【1-9】最終試験
重厚そうな扉の前で、俺は小さく息を吐いた。
中からは弦楽器の音色と、人々のざわめきが聞こえてくる。
王城最大の大広間。今夜の会場だ。
「アルハイル・セシルディア様でいらっしゃいますね。こちらへどうぞ。」
従者に連れられ、扉の中へ進む。
俺も夜会への参加は初めてだ。少し緊張している。
だが、隣にいるネラーネは更に緊張しているようだ。
こんなところで俺まで緊張を見せたら、余計彼女も緊張してしまう。堂々としないとな。
会場を進むと、第一王子から声を掛けられた。
「遊び相手ご苦労さま。そろそろ来るかな?」
「はい。もうそろそろ入場されるかと。」
「よろしい。」
第一王子は満足そうに頷くと、居並ぶ貴族たちを見渡した。
「皆、今宵はよくぞ集まってくれた。本日は、我が弟、カイラスの誕生日である。」
ざわめきが一層強まる。
「これまで何かと慌ただしく、まともに祝ってやれたことがなかった。だが今年こそは違う。どうか皆、盛大に祝ってやってほしい。」
やがて、楽団の演奏がぴたりと止まる。
扉がゆっくりと開いた。
「第四王子カイラス殿下、ご入場。」
高らかな声が響く。
赤を基調とした正装に身を包んだカイラスは、先程の荒っぽい雰囲気を微塵も感じさせない、堂々とした足取りで歩み入ってきた。
その瞬間。
ぱっと、天井に光が走る。
天井に魔法陣が現れたのだ。
この国では、魔術は戦闘に使うものとされている。
つまりこの魔法陣はカイラスを意図的に狙ったものだ。
周りの貴族たちがざわめく。
俺も無意識のうちに剣に手を添えていた。
その時だった。
天井にあった魔法陣が、崩れた。
そしてその欠片は、光の粒へと変わり、ゆっくりと降り注いだ。
キラキラと光るその粒は、会場全体へと広がった。
俺の手に触れると、ほんのりと光り、静かに消えていった。
隣にいるネラーネをちらりと見ると、彼女も驚いた表情をしていた。
まぁ、そうだよな。魔術をこんな風に使うなんて、思いつかないよなぁ。
「誕生日おめでとう。カイ。」
呆気にとられた会場に、第一王子の声が通る。
魔術をこんな風に使うだなんて、誰の考えだ?
まぁ、考えなくても分かるか。
アレイル姉さんが呼ばれた理由は、これなんだろうな。
そして、第四王子の誕生日会は無事に幕を閉じた。
◇◇◇
俺は1ヶ月後に控えている最終試験に向けて猛勉強中だ。
それに、これは自分の勉強ではない。
ネラーネに勉強を教えるための勉強なのだ。
俺は人に勉強を教えたことがない。
あんなに意気込んで勉強を教えると言ったんだ。上手に教えてやれないと、男としてダサすぎる。
翌朝、俺とネラーネは王立図書館へと向かった。
屋敷では姉さんたち(特にアリーユ姉さん)がうるさ過ぎるからな。静かに集中できる場所の方が彼女のためになるだろう。
図書館へと向かう馬車で、ネラーネは少し眠たそうに俯いていた。最近は寝る間を惜しんで勉強をしているようだ。そこまでしてSクラスに入ることが重要なのだろうか。
そうやって考えているうちに、図書館に着いた。
王立図書館では、誰もが出入り可能だが、公爵家ほどの貴族となれば、専用の個室が設けられている。
俺の今日の狙いは、その個室で静かに勉強をすることだ。昔よくアレイル姉さんに連れてきてもらった、思い出の場所だ。最近はあまり来ていなかったが、急にこの場所を思い出し、今日の勉強場所に決めたのだ。
「ネラーネ、勉強はどこまで進んでる?」
「えっと、まだ基礎の部分までしか...。」
ネラーネはそういうと、自信なさげに俯いた。
「基礎まで出来てたら十分だよ。」
俺がそう言うと、彼女はやっと自信を持てたのか、笑顔が見られるようになった。
基礎ができているなら、それ以降は少し応用しただけだ。難なく理解できるだろう。
「じゃあ今日はここまでを重点的にやろうか。」
俺は持ってきた参考書を机に並べ、彼女の隣に座った。
彼女は小さく頷くと、ペンをぎゅっと握り直した。
そして俺とネラーネは一緒に問題を解いた。
「ここはこう考える方がわかりやすいよ。」
「こう、ですか?」
「そうそう。次はこの問題にしようか。」
俺の説明に、ネラーネはうんうんと頷きながら、どんどん勉強を進めて行った。
俺は真剣な彼女の横顔を、少し見つめた。
すると、彼女も俺の視線に気がついたのか、こちらを見て、にこりと微笑んだ。
「アルハイル様。どうですか!お勉強、進んだと思いますか?」
彼女の笑顔に、頬が思わず緩んだ。
「いい出来だよ。このまま頑張れば、試験に間に合いそうだね。」
「はい!合格したら、いっぱい褒めてくださいね?」
彼女はまたにこっとほほえんだ。
――どうやら俺は、この笑顔に弱いみたいだ。
◇◇◇
「おっめでとー!!!!!」
扉がものすごい音で開くと同時に、甲高い声が部屋に響いた。
「アリーユ姉さん...。どこからその情報を仕入れたんだ?」
俺はまだ最終試験の結果を誰にも伝えていない。
それなのに姉さんは...。
「仕入れ先?企業秘密よ!トップシークレットってやつ?」
そんなことを言いながら、颯爽と俺の部屋を去っていった。
扉くらい閉めてから出て行ってくれ。
そう思いながら、俺は手元の書状に目を落とした。
――Sクラス認定の通知書だ。
1週間前に行われた最終試験の結果が届いたのは今日だ。少し緊張していたが、Sクラスに入れてよかった。これで基礎学問は受けずに、いきなり応用を学ぶことができる。
それにしても、この部屋ともそろそろお別れなのか。
少し寂しいな。
王立学園は全寮制だ。長期休み以外はそこで暮らすことになる。そろそろ引越し準備も始めないとな。
窓の外を見ると、暗闇の中に無数の星が煌めいていた。
――コンコン
突然、ノックの音が部屋に響いた。
こんな夜中に誰だ??
扉を開けると、ネラーネが俯いて立っていた。
手には1枚の紙を大事そうに握りしめている。
その紙はきっと、学園からの書状だろう。
「ネラーネ、こんな夜にどうしたんだ?」
俺が尋ねると、彼女は何も言わずに、俺の顔の前にその紙を突きつけた。
――Sクラス認定
その文字が一番に目に飛び込んだ。
まさか本当にSクラスに入るとは。
きっと俺の知らないところでたくさん努力していたのだろう。
いっぱい、褒めないとな。
俺は、微動だにしない彼女を軽く抱きしめ、頭をそっと撫でた。
昔よく、アリーユ姉さんがこうして褒めてくれてたんだよな。
そう思いながら頭を撫でていると、彼女の頬がみるみるうちに赤く染まっていった。
どうして顔が赤くなるんだ...??
俺が不思議に思った瞬間、彼女は俺から勢いよく離れた。
「失礼します!!」
そう言いながら、廊下を走って行ってしまった。
逃げられた...???
俺はまた何か間違えたのか...??
1章完結です!
2章、学園編もよろしくお願いします!




