1章:マリアとの出会い、アンデッドの森での死闘と救出
「ふん、この程度の泥に足を取られるとは。私としたことが、いささか無様に過ぎるのではないか?」
月明かりが、森の湿った地面に膝をつくマリアンヌを照らし出していた。 彼女の呼吸は乱れ、愛剣の切っ先はわずかに震えている。対峙するのは、形なき怨念が凝り固まったかのような、悍ましいアンデッドの群れ。そしてその背後には、圧倒的な巨躯を誇る、岩のような魔物の影が蠢いていた。
マリアンヌ――23歳。 リゼリアの騎士団でも「氷の薔薇」と謳われ、その剣技において並ぶ者なしと称された才女。 165cmのしなやかな肢体、55kgという贅肉を削ぎ落とした鋼の肉体。 彼女の放つ一撃は速く、鋭く、そして何より気高かった。
だが、今。 彼女の目の前にある現実は、残酷なまでの「壁」だった。
(……当たらない。速すぎる)
影のように動く小型の魔物に、自慢の刺突を幾度も空を切らされた。 ようやく捉えたと思った一撃は、巨躯の魔物の分厚い外殻に弾き飛ばされた。 さらに、斬っても斬っても立ち上がる死者たちの群れ。
「私の剣は……弱いのか?」
不敬な言葉が、自らの内側から突き上がる。 それを、マリアンヌは高慢な笑みでねじ伏せた。 しかし、握りしめた拳の震えまでは止めることができない。
「いいえ。弱いはずがない。……だが、足りないのだ。今の私には、この理不尽を叩き伏せる『何か』が」
泥に汚れたマントを翻し、彼女は再び剣を構えた。 その瞳には、まだ絶望の色はない。 あるのは、己の限界を認めながらも、それを越えようとする強烈なまでの渇望だった。
切っても切っても再生してくる。何なのだ? アンデッドは無敵なのか? ただ自分が弱いのか? わからない わかることはこのままだと間違いなく死ぬと言う事だ。
「馬鹿な……。何度斬れば気が済むのだ、この者共は!」
マリアンヌの叫びは、夜の森に虚しく響きました。 一閃。腐り落ちた腕を切り飛ばしたはずなのに、その断面からはどろりとした黒い霧が噴き出し、瞬く間に新たな肉を編み上げていきます。
(……無敵なのか? それとも、私の剣にそれほどの価値もないというのか?)
剣聖とまで称された自分の技が、ただの動く死体一つに否定される屈辱。 それ以上に、マリアンヌの背筋を凍らせたのは、自身の限界という冷徹な事実でした。
「はぁ、はぁ……っ!」
肺を焼くような荒い吐息。 165cmの四肢は、すでに疲労で鉛のように重くなっています。 55kgという理想的な体躯は、長期戦を想定したスタミナよりも、一撃の鋭さに特化しすぎていたのかもしれません。
(死ぬ……のか。この私が? このような薄汚い連中の餌食となって?)
プライドが高い彼女にとって、それは敗北以上に許しがたい終焉でした。 しかし、現実は非情です。 マリアンヌの視界の端で、先ほど弾き飛ばした巨躯の魔物が、再びその巨大な拳を振り上げました。
「……認めぬ。認められるはずがない! 私はマリアンヌ! この理不尽を、私は決して認めないぞ!!」
彼女は震える足で一歩踏み出し、折れんばかりの力で剣を握り直しました。 生き残るために。 そして、自分が「弱い」という疑念を叩き潰すために。
アンデッドの大群は軽く100体はいる どうする どうすればいい?
「100……だと? 冗談ではない。これではまるで、死者のパレードではないか」
視界を埋め尽くす腐臭の群れ。月光に照らされた100対以上の虚ろな瞳が、マリアンヌ一人を包囲しています。 一人斬れば、背後から三人が這い寄る。 十人をなぎ倒せば、その死体を踏み越えて二十人が押し寄せる。
剣技の極致にある彼女の頭脳が、冷徹に「全滅」の二文字を弾き出しました。 これまで積み上げてきた気位も、美学も、圧倒的な数の暴力の前には無力に等しい。
(数で押し潰され、質量に飲み込まれ、速度を奪われる……。私の剣は、一人を美しく斬ることしか教えてくれなかったというのか!)
