【はい/いいえ】しか話せない勇者、ストーリーを完コピした私にストーリー外の「はい」を放つ。
私が前世で狂ったように周回し、隅々までやり込んだ名作RPG『レジェンド・オブ・ファンタジア』。その世界に私は転生した。
この世界は、私が知るゲームのマップや歴史を完璧に再現している。だが、同時にどことなく「現実」と「ゲームの仕様」が奇妙に混ざり合っていた。
その最たる被害者が、目の前にいる我がパーティーのリーダー、勇者アレンである。彼は彫刻のように整った美貌を持つ最強の英雄なのだが……ゲームの仕様を忠実に引き継ぎすぎた結果、口から出る言葉が「はい」と「いいえ」の二語しか喋ることもできず、他人の問いかけにアクションを返すことしかできないという、絶望的なコミュニケーションでの縛りを背負っていた。
そんな彼が旅を続けられているのは、前世で世界設定やイベントフラグを暗記していた私が、彼の通訳として横に控えているからだ──。と自負している。
私がアレンの通訳を始めたのは、忘れもしない、王城の謁見の間での出来事がきっかけだった。
「おお、アレン! よくぞ無事で戻ったな。なに? 旅の仲間が見つかったと申すか?」
豪奢な玉座に腰掛けた国王様が、好々爺とした笑みを浮かべて語りかけてくる。
ここは旅立ちの始まりとなる記念すべきイベントシーン。アレンの背後には、彼の実力に惹かれて集まったばかりの頑強な戦士と、聡明な魔法使い、そして僧侶である私が控えていた。
アレンは完璧に整った顔を無表情のまま固定し、まるで一本の丸太のように直立不動の姿勢をとった。瞬きすらしていない。そして、無駄に響き渡る低音の美声で、ただ一言だけ放った。
「はい」
それだけ言ってアレンはそれ以上何も話さない。
ゲームであれば、それだけで言いたいことがすべて伝わり、次の瞬間には王様から旅の資金と国境の鍵がもらえる、ただのイベントのはずだった。
──だが、ここは中途半端に現実が混ざった世界である。
「……」
しん、と謁見の間が静まり返った。
王様の笑顔がピキリと固まる。横に控える大臣は信じられないものを見る目でアレンを凝視し、周囲の近衛兵たちの間にも困惑の視線が走る。
(いや、紹介してよ!!!)
私の心からの叫びが、背後にいる戦士と魔法使いの顔にも綺麗に浮かんでいた。二人は口を半開きにしたままポカンとしており、「え? 俺たちの紹介は……?」「この勇者、頭大丈夫なの?」と、あからさまに引きつった目線を勇者の背中に突き刺している。
ゲームなら伝わっていた。だが現実の対人関係において、初対面の仲間を後ろに引き連れて「紹介しろ」と言われ、無表情で「はい」とだけ答えて黙り込む男は、ただのコミュニケーションに深刻な問題を抱えたヤバイやつでしかない。
このままでは不敬罪、もしくは「勇者の頭が狂った」としてパーティー解散の危機である。アレン自身はゲームの仕様に従っているだけなので、一これ以上何も言わない。
「――失礼いたします、国王陛下」
私は意を決して、流れるような動作で一歩前に出た。神聖職の礼儀作法を完璧にこなし、深く頭を垂れる。
「恐れ多くも、言葉少ななアレン様に代わり、私めがご紹介の誉れをお預かりいたします。私はアレン様の剣となり盾となるべく集いました、僧侶のライラと申します。そしてこちらに控えますのは……」
私は背後の二人を巻き込み、彼らの武勲や魔法の才能を、ゲームのフレーバーテキストから得た知識を総動員して、これ以上ないほど大袈裟に、かつ完璧に紹介してみせた。
