悪役令嬢の華麗なる証明
公爵令嬢であるレイラには敵が多い。
まず実家のブレナヴォン公爵家からして敵が多かった。
次に父にも母にも兄にも個人的な敵が少なくない。
そんな一家の一員なのだから、自然とレイラのことを敵視する人も増える。
「わが家、わが一族のことながら面白いわね」
そんな境遇を本気で楽しめる性格なのが、レイラという女性だった。
自宅の私室で優雅にお茶を楽しんでいる。
「お嬢様」
護衛を兼ねた女性執事が苦言をていしてくるが、聞き流す。
「ブレナヴォン公爵家の執事のくせに真面目ね」
レイラが笑うと、女性執事のイヴォンヌは、
「公爵家にお仕えする者が真面目でなくてどうするのですか」
と言い返してくる。
弁舌も達者で、主家にも物おじしない性格だ。
レイラが気に入っている理由である。
「ほんとからかいがある子よね、イヴォンヌは」
レイラーが言うとイヴォンヌは顔をしかめて、
「お嬢様。聞こえていますよ」
とにらんでくる。
「聞こえるように言ったのよ。当然でしょう」
レイラは楽しそうに笑った。
「ちっ。いい性格してますね、お嬢様」
イヴォンヌが皮肉を飛ばす。
「褒めてくれてありがとう」
レイラは一部の人間では天使にたとえられる、とてもきれいな笑顔を返した。
そこへ壮年の男性が入ってくる。
「お嬢様、おくつろぎのところ失礼いたします」
家令補佐という重要な地位を与えられたエドワードだ。
「どうしたの、エド?」
「タンキー伯爵家のご令嬢が、お嬢様を陥れようと動いてるようです」
エドワードの報告にレイラは首をかしげる。
「誰だったかしら?」
レイラは本気で覚えていない。
レイラの人となりを把握しているエドワードとイヴォンヌは同時にため息をつく。
「お嬢様、ご学友の名前くらいは覚えてください。記憶力は無駄にいいのだから、たまには使いましょう」
イヴォンヌがふたたび苦言を放つ。
「無駄な努力はしたくないの」
レイラはまったくやる気がない。
「社交で恥をかきますよ? いい気味……もといいい薬になると思いますが、おつきの私の評価に影響が出るのは困ります」
イヴォンヌはきっぱりと言い切り、エドワードが顔をしかめる。
「私はあなたの正直なところが好きよ」
レイラはとがめずにこにこ笑う。
「イヴォンヌ。お嬢様に対して無礼だぞ。思うのは自由だが、発言には自由がないと教えたはずだ」
エドワードの小言はイヴォンヌに向けられる。
「失礼しました」
イヴォンヌはかしこまって頭を下げた。
エドワードはイヴォンヌの給料を査定する立場にあるからだろう、とレイラは思っている。
「それで、タンキー伯爵家の令嬢って誰のこと?」
レイラはエドワードに訊く。
エドワードは父の腹心のひとりなので、さすがに無下にはできない。
「お嬢様と六年連続同じクラスであり、年二回の社交で必ず顔をあわせているウェンディ様です」
「説明ありがとう」
レイラはエドワードの皮肉を受け流し、首をかしげる。
絵面だけならとても美しい。
「まったく覚えてないわね」
レイラは取るに足らないと判断した相手のことを覚えない悪癖がある。
「大した相手じゃないと思うけど、エドが忠告に来るほどなの?」
レイラは自分の癖を当然知っているので、エドワードに疑問をぶつけた。
「伯爵令嬢ごときにしてやられたら、旦那様が激怒されると思いますが、いかがでしょうか?」
エドワードは淡々として告げる。
「もっともな話ね」
レイラは肩をすくめてエドワードの正しさを認めた。
「お嬢様を素直に認めさせるなんてさすエド」とイヴォンヌはつぶやく。
「ウェンディ様はお嬢様がエリック王子の婚約者にふさわしくないと主張するべく、証拠を持ち出すようです」
エドワードの言葉にレイラは首をかしげる。
「? それは事実だけど、ウェンディ様とやらに理解できるのかしら?」
記憶に値しない相手を舐め切りこき下ろす。
「理解できる方向にもっていくようです。具体的にはお嬢様の名誉を傷つける悪評をたてています」
エドワードの言葉を聞いてレイラは目を丸くして、
「私の名誉ってまだ無事だったの?」
と告げる。