マリアンヌは、喉の奥から込み上げる震えを、無理やり自尊心で飲み込みました。
「……マリア。しっかりしなさい、マリア!」
自分を愛称で呼び、鼓舞します。 パニックに陥りそうな心を繋ぎ止められるのは、もはや自分自身の高貴な意志だけでした。
彼女が取るべき、唯一の生存戦略
この絶望的な状況を打破するには、もはや「これまでのマリアンヌ」を捨てなければなりません。
「面」の制圧(衝撃波・魔力の解放): 一点を突く刺突ではなく、剣に溜めた全魔力を円形に叩きつけ、周囲数メートルの敵をまとめて吹き飛ばす「全方位攻撃」に打って出る。
「核」の看破(指揮個体の撃破): 100体を操っている「親玉」が必ずどこかにいるはずです。群れとまともに合わず、一気にその中心部へ突撃する。
「地形」の利用: 平地で囲まれるのは死を意味します。背後を崖や巨木で塞ぎ、一度に相手にする敵を数体に限定する場所まで後退する。
「……ふん、いいだろう。100体まとめて、私の剣の錆にしてくれる。……いえ、錆にする価値もないゴミ溜めか。ならば、まとめて塵に還して差し上げよう!」
マリアンヌは剣を正眼に構え直し、その瞳に「黄金色の魔力」を宿し始めました。
剣筋から斬撃が飛ぶ 飛剣だ。 どこからでた? 追い込まれて自分の力が覚醒したというのか? 考えるのは後だ 剣筋から斬撃が飛ぶ 斬撃を飛ばす。 斬撃 斬撃 斬撃 自分でもわからないくらい斬撃を飛ばした。 アンデッドは20体くらい倒れている だが再生している。 このままだとまた復活する。 逃げるか 自分ではこいつらには敵わない だが逃げるのか? 騎士道を研鑽してきた私が。 敵わないと思って逃げるのか? 逃げたくない 逃げたくない。 葛藤する。
マリアンヌは激しく喘ぎながら、自らの内側に渦巻く恐怖と屈辱を、無理やり高慢な叫びでねじ伏せました。 目の前では、先ほど「飛剣」で切り裂いたはずのアンデッドたちが、不快な音を立てて肉を繋ぎ合わせ、再び立ち上がろうとしています。
(飛剣……どこから出した。なぜ出た? 否、考えるのは後だ!)
今はただ、この命を繋ぐために。 彼女は無我夢中で剣を振るいました。一太刀ごとに、真空の刃が空を裂き、死肉を断ち切る。 斬撃、斬撃、斬撃――。 闇を切り裂く光の線が幾重にも重なり、アンデッドの群れをなぎ倒していきます。
しかし、20体を地に伏せさせても、絶望は終わりません。 バラバラになった肉片が、磁石に引き寄せられるように再び集まり、より悍ましい姿へと再生を始めるのです。
「くっ……これほどまでに斬っても、まだ立ち上がるというのか……!」
165cmの身体に溜まった疲労は限界を超え、55kgの肉体は悲鳴を上げています。 騎士道。誇り。名誉。 それらが、死の恐怖という冷たい感覚に侵食されそうになります。
(逃げるか? ……背中を見せて、無様に這い蹲って生き延びるのか?)
彼女の脳裏に、これまで研鑽してきた日々と、マリアンヌの名に恥じぬ振る舞いを貫いてきた自負が去来します。
「逃げたくない……! 私は……私はマリアンヌ! 高貴なる剣士マリアンヌだ!」
唇を噛み切り、滲んだ血の味が彼女の意識を鮮明にさせました。 逃げることは、これまでの自分を殺すこと。 だが、立ち向かうことは、今の無力な自分を捨てること。
(再生するなど、所詮は魔の理。ならば、それを凌駕する正の理を……魂を、この飛剣に叩き込むまで!)