これこそが、私が「勇者の通訳」という前代未聞の苦行ポストに就任した、記念すべき最初の瞬間だった。
♢♢♢
それから数ヶ月がたった
「おい、アレン! 偵察から戻ったか! 南の街の様子はどうだったんだ!?」
前線の砦の作戦会議室。ドカンと机を叩いて尋ねたのは、パーティーの前衛を務める熱血漢の戦士ギルだ。南の街が魔王軍に襲撃されたという報せを受け、アレンが単身、超スピードで偵察に向かっていたのだ。部屋にいる魔法使いや僧侶の仲間たちも、固唾を呑んでアレンの報告を待っている。
街の被害は? 敵の規模は?緊迫した空気が流れる中、戻ってきたばかりのアレンは、いつもの氷の美貌のまま、ギルに向かって深く一回、コクンと首を振った。
「……はい」美しく、重厚な低音ボイスが響く。
そして、沈黙。
「……いや、『はい』じゃなくてさ!」ギルが頭を抱えた。
「街が襲われてたのか? それとも無事だったのか? 敵は何人いたんだよ! 『はい』だけじゃ何もわかんねえよ!」
「そうよアレン、もっと具体的に教えてちょうだい!」魔法使いの姉さんもキョトンとして困惑している。
現実の人間である仲間たちにとって、勇者の「はい」は説明不足すぎてただの暗号だ。アレンは表情を変えないが、よく見ると「違う、そうじゃないんだ、俺のボイスデータがこれしか無いんだ」とばかりに視線が激しく泳いでいる。
ここで、私の出番である。私は一歩前に出ると、すらすらと「通訳」を始めた。
「みんな落ち着いて! 勇者様は『南の街はすでに魔王軍の奇襲を受けている。敵の総数は約五十、率いているのは影男爵だ。街の結界が破られるまであと半日もない、今すぐ出撃するぞ』とおっしゃっています!」
「「「ええええええええっ!?!?!?」」」
「いや、本当にお前、なんでそれで分かるんだよ!?」ギルたちがそう驚いているとアレンがすっと私の方へ近づいてきた。至近距離で見る彼の顔は、相変わらずため息が出るほど美しい。
前世で画面越しに見ていた時よりも格段にグラフィック?が良くなっているせいで、さらに何倍もかっこよく見える。まあ、これはいつも思っていることなんだけど。
その端正な顔は、急いで街を偵察してきたせいか少し赤くなっていて、それがまた健康的な色気があっていい感じだ。
すると、アレンは私の手をごつごつとした大きな手で包み込むように取ってきた。「……はいっ!!」今日一番の、地響きのような力強い声。じっと私を見つめる瞳は、きらきらと潤んでいるように見える。
(うんうん、自分の言いたいことを完璧に汲み取ってもらえて、よっぽど嬉しかったんだね。喋れないシステムの中で私の存在が救いになってるんだろうなー。ドヤ顔で通訳した甲斐があったわ)
「大丈夫ですよ勇者様、私がいる限り旅の進行が詰まることはありませんから!」
私が親指を立てて満面の笑みを見せると、アレンはなぜか口元を片手で覆い、急に視線を逸らして激しくうつむいてしまった。走ってきた直後だからか、顔の赤みがさっきより耳のほうまで広がっている気がする
「お、おいアレン、行こんなところで立ち止まってる場合じゃねえぞ! 出陣だ!」ギルの声に、アレンはハッと我に返ったように剣を抜き、力強くうなずいた。アレンが何を考えているか、本当のところは私にはさっぱり分からない。言葉の通じない勇者様だ。けれど、私にはこの世界の「ストーリー」という最強の武器がある。ちゃんとアレンの手伝いができたことに満足しながら、前を走る勇者の頼もしい背中を追いかけた。
♢♢♢
ズバァッ!!!
