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双璧の槍 ―笹と亀―  作者: beens
第一章 鴨川のあぶれ者

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第3話 横歩きのカニ、直進の亀

 緊張が解け、又兵衛は大きく息を吐いた。

 全身が粟立っている。これほどの使い手が、野に埋もれているとは。

「……貴殿、これほどの腕を持ちながら、なぜ仕官せぬ」

 又兵衛の問いに、男は地面にどかりと座り込んだ。

「仕官? ああ、してたさ。織田にも、斎藤にもな。だがよ、性に合わねえんだ。右を向けと言われて右を向くのが」

 男は懐からひしゃげた徳利を取り出し、残っていた最後の一滴を舐めた。

「俺の名は、可児かにだ」

「カニ……?」

「そう、河原にいる沢蟹のカニだ。俺はカニだからよ、真っ直ぐには歩けねえ。横に歩いて、好きな時にハサミを振るう。それが一番強えんだ」

 可児才蔵。

 又兵衛はその名を、脳裏に深く刻み込んだ。

「じゃあな、坊ちゃん。……いや、お前さんはさしずめ『亀』だな」

 立ち上がった才蔵が、又兵衛の背中の文箱を指差して笑った。

「その箱、大事なんだろう? 重てえ甲羅を背負って、首を引っ込めて、ひたすら前だけを見て歩く。……堅苦しい生き方だが、まあ、嫌いじゃねえよ」

「亀……だと」

 又兵衛はむっとしたが、言い返す言葉が見つからなかった。主命を第一とし、重荷を背負って生きる。確かに自分はそうありたいと願っている。

「俺は播磨の、後藤又兵衛基次だ」

「又兵衛か。覚えとくよ」

 才蔵は手をひらひらと振りながら、竹林の奥へと歩き出した。

「死ぬなよ、亀。その甲羅が割られる日まで、精々長生きしな」

「貴殿こそ。……横歩きをして、道を踏み外すなよ」

 才蔵の姿が見えなくなってから、又兵衛はその場に膝をついた。

 手が震えていた。恐怖ではない。歓喜だった。

 広い。世界は広い。

(可児才蔵……。いつか必ず、戦場で会おう)

 若き日の邂逅。

 それは、後に「双璧」と呼ばれる二人の槍使いの、長く数奇な腐れ縁の始まりだった。

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