彼女は逃げることを選ばず、あえて群れの中央へ、一歩。 死の恐怖を、「更なる覚醒」への燃料として燃やし始めました。
「マリア……貴女は、ここで折れるような女ではないはずよ……!」
「ホーリーバレット 2の6乗」 どこからか声が聞こえた。 誰だ ここら一帯はアンデッドの巣窟だ 普通の人間が存在できる場所ではない。
「ホーリーバレット、2の6乗」
その静謐な声が響いた直後、マリアンヌの視界は白銀の閃光に埋め尽くされました。
シュッ、シュシュシュッ――!!
空気を切り裂く鋭い音と共に、夜闇を貫いて無数の光弾が降り注ぎます。それはまるで、意思を持った星の欠片。 100体近いアンデッドの群れに対し、光の弾丸は迷いなく、その「頭部」へと吸い込まれていきました。
マリアンヌがどれだけ斬っても再生した死者たちが、頭を撃ち抜かれた瞬間に動きを止め、力なく崩れ落ちていきます。再生の予兆すらありません。
「頭……。頭が、奴らの核だったというのか……!?」
愕然として立ち尽くす彼女の目の前で、光弾はなおも正確無比に標的を仕留め続けます。 2、4、8、16……倍数的に密度を増していく光の連射は、文字通り「計算通り」にアンデッドの数を削り取り、わずか数秒のうちに、あれほど絶望的だった包囲網を消滅させました。
静寂が戻った森に、マリアンヌの荒い呼吸だけが響きます。 165cmの身体を支える足の震えを、彼女は必死に抑え込みました。
「誰だ……っ! どこに隠れている、姿を見せなさい!」
助けられたという事実は、高潔な彼女にとって感謝と同等の、あるいはそれ以上の「戦慄」をもたらしていました。 自分では弱点すら見抜けなかった敵を、遠距離から、一歩も動かずに掃討した何者か。 この死地を遊び場のように支配する、圧倒的な力を持った存在。
「隠れていないで出てきたらどうなのだ! 私を……このマリアンヌを侮辱するつもりか!」
悔しさと困惑が混じった叫びを上げ、彼女は白煙の立ち込める闇の奥を、濡れた瞳で鋭く睨みつけました。
ホーリーバレット 2の5乗 また声が聞こえた 誰だ? 魔法で助けてくれたようだが? こんな魔法私は知らない 何だ 次々に白い光がアンデッドの頭を貫く 貫かれたアンデッドは白い光とともに消えてゆく
「ホーリーバレット、2の5乗」
再び響いたその声は、まるで作戦を淡々と遂行する指揮官のように冷ややかでした。
「な……っ! また……!?」
マリアンヌが息を呑んだ瞬間、先ほどよりもさらに凝縮された、純白の光の礫が空を走りました。 32発。 それらは意志を持っているかのように空中で軌道を修正し、残っていたアンデッドの頭部を、一寸の狂いもなく正確に射抜いていきます。
チュン、チュン、チュン! と乾いた音を立てて貫通する光。 驚くべきはその後でした。頭を撃ち抜かれたアンデッドたちは、ドロドロとした肉塊に戻る暇すら与えられず、貫いた光と同化するようにして、白く輝きながら霧散していったのです。
「消えて……ゆく? 浄化だと……いうのか?」
マリアンヌは呆然と、その光景を見つめることしかできませんでした。 彼女が誇りとしてきた剣技。血と汗で磨き上げた速度と力。 そのすべてを注ぎ込んでも倒しきれなかった敵が、名も知らぬ者の「魔法」によって、まるではなから存在しなかったかのように消し飛ばされていく。
「こんな魔法……聞いたことも、見たこともない……」
23年の生涯、そして名門の騎士として学んできた魔術の知識のどれにも、これほどまでに合理的で、計算され尽くした術式は存在しませんでした。 聖教会の奇跡のような仰々しさもなく、魔術師の詠唱のような溜めもない。ただ、最適解を叩き出すような無機質な暴力。
「……誰! どこにいるの! 答えなさい!」
マリアンヌは震える手で剣を握り直し、声のした方向へ一歩踏み出しました。 助けられた。命を拾った。 だが、それ以上に彼女の「強い自分でありたい」という自負が、この正体不明の介入者を認めろと叫んでいました。
「私を助けたつもりか!? それとも、私を嘲笑っているのか! 姿を見せなさい、無礼者!!」
気高く、しかしどこか縋るような叫びが、アンデッドの消えた静寂の森に響き渡りました。
アンデッドは残り4体 死体はすべて消えている。 ホーリーバレット2の2乗 また声が聞こえた
「ホーリーバレット、2の2乗」
またしても、あの感情を排した声が響きました。
その瞬間、空中に形成された4筋の白い閃光が、まるで測量でもするかのような正確さで夜闇を切り裂きました。 残っていた4体のアンデッド。それらは、マリアンヌがこれまで必死に間合いを測り、命を懸けて対峙していたはずの脅威でした。
ドシュッ!