ブレナヴォン公爵家の評判の悪さは折り紙付きだし、レイラはとくに性格の悪さを隠した覚えはない。
名誉が残っていることが驚異的だった。
「ブレナヴォン公爵家の長女であり、第一王子の婚約者という立場は非常に強いのですよ。過小評価しすぎですな」
あなた自身の手柄ではないとエドワードは明言する。
「なるほど。てっきりお父様とお兄様がさらにヘイトを集めているせいかと思ったわ」
レイラは納得して紅茶をひと口飲む。
父と兄は自分よりもさらに悪辣である。
さすが年長者だと嫌味も皮肉もなしでレイラは称賛していた。
「間違ってはいませんが、理由のひとつにすぎませんね」
エドワードは淡々と話す。
ブレナヴォン公爵家で悪評がない人間なんて存在しない。
「そうよね。私が一番可愛げがあるわよね」
レイラは得意そうに胸を張る。
「お嬢様。それはどんぐりの背を比べるようなものですよ」
みんな横並びの評価だとエドワードは指摘した。
「あら。私に並ばれるようでは、お父様とお兄様もふがいないのではなくて?」
レイラは愉快そうに笑う。
優雅で上品な笑い声である。
「性格と実家以外は完璧という評価に納得できる」とイヴォンヌは思う。
「忠告はしましたよ」
エドワードはとりあわず、話を切り上げる。
「ありがとう。何が起こるか楽しみね」
レイラは楽しそうに笑い、イヴォンヌは「危機感がなさすぎでしょ」とあきれた。
本来のイヴォンヌの立場なら忠告するべきである。
だけど、先ほどまでさんざん聞き流されたので、イヴォンヌは今日はもう何も言わないと思った。
◆
「ブレナヴォン公爵家のレイラ様、あなたはエリック殿下の婚約者としてふさわしくありませんわ!」
タンキー伯爵家のウェンディは放課後、ホームルームがはじまる前に高らかに宣告する。
「このタイミングで来たか」とレイラは面白そうに笑う。
気の毒な担当教師は硬直してるが、レイラは「間が抜けてるわね」としか思わなかった。
同情するほどレイラは優しくない。
「受けて立ちましょう」
レイラは視線をウェンディに向けて微笑む。
レイラは売られたケンカは買う性格だった。
「ところであなたはターキー様であっていたかしら?」
首をかしげながら先制攻撃を仕掛ける。
「タンキーよ! 誰がターキー(七面鳥)ですか!」
ウェンディは激高し、真っ赤な顔で抗議してきた。
「ほ、誇り高き家名を侮辱するなんて、やはりあなたは公爵令嬢にあるまじき存在ですわ」
まことにもっともな怒りである。
ただし、レイラは自分に仕掛けてきた者に対して寛容さは持ち合わせていない。
「私に挑むなら、誇りが傷つく覚悟くらいしなさいな。甘すぎではなくて?」
レイラは冷笑を浮かべて、トゲだらけの言葉を放つ。
巻き込まれる形になった級友たちは、「さすがレイラ様。先制攻撃からして容赦がない」と顔を青くしている。
級友なのだから、レイラの悪辣さはとっくに知っているのだ。
彼らにはとてもいい迷惑なのだが、ウェンディはそこまで考えが回っていない。
レイラは余裕たっぷりだが、配慮する優しさがない。
迷惑な対決だけではなく、余裕がない者と優しさがない者の対決である。
「ああ言えばこういう。貴族令嬢にあるまじき素行の悪さよ!」
ウェンディは地団太を踏みながら、言い放つ。
「あるまじき態度なのは今のあなたもだけどね」
レイラはくすくす笑いながら指摘する。
地団太を踏むなんてはしたない行為は、貴族令嬢としてありえないことだ。
ちなみにレイラは自分ではやらないが、相手にやらせるのは大好きである。
「レイラ様! あなたは子爵令嬢を陥れ、男爵令嬢に意地悪なことをしたわ!」
ウェンディの言葉にレイラはきょとんとした。
「ターキー様、ちょっといいかしら」
「だから私の家名はターキーじゃないわ!?」
ウェンディは真っ赤になって叫ぶ。
今にも全身の顔がブチ切れそうな形相になっている。
「子爵令嬢や男爵令嬢って誰のこと? 覚えてない私がいちいち何かするはずがないじゃない?」
レイラは真顔で言った。
「と、とんでもない返しだけど説得力がある」
「レイラ様、いちいち私たちのことなんて視界に入れないものね」
