第5話 配信者・小野裕子の救出
Cランクダンジョンの奥、湿った空気が肌を包む。石壁から滴る水滴の音だけが響く中、亮は慎重に足を進めていた。
突然、洞窟の曲がり角から女性の悲鳴が響いた。声の方向へ駆け寄ると、そこには一人の若い女性がイレギュラー魔物に囲まれていた。金髪を揺らしながらスマートフォンを手にしたその姿は、間違いなく現代の配信者だ。
「誰か…助けて!」
亮は迷わず武器を構えた。異世界で鍛えた感覚が体を支配する。しかし、周囲の探索者には「普通の青年」として見せなければならない。戦いの一瞬一瞬で力を調整し、攻撃の威力を抑えつつも魔物を確実に制圧する。
ゴブリン型の魔物を一閃で倒すと、次の敵に滑らかに移動しながら短剣を振る。敵の動きを読み、最小限の魔力で攻撃の精度を高める。彼の動きは、周囲から見れば熟練の冒険者という程度で、異世界での英雄の片鱗はほとんど隠されていた。
女性は歓声と共に振り返る。
「ありがとうございます…! 本当に助かりました」
亮は短く頷き、彼女の手元からスマートフォンを受け取ると、周囲の探索者が驚いた表情で見守る中、静かにその場を整理する。魔物の死骸もすぐに片付け、洞窟は再び静けさを取り戻した。
しかし、彼女の配信はライブ状態だった。洞窟内での戦闘の様子が全国に配信され、「謎の強者が現れた」と話題になる。亮の正体は誰にも知られず、名前も顔も出ていないが、その存在だけで注目を集めることになった。
「また、問題になりそうだな…」
亮は静かに呟き、洞窟を後にする。全国的に注目される可能性がある。しかし、彼にとって大切なのはあくまで生活と妹との日常を守ること。力を見せすぎず、必要な時にだけ制御された戦闘を行う。
ギルドに戻ると、受付嬢や周囲の探索者たちがざわめいていた。
「昨日のライブ、見ましたか?」
「謎の強者って、もしかして…?」
亮は笑みを浮かべるだけで、答えなかった。異世界での英雄としての誇りは心の奥にしまい込み、現代での生活に影響を与えないようにする。
帰宅した亮を待っていたあみは、興奮気味に話しかける。
「兄ちゃん、見たよ! すごかった! あの人たち、兄ちゃんのこと絶対話題にしてる」
亮は微笑むだけで、言葉を選ぶ。
「まあ、少し騒がれるくらいなら問題ない」
あみは安心したように笑う。亮の静かな決意と、守るべき日常、そして力を隠すための緊張感。それらすべてが、現代での冒険の第一歩を形作っていた。
夜、亮は窓から街の明かりを眺める。
「力は隠す…でも、必要なときには守る」
異世界の英雄は、今や静かに現代の街で歩き出していた。