乾いた音と共に、光の弾丸は4体それぞれの額の真ん中を完璧に射抜きました。 断末魔すらありません。 あれほどおぞましく蠢いていた肉体は、貫通した白い光に内側から溶かされるようにして、一瞬にして光の粒子へと変わり、夜の空気に溶けて消えていきました。
100体近くいたアンデッドの大群。 それが、今は文字通り「塵一つ」残っていません。
「…………すべて、消えた?」
マリアンヌは、自分の足元を見つめました。 先ほどまでそこにあったはずの、腐敗した肉片も、どろりとした黒い体液も、何一つ残っていません。 あるのは、戦いによって乱れた自身の呼吸と、場違いなほどに静まり返った森の空気だけ。
「2の……2乗……。数を……調整したというのか? 敵の残数に合わせて……?」
彼女の誇り高い頭脳が、その残酷なまでの合理性を理解してしまいました。 これは魔法の暴発でも、偶然の奇跡でもない。 何者かが、計算機を叩くようにして、この場の死を一掃したのです。
「……っ、ふざけないでちょうだい!」
マリアンヌは耐えきれず、叫び声を上げました。 165cmの身体を突き動かすのは、命を救われた安堵ではなく、踏みにじられた自尊心でした。
「返事をしなさい! 貴方はどこから私を見ているの!? 騎士マリアンヌを……この私を、ただの観客に成り下がらせて満足か!」
彼女は剣を握りしめ、声のした方角――闇が最も深い森の奥へと、一歩、激しく踏み出しました。
アンタひどいな。なんで俺が無礼者なんだ? 戦闘中だったから隠れていただけだ。 それともアンタにはそれが許せないくらいひどい無礼な行為なのか?
「あ……」
マリアンヌは言葉を詰まらせた。
闇から現れたのは、高位の魔導師でも、神々しい聖職者でもない。どこか飄々とした、自分とそう年齢の変わらなそうな一人の男だった。
「あんた……? い、今、私を『あんた』と呼んだのか!?」
彼女は咄嗟に言い返したが、その頬は怒りとは別の、形容しがたい感情で赤らんでいた。
「無礼……そう、無礼だわ! 騎士たる者が、名も知らぬ者に命を救われ、あまつさえその戦いを高みの見物されていたなど、末代までの恥……!」
彼女は剣を鞘に収めることもできず、鋭い視線で男を射抜いた。 しかし、その声には先ほどまでの覇気がない。彼が言ったことは正論だった。死地において身を隠し、機を伺い、確実に敵を仕留める。それは戦術として一点の曇りもない正解だ。
「……それに、隠れていたというなら、なぜ最後まで隠れ通さなかったのだ。あのように……あのように奇妙な、理にかなった魔法で助けたりして」
マリアンヌは、自分の165cmの長身を少しだけ縮こまらせるようにして、男を見つめた。 55kgの引き締まった肉体は、まだ戦いの興奮と、未知の術理に対する戦慄で微かに震えている。
「『2の6乗』だの『2の2乗』だの……貴方は、戦いを算術か何かだと思っているのか? 私がどれほど、あの数に……あの理不尽に絶望していたか、貴方には……」
彼女は唇を噛み、視線を逸らした。 強いと思っていた。速いと思っていた。 だが、目の前の男が放った魔法は、彼女がこれまで積み上げてきた「強さ」の定義を根底から覆してしまったのだ。
「……名前は何という。私を助け、そして、私の誇りを完膚なきまでに打ち砕いた無礼者の名前を、教えなさい」
高圧的な態度は崩さない。それが、マリアンヌに残された唯一の防壁だった。
アンタ魔物との命のやり取りにおしゃべりをしろと言うのか? 魔物は確実に殺しに来ているのに。アンタと俺は初対面のはずだ。アンタがどう感じて誇りを汚されたというのは勝手な言いがかりだ。侮辱なんてしていない それとも不敬罪で処罰するのか? 貴族様
「貴族様、か……」