聴衆と化した級友たちは、あろうことかレイラの暴言に正当性を見出す。
「この女は私たちを踏みにじって平然としてる悪党なのよ!?」
ウェンディは悔しくてわめき出す。
レイラはニコリとして、
「建前は大事だと思うわよ、ターキー様」
と言う。
「あなたが言うな!?」
ウェンディは脊髄反射でツッコミを入れる。
そしてぜーぜーと息を切らせていた。
完全にレイラのペースである。
「あなた、いやがらせをしたことを認めないのね?」
息を整えてウェンディが質問した。
「するだけの価値を持ってから言って欲しいものね」
レイラは鼻で笑い、「中身を気にしなければ優美で典雅」と評価される笑みを浮かべる。
「ひどすぎる。でも説得力がある」
「レイラ様だものね」
級友たちはざわめき、レイラの意見のほうを支持した。
小物なんて眼中にないという態度を貫いていることを、彼らはみんな知っている。
「ぐぬぬぬ」
ウェンディは貴族令嬢がしてはいけない顔になり、出してはいけない声を出す。
ここまで一方的に不利な展開になるとは思っていなかったのだ。
何しろレイラは恐れられてはいるけど、人望がないのは明白であったから。
「浅はかね」
レイラはウェンディの心理を察して、容赦なくこき下ろす。
微笑んでいるのはこの状況を楽しんでいる証拠だ。
相手の令嬢としての瑕疵をレイラが指摘しないのは、まだこの状況を楽しむつもりでいるからである。
ウェンディはもちろん、この場にいる全員が気づいているが、レイラの性格の悪さは今さらすぎた。
さすがのウェンディもここで意地の悪さを指摘しても、「意地悪ですけど何か?」と真顔で返されることは予想できる。
「あなたは私の貴重なネックレスを壊しましたわ!」
ウェンディはあきらめずに主張する。
「そんな覚えはないのだけど」
レイラは首をかしげた。
ウェンディが腹立つほど可愛らしい、見た目だけは。
「みなさま、ご覧になってください!」
ウェンディは金色のネックレスを取り出す。
見事な逸品ではあるが、チェーンの一部が破損している。
「レイラ様の手によって、こんなすばらしいネックレスが」
ウェンディは同情を誘うような口ぶりで言う。
級友たちの頭の中には「もしかして?」という感情が芽生えはじめる。
「やるじゃない」
レイラは素直に称賛した。
「どういう意味ですか!?」
人を食った態度にウェンディはあっさり感情的になる。
もちろんレイラはウェンディの演技力を褒めたのだ。
感情に任せて裏表がなく、面白みもない女と決めつけていた、反動みたいなものである。
「ただ、あなた詰めが甘くてよ?」
だからと言ってレイラに手加減するつもりはなく、チェーンの断面を見て冷笑する。
「どういう意味ですか!? これは金を用いた高級品でしてよ! それをこんな風にしておいて!」
ウェンディは許さないという決意を込めて、レイラをにらむ。
「だって断面を見なさい。わずかだけど腐食しているもの。金は腐食しないのが特徴なのよ?」
レイラの指摘にみんながハッとする。
ウェンディはあわてて断面を見直す。
「よくできた金メッキってところかしらね。管理をおこたれば腐食するのは当然よ」
レイラは冷めきった口調で告げる。
「ああ」
級友たちはあっさり納得してしまった。
「くう……」
ウェンディは真っ赤になってうつむいてしまう。
「金メッキと金の違いがわかず、断面の腐食にも気づかないマヌケさん自身の、管理責任じゃないかしら?」
レイラは嬉々として追い打ちを仕掛ける。
教室から逃げ出したならまだしも、とどまってる人間に容赦はしない。
自尊心と面子を粉々にされたウェンディは、目に涙をためてふらふらと逃げ出す。
入れ違いのようにエリックが入ってきて、教室内がざわめく。
「あら、殿下、いかがなさいましたか?」
レイラは驚いて尋ねる。
とても婚約者に対する態度ではないが、エリックはもう慣れていた。
代わりにエリックは、
「なぜタンキー伯爵家の令嬢が泣きながら出ていったんだ?」
と質問する。
担任も級友たちも気まずそうにうつむく中、レイラだけは堂々としていて、