「グワーーーッ!?」
アレンの神速の一閃でシャドウバロンはそれ以上の言葉を発することなく、悲鳴とともに光の粒子となって消滅した。残された下級の魔物たちも、勇者の圧倒的な強さに恐れおののき、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
「ふぅ、さすがアレンね。本当に頼りになるわ」魔法使いの姉さんが杖を収め、ギルも「話は通じねえけど最強だな!」と笑う。
魔王軍の脅威が去り、静まり返った南の街。
瓦礫の陰から、一人の小さな男の子がふらふらと姿を現した。その瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちている。
「う、うわぁぁぁん! お母さーん! どこ、どこにいるの……っ!?」
このイベントで両親を失ってしまった子供だった。
ゲームの画面であれば、ここで勇者が近づくだけで自動的にイベントが進行し、感動的なBGMと共に「子供は勇者に励まされ、希望を取り戻した!」とテキストが表示される。そして、子供は元気に未来へ歩み出すはずのシーンだ。
───だが、ここは中途半端に現実が混ざった世界である。
アレンは少年の前に歩み寄ると、いつも通りの彫刻のような無表情のまま、ドサリと片膝をついた。そして、少年の小さな肩に大きな手を置き、無駄に響き渡る重厚な低音ボイスを放った。
「……はい」
しん、と戦場跡に気まずい沈黙が流れた。
「え……?」
お母さんを呼んで泣いている子供に対し、真顔で「はい」と返事をする不審な美形勇者。少年は涙をピタリと止め、恐怖と困惑の混ざった目でアレンを見上げている。当然だ。現実の人間関係において、これは会話にすらなっていない。
アレンの表情は変わらない。だが、その瞳は「違う、はいしか言えないんだ、誰か助けてくれ」とばかりに猛烈に泳いでいた。
(ここは私の出番ね……!)
私はすかさずアレンの横に膝をつき、少年の手を優しく握った。
「怯えなくて大丈夫よ、坊や。勇者様はね、『お母様なら、きっと天国から君のことを見守ってくれている。君が泣いていたらお母様が悲しむから、前を向いて強く生きるんだ。この街の未来は、君の手にかかっている。私たちが必ず魔王を倒し、君たちのような子供が二度と泣かない世界を作ってみせる』……とおっしゃっているの」
前世でゲームを何周もし設定資料集を何度も読み込んだ私の知識だ。このイベントの裏設定や、勇者の本来のキャラクター性をフル稼働させた、完璧な超訳。
私の言葉を聞いた少年は、ハッと目を見開いた。そしてアレンのどこまでも真っ直ぐな瞳を見つめ返し、ゴシゴシと乱暴に涙を拭った。
「うん……僕、負けない! お兄ちゃんたちみたいに、強くなってこの街を復興させるよ! ありがとう、勇者様!」
少年は力強く頷くと、希望を取り戻した笑顔で避難所へと走っていった。
「ふぅ、一件落着ね」
立ち上がり、スカートの砂を払う。これでイベントフラグも無事に回収できたはずだ。
私が満足感に浸りながらアレンを振り返ると、彼はまだ片膝をついたまま、じっと私を見上げていた。
「どうしたの?アレン様?」
いつもは一本の丸太のように微動だにしない彼が、今はわずかに肩を震わせている。その端正な顔は、夕日のせいだけとは思えないほど耳の先まで真っ赤に染まっていた。
アレンは私の両手を、壊れ物を扱うかのように優しく、けれど絶対に離さないという強い力で包み込んだ。
「はい」
それは、今日までの旅の中で一度も聞いたことがないほど、甘く、深く、震えるような声だった。
その言葉には熱い感情が宿っている。
(あれ……? 今の『はい』、なんだか妙にエコーがかかって聞こえたような……?)
前世の記憶をどれだけ探っても、このタイミングで勇者がこんな声を出すイベントなんて存在しない。
けれど、超周回プレイヤーである私の脳内回路は、瞬時にこれを「『これからもよろしく』的な発言」だと結論づけた。
「ふふ、そうですね、アレン様!」
私は彼の大きな手を握り返し、満面の笑みを浮かべた。
「冒険はまだまだこれからです。これからもずっと一緒に頑張りましょうね!」
私の言葉を聞いた瞬間、アレンは嬉しそうに目を輝かせた。
「おーい、二人とも! 何してんだ、置いていくぞー!」
遠くからギルが手を振って呼んでいる。
「今行きます!」
私はアレンの腕を引っ張って立たせると、また次のイベントフラグを目指して、夕暮れの街へと歩き出した。
最後のアレンは一体何を言ったのでしょうか
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