その言葉は、マリアンヌの胸に鋭い棘となって刺さりました。 彼女は言葉を失い、ただ呆然と男を見つめることしかできません。
「命のやり取りに、おしゃべり……」
彼女の頭の中で、その言葉が何度も反芻されます。 確かに、男の言うことは残酷なまでに正しい。魔物は彼女の美学を尊重してはくれない。彼女が「美しく戦いたい」「誇り高くありたい」と願っている間にも、敵はただ効率的に、確実に彼女を殺そうとしていただけ。
「……言いがかり、か。そう、そうだな。貴方の言う通りだ」
マリアンヌは、ふっと力なく肩を落としました。 165cmの身体を支えていた虚勢が、音を立てて崩れていく。 彼女はゆっくりと剣を鞘に収めました。カチン、という冷たい金属音だけが、静まり返った森に響きます。
「私は……自分の不甲斐なさを、貴方という存在のせいにしたかっただけなのかもしれぬ。貴方が私を侮辱したのではなく、私が……自分の無力さに、勝手に屈辱を感じていただけなのだ」
彼女は目を伏せ、震える拳を強く握りしめました。 23歳。この若さで「強い」と持て囃され、自分でもそう信じ込んでいた。 しかし、いざ真の絶望を前にした時、自分にできたのは、逃げるか死ぬかを天秤にかけることだけ。
「処罰など、するはずがないだろう。……命を救われたのは事実だ。それに、私は貴族である前に、一人の騎士だ」
マリアンヌは顔を上げ、男を真っ直ぐに見据えました。 その瞳には、先ほどまでの高圧的な光ではなく、深い葛藤と、そして微かな決意が宿っています。
「すまなかった。……礼を言う。貴方の、その冷徹なまでの『戦い』に、救われた。……嫌味ではなく、心からだ」
彼女は深く、深く頭を下げました。 それは、これまで彼女が誰にも見せたことのない、高貴な女の「敗北」と「謝罪」の姿でした。
「だが、一つだけ教えてくれ。……貴方のその魔法。そして、迷いのない戦い方。……どうすれば、私は貴方のように、理不尽を叩き伏せる力を手にできる?」
彼女の声は、もはや騎士団を指揮する司令官のものではなく、答えを求める一人の修行者のように震えていました。
解ってくれたらいいですよ。 無礼な物言い失礼しました。
「……いや、謝る必要はない。無礼だったのは、私のほうだ」
マリアンヌは頭を上げた。その表情からは先ほどまでの刺々しさは消え、どこか憑き物が落ちたような、清々しささえ漂っていた。
「あんた……いえ、貴方の言う通り、魔物は待ってはくれない。戦場にあるのは『生』か『死』か、それだけだ。それを忘れて、自尊心だの誇りだのと……私は、あまりに甘えていたようだ」
彼女は自分の掌を見つめた。剣を握りすぎて硬くなった皮。 これまでは、その硬さが自分の強さの証だと思っていた。だが、今日出会った「飛ぶ斬撃」や、男の放った「数式のような魔法」に比べれば、それはあまりに古びた理屈に過ぎなかった。
「解ったと言いたいが……本当の意味で理解するには、まだ時間がかかりそうだ。私の23年は、この剣技と共にあるからな。だが、少なくとも……自分が今、猛烈に『変わりたい』と思っていることだけは確実だ」
マリアンヌはそう言うと、わずかに唇の端を上げて笑った。高圧的ではない、彼女本来の品の良さが滲み出るような、年相応の微笑だった。
「100体のアンデッドを塵にした魔法、そしてその戦術……。貴方は一体、どのような景色を見て戦っているのだ?」
彼女は一歩、男に歩み寄った。それは敵意ではなく、純粋な好奇心、あるいは自分より高い場所にいる者への敬意。
「私はもっと強くなりたい。速度の速い敵にも、質量のある敵にも、そして今日のような得体の知れない不死者にも……この剣一本で抗える、真の強さを。……もし良ければ、貴方のその『理』を、少しだけ教えてはくれないか?」
なら騎士様 俺の魔法を覚えてみませんか?