「挑まれたので報いを与えただけです」
と答えた。
「やりすぎたんじゃないのか?」
本来なら婚約者の身を案じるべきだとエリックも理解しているが、自分の目の前で優雅に微笑んでいる女性に、そんなことしなくてもいい気がしている。
「売られたケンカを買うのは淑女のたしなみですわ」
レイラは優雅に微笑んで答えた。
「そんなたしなみ、聞いたことがないんだが」
エリックは呆れてツッコミを入れる。
そのとき、教室内に留まっている全員がエリックに内心で賛成した。
態度に出す度胸がある者はいなかったが。
「殿方がご存じないのも仕方ありませんわ」
レイラは悪びれず再度微笑みを返す。
「顔だけは満点」と言われる美しい笑みだ。
「綺麗な薔薇には棘があると言うが、君を引き合いに出すのは薔薇に対して失礼だね」
エリックは皮肉を放つ。
ある程度はっきり言わないと、通じないと判断したのだ。
「恐れ入ります」
レイラは微笑み、非の打ち所がないカーテシーをおこなう。
「褒めてないよ!?」
たまらなくなってエリックは叫ぶ。
皮肉が通じないどころか、お礼で返されてしまうとは。
「温和で女性に優しいことで知られる殿下の動揺を誘うなんて、私も捨てたものではありませんね」
と言ってレイラは満足する。
「なんて迷惑な自画自賛なんだ」
エリックはがっくりと肩を落とす。
神経が鋼鉄の柱か何かではないだろうか。
こんな婚約者と結婚したくないが、王命には逆らえない。
誰か助けて、というのが彼の本音だった。
髪をかきむしりたくなる衝動を、エリックは必死で堪える。
貴公子として、王子としてあるまじきふるまいを慎んだだけだ。
「気を付けないと禿げますよ」と側近に忠告されたからではない。
レイラは王子の苦悩を察して、面白がるような目を向ける。
迎えに来てくれてありがとう、なんてしおらしい言葉をかける殊勝さをレイラは持っていない。
「殿下。おみ足を運んでいただき、ありがとうございます」
とは言え王族に礼を欠ける行動をとり続けるのはよくないので、レイラは公爵令嬢として常識的なふるまいをようやくする。
「あ、ああ。迎えに来たんだ。たまにはいっしょに帰るべきだろう」
何とか答えたエリックの顔は引きつっていないのはさすが、とレイラは素直に感心した。
継承権第一位の第一王子だけあって、しっかり鍛えられているらしい。
「王族の教育ってすごい」とレイラでも思うところだ。
「今日は社交会ですものね」
とレイラはうなずく。
本日は定期的に開催されている社交の場が開かれる。
「そういう意味でウェンディ様は勇み足でしたわね」
どうせなら貴族の当主たちも列席する社交の場で、挑んでくればよかったのに、とレイラはつぶやく。
そちらのほうが盛り上がって、楽しくなったと思うのだ。
「内々で話をすませようとした可能性は?」
エリックは胃を抑えたくなるのを我慢しながら、隣を歩くレイラに問いかける。
「級友全員がいる前でのお話を選んでおいて、内輪の話ですか? 面白い発想ですわ」
レイラは皮肉たっぷりに褒めて、エリックの顔が引きつった。
「顔はいいけど、ほかはちょっと頼りないわね」とレイラは冷静に評価する。
「レイラは顔以外褒めるところがない」とエリックがこぼしていることを、レイラ自身は知っていた。
さらに親密な侯爵令嬢や伯爵令嬢がいることも。
だからお互い様だというのがレイラの考えだった。
もちろん口には出さない。
社交と言えば華やかな場であると、何も知らない年齢の貴族たちは勘違いしているが、現実は違う。
「上辺は笑顔、水面下では見えないナイフ」とたとえられる、どろどろとした場所である。
強勢な家の足を引っ張り、自分たちが浮かび上がるチャンスを掴もうとする、魑魅魍魎が跋扈する謀略の巣窟。
とレイラは家から教育されている。
もちろんブレナヴォン公爵家は足を引っ張られ、攻撃される側だった。
それを考えれば教室でのウェンディは、ブレナヴォン公爵家からすれば日常の一幕だとも言える。
公爵家であるレイラは専用の着替え室を用意されていて、イヴォンヌをはじめ手伝うための女性使用人たちを連れて到着した。
