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哲学の先にあるもの

掲載日:2026/06/04

 私は哲学が好きで、色々な哲学者について調べたり考えたりした。それで思う事は、一流の哲学者はみんな「哲学」というジャンルに留まっていないという事だ。

 

 これは最近、西田幾多郎の講演集を読んで確信した。もっとも私は西田をそれほど高く評価していないがそれはまた別の話とする。

 

 西田幾多郎の哲学というのは、仏教的な「悟り」概念を西洋の哲学用語で書き換えたものだととりあえず言えるだろう。それ自体に対する評価は色々あるだろうが、私は「一流の哲学者」と言われている西田幾多郎がその中心に宗教的な要素を抱いているのを知って(やっぱり、そうか)と感じた。

 

 これに関しては色々な事が言えるが、例えばウィトゲンシュタインと、ウィトゲンシュタインに影響を受けた永井均との差異で考える事もできる。

 

 私は、ウィトゲンシュタインという哲学者に取り掛かった時、ウィトゲンシュタインの言わんとしている事がさっぱりわからなかった。ただ、解説書を読んでいると、永井均の独我論的な捉え方がピンと来たので、数年は私は永井均の目線からウィトゲンシュタインについて考えていった。

 

 しかし時間が流れて、永井均が捉えたウィトゲンシュタインは、実際のウィトゲンシュタインは違うものだと気づき、そこに断絶が生じた。永井均もウィトゲンシュタインそれぞれ独自の哲学を持っているのでその差異を説明するのは長い時間がかかるのでここでは割愛させてもらう。

 

 結論だけを書くと、ウィトゲンシュタインと永井均を比べた時、哲学者としてより「優れている」のはウィトゲンシュタインの方だと思う。

 

 それではその差異の原因はなんだろうか。ウィトゲンシュタインが永井均より「賢い」からだろうか。「才能」があるからだろうか。それともウィトゲンシュタインの方が「より正しい」からだろうか。…ちなみにそのように言う人がいたら、私はそこで言われている「賢い」「才能」「正しい」といった言葉をどのような用途で使っているのか聞いてみたいと思っている。

 

 今の私から見える部分で語るなら、ウィトゲンシュタインと永井均の大きな違いは、ウィトゲンシュタインが哲学以上のものを求めた事にある。今、私は「宗教者ウィトゲンシュタイン」という本を読んでいるが、ウィトゲンシュタインは宗教に対する強い関心を生涯持ち続けた。

 

 一方で永井均は大学の先生であり、あくまで「哲学」の内部に留まり続けている。永井均が仏教などの宗教に関心を持っているとしても、彼が心の底から宗教を、すなわち超越的なものを求めた事はないように思われる。

 

 この事は生き方の違い、考え方の違いとして現れる。

 

 これも結論だけを言うなら、ウィトゲンシュタインが求めたのは哲学ではない。彼が本当に欲したのは哲学ではない。だからこそ、彼は「20世紀最高の哲学者」になった。今、私が言っている事は皮肉でも比喩でもない。

 

 一方で、哲学を目的とするものは哲学の内部にとどまる。これは芸術においてもそうだが、過去の偉大な作品というのは基本的に、人間の外側の超越的なものに飛び上がろうとする超人的努力が根底にある。

 

 私が「宗教」という言葉を使う事で面食らった人間もいるかもしれないが、私が「宗教」という時は既存の宗教組織のようなものではなく、人間の外側の超越的なもの(神と呼ばれたりする)がイメージされている。

 

 文学においては、人間の限界を越えた〈神〉を求める事により、神以下の人間の全貌が明らかになる。ドストエフスキーはそのような作家だった。

 

 これは太宰治・芥川龍之介と夏目漱石の差異として考えられるかもしれない。太宰治と芥川龍之介は芸術・文学を神としようとした。それを至上のものとしようとした。しかし夏目漱石はそうではなかった。漱石は旧社会の封建的な雰囲気をよく知っている人物だ。

 

 漱石において、文学とは旧社会の倫理と新社会の欲望の自由肯定(主体の肯定)との矛盾を統合する為の方法だった。彼は現に生きる人間を、あるいは矛盾するものを抱えた自己を解明する為に文学を用いた。


 漱石が偉大な作家になったのは、彼が文学を目的としていなかった為だとも言える。彼は文学を用いて人間を解明しようとした。一方で芥川や太宰にとっては文学そのものが旅の終着点だった。