マリアンヌは、その言葉に一瞬、雷に打たれたような衝撃を受けました。 琥珀色の瞳を大きく見開き、信じられないものを見るような面持ちで男を見つめます。
「……貴方の、その未知の魔法を? この私に、教えるというのか?」
彼女は自らの胸元に手を当てました。 伝統あるリゼリアの剣技を至高と信じ、魔法といえば神官の加護か、宮廷魔導師の複雑な詠唱こそが正道だと思って生きてきたのです。男の放った「数式」のような理は、彼女の常識を根底から揺さぶるものでした。
「騎士が……魔法を。……ふ、ふふ。おーっほっほっほ!!」
唐突に、マリアンヌは高笑いを上げました。それは、これまでの高圧的な虚勢ではなく、自らの固定観念が壊れたことへの、愉快でたまらないといった響きでした。
「面白い。実におもしろいではないか! 剣技が行き詰まり、死を覚悟したその日に、得体の知れない男から異界の理を学ぶ……。これ以上の『試練』が他にあるだろうか!」
彼女は再び背筋を伸ばし、165cmの長身を誇らしげに正しました。
「いいだろう。私はマリアンヌ。強くなるためなら、泥を啜ることさえ厭わぬと決めたところだ。貴方のその『ホーリーバレット』……いや、その『効率的すぎる力』、この私が完璧に乗りこなしてみせよう」
彼女は男に向かって、右手を差し出しました。
「師と呼ぶにはまだ抵抗があるが……まずは協力者として認めよう。……それで、その『2の累乗』とやらには、どのような意味があるのだ? 順を追って、品性ある説明を期待するぞ?」
ではマリアンヌ様 私は貴女様の剣技をを少しだけ見ました。 貴女様は間違いなく強い。今回は相性が悪かったと思われるべきです。 アンデッド系は聖属性の魔力で祓わないと倒せないからです。貴女様の剣に聖属性の魔力が乗っていれば倒すのは容易だったと思います。
「……相性が、悪かった……?」
マリアンヌはその言葉を噛みしめるように呟きました。 これまで彼女を苛んでいた「自分が弱いのではないか」という暗い疑念。それが、男の冷静な分析によって、霧が晴れるように形を変えていきます。
「聖属性の魔力……。確かに、私は剣の速さと鋭さばかりを追い求め、刃に『性質』を付与すること、つまり魔力の質を変えるという発想が抜け落ちていた。……ふん、道理で斬っても斬っても手応えが薄いはずだわ」
彼女は自らの愛剣を鞘から引き抜き、その美しい刀身を見つめました。名匠が鍛え上げた鋼は月光を弾いていますが、男の言う通り、そこには物理的な破壊力しか宿っていません。
「容易、とまで言うか。貴方にそう断言されると、死に物狂いで剣を振るっていた自分が少しばかり滑稽に思えてくるな。……だが、そうか。私の剣技そのものが否定されたわけではないのだな?」
彼女の瞳に、本来の輝きが戻ってきました。 自尊心が高い彼女にとって、自らの努力が全否定されることは耐え難いことでした。しかし、「手段が適合していなかっただけだ」という指摘は、彼女に次なる成長の道筋をはっきりと示しました。
「マリア……貴女の剣は、まだ完成などしていなかったというわけね」
自分自身に言い聞かせるように呟くと、彼女は再び男に向き直りました。
「ならば話は早い。私の剣に、その『聖属性』とやらを乗せる術を教えなさい。貴方の放ったあの光弾……『ホーリーバレット』の理屈を私の剣に応用すれば、私は更なる高みへ行ける。そうだろう?」