「奥様はあとから到着するようです」
部屋で待っていてレイラに話しかけたのはエドワードの妻であり、女性執事たちを統括しているイレーナだった。
そのそばに立つ美形の執事はイヴォンヌの兄ウィリアムだった。
「お嬢様、お耳を拝借いたします」
そう言うとウィリアムはレイラに情報を耳打ちする。
「そう」
社交の場において起こると予想されることを、ウィリアムによって教えられた。
「今回の社交は退屈せずにすみそうね」
レイラは「邪悪」と陰口をたたかれる笑みを浮かべる。
ただ適当な殿方と踊って、当たり障りのない話をするなんて面白くない。
「またお嬢様の悪い癖が」
イヴォンヌがそっとため息をつく。
「え? ブレナヴォン公爵家の末席の私に挑む気概と度胸を持ってるなんて、この国の貴族たちは頼もしいわね」
レイラは完全に上から目線での評価だ。
「懲りない愚か者はどこにでもいるものです」
何やら割りきったことをウィリアムが言う。
「兄上、すこしはお嬢様をたしなめてください」
イヴォンヌはじろりと兄をにらんで抗議する。
「たしなめたところで聞くお嬢様じゃないからね。それにこれくらいなら、火遊びにもならないよ」
ウィリアムはエリックにも劣らない美しい微笑を見せた。
「はあ。まったくお嬢様に甘いんだから」
イヴォンヌは兄の愚痴をこぼす。
「おや、私はお前にも甘いつもりだけどね。可愛い妹よ」
ウィリアムは妹に優しく笑いかける。
「兄妹の仲がいいって素敵なことよね」
レイラがふたりがもっといちゃつくことを期待する視線を、当事者たちに向けた。
「私たちまで玩具扱いしないでください」
イヴォンヌはジト目で抗議する。
「してないわよ? あなたたちは身内だもの。ちゃんと区別してるわ」
レイラは心外な顔で答えた。
要するに身内以外を玩具にしているという宣言なのだが、イヴォンヌにとっては今さらである。
「ならいいのですが」
こう答えるあたりレイラに毒されているのだが、イヴォンヌは自覚がない。
気づいている兄ウィリアムはというと、完全にブレナヴォン公爵家に染まっているので、妹を優しく見守るだけだ。
「ところでお父様は?」
レイラはふと気づいて尋ねる。
「旦那様は陛下と飲み比べをしてダウンなさいました」
ウィリアムが淡々として答えた。
「ああ。また負けたのね。陛下はお強いわね」
いつものことだとレイラは受け流す。
それでいいのかブレナヴォン公爵家とつっこみを入れる者がこの場にはいなかった。
言ったところでレイラは「よくないに決まってるでしょ」と笑っただろうけど。
「お嬢様、そろそろお召替えのお時間です」
イレーナの言葉で男性陣が出ていき、イヴォンヌたち女性の使用人だけが残る。
青いドレスへと着替えさせられ、髪型もあわせて変えた。
宝飾品もあわせて身に着けられる。
これらは事前に両親が決めたものであり、レイラに決定権はない。
「さすがお似合いです」
イレーナはニコリとして褒めた。
「見た目はいいし、あなたたちのセンスもいいからね」
レイラは自分だけではなく、ちゃんと身内も褒める。
「恐れ入ります」
イレーナが代表して答え、女性使用人たちはレイラに頭を下げた。
社交がはじまった。
と言っても今回の場はカジュアルに分類される、気楽なものだ。
でなければいくらレイラの父だって、飲み比べで潰れるようなまねはしない。
レイラの母は怒るととても怖いのだから。
レイラが行くとブレナヴォン公爵家派と目される家の子女たちが集まってくる。
ブレナヴォン公爵家に忠実な者も、距離がある者たちもいることをレイラは承知していた。
「レイラ様。うちの息子と娘はお役に立っていますか?」
最初に話しかけてきたのはスバラーシ侯爵家の当主である。
レイラの父の友人であり、派閥の重鎮と言える存在だった。
「ええ。ウィリアムもイヴォンヌも頼りになりますわ」
レイラは微笑んで兄妹を褒める。
彼女はやろうと思えば如才ない対応もできるのだ。
「スバラーシ侯がうらやましい。私どももブレナヴォン公爵家のお役に立ちたいのに」