 

 ウィトゲンシュタインに話を戻すと、彼の哲学はあらゆる哲学を根こそぎ否定しようとするものだった。パスカルは「哲学とは哲学を馬鹿にする事」と明瞭に言っている。哲学を神聖化している人には哲学は馬鹿にする事はできない。

 

 ここに大きな断絶がある。人は神の領域まで飛び上がろうとする。彼の手は神にまで届かない。彼は下に落ちていく。絶望を伴いながら。だが、彼は神を目標にした為に誰よりも高く跳躍した。彼の手は人間の領域をわずかに離れる。人間という重力圏をわずかに越える。しかし彼が感じるのは自らの失墜だ。彼の手は神にまで届かなかったのだから。彼は自身の哲学には何の意味もないのか、と悩まざるを得ない。

 

 一方で、後の研究者らはこの人物、この哲学者を「偉大な哲学者」とほめそやす。彼の論理は誰よりも鋭く、彼の頭脳は誰よりも賢い、云々。しかし実際にはそんな事はどうでも良かった。そんな事は求められていなかったのだ。

 

 ウィトゲンシュタインは自殺願望を自らの内に抱えていた。また自らの欲望を律したいと欲していた。彼はしばしば哲学を捨てて、生活者として生きていこうとしていた。


 彼は神なき時代に、「生きる事そのものが意味である」ように生きようとした。だがその為の論理的枠組み、自らの生の肯定、いわば彼なりの「ホサナ」の為に、彼は彼が否定しようとしている哲学を欲した。彼にとっては神なき時代に十全に生きる事が目的だった。その為に哲学は論理的な下支えとして機能した。

 

 結果、彼は最高の哲学者となった。だが、彼が最高の哲学者となったのは、彼が求めていたのが「最高の哲学者」ではなかったからだ。

 

 この事は、例えばヨーロッパを支配したナポレオンが、実は目指していたのがアジアだったという事実と比較する事もできるだろう。ナポレオンはアレクサンダー大王にあこがれていた。彼はアジアに乗り込みたかった。しかしその手前のヨーロッパを支配するところで彼の力は止まった。

 

 後の時代の人間はナポレオンを偉大な天才とみなし、ヨーロッパを支配した最後の英雄とみなすだろう。だが、ナポレオンが求めていたのはヨーロッパではなくアジアだった。これを逆に言うと、ナポレオンはアジアを目指したからこそその手前のヨーロッパを統べる事ができた、というような論理になる。

 

 もちろん、この論理にも限界はある。ただ私は色々な哲学者について調べていて感じたのは、彼らの語る先にはいつでも哲学ではない超越的なものがある、という事だ。キルケゴールの「信仰の飛躍」はどうだろうか。ニーチェの「超人」はどうだろうか。カントの「物自体」はどうだろうか。ヘーゲルの「絶対精神」はどうだろうか。

 

 ヴァレリーは「人と貝殻」という文章を書いている。ヴァレリーは浜辺に出て、貝殻を拾う。彼は美しい貝殻を見つめて、問う。「これは"誰"が作ったのだろうか?」と。

 

 この問いを小林秀雄は次のように解していた。若き頃のヴァレリーはレオナルド・ダ・ヴィンチ論を書いている。若きヴァレリーにとって、美しい現象である芸術の背後には、レオナルド・ダ・ヴィンチのような"天才"の姿があった。

 

 老年になった彼はこの構造をずらす。芸術作品ではないが、芸術作品のように美しい貝殻は一体、"誰"が作ったのだろうか。この現象の背後にあるのはなんだろうか?

 

 20世紀に生きる人間として彼はこれが"誰"なのかを言う事ができない。言葉は問いで終わる。だが彼が求めるものが何であるかは既に明瞭なはずだ。…私はこのように偉大な哲学者の目指すものは、正しさ・正確さ・論理といったものを越えたものが存在している事を確認した。

 

 もっとも、神にいきなり飛び上がろうとする行為は哲学にはならないだろう。それは神学になったり、オカルトになったりするだろう。


 問題は自身が人間である事を認めながらも、その"先"を求める事にある。だが、この世界では「その先」を求める事は極めて難しい。それは例えば、永井均のような哲学者が極めて優れた頭脳を持ちながらも、過去の偉大な哲学と差異を作っている事に象徴されているのではないだろうか。



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