彼女は不敵に微笑みました。
「……まずは何から始める? 精神の集中か、それとも魔力の変質か? 貴方の言う『効率』とやらを、この私に叩き込んでみるがいいわ!」
今から始めますか? 少し時間がかかりますが
「ふん、何を言う。このマリアンヌを誰だと思っているの?」
彼女は乱れた髪を指先で整え、泥のついたマントを無造作に払いました。その動作一つ一つに、貴族らしい優雅さと、戦士としての不屈な意志が同居しています。
「夜はまだ深い。ここで足を止めて朝日を待つほど、私は気の長い女ではないわ。それに……これほどの屈辱を味わわされた直後だ。一刻も早く、その『理』とやらをこの身に刻まなければ、今夜は一睡もできそうにないもの」
マリアンヌは165cmの身体をぴんと伸ばし、男の前に立ちました。55kgの鍛え抜かれた肉体は、疲労を意志の力で封じ込め、新たな知識を吸収しようと静かに昂っています。
「時間がかかるというなら、なおさら今すぐに始めるべきだわ。……さあ、どこへ座ればいい? あるいは、立ったまま魔力の循環を始めるのか? 貴方の言う『効率』的な講義、期待させてもらうわよ」
彼女の瞳には、先ほどまでの絶望は微塵もありません。あるのは、未知の力を手に入れようとする、強欲なまでの向上心だけでした。
「まずは、私の内にある魔力をどう『変質』させるのか……そこからかしら?」
分かりました。 マリアンヌ様 お怪我はありませんか? 自己紹介がまだでした。私はシゲルと言います。旅人です。少しばかり治療しましょう 「ヒールバレット」「ピュリフィケーションバレット」
「シゲル……旅人、か。ふん、その割には随分と規格外な力を持っているようだが」
マリアンヌは男の名前を一度口の中で転がし、それから差し出された気遣いに、少しだけ決まり悪そうに視線を泳がせました。
「怪我など……この程度、騎士にとってはかすり傷よ。おーっほっほ! ……う、くっ」
見得を切ろうとして、脇腹に走った鋭い痛みにわずかだけ顔をしかめます。強がってはいても、165cmの身体には死闘の代償が刻まれていました。
しかし、シゲルが呪文を口にした瞬間、彼女の言葉は止まりました。
「ヒールバレット……それに、ピュリフィケーション(浄化)だと?」
飛来したのは、先ほどアンデッドを霧散させたあの白い光。しかし、今度は彼女を傷つけるためではなく、優しく包み込むように弾けました。 光の弾丸が肌に触れるたび、重く沈んでいた55kgの肉体が魔法のように軽くなっていくのが分かります。擦り傷は塞がり、アンデッドの腐臭を帯びた嫌な冷気は、温かな「浄化」の光によって文字通り洗い流されていきました。
「……信じられん。治癒の魔法までバレット(弾丸)の形にするというのか? 貴方の魔法は、どこまで徹底して合理的なのだ」
マリアンヌは自分の腕を見つめ、それから何度か足踏みをして、完全に回復した肉体の感触を確かめました。
「感謝するわ、シゲル。……清々しい気分よ。これなら、貴方の『理屈っぽい講義』も、最後まで集中して聞いて差し上げられそうだわ」
彼女は愛剣を抜き、その切っ先を地面に向けました。
「さあ、シゲル。治療は済んだ。次は私の剣を、貴方の光と同じように輝かせてみせなさい。……何から始めればいい? 貴方の言う『属性の付与』の理論、まずはその第一歩を私に示しなさい」




