第2話 竹林の決闘、見えざる刃
茶屋の裏手には、鬱蒼とした竹林が広がっていた。
喧騒が嘘のように遠ざかり、笹の葉が風に擦れる音だけが支配する静寂の空間。
「おい、待ちたまえ」
又兵衛の声に、男が足を止めた。
「……なんだい、若いの。俺に酒でも奢ってくれるのか?」
男は振り返りもせず、面倒くさそうに頭をかく。
「貴殿、名は」
「名乗るほどの者じゃねえよ」
「嘘をつけ」
又兵衛の鋭い声が、空気を裂いた。
「先ほどの動き。あれは宝蔵院の鎌槍……いや、それ以上に実践慣れした殺法だ。ただの浪人ではあるまい」
男の肩が、微かに揺れた。笑っているのだ。
ゆっくりと振り返ったその瞳から、先ほどまでの濁りが消え失せている。そこに宿っていたのは、飢えた狼のような、ギラギラとした光だった。
「……目ざといねえ。坊ちゃんにしては上出来だ」
男は足元に落ちていた、手頃な枯れ竹を一本拾い上げた。
又兵衛もまた、無言で近くの竹を拾う。
真剣ではない。木刀ですらない、ただの枯れ竹。だが、二人がそれを構えた瞬間、竹林の空気が凍りついた。
(隙がない……!)
又兵衛は舌を巻いた。
男の構えは、だらりと棒を下げただけの「無構え」。だが、どこから打ち込んでも、即座にカウンターが飛んでくる未来が見える。
(ならば、突き崩すのみ!)
又兵衛が動いた。
鋭い踏み込み。黒田家で鍛え上げられた、教科書のような美しい突き。
男は半歩、右へずれた。
又兵衛の竹が空を切る。その瞬間、男の竹が又兵衛の横腹を薙ぎに来る。又兵衛は柄を返してそれを受ける。
ガッ!
枯れ竹同士がぶつかり合い、爆竹のような音が響いた。
二撃、三撃。
速い。あまりに速い。
又兵衛の槍が「線」なら、男の槍は「円」だ。いなされ、絡め取られ、気づけば切っ先が喉元に迫っている。
「せいッ!」
又兵衛は気合一閃、男の竹を弾き飛ばそうと渾身の力を込める。だが、男はその力を柳のように受け流し、逆に又兵衛の懐へと飛び込んできた。
寸前。
二人の動きが、同時に止まった。
又兵衛の竹の切っ先は、男の眉間に。
男の竹の切っ先は、又兵衛の心臓に。
どちらかが半歩でも動けば、相打ち。いや、枯れ竹とはいえ、急所に入れば命はない。
玉のような汗が、又兵衛の頬を伝い落ちる。
静寂。風が止んだ。
「……やるじゃねえか、坊ちゃん」
先に口を開いたのは、男の方だった。
彼はニヤリと笑うと、竹を放り捨てた。
「俺の『巻き』を止められたのは、奈良のクソ坊主以来だ」
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