羨望半分、妬み半分という様子で言ったのは、ワルダクーミ伯爵だった。
伯爵家なので当然大身である。
「あら、父も母も私も頼りにさせていただきますわ」
レイラは「見た目は満点」と悔しそうに褒められる、営業スマイルを向けた。
美しい令嬢に言われて気をよくしたように、ワルダクーミ伯爵はうなずく。
もっとも「営業スマイルを返されただけ」とレイラは判断している。
相手は魑魅魍魎が跋扈する貴族界で、危なげなく立ち回り続けている百戦錬磨の大貴族なのだ。
公爵家令嬢とは言え、しょせん小娘の力が通用すると思うほど、レイラは自分を過大評価していない。
「しかし」
あいさつがひと段落したところで、スバラーシ侯爵とワルダクーミ伯爵がちらりとレイラのドレスと宝石を、女性に対して無礼にならないように見る。
どうやらこの段階でスバラーシ侯爵とワルダクーミ伯爵のふたりは何かに気づいたらしい。
「ふふ」
レイラが意味ありげな笑みを浮かべると、ふたりの大貴族当主は「あっ」という顔になった。
ブレナヴォン公爵家の派閥に参加しているくらいだから、レイラの人となりなど把握済みである。
そこで楽団が明るい曲の演奏をはじめて、エリック王子と妹のバーバラ王女が入ってきた。
兄のエリックが上等なスーツに対して、妹のバーバラは青色の美しいドレスである。
レイラのドレスと色もシルエットも似通っているので、気づいた貴族たちがざわつきはじめた。
「ブレナヴォン公爵家のレイラ様は何を考えてる?」
「ドレスの色とシルエットをかぶせるなんて、バーバラ殿下に対して無礼ではないか」
「臣下にあるまじきおこないだ」
聞こえよがしにレイラを責める声が発生する。
レイラは人の顔も声色も覚えるのが得意なので、全員が同じ派閥だということにすぐに気づく。
しかし、彼らが言っていること自体は間違いではない。
王族が集まる社交では、事前に王族の当日のファッションの連絡が来る。
臣下と似たようなファッションでは王族が恥をかく、という考えが色濃い国だからだ。
「レイラ、これはいったい?」
問いかけてくるエリックの顔がややこわばっている。
彼からすればレイラが妹に恥をかかせにきたように思えるのだろう。
「まあ、なんということでしょう! レイラ様は臣下の意識が薄いのですね!」
レイラが答える前に口を挟んできたのは、ジワルーイ侯爵家の令嬢ヴィッキーだった。
ちなみ今回の王族のファッションを貴族たちに通達する担当の家でもある。
「ウィリアムに耳打ちされた通りね」とレイラは満足した。
「バーバラ様ご覧くださいませ。若干違っているでしょう?」
レイラはバーバラに直接訴える。
「えっと……そ、それはたしかに」
バーバラは困惑しならレイラのファッションをたしかめた。
ふたりのドレスを比べると、バーバラのもののほうが色が濃いし生地も上等である。
シルエットも若干の差異があった。
「私が並べばバーバラ様の美しさが際立つと思いますわ」
レイラはそう言って、実際にバーバラの横に立つ。
並んでみればレイラのファッションは、バーバラを引き立てるものだという主張に無理ないことがわかる。
「うーん。これはありなのか。フォーマルな場ではなく、カジュアルな場なのだし」
エリックは言うとバーバラも微笑み、
「私も同感です。最初は驚きましたが、レイラ様が用意してくださった余興だと思えば楽しいです」
と答えた。
王子と王女が納得したので、場は丸く収まる。
ジワルーイ侯爵家のヴィッキーと、その派閥たちは真っ赤になって口をもごもごとさせていた。
だが、王子と王女が認めたものを彼らの立場では否定できない。
「レイラ様の横だと自信をなくしちゃいそうだったのですが、レイラ様のお気持ちがうれしいです」
バーバラは本当にうれしそうにレイラを褒める。
「レイラはいつでもバーバラ様のおそばにおります」
レイラは「顔だけは完璧」と評される美麗な笑みを浮かべ、殊勝なことを言った。
「まあ」
バーバラは真っ赤になってうつむく。
顔がいいレイラの笑顔は、中身を知らない王女には抜群の効果を発揮する。
もちろん、レイラからすれば今回のことを仕掛けてきたジワルーイ侯爵家へのいやがらせだ。
