第2話 黒田の赤備え、一番槍の孤独
海を隔てた異国の地、朝鮮。
文禄の役の戦場は、凄惨を極めていた。明の大軍と対峙する日本軍の中で、一際異彩を放つ部隊があった。
黒田長政軍、後藤基次(又兵衛)率いる精鋭部隊である。
「怯むな! 退く者は俺が斬る!」
又兵衛の咆哮が戦場に響く。
彼の甲冑は、亀の甲羅を模した堅牢な作りだが、その上に羽織った陣羽織は鮮烈な赤。その姿は、味方には勝利の旗印として、敵には死神として映った。
三十代半ばとなった又兵衛の槍は、円熟の域に達していた。
突き出せば必ず敵を貫き、引けば必ず敵の体勢を崩す。無駄が一切削ぎ落とされたその動きは、戦場という混沌の中に描かれた幾何学模様のように美しかった。
「後藤様! 一番槍、お見事です!」
部下たちの歓声の中、又兵衛は兜の緒を締め直した。
だが、本陣に戻った彼を待っていたのは、賞賛ではなく、冷ややかな視線だった。
「……また、後藤か」
主君・黒田長政が、苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
偉大すぎる父・官兵衛の影に怯える長政にとって、父が手塩にかけて育てた又兵衛の存在は、頼もしい部下であると同時に、自分の器の小ささを照らし出す鏡でもあった。
「基次、抜け駆けが過ぎるぞ。軍法を何と心得る」
「……はっ。面目次第もございません」
又兵衛は平伏した。
戦果を挙げれば挙げるほど、主君との溝が深まる。黒田という巨大な「甲羅」の中で、又兵衛という強すぎる個は、次第に異物となりつつあった。
その夜、陣中で月を見上げながら、又兵衛は独りごちた。
「……自由だな、あいつは」
主君を見捨てて出奔したという、あの「カニ」の噂はここにも届いていた。
組織に守られながら窒息しそうな自分と、荒野で雨に打たれながらも笑っているであろう男。
(俺の槍は、誰のためにある……)
答えの出ない問いを、又兵衛は酒と共に飲み込んだ。
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