【1-8】問題児VS婚約者
「真剣か木剣か、特別に選ばせてやろう。」
第四王子はそういうと、ネラーネに2つを差し出した。するとネラーネは迷わず真剣を手に取った。
「へぇ、お前が真剣を使うということは、俺も真剣を使う。意味が分かっているのか?」
「分かっています。」
俺は2人のやり取りを傍観するしかなかった。なぜネラーネは真剣を選んだのか。全く理解が出来ないのだ。木剣を使うデメリットなんて、ないはずだ。真剣なら怪我をする可能性もある。危険が高い。わざわざ真剣を手に取るのは無謀だ。
しかし、第四王子は彼女の姿勢が気に入ったのかにんまりと笑った。
「この庭は俺が管理している。多少大暴れしても問題はない。派手に戦おうじゃないか。」
「……私は、セシルディア公爵家嫡男アルハイル様の婚約者。子どもの遊びのような真似はいたしません。」
ネラーネは小さな声で言うと、剣を握り直した。
次の瞬間、王子の剣が閃いた。
金属音が響く。
ネラーネは一切無駄のない動きで、王子の一閃を受け流す。
その反動を利用し踏み込み、王子の懐に潜り込む。
「甘いな。」
王子は短くつぶやくと、剣の柄でネラーネの背中を叩きつける。そして間髪入れずに腹に蹴りを入れる。
ネラーネは剣で蹴りを防ぎ、後ろに下がり距離を取る。
「第三王子殿下は剣術と武術に長けておられるのですね。間合いに入りすぎるのは不利と言うことですか。」
「そんなこと言って、俺の攻撃を君は全て防いでいる。そろそろ本気で戦おうじゃないか。」
王子がそういうと、ネラーネは剣を右手だけで握った。剣術は型が美しいほど良いとされている。しかしネラーネの構えは、型とはかけ離れていた。
だが、俺はこの構えを知っている。
ローウェルド伯爵家に伝わる構えだ。
そして、剣を片手で持つ理由は...。
ネラーネは片手に握った剣を軽く揺らした。
その瞬間、王子の足元に赤い輪が光った。
「魔術か...!」
魔術の発動には魔法陣が必要だ。魔術師は手で空中に魔法陣を書かなければならない。
つまり手間がかかるのだ。
空中に魔法陣を描き、発動地点へ転送し、そこに魔力を流す。
それが魔術の基本工程だ。
この手間のかかる工程を、剣術と当時に扱える者はほとんどいない。
剣か魔術、どちらか片方に集中した方が圧倒的に有利なのだ。
だが、ネラーネは違った。
魔術発動に必要な工程をほとんどスキップしていた。
ぱちんっ
乾いた指の音と同時に、王子の足元から炎が吹き上がった。
王子は横へ飛び、炎を紙一重で回避する。
炎は広がり、周囲の草花が焦げる匂いが広がる。
ネラーネはまた剣を振るった。
王子はその攻撃を軽くいなす。
だが、突然、彼女の剣の軌跡に、赤い光が走る。
「なっ―」
王子の背後に赤い魔法陣が現れたのだ。
しかも1つだけではなく、目視できるだけで、6つの魔法陣がみえる。
「お前、何をした...!」
王子は叫んだが、その声はネラーネには届かなかったようだ。
ぱちんっ
また、乾いた音が静かな庭に響く。
一瞬の静寂。
次の瞬間、爆音が庭を揺らした。
王子の立っていた場所を中心に、周囲の地面が一斉に焼け焦げる。
芝も花も、石畳さえも、灰色に変わっていた。
王子には理解できていなかったようだが、俺は確かに見た。
「剣で魔法陣を描く、か...」
伝説級の、ローウェルド伯爵家に伝わる剣術。
初めて見たが、さすがに鳥肌が立った。
剣で相手をしながら、いつ魔術による攻撃が飛んでく
るのか警戒しなければいけない。
俺ですら、あの構えは一度しか見たことがない。
それに、昔ぼろ負けしたことを今でも覚えている。
その戦術を彼女も使いこなしているとは。
ネラーネは想像以上に戦闘に長けていたようだ。
「くそっ……負けたのは認める!だが俺の庭がめちゃくちゃじゃないか!!」
剣を交える前までは、派手に暴れていいと豪語していたのに、今ではこの様子だ。王子も完敗を認めたのだろう。だが、庭も服も、全てボロボロだ。
ネラーネも、ほとんどが灰となった庭を静かに見渡した。
「...あ.....」
小さな声とともに、青ざめた顔がこちらを向いた。
「アルハイル様...その...」
今にも泣きそうな顔で、ネネは俺に近づく。
「ネネ、こんなに壊すつもりじゃなくって...」
うるうるとした瞳で見上げてくる婚約者に、俺は小さくため息をつく。だが、王城の庭でこれ程大騒ぎをして、そのまま会場に行くわけにもいかないよな。
俺は右手を中にかざし、短く呟く。
―――《修復》
俺が一番得意な高等魔術だ。
◇◇◇
「ネラーネもアルも、本当に素晴らしいな!!俺の兄上達のようだ!!」
会場へ向かう道中、第四王子の口は一度も閉ざされなかった。
しかも話の内容のほとんどが兄自慢である。
三兄弟揃って自慢をするだなんて、今後を考えるとかなりしんどい。第三王子が常人であることを祈るしかないな。
姉と結婚する第二王子。
同じ学園に入学する第四王子。
これから関わりはもっと増えるのだ。
これから地獄が始まるのか...。
俺がしばらく考え込んでいると、服の袖をくいくいと引っ張られていることに気がついた。
「あの、アルハイル様...。先程の修復の魔術...。ありがとうございました。ネネがもっと周りにまで配慮しなければいけなかったです。お手を煩わせてしまって申し訳ないです...。」
ネラーネは今にも消えてしまいそうな声で言った。
目にも大粒の涙が溜まっていて、今にもこぼれ落ちそうだ。それに俺は、別に怒っていない。
俺はこの今にも泣き崩れそうな少女への言葉のかけ方が分からなかった。
どうすればいいのか分からない俺は、昔泣いてしまった俺にアリーユ姉さんがしてくれたように、ネラーネの頭に手を乗せた。そして優しく撫でた。
「ネラーネの魔術は綺麗だったよ。謝ることなんてないから。」
俺がそう言うと、ネラーネの目に溜まった涙は崩れ落ち、とうとう大泣きしてしまった。
...何故だ。
泣き止んで欲しかったのに、逆に大泣きをさせてしまうだなんて...。
――やっぱり俺には乙女心は分からないな。