「ぐぎぎ」
「絶対そんなこと思ってないくせに」とジワルーイ侯爵たちは歯ぎしりしながら思ったが、まさか王族の前で言うわけにはいかない。
今回の件ですこしでも王族たちからの評価や信用を落とそうとしたのだが、上がるだけの結果になった。
エリックだってジワルーイ侯爵たちと同じ意見だが、可愛い妹がレイラに気遣ってもらったと喜んでる状況では何も言えない。
完璧なまでにレイラの独り勝ちである。
当のレイラ自身は「これだけで終わるとつまらないわ」なんて思っていた。
音楽が変わってまずエリックとレイラが最初に踊る。
それから貴族たちも順番に踊っていく。
レイラは狙ってジワルーイ侯爵家のヴィッキーとすれ違い、
「あなた、詰めが甘くてよ」
と耳打ちしておいた。
もちろん冷笑もセットである。
「~~~~~~~~~~~」
ヴィッキーの顔は真っ赤になり、怒りと悔しさで体が震えた。
こうやって追い打ちをかけるからレイラは敵意を集めるのだが、本人はというと楽しそうに笑っている。
レイラもほかの令嬢たちも一度下がって、ドレスを着替えた。
今回は赤い情熱的なファッションである。
髪型も宝石も似合ったものへと変更された。
これらは家の力を競う一種の代理戦争と言えるのだが、レイラは気にならない。
「さすがお嬢様。何を着ても似合いますね」
イヴォンヌがため息をつく。
見た目なら非の打ちどころがなく、世界の王子達から求愛されそうだとイヴォンヌは思う。
「当然。私の魅力とあなたたちの腕と、ふたつの成果よ」
レイラは自信に満ちた笑みで答える。
場に戻ると周囲の、とくに若い男性たちからの視線がレイラに集まった。
美しさ自慢の令嬢は多いが、レイラと競えるほどとなるとめったにいない。
少ない例外であるバーバラはと言うと、純白の可愛らしいドレスになっていた。
「素敵ですわ、バーバラ様」
レイラは惜しみなく称賛する。
礼儀もあるが、ウソと言うわけではない。
「ありがとう。レイラ様も大人の魅力って感じで素敵よ」
バーバラは照れ笑いを浮かべながら応じる。
「ありがとうございます」
お礼を言ってふたたび別れた。
今度はダンスよりも雑談が中心となる。
定期的な情報交換は貴族たちにとって重要だった。
レイラはと言うと、真っ先にヴィッキーのところに足を運ぶ。
ヴィッキーが着替えていたのは赤くて情熱的なドレスだった。
シルエットも髪型も宝石に関しても、レイラに似ている。
「あっ」
レイラが何をしに来たのか、ヴィッキーが最初に気づいたのは必然だろう。
レイラのほうが美しく、ドレスを魅力的に着こなし、すべてにおいて上。
ヴィッキーがレイラを貶めるためにやろうとしたことを、ヴィッキーが恥をかく形でレイラはやり返したのだ。
「なっ」
ヴィッキーは屈辱に震え、口をぱくぱくさせる。
「あら、ヴィッキー様、偶然ですわね」
レイラは優しく話しかけるが、「そんな訳がないとわかるでしょう」と言外に伝えていた。
「そ、そうですわね」
ヴィッキーは悔しそうに答える。
完全に形勢は逆転してしまっていると、ヴィッキーは理解していた。
「無駄な努力、ご苦労様」
タイミングを見てレイラは小声で言い放つ。
心からねぎらうほうが、ヴィッキーにとって一番効くと確信しての行為だ。
「!?!?!?!?!?」
ヴィッキーは耐えかね、その場から出ていってしまう。
「今日はここまでかしら」とレイラは思った。
「容赦ない、こわい」という周囲からの視線も彼女には心地いい。
ジワルーイ侯爵家が何を仕掛けて、レイラが返り討ちにしたのというのは、貴族には何となく察しがついていた。
社交が終わって部屋に戻ったとき、
「お嬢様は悪役令嬢というよりは、悪辣令嬢でございますね」
とイヴォンヌが評価する。
「言えてるわ」
レイラは満足して微笑む。
「ウィル、今日も助かったわ」
それからレイラはウィリアムに声をかける。
情報を集めてきたのはウィリアムの仕事だった。
「お嬢様のお役に立てて、大変光栄でございます」
ウィリアムは熱をこめて答え、うやうやしく頭を下げる。




