【番外編1】
ネラーネ視点です!!
私が初めて彼と出会ったのは1年前。
婚約者として紹介された日だった。
裾の長いドレスに、ハイヒールの靴。
どれも慣れなくて、変な感じがする。
婚約者ってどんな人なんだろう。
お兄様みたいに強くて優しくて頼れる人だったらいいな。
そう思いながら、長い間馬車に揺られた。
◇◇◇
「初めまして。アルハイルだ。」
婚約者と名乗る彼は、真っ白な髪に赤い瞳だった。
鋭い目でこちらを窺うように見てきた。
――怖い。
直感でそう思った。
お父様の計らいで、今は応接間で婚約者である彼と2人きりなのだ。
そんな計らい、いらなかったのに。
あ、名乗らないと...。
「お初にお目にかかります。ネラーネ・ローウェルドです。」
緊張で震えた声で、精一杯伝えた。
しかし彼は、そうかよろしくと小さく言うと、窓の外を眺めた。
暗くて重い雲が空一面に広がり、しとしとと雨が降り始めていた。
「あのっ、アルハイル様!お屋敷のお庭に咲いているのは薔薇ですか?とても素敵ですね!」
会話が続かず、重い空気に耐えきれなくなり、無理に笑顔を作りながら話しかける。
だが彼の表情はピクリとも動かなかった。
それどころか、彼は鋭い目つきで小さくため息をついた。
「俺はそういう作り笑い、好きじゃない。」
「えっ...?それはどういう...。」
いきなり嫌われてしまったのだろうか。
どうしよう。
これはお父様がネネに期待をして、ネネに設けてくれた婚約のお話。ここで嫌われてしまって、婚約のお話がなくなってしまったら、ネネの存在価値って...。
今のネネの気持ちは、きっとこの外の曇り空よりも暗い。
突然、膝に置いていた手の甲に、冷たさを感じた。
あれっ、これって、涙?
ネネ、今泣いてるの?
あぁ、どうしよう、目の前にいるアルハイル様は一体どんな目でネネを見ているのだろう。もう怖くて顔も上げられない。
何も上手に出来なくてごめんなさい。
初めて家族みんなの役に立てると思ったのに。
お父様もお母様も、お兄様たちも、ネネは何もしなくていいよ。とか、剣を握ろうとすると、ネネの手が土で汚れてしまうから、部屋に戻っときなさい。とか。ネネにはなにもさせてくれなかった。今日が初めて、家族がネネを頼ってくれてるんだ、って、思ってたのに。
堪えようとしたはずの涙は、ぽろぽろとこぼれ落ちてしまう。
すると、突然目の前が暗くなった。
ハンカチで目を抑えられてる...??
そのままぐいぐいと涙を拭われる感触の後、視界がまた開けた。
目の前には赤い瞳があった。
「ご令嬢に泣かれたことがないからな...。どうしたらいいか分からないが。」
彼はそういうと、少し恥ずかしそうに目を逸らした。
その目は先程までの鋭さはなく、ただ、年相応の男の子のように見えた。
◇◇◇
...眠たい。
勉強中に少し寝てしまっていたようだ。
明日は王立学園の最終試験の日だ。寝ている暇なんてない。
それなのに、あの時の夢を見るなんて...。
あれは、ネネが初めてアルハイル様に恋に落ちた日。
今思えば、あの日から、ネネの頭の中にはアルハイル様しかいなかった。同じ学園に入学して、同じクラスに入って、いつでも傍にいたい。
そしていつか、ネネを傍に置いてほしい。
セシルディア公爵家の侍女として働かせてもらっていた時は、アルハイル様の意外な1面がたくさん知れて、少し嬉しかった。
例えば...子猫が好きなところ。
窓拭き掃除をしていた時に、ふと外を見ると、子猫の頭を撫でているアルハイル様がいた。少し笑ってるように見えた。
他には、手先が不器用なところ。
アリーユ様が刺繍を教えていたが、アルハイル様が完成させたものは、人前に出せる仕上がりではなかった。なんでもできる人だと、勝手に思っていたけど、意外とそうではなくて、少し可愛いと思った。
あと、ネネに興味がないことも。
侍女として半年近く傍で見ていたのに、彼はネネに気が付かなかった。
もちろんネネに、彼に好かれるほどの魅力があるとは思わない。
それでも、気づいてくれないかなと期待してしまっている自分がいた。気づいてくれるはずもないのに。
彼は、どうしたら振り向いてくれるのかな。
アレイル様のように賢くなったら、見てくれる?
アリーユ様のように可愛くなったら、見てくれる?
きっと、彼はネネのことを、特別には思ってくれないんだろうな。分かりきったことだもの。
これはきっと、叶わない恋だから。
でも、少しは頑張ってみようかな。
――――そう思っていたのに。
ネネは今、アルハイル様の部屋の前で抱きしめられて、頭を撫でられています。
えっ、今、ネネ、抱きしめられてる?え、抱きしめられてるのですか?アルハイル様が?ネネを?
ネネは学園の最終試験の結果を見せに来ただけ。
一言、頑張ったねとかの一言だけが欲しくて来ただけ。
何も期待していなかった。
何も期待してなかったのに...
頭がぐるぐると回り、顔は焼けるように熱くなり、思わずその場を逃げ出した。
自室に戻ると、勢いよく扉を閉め、へなへなと座り込んだ。
テーブルの上にあるロウソクだけが、暗い部屋を淡く照らしている。
きっとアルハイル様は、私のことを妹のように思って、あんなことをしたのだろう。
でも、それは、ネネにとっては...。
「そんなの、反則だよ...」
小さな声が、暗い部屋に響いた。




