢力圏をめぐって争っていた
そんな時、ふとした事件がきっかけとなって魔族の王たるデルフィラと人族の代表という勇ドラゴの間で一時休戦が決まり、魔族と人族の間に周知される事となったのだった
魔族側は消耗した戦力の立て直し
人族は勇者の負傷による戦線の離脱が表向きの理由である
「膝に魔王の極大魔法を受けてな…」
というのが当時のドラゴの釈明だった
真偽はともかく、引退するの一点張りで梃子でも動こうとしないドラゴに折れる形で人族側も休戦を受け入れたらしい
とはいえ、疲弊していたのは人族側も同様で、後継勇者の育成という問題まで抱え込んてしまったが故に、休戦から十数年経った現在でも各地の小競り合い程度の衝突くらいしか発生していない
そうこうする内にドラゴも年を取り、かつての全盛期の様な活躍は望めず、魔族領にほど近いこの街の守備隊長の椅子に収まっている
あと、肝心の膝の傷は
「ツバ付けたら治った」
らしい
「かの黒騎士様が、まさかこんな飲んだくれの老いぼれ隊長だとは、今の若いのにゃ到底思いもよらないだろうさ」
デルさんの宝の持ち腐れ発言に対してそのようにかわして、どこか遠くを見つめるドラゴ隊長
自嘲の様にも見えるが、鬼の守備隊長の二つ名は若い隊員達の間で共有されている
しばらくすると、店の入り口に新しい来客が現れた
目も覚めるような赤髪をくしゃくしゃにして、しわくちゃのチュニックの上に赤いベストを着た、なんだか疲れた様子の若い男だ
その男はカウンターのデルさんを認めるとのろのろとやって来て隣に座るやいなや
「ゔぁぁん、聞いでよデルざぁ〜ん…」
とデルさんにすがりついて泣き出してしまった
「おぅゲイル、どうしたどうした?」
急な感情の決壊に戸惑うデルさん
「昨日さ、残虐将軍と戦ってたのにさ、そいつに勝ったと思ったらさ、別の魔族が現れてざぁ〜…」
途中まで話していたものの、やはり泣き崩れてしまう
どうにかあやして話を聞くに、この若者、ゲイルは昨日も宿敵であるオーガの将軍を撃退したらしいのだが、その直後に現れた通りすがりの魔族にコテンパンにのされた
ということらしかった
まぁつまり、昨日ガングルーと一戦交えていた勇者パーティの勇者が彼なのだ
その事はデルさんもドラゴ隊長も知ってはいる だが逆にゲイルはデルさんもドラゴ隊長の正体にも気付いてはいないのだった
「それがそいつさ…ヒック、残虐将軍なんかよりめちゃくちゃ強くてさ…ズズッ」
ところどころしゃくり上げたり鼻水すすったりしながらも話を続けるゲイル
「あんなの居るなんて聞いてないよ
魔王なんかあれより強いんだろ?
無理だよ…」
話を聞きながら、どう答えたものかと思案するデルさんの影で、ドラゴが向こうを向いて肩を震わせている
べそをかきながら愚痴が止まらないゲイルはといえば
「こっちなんか、【五人が心を合わせれば、個々の力は増大し、それぞれが五倍の力を振るえるであろう…】とかいうワケわかんないアイテムまで使ってようやくあの残虐将軍と互角なのにさ…」
と、なにやら重大な秘密めいた情報を、偉そうな人物の声真似まで交えて話しているのだが、いい歳した若者にすがりつかれて泣きべそかかれたデルさんはそれどころではなかった
「そうか、そりゃ困ったな」
等と上の空で返答してしまうほどに
「俺なんかよ、ただの田舎の剣術小僧だったんだぜ?それが適性があるとかで都まで連れてかれて…」
運ばれてきたグラスがほとんど空になり、手を上げておかわりを頼みながらそんな話をしだすゲイル
「そりゃ大変だったな…ところで」
少しばかり気になったところがあったので、この際だから聞いてみる
「その"残虐将軍"ってなんだ? そいつそんなに悪どい事をしでかしてたのか?」
「だってあいつ、トゲだらけの肩パッドしてんだぞ?見るからに残虐だろ!」
とんだ風評被害である
将軍昇進のお祝いに、妻と娘から送られたプレゼントだとは、さすがにデルさんも言い出すわけにはいかなかったが…
「あ~、そりゃ凶悪だ」
せいぜいそう返すのがやっとだった
ドラゴはと言えば、身を屈めて声をひそめて息苦しそうに震えている
「…だいたい魔王なんてよぉ、子供脅かすためのでまかせじゃなかったのかよ…」
「ああ、そういうのあるよな、悪い子は夜に魔王がやって来て連れ去るぞって」
あのあと、テーブルに席を移して食事などしながらちびちびと飲み続け、ずいぶんとべろべろになったゲイルがテーブルに突っ伏しながらぐちぐちとこぼすと、ドラゴも相槌を打つ
「ここらへんはそういうのか、俺の国じゃ、言う事聞かない子は夜に剣鬼がやってくるって脅かしてたな」
デルさんがそう言うとドラゴが渋い顔で見てきた
「え〜?デルさんとこは魔王とか言わないんだ…」
「あぁ、うむ、結構離れた国だからな」
思わず口をついて出た言葉に反応したゲイルを誤魔化すために、なんだか歯切れの悪い返事をする
「そういやあんまり聞かない家だよな…」
ここでの仮の姿では、遠い国の貴族の次男坊と名乗っているので、あえて聞き覚えの無い家名を使っているデルさん
「そうそう、私も気軽にデルさんデルさんって言ってるけど、なんてお名前だったかしら?」
ちょうどデルさんやドラゴに料理のおかわりを持ってきたミシェルも乗ってくる
「ん?俺?」
料理に伸ばしかけた手を止め、少し戸惑った様に聞き返すデルさん
「俺…俺はデルフィ「デルフリード様でございます」
酒の勢いでうっかり本名を言いそうになったデルさんに被せる様に、いつの間にか来店してきた老紳士、ドラクルが偽名を伝える
「そう、それ」
慌てた感じで肯定するデルさん
後ろを向いて口元を押さえているドラゴをちょっと睨みつつ
「ど、どうしたドラクル?今日の用はもう済ませたぞ?」
なんだか落ち着かない様子で老紳士に尋ねる
「存じております、ただ少々お戻りが遅くなりました故…」
と、意味ありげな目配せをしてくる
「む?もうそんな時間か…すまんねおミッちゃん、俺が払っとくからそれ食べちゃって」
と、代金を置きながら席をミシェルに譲る
「ありがとうデルさん、ちょうど休憩しようかと思ってたから」
そう言いながら席に着くミシェル
たしかに夕食時を過ぎた店内はいくぶん空いて来ていた
店を出たデルさんの表情は先ほどまでの飲んだくれ放蕩貴族の仮面が外れ、鋭い眼光の魔王デルフィラへと戻っていた
「して、如何した?」
「はい、またなにやらよからぬ企みを企てる者共の報せが入ったそうで…」
側に控えるドラクルも、酒場で見せた好々爺の様な印象と打って変わり、切れ者執事の佇まいで応える
「冒険者の界隈に潜ませているガルによりますと…」
どうやらまたしても魔族に悪事をなすりつける不届き者が居るらしい
人同士ならば不干渉とはいえ、その責が魔族に及ぶとなれば他人事ではない
世直し等とは大きく出ずとも、振りかかる火の粉は払って落とす
人の法より魔物の道理
魔族の掟で悪を斬る
はてさて魔王様、今夜はどちらのお屋敷